魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~
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空白期 中学編 19 「体育祭での一幕」
残暑が残る中、周囲からは声援や歓声が響いてくる。理由は単純にして明快、今日が体育祭だからだ。
小学のときと違って中学は3学年しかないが、出る種目が多くなっているため、プログラムの数で言えば小学のものと引けは取らない。むしろ熱気は格段に上だろう。
まあ当然よね。小学生のときは元気な面を見せるものが多かったけど、中学からは本気の勝負の競技が多い。もちろん全員で協力するものもあるけど、その手のものは得点にならなかったりする。
今行われているのは男子100メートル走。学年が3年生達に移ろうとしているため、もうすぐ終わりを迎える。
体育祭はクラス対抗ではなく赤白対抗だれど、やはり勝ちに貢献したいと思うのが普通だろう。しかし、うちの男子の100メートル走の結果はあまりよろしくなかった。
「まったく……本気でやったんでしょうね」
始まる前に鼓舞したらやる気は充分だったけど、結果が結果だけにそのように思ってしまう。
無論、単純に他のクラスの速い人間と同じになってしまった可能性は充分にある。どのクラスも速い人間を選んでるだけに成績が悪くても一概には文句は言えない。本気でやったらならの話だけど。
「バニングスさん、顔が怖いことになってるわよん」
視線を向けてみると、うちのクラスでも目立つ存在であるフローリアンさんの姿があった。彼女とは同じクラスではあるが、あまり話した覚えはない。きちんと話し始めたのは、夏に行ったプールで会ったときからだろう。
お互いにそれほど親しくなった覚えはないと思うけど……よくもあっさりと人に怖いとか言えるわね。
あたしの家はこのへんでそれなりに知られている。まあ威張るつもりはないけど、一般的に言えばお嬢様になるだろう。それに加えて、あたしの性格もあってか呼び捨てにしたりする子はあまりいない。
こっちとしては別にもっと気楽に話しかけてもらっていいんだけどね。いつもすずか達と一緒に居るから話しかけづらいってのもあるかもしれないけど。
「あのねフローリアンさん、真剣な顔をしてるって言ってほしいんだけど。それだとあたしが怖いみたいじゃない」
「あはは、高町さんに比べれたらあなたは充分に怖いと思うわよ」
この子、いったいどういう神経してるのかしら。普通笑いながら今みたいなこと言えないわよ。まあなのは達に比べれば事実だろうし、ここまで堂々とされるとかえって清々しさを覚えるけれど。
「でも~そういうのが良いって男の子は結構多いわよね。バニングスさんに罵倒されたいって思ってる男子は意外といるんじゃないかしら」
「そういうこと言うのやめてもらえるかしら。あにいくあたしの感性普通だから。想像すると鳥肌が立ってくるわ」
「じゃあ、あなたのツンデレが見たいって男子は?」
「誰がツンデレよ!」
別にあたしは普段ツンツンなんかしてないわよ。……そりゃあ、なのは達に比べれば怒りやすかったりするし、割と感情を顔に出しちゃうけど。
というか、いつあたしがあんたの前でデレたのよ。見たこともないのにツンデレとか言わないでよね。
「いやいや、その反応がまさにTHEツンデレね。バニングスさん、よく『別にあんたのためじゃないんだからね!』とか言ってるでしょ?」
そんなこと言ってないわよ!
と言えればよかったのだが、にやける彼女の顔を見たあたしの脳裏にはあることが浮かんでいた。
この子……言動から何となく分かってたけど、時折性格悪くなるわよね。ここで否定しても絶対この前の一件を出してくるに違いないわ。
この前の一件というのは、仕事で学校を休んだショウのためにノートを取ってあげたのだ。これは今年から始まったことでもなく、魔法の存在を知ってからは彼だけでなくなのは達の分も取るようにしている。
『別に礼とかはいらないからね。前からやってることだし、テストの平均が悪いと先生の機嫌も悪くなるから。だからちゃんと勉強しなさいよね』
これがそのときに言ったあたしの言葉だ。よくもまあ覚えているものだと自分自身には呆れるが、覚えていた理由は単純。すんなり渡せばいいものを何故か毎度のように覚えてしまう恥ずかしさに耐えかねて、あれこれと言ってしまったからだ。
こんなんだからすずかとかには素直じゃないとか言われるのよね……でもしょうがないじゃない。恥ずかしいものは恥ずかしいんだから。
それに相手はショウなのよ。別に特別な感情とかは抱いてないけど、異性であることには変わりないし、普段は何でも言い合えるような感じだから妙に恥ずかしくなるというか……。
「……あんたが何で周囲に嫌われてないのか不思議に思えてきたわ」
