剣を捨てて
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第一章
剣を捨てて
ミュッケンベルガー伯爵家は代々軍人の家系だ、皇帝に仕え多くの武勲を挙げてきていた。
その為家風は質実剛健で武を尊ぶ。家に生まれたならば軍人になることが絶対のこととされていた。だが。
それはあくまで男子だけのことだ、女子はだ。
当代の当主であるオットー=フォン=ハイデルネッセンはだ、難しい顔で妻のエヴァに対して家の中でこう言っていた。
「クラウスとルドルフ、ハインリヒはわかる」
「我が家の男子はですね」
妻も夫に応える。
「剣を持つことは」
「そのことはな。しかしだ」
ここで伯爵はこう言うのだった、それも難しい顔で。厳しく頬髭のある濃い銀髪が特徴的な彫りのある顔をそうさせてだ。見れば長身で逞しい身体で実に軍人らしい。
「ライズがそうであることはな」
「望ましくありませんね」
「娘ではないか」
女子だからだというのだ。
「それで何故剣を持ち馬に乗り兵法書を読む」
「幼い頃からそうですね」
「弓矢も操るが」
そうしたことが、というのだ。
「娘だ、娘ならだ」
「いずれ妻となります」
「だからだ、武芸なぞに励ますな」
「貴族の妻となる為に」
「舞踏や他のたしなみを身に付けるべきなのだ」
それは絶対に、というのだ。
「そうあるべきだが」
「ですがあの娘は」
「幾ら言っても聞かないな」
「頑固ですね」
「わしに似たのか」
ここでこう思った伯爵だった。
「わしも頑固だが」
「それは」
「いや、自分のことだからわかっている」
違うと言おうとした妻にも返した。
「そのことはな」
「左様ですか」
「そうだ、わしも確かに頑固だ」
「そして、ですか」
「ライズはその頑固さを受け継いだのだ」
それで、というのである。
「外見は違うがな」
「姿形はですね」
「奥方そのままだ」
自分の妻も見るのだった、見れば夫人は長い見事な黒髪を後ろで三つ編みにしている。背は小柄で黒い瞳は大きく睫毛が長い。細面で桃の白い部分の色だ。すらりとした身体を白い装飾の少ないドレスで覆っている。
その妻を見てだ、伯爵は言うのだ。
「そなたのな」
「私の血を受け継いでいますね」
「外見はな、それならだ」
伯爵は今度は残念そうに言った。
「性格も奥方に似ていれば」
「よかったですね」
「何故女だてらに武芸に励む」
「軍に入りたいと言っています」
「知っている」
そのことも、というのだ。
「わしにも言っている」
「どうされますか?」
「女が軍に入るのか」
「あるにはありますが」
「わしの部下にも何人かいるし同僚にもいる」
それはざらなのだ、皇帝が治める帝国ではだ。他の国でもそうであり伯爵にしてもそれはいいとしている。だが。
伯爵は苦い顔でだ、こう言うのだった。
「しかしあの娘はな」
「軍人にしたくないのですね」
「あまりな、しかし我が家は軍人の家だ」
「それならば」
「歓迎しない訳にもいかない」
この辺りが難しいところだった、実に。
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