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剣を捨てて

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第五章

「一ついいか」
「何でしょうか」
「卿は奥方は」
「いないです」
 グレゴールは温和な笑顔でライズのその問いに答えた。
「一人です」
「そうか、独身なのか」
「まだ」
「そうなのだな」
「それが何か」
「いや、聞いただけだ」
 ライズは白身魚のムニエルをフォークとナイフで切りそのうえで自分の口の中に入れてからグレゴールに対して言った。
「このことは」
「そうなのですか」
「そうか、一人か」
「今相手の方を探しています」
「アイスブルク子爵家の奥方になる方を」
「そうです、やはり私も」
 彼にしてもだった、貴族であるからこそ。
「結婚してです」
「家を残さないといけないからな」
「はい、どなたかおられれば」
「そうだな、私もだ」
「ミュッケンベルガーさんもですか」
「うむ、私もやはりな」
 貴族の娘だ、軍人であると共に。
 それでだ、こう言ったのだった。
「結婚しなければならない」
「お互いそうですね」
「うむ、そうだな」
 ここではこうした話をした、しかし。
 ここでだ、ライズは誤ってだ、その手にしていたワイングラスを零してしまいテーブルを汚してしまった。すぐにウェイトレスが着て拭こうとするが。
 グレゴールはウェイトレスにだ、微笑んで言った。
「いえ、お構いなく」
「お構いなくとは」
「私が拭きますので」
 だからだというのだ。
「私達が食べた後でテーブルクロスを替えて下さい」
「それだけでいいのですか」
「はい」
 グレゴールは彼のその穏やかな笑顔でウェイトレスに答えた。
「お気遣いなく」
「そうですか、それでは」
「はい」
 グレゴールは出したハンカチでライズが零したワインを拭き取った、ハンカチはワインの赤で染まった。そのハンカチを見てだった。
 ライズは申し訳ない顔になってだ、グレゴールに言った。
「済まない」
「いえ、このことは」
「いいというのか」
「何も零さない人はいません」
「だからか」
「はい、こうしたことは誰でもですから」
 それで、というのだ。
「お気遣いなく」
「そうか、申し訳ないな」
「ですから謝れる必要はないので」
 それで、というのだ。
「食べましょう」
「わかった」
 ライズはグレゴールの言葉を受けた、だが。
 この時にだ、ライズは胸の奥で何かが動いたのを感じた。そして。
 この時から彼を見てだ、その都度だった。
 胸の奥で感じるものが出て来た、それは次第に深まり強まっていき。
 彼を見るだけで、話すだけで、そして遂には考えるだけでだった。何故か胸が痛くなった。そのことをある日男の同僚の一人に休憩時間の時に言った。
「何故かわからない」
「わからないとは」
「アイスベルク殿を見ていると」
 そうしていると、というのだ。 
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