産女
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3部分:第三章
第三章
「人気はないな」
「女が出るようになってからです」
長老は朔太郎の横から言ってきた。
「それからはもう」
「誰も来なくなったか」
「はい、度胸試しの者が夜に来るだけです」
「そして死んでいくのだな」
「私は心配でついて来たのですが。遠くで見るだけで」
「それで知ったか」
長老が何故女を知ったのか。これでわかった。
「左様か」
「左様です。それで今は昼も誰も寄らなくなりました」
「わかった」
朔太郎はここまで聞いてまた頷いた。
「そういうことならな」
「何かおわかりになられましたか?」
「事情はわかった。それにだ」
朔太郎は今度は川を見ていた。その澄んだ川をだ。
それを見ながらだ。こんなことを言ったのである。
「深いな」
「川がですね」
「そうだ。かなり深い川だな」
川を見ながら鋭い目になっていた。
「この川は」
「それがどうかしたのですか?」
「いや、忍の者等がだ」
武士としてそうした存在を頭の中に入れて考えるのは当然だった。それで今こんなことを長老に対しても無意識のうちに話すのだった。
「潜むのもだ」
「できますか」
「これだけ澄んでいれば昼は無理だ」
それはわかった。透けて見えるからだ。
「だが。夜ならばだ」
「それもできますか」
「そうだな。できるな」
こんな話をしながら水面を見ているとだ。朔太郎は不意にその水面に何かを見た。それは。
「むっ!?」
「どうかされましたか?」
「いや、あれはだ」
川の中にある岩の陰にだ。あるものを見たのである。それは尻尾だった。
「あれは牛のものか」
「牛の?」
「長老、ここには前からおかしな話はないか」
真剣な顔を彼に向けての問いだった。
「それはないか」
「その女の話だけですが」
「そうだな。その女だな」
「はい、そうですが」
「川に牛となるとだ」
だがここで朔太郎はだ。女ではなくこのことを言ってである。そうしてそのうえでまた長老に対してそのうえでまた言ってみせたのであった。
「しかも女までくるとなると」
「何かおありですか」
「いや、わかった」
わかったというだけであった。
「この話女だけではないな」
「女だけではないといいますと」
「これは用心してかからなければならん」
今度の言葉は眉を曇らせてのものだった。
「何としてもな」
「仰る意味がわかりませんが」
「今夜になればわかる。だが」
「だが?」
「この話思った以上に容易な話ではない」
そしてこうも言ったのだった。
「だがこれも殿の御命令。達さなければな」
「何はともあれ今夜ですね」
長老は怪訝な顔になりながらも朔太郎に問うた。
「そうですね。今夜ですね」
「そうだ、今夜だ」
また言う彼だった。
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