「ふふ、それは簡単な理由よ。相手はきちんと選んでるから」
「あんた、堂々と言えば許されると思ってない?」
「別に思ってないわよん。ただバニングスさんに関しては、こうしたほうが仲良くなれると思ってるけど。話し方も少し砕けてきたしね」
ぐぐぐ……この女、あたしの敵とまでは言わないけど苦手なタイプだわ。言動が適当だから何を考えてるのか分かりにくいし。ショウ、この女によく絡まれてるみたいだけどよく相手にできるわね。まあはやてやシュテルでこの手の相手は慣れてるのかもしれないけど。
「アリサさんって呼んでもいいかしらん?」
「勝手にすれば。あたしは今のままでやらせてもらうけど」
「そうツンツンしないでよ。私にはお姉ちゃんもいるんだし、クラスメイトなんだからキリエって呼んでくれてもいいんじゃない?」
「ちょっ、抱きついてこないでよ!?」
あいにくあたしはなのはやフェイトと違ってそっちの気はないんだから。というか、あんた手つきがはやてとは別の意味でいやらし過ぎるのよ。少しは中学生らしくしなさいよね。
「何やってるんだお前ら……」
聞き慣れた声に意識を向けてみると、少し汗ばんだショウが呆れた顔であたし達を見ていた。フローリアンさんの相手をしているうちに男子100メートルが終わったらしい。
「何って……愛を育んでいるのよん」
「あっそう」
「育んでなんかないわよ! ショウはどうでもいいみたいな反応しないで助けなさいよね。あんた、あたしの友達でしょうが!」
あんた、人によって対応違いすぎない。あたしがフェイトやディアーチェだったら助けに入ってたはずだし。
まああの子達は守ってあげたくなるというか、自分ひとりじゃどうにもできなさそうだから分からなくもないんだけど。
「友達でも拒否権はあるだろ」
「ショウくん、それは遠まわしに私の相手は嫌と言っているようにも取れるのだけど?」
「……嫌ではない。面倒なだけで」
うわぁ……絶妙な間と言い方するわね。普通に嫌と言われたほうがどれだけ良かったことか。
そう思ってフローリアンさんのほうに視線を向けてみると多少ダメージはあったように見えたが、すぐさま笑顔に戻ってショウに話し始める。
「あはは、相変わらずそういうところは素直に言ってくれるわね。まあ大丈夫よ、接していたらそのうち慣れるだろうから」
「それ……お前が言うことか?」
「細かいことは気にしない気にしない。あ、私そろそろ競技の時間だからまたね」
小悪魔的な笑みを一度浮かべたフローリアンさんは颯爽とこの場から去って行った。
何ていうか……よくもまああんな風に振舞えるものだわ。きっと並みの男子なら今のでKOされてたんでしょうね。ぐったりしたような顔を浮かべるのはうちの学校じゃこいつくらいじゃないのかしら?
「ん、何だよ?」
「別に……あんたも大変ねって思っただけよ」
「だったら今度からあいつの面倒を見てほしいだが」
「それは無理ね」
あの子の面倒を見るにはかなり時間が必要そうだし。
それにしても、ショウってずいぶんとフローリアンさんには砕けたというか荒めの言葉を使うのね。付き合いの長いあたし達の中でも使ってない相手はいるのに。だからといって問題はない……。
……ってわけでもないかもしれないわね。性格によっては自分よりも他の子とのほうが距離感近いんだって思ったりもしそうだし。それが誰かっていうのは確証がないから伏せておくけど。
「あぁそれとお疲れ様。うちのクラスで1位取ったのってあんたくらいなんじゃないの?」
「そんなこと言ってやるなよ。お前の言ったとおり、全員全力で走ってたんだから。俺だって組み合わせが良かっただけだろ。実際2位と差はほとんどなかったわけだし」
それはそうだけど……今思えば、こいつも結構変わったわよね。昔は手を抜くというか、この手の行事には積極的じゃなかった気がしたけど、今ではクラスでもやる気があるほうだし。
「……今度は何ですかお嬢様?」
「わざわざ嫌味の混じった言い方してくれてありがとう。大したことじゃないわよ、あんたが昔と違って積極的になったって思っただけで」
「積極的?」
「そうよ。あんた、昔は学校行事とかにあまり興味なかったでしょ」
あたしの発言にショウは「あぁ……」と答える。そのあと納得しながら考える素振りを見せ、近くにあったイスに腰を下ろした。
「まあ……俺なりに思うところがあるんだよ」
「ふーん、それって何なのよ?」
「興味なさそうな返事した割に聞くのか?」
「まあ暇潰しがてらね」
次の競技にうちのクラスの女子が出るけど、フローリアンさんがいれば男子達を盛り上げてくれるでしょう。それにショウとふたりだけで話す機会ってのも滅多にないし、友達としては交流を深めておくべきだわ。
「暇潰しって……大した話じゃないぞ?」
