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けろけろ

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1部分:第一章


第一章

                     けろけろ
 雨が降った今日もだった。
「またあ!?」
 上村双葉はうんざりとした顔で上を見上げた。そうして同じくうんざりとした声を出した。
「雨ばかりね。最近」
「そんなこと言ったら駄目よ」
 しかしその彼女に隣にいたお母さんが言ってきた。そうしてその小さな手を握り締めた。
「雨だっていいことがあるのよ」
「いいことって?」
「双葉ちゃんいつもお茶飲んでるわよね」
「うん」
 お母さんの言葉に応えてその小さな顔で頷く。頷くとツインテールにしていたその髪が揺れる。彼女はいつもお母さんが作ってくれたお茶を飲んでいるのだ。
「それがどうかしたの?」
「お茶はお水がないと作れないの」
 お母さんはこう双葉に話した。
「そのお水はね。こうして雨が降ってもらえるