リリカルなのは~優しき狂王~
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2ndA‘s編
第十六話~生誕~
前書き
約二ヶ月ぶりの更新です。お待たせしました。
今回は執筆していて、加筆に加筆を重ねていき、かなりの量になってしまったので、二話に分けて連続更新させていただきます。
では、本編どうぞ
海鳴市・海上
普段であれば耳に心地よい音を運んでくる穏やかな波が、今はなりを顰めている。
だが、ほんの数秒前に起こっていた爆発とそれに伴う轟音がなくなっている事を考えれば、いつもより荒れた海であったとしてもそれは静寂な海であると見ていた者は錯覚する。
そして更に言えば、轟音が止むと同時に小さくはない白銀のベルカ式魔法陣である平たい三角形が、先程から雲に覆われていた暗澹たるその空間を照らしている。その光は波が出す音では小揺るぎもしない程の存在感を醸し出しているのだ。その為、今この空間にはどこか神聖なものを感じさせるものとなっていた。
どこかキャンバスを連想させる白銀の光に新たな色が魔法陣となって生まれる。それは赤、桃、緑、蒼の四色。それらが白銀の魔法陣を囲むように展開された。合計で五つの魔法陣が展開されると、中央の白銀の魔法陣の上に丸い卵のような白い球体が生まれる。
それは先刻の人型が生まれた蛇で編まれたものとは程遠い。禍々しさではなく生まれてくる命を祝福する清らかさに満ちた雰囲気を持っていた。
「さぁ、皆起きような?」
鈴のような声が響く。
「おいで、私の<守護騎士/家族>たち」
周りの四枚の魔法陣の上に新たに騎士が現れる。それは主を守るために生まれた命の形。
四人は現れた時、赤子のように目を瞑っていたが、それがゆっくりと開かれる。それと同時に白い卵に亀裂が入った。
「皆、おはような」
その言葉と共に卵が孵る。中から現れたのは夜天の書の主とその管制人格。今この時、闇に浸っていたモノが夜の闇を照らす<希望/カタチ>を取り戻した瞬間であった。
「我が主」
「うん、行ってもええよ」
現れるやいなや、管制人格である彼女は懇願するような視線を主であるはやてに送る。それを察したはやては彼女のしたいようにさせるために頷きと笑顔と言葉を返した。
許しを得た彼女は即座に降下を始め、そのまま海中に飛び込んだ。
はやては彼女を見送ると、管制人格が戻るまでに状況を整理しようと思ったのか、近場の海から生えている足場になりそうな岩場を見繕いそちらの方に移動する。
ふわりと岩場に足を乗せると、久方ぶりの立つという感覚に彼女は戸惑いを覚える。しかし、幼いながらも精一杯の意地を見せ、周りの家族たちに自分は大丈夫であることをアピールするように軽く胸を張る。
視線の先にはどこか泣きそうな、そして申し訳なさそうな表情を浮かべる四人がいた。少しの沈黙が場に降りる。
四人の騎士は何を言えばいいのか分からなかった。彼女たちは主であるはやての約束を破り、他人を傷つけた。そして助けたい、無事でいてほしいと願いながらも、主を危険な場所に居らざるを得なくしてしまったのだから。
少しだけ続く静粛の空間。それを絶ったのは主の何気ない一言であった。
「おかえり」
はやては夜天の書に取り込まれている間に、自分の家族が何をしていたのかを情報として理解していた。そしてそれを知った上で、彼女たちが生きて自分の元に戻ってきてくれた事を喜んだのだ。
無事に帰って来た相手を出迎える言葉。それは孤独な生活を送っていたはやてが他人に向けることを渇望していた言葉であった。
「はやて!」
その言葉を受け取った騎士の一人であるヴィータは溢れた気持ちを――――感謝の気持ちを伝えるようにはやての胸に飛び込んだ。
「主、すみません。我らは言いつけを――――」
「知っとるよ。でも、それ以前に私らは家族やから」
その言葉にどれだけの意味が込められたのかは当人達しかわからなかったが、それを聞いた守護騎士の残りの三人は感謝の意を込めてはやてに対して少しだけ頭を下げた。
「すまない!水を差してしまうのだが……」
家族間のやり取りを行っていると上空から声が届いた。
はやて達が声のした方に視線を向けると空から降りてくる複数の魔導師の姿があった。
「時空管理局所属、執務官のクロノ・ハラオウンだ」
彼が身分を簡潔に告げ、岩場に着陸するとはやての傍にいたヴォルケンリッターたちは反射的に身構えるが、はやてが軽く手を上げることで大人しく引き下がる。そんな中、シャマルは一人手を耳にあて、クロノたちから視線を逸していた。
名乗りをあげたクロノと一緒にはやて達の元に降り立ったなのはとフェイトは、彼女たちが聞きの姿勢をとってくれる事に内心で安堵していた。