「それはあんたじゃなくてあたしが決めることよ。それになんだかんだでこうやって話すこと少ないじゃない。ある程度仲良くしてないとあの子達が心配するでしょ?」
ショウは微妙な顔を浮かべたが、可能性がないわけではないと判断したのか肯定の返事をしてきた。その後、懸命に競技に励む生徒達のほうを見ながら話し始める。
「まあ単純な話なんだけどな……俺は中学を卒業したらあっちに移り住もうって思ってる。だから思い出を作っておきたいだけさ」
さらりと言われたその言葉を聞いたのは、おそらくあたしだけだろう。周りに生徒がいないわけじゃないけど、意識はグラウンドの方に向いており、声援が響いている。そのため近くで耳を傾けてなければ聞こえなかったはずだ。
「ふーん……あっちに行くのはやっぱりお義母さんのため?」
「それもある……けど、1番は俺自身のためかな。昔は技術者とパティシエ、どっちの道に進もうか迷ってた」
あぁ……確かこいつのお父さんは技術者でお母さんはパティシエだって前に言ってたわね。
魔法関連のことは分からないことだからあれだけど、お父さんのほうが凄い技術者だったらしいし、お母さんのほうは桃子さんに負けない腕だったとか。
こいつって何気にハイブリットよね……なんて思うのは不謹慎かしら。ずいぶんと昔に亡くなってるらしいし。
ショウの両親は、彼の家に飾ってある写真で見たことがある。父親のほうはどこか女性的な線の細さのある顔立ちをしているが、少年のような目をした優しそうな人だった。母親のほうは長い黒髪を襟足あたりで結んでいて、凛とした雰囲気を感じさせる人だった。身近な人で言えば、シグナムさんに近いだろう。
多分ショウは……お母さんのほうに似たんでしょうね。目元とか似ているし……でも線の細さとかはお父さん譲りなのかしら。ということはそれぞれに似た部分が……って、あたしはいったい何を考えているんだか。
「けど……お前達と出会ってからやりたいことが出来た。進みたい道がはっきりしたからさ」
「何言ってんのよ、メインはあの子達3人でしょうが。あたしやすずかはあんたに大した影響与えてないと思うけど」
「そうでもないさ、お前やすずかからだって学ぶことはあったし。例えば……待つことができるって強さとか」
今言われた強さについては見当があった。
あたしやすずかには、なのは達と違って魔法という力がない。一般的に他言無用のことも今では理解している。でも昔は抱え込んで何も話してくれなかったあの子に怒鳴ってしまったことがある。
悩んでたり、辛かったりしても何も話してくれないのが嫌だった。それ以上に力になれない自分のことが嫌だった。
けどあたしは、待つことを選んだ。
待つのは本当に辛い。あの子が一度大怪我をしてからはもしかしたら……、なんてことを考えてしまうことも多くなった。
でもあの子は……なのははやっぱり魔法の道を選んだ。他人から言われたわけではなく、自分で選んだという強い意志が分かる目をしていた。
正直に言えば危ないことはしてほしくない。
でもこれを言うのはあたしのエゴだ。あの子が……あの子達が本気で進もうとしている道があるのなら、それを応援してあげるのが友達のはず。
あの子達だってあたし達に心配を掛けるのは分かってる。それでもあの道を選んだ。だったら友達のあたしは全力で応援するしかないじゃない。
「どうだか。……あんたはあたし達側よりはあっち側だと思うけど?」
「大きな括りではだろ? 感覚としてはアリサ達に近いさ」
「あたし達はあんたみたいにシュテルとイチャついたりしてないんだけど?」
いじわるな問いかけだったと自分でも分かっていただけに、ショウは露骨に嫌そうな顔をした。会った頃は感情が乏しかっただけに、こいつもずいぶんと明るくなったものだ。あまり笑ったりしているところは見たことがないけど。
「俺としてはイチャついていないし、あっちでのあいつはそれなりに真面目だ」
「へぇー……じゃあ今度シュテルに会ったらそう言っとくわ」
「あのさ、俺お前に何かしたか?」
「別にあんたは何もしてないわよ。あんたは……ね」
「……あいつの分の八つ当たりかよ。理不尽な」
少しいじけた顔をするショウは、ほんのちょっぴりだけど可愛く思えた。まあ口にしたりはしなかったけど。
「さてと……もうそろそろあたしの出番ね」
「ん、あぁこれが終わったら200メートル走か。1位目指して頑張れよ」
「当然、やるからにはトップ目指すに決まってるじゃない!」
そう言ってあたしはイスから立ち上がって待機場所へと歩き始める。
「あっ……あんた、真面目に取り組むならちゃんと応援しなさいよね」
「善処する」
「まったく……まああんたが大声で応援してたらそれはそれで引くけど」
「お前な……いいや、さっさと行けよ」
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