劇場版・少年少女の戦極時代
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鎧武外伝 斬月編
思い出はなくとも
碧沙は光実と共にユグドラシル・タワーのエレベーターに乗っていた。
エレベーターが目的地のある階で止まり、ドアを開けた。
碧沙は光実に手を引かれ――戦極凌馬のオフィスに向かった。
オフィスに光実のカードキーで入るなり、碧沙はつかつかと部屋の主である凌馬まで歩み寄った。
「どうして朱月さんにベルトとロックシードを渡したんですか」
ロックシードは100歩譲って自力調達が可能だ。だが、そのロックシードで変身するための戦極ドライバーはこの男にしか造れないし、渡せない。
「その質問に答える前に。どうして君たちはそこまで朱月藤果君を気に懸けるのかな? 彼女が呉島家にいたのはごく短期間。私のとこにまで怒鳴り込みに来るほどの思い出が、君たちと彼女の間にあったとは思えないけど?」
この問いに答えたのは、光実だった。
「思い出なんて一つもありませんよ。でも、関係はあったんです」
例えば、跡取りの貴虎にばかり構う藤果に妬いていたかもしれない、とか。
例えば、兄と同じオトナの藤果を、早くに亡くした母のように慕ったかもしれない、とか。
例えば、女子ならではのヒミツを藤果と笑って囁き合っていたかもしれない、とか。
自分たちと朱月藤果との間に思い出は一つもなくとも、関係はあった。確かに、あったのだ。
「あの施設から懐かしい物を引っ張り出した彼女に敬意を表したんだよ。まあ、あんな失敗作で貴虎を殺せるなんて思えないけど」
「あなた――やっぱり兄さんを」
「おや。勘付いてたのか。安心したまえ。彼女が持つロックシードは制御が不完全でね。ヘルヘイムの力が通常より大きく流れ込む。遠からず彼女はインベス化する。知性のないインベスに負ける貴虎じゃないだろう?」
碧沙は拳を握りしめた。この研究者は、苦手と呼べる人種が少ない碧沙にとって、唯一その感情を湧き起こさせる。
「それを止めうるのが、碧沙君、キミの“体質”だ」
「わたし?」
「ヘルヘイム抗体。我々はキミの持つ、ヘルヘイムの果実による幻惑やインベス化をはねのける因子を仮にそう呼んでいる。もし藤果君のインベス化を止めたいなら、血の数滴でも飲ませてやりたまえ。もっともヘルヘイム抗体に藤果君の体が耐えられるかは予想できないけれどね」
自分の血にそれほど劇的な救いの可能性がある。
碧沙はまじまじと両手を見下ろし、眦を吊り上げて両手を握り締めた。
「光兄さん。貴兄さんのとこに行こう」
「いいの? 信じて」
肯いた。
「あなたが兄さんを邪魔者だと思ってること、兄さんにはきっちり伝えておきますからね。覚悟しておいてくださいよ。――碧沙、行こう」
碧沙は光実と手を繋ぎ、オフィスを出て行こうとした。
その弟妹の前に立ちはだかった者がいた。
「DJサガラっ?」
「ぃよう。久しぶりだなあ。アーマードライダー龍玄。リトルスターマインのお嬢サマ」
ダークスーツ姿のサガラは、おもむろに碧沙と光実の頭を両手で掴んだ。
「悪いが今さっきのことは忘れてくれ。知るにはまだ早すぎる」
急速に意識が遠のいていく。
(だ、め。朱月さん、貴兄さん、たすけにいかなきゃだめ、なのに)
ぐるんと視界が回り、リノリウムの冷たい床に光実ともども倒れたのを最後に、碧沙も意識を失った。
凌馬は足を組み、その片膝を両手で抱えた。
見据えるのはもちろん、サガラだ。
「意外だね。まさかキミが私個人を助けてくれるとは」
「お前じゃないさ。これも時間の強制力ってやつだ。ここでこいつらが呉島貴虎にお前の真意を教えるのも、ヘルヘイム抗体のことを知るのも、まずいんでね」
「運命論かい? ここから先も何が起きるか決まっていると?」
「それはまた次に会った時にでも教えてやるさ。お前も。今日のことは、俺が何をしなくても自然に違和感をなくしていくだろう」
「面白そうな体験なのに、私はそれを面白いとも感じなくなるのか。もったいない」
「メインディッシュは最後にしたほうが美味いって言うぜ? じゃあな。戦極凌馬」
サガラと、床に横たわっていた光実、碧沙が、消えた。
(まあ。本人の言うように『次』があるんだ。それを楽しみに待とうじゃないか)
凌馬は薄く笑って、立ち上がって外出用のコートを着た。
この弟妹の言葉を借りるなら、ある一つの「関係」を断ち切りに行くために。
後書き
実はあわや歴史が変わりかけていたという隠れた事実。ナ、ナンダッテー!?
そして我が家では白ミッチなので兄さんを殺る気満々のプロフェッサーにお怒りのミッチです。
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