「管理局側の姿勢としてはそちらの事情を加味した上で話し合いの場を設けたいと考えている」
その言葉は意外だったのか、騎士たちは驚いたような表情を浮かべる。
どんな事情があれ、犯罪行為を行ったことに変わりがない為、譲歩の意志を向こう側から見せたことが意外だったのだ。
「それと先程まで迎撃プログラムと戦闘を行っていた魔導師はどうした?ここに来る関係で彼がどうなったのか確認していないのだが……」
「ライさんですか?あの人なら今うちの子が――――」
少しバツの悪い表情をしていたクロノに対して、はやては海面に視線を移しながら返事を返した。
「はやてちゃん、そろそろ戻ってくるらしいので私が治療に向かいますね」
これまで手を耳にあてていたシャマルがそう言って、海面の方に向かって飛んでいく。すると彼女の言葉通り、海中からライを抱くようにして抱えた管制人格が姿を表した。
「!」
息を飲んだのは誰だったのか。
管制人格に引き上げられたライの姿は見るに耐えないほどにボロボロであった。バリアジャケットは所々が破れ、パラディンの装甲は罅が入り、部分的に脱落している箇所もある。そして肉体の方は所々から血が滲み、指が数本折れ曲がり、海水から出たばかりだというのにその特徴的な灰銀の髪が濃い朱色に染まり始めていた。
幸いであったのは、ライの意識がハッキリとしたものではないが残っており、バリアジャケットが解除されていなかったことであろうか。
「げ……えほっ、……っ、はぁはぁ」
器官に詰まっていたであろう血混じりの海水を吐き出すと、ライは肺に酸素を満たそうと荒い呼吸を開始した。
「癒し手!彼を――――」
焦った様子を隠すようなこともせず、管制人格は叫ぶ。そしてすぐ近くまで来ていたシャマルは即座にデバイスであるクラールヴィントを機動させ、治療を開始する。
浮遊魔法により、寝台で寝そべるような体勢になったライは霞む視界の中で何とか状況を確認しようとしていた。
「……っ、ぃあ……」
意味をなさない声が漏れる。
身体を包むようにじんわりと温もりが身体に満ちていく。それと共に神経を炙るような痛みが徐々に薄れていく。それが治療によるものなのか、いよいよ身体の怪我がまずい状態になっているからなのかは、朦朧としている今のライの意識では判断がつかなかった。
「…………ぁ」
混濁気味の意識の中、ライの霞む視界で確かにそれが映り込んだ。
意図していたのか、それとも反射的だったのかは本人も判断がつかなかったが、ライは自身を覗き込む彼女に右腕を伸ばす。
「っあ!……くぅ……」
治療中でボロボロの腕は動かすだけで脳に激痛を訴えてくる。しかし、今はそれが有難かった。痛みにより朦朧とする意識がはっきりし、そして自分が手を伸ばす先にいる女性への焦点がハッキリと合わされていくのだから。
「……――――った」
自分を覗き込むようにして見守っている彼女の頬にやっとの思いで右手が到達する。壊れ物を扱うように、その場に存在するのを確かめるようにライは彼女の頬を一回、二回と撫ぜる。
そして確かにそこに彼女がいることを実感すると、ライの口から安堵の息と言葉がもれた。
「…………よかった」
「っ…………ありがとうっ、ありがとう!」
彼女の口から出るのは感謝の言葉。瞳から零れるのは溢れ出した感情故の雫であった。
「……ああ……僕は墜ちて…………えっと、どうなった?」
自分が治療されていることぐらいは把握できるのだが、それ以外の状況が今のライには不透明すぎた。
「皆無事だ。そして主は自らの意思で立ち上がることを選び、そして私に名を与えてくれた」
ライが聞きたい情報とは違ったが、それよりも確かめたいことが増える。きっとそれは自分が知るものと同じであると、確信に近い予測はあったがそれでも彼女自身からそれを受け取る事が大切なことであるとライは考える。
それを告げるのは自らの存在の証明であるのだから。
「名前を……聞かせて欲しい」
「強く支える者、幸運の追い風、祝福のエール……リインフォース」
その名前は予測通り、ライの記憶にある少女と同じ名前。ある意味で予測通りであるその名を聞いた時、ライは暖かい気持ちが込み上げてくる。
「あぁ…………綺麗な名前だ」
口からこぼれ落ちたのは純真な感想。それが聞こえたのかは定かではないが、彼女が笑顔を浮かべたことは確かであった。
「リインフォース、治療はもう少しで終わりますから貴女ははやてちゃん達の方へ」
そんな中、ライを治療していたシャマルから声が掛かる。ライはどこかやり遂げた表情をしているが、今現在も問題は残っているのだ。
「……そう、だな…………風の癒し手、彼のことを頼む」
名残惜しそうな表情をしていたが、やるべきことを理解している彼女は今なお話し合っている岩場の方へ飛んでいく。それを見送り、その場に残されたのが二人だけであるのを確認すると、シャマルは目を細め意識がはっきりし始めたライに向けて口を開いた。
「貴方は一体“何”なの?」
海鳴市・海上・岩場
「―――――では、まずは切り離された防衛プログラムをどうにかする。そういうことでいいんだな?」
そう言いながら、クロノは海面のある一面を指しながらそう告げた。
彼の指し示した先には黒い平面的な淀みのようなモノが存在した。それは濃密な魔力の塊であり、まだ指向性を持っていない防衛プログラムの本体である。紫にも黒にも見えるソレはひどく澱み、全てを飲み込もうとする闇に見えた。
「ああ、その通りだ。だが申し訳ないが、こちらもその手段を持ち合わせてはいない」
彼の質問に肯定の意を告げたのは、先ほどライの元から戻ってきたリインフォースである。彼女は管制人格ということもあり、現時点で最も防衛プログラムに精通している。その為、自然と管理局側からの質問は彼女が答える形となっていた。
「ここにいる人員で本体コアを露出させることは可能か?」
「?…………」
そう尋ねるクロノの意図を測りきれず、内心で首を傾げながらもリインフォースはここに居る全員をぐるりと見回して律儀に答える。
「恐らくは可能だと思われるが…………」
「不可能と断言されるよりも可能性はあるということだな……作戦プランを説明する」
クロノの口から出てきたのは至極簡単な方法であった。
この場にいる魔導師たちによる殲滅を行い、防衛プログラムであるナハトヴァールの本体コアを露出させ、最後に地球の衛星軌道上で待機しているアースラに装備されているアルカンシェルによってそのコアを消失させるというものであった。
「本体コアの移送はこちらに今向かっている魔導師が長距離転送魔法で送る手筈になっている。本体コアの摘出は先ほどの騎士に頼みたい」
そう締めくくるクロノであった。それを聞いていた一同は最初唖然としていたが、今現在行える最善の策という意味では、理に適ったものであると納得する。
そうして皆がナハトヴァールに視線を向けると、丁度その場に転送役であるフェイトの使い魔であるアルフと、なのはとフェイトの友人であるユーノ・スクライアが合流し、そして最後にライがシャマルに肩を借りながらも一同に合流した。
応急処置とはいえ、魔法での治療を受けたライの姿は先ほどのボロ雑巾のような弱々しさは感じなかった。バリアジャケットも蒼月の服の方はほぼ修復されており、パラディンの方の装甲も脱落した部分こそ補填されていないが、罅は無くなっていた。
「大丈夫ですか!?」
ライとシャマルが着地した近くにいたなのはが声を上げる。いきなりの大声にライは一瞬キョトンとするが、大丈夫という意味を込めて笑顔とこれまでと同じようにポンポンと彼女の頭に手を乗せた。
「ライ・ランペルージさんですね?」
一同がライに視線を向けると代表するようにクロノが声をかけ始める。ライは声をかけた人物を一瞬認識できなかったが、リンディに預けた子供の内の一人であったことを思い出す。警戒しそうになった思考を解きほぐしながら、ライは口を開く。
「はい。先程は手荒な真似をした」
「構いません、あの時はあれが最善でしたので…………時空管理局執務官クロノ・ハラオウンです」
そう言って差し出してくる手を確認すると、ライはシャマルから離れ多少ふらつきながらもその手を握り返した。
「これから、僕たちはナハトヴァールの殲滅を行います。作戦は――――」
クロノは先ほどと同じように説明を行う。内心で律儀な子だと思いながらもライはその作戦を聞く。そして作戦の内容を理解する頃には作戦時間が差し迫っていた。
「貴方は参加できますか?」
「……参加したいが無理はできそうにない」
「分かりました。しかし貴方を安全圏に退避させる時間も今はないので、申し訳ないが自力で退避して貰えますか?」
「そのぐらいなら大丈夫」
ライの返答を聞くとクロノは一度頭を下げ、作戦のための準備なのか通信回線を開き飛行魔法でその場を離れた。
「あの!」
「ん?」
クロノを視線で見送っていると、突然声が上がる。そちらに顔を向けるとなのは、フェイト、はやての三人が気遣うようにライを見ていた。
先ほど大丈夫という意思表示をしたのにどうしたのだろうか?という疑問を抱きながらもライは彼女たちに向き直る。その時、自分と彼女たちの身長差により、三人の少女たちに上目遣いで気遣われるという、成人男性にとっては何とも居心地の悪い配置となってしまう。
(…………あー……、うん。目線を合わせたほうが彼女たちも話しやすいかな?)
何故か言い訳がましいことを考えながら、ライは膝を折り視線の高さを目の前の三人に合わせる。すると、それを皮切りになのはが三人を代表するように話し始めた。
「えっと、ライさんの言っていた通り、私の魔力をフェイトちゃん達に分けてあげたらすぐに目が覚めました」
「……ああ、だから」
彼女の言葉が何を意味するのかを理解すると、ライはこの場にフェイトと魔力切れを起こしたはずのクロノがいた事に合点がいった。
ライが防衛プログラムである人型に仕掛ける前、彼はなのはに一つの指示を与えていた。それはアースラの方で未だに回復していない魔導師に彼女の魔力を分配、譲渡することである。元来、長期的な戦闘を行うことを苦手とするライにとって、後詰として彼女たちの復帰は必要不可欠なものであったのだ。
「あの、ありがとうございました」
「特に確証があったわけじゃないから、そんなに感謝されても……」
そう言いながら、なのはの隣にいたフェイトが頭を下げてくる。その純粋な感謝の言葉にむず痒いものを感じながらもライも返事を返す。その表情は若干苦笑いだ。
「お二人さん、ウチもええかな?」
「あ、ごめんね、はやてちゃん」
もう既に自己紹介を済ませていたのかなのはははやての名前を読んでいた。
了承を得たはやてはなのはと交代するように一歩前に出ると、深々と頭を下げてきた。
「ウチの子らが大変お世話になりました。まだ終わってへんけどありがとうございます」
独特のイントネーションで紡がれるお礼。気がつけば、彼女の後ろには夜天の魔導書の騎士たちもはやてと同じように頭を下げていた。騎士の中にはライにまだ疑念を抱いている者もいたが主を救うきっかけをライが生み出したことはしっかりと理解していた為、素直な感謝の念をライに向けていた。
「あ、頭を上げてくれ。いきなりのことで驚くから」
ライにとってはいきなりの展開に困惑するしかない。しかし、それは嫌がるとかそんなものではなく、戸惑っているだけであり、どこまでも純粋な感謝の意を受け止め慣れていない彼にとってはある意味でしょうがないことでもあった。
その後、時間もあまりないことから、挨拶もそこそこにライは浮遊魔法を使いながらその場から逃げるようにして戦域ギリギリの辺りに退避することになった。
「マスター、ここでは多少なりとも被害が予想されますが?」
これから立ち向かう彼女たちの姿が見えるギリギリの位置で停止したライに、蒼月が確認するように言葉を放つ。今回は念話でも、発光を使ったモールス信号でもなくキチンとした機械音声での言葉であった。窮屈な思いをさせたかなと思いながらもライは短く、だがハッキリと自身の気持ちを告げた。
「見届けたい」
「「――――」」
二機から返事はなかった。
「――――始まる」
そう呟くと煌びやかな魔力と爆発、そして防衛プログラムであるナハトヴァールがその姿を表した。
それは御伽噺に出てくるような怪物であった。醜悪な筈なその姿にどこか神々しい物を感じさせるとはどんな冗談だ、とライは思う。
「熾烈……いや苛烈か」
ボソリと呟かれたその表現はある意味で的確であった。
今のライでは足元にも及ばない魔導の攻防戦が繰り広げられていた。
撃ち撃たれ、守り守られ、また放つ。
遠目から見ても大きく見える魔力の塊が尾を引いて伸びていく。それは時にナハトヴァールの体躯を削り、時には飛んでいる魔導師達を散らしていく。
ライの視界に映るその戦いは元の皇歴の世界でのナイトメアフレームの銃撃戦を連想させた。その銃撃戦を生身の人間が行っていて、そして尚且つそれに慣れ始めている自分に“本当に遠くに来た”ともう何度目か分からない思考を持った。
目を奪うような魔導の戦い。それが幾分続いたのか。少なくともライはそれを一瞬のように感じていたが、その攻防の拮抗が崩れる時がやってきた。
「……マズイな」
後書き
ちょっと駆け足気味ですが、次回で戦闘パートは終了です。
思った以上に長引いてしまった(-.-;)
ご意見・ご感想をお待ちしております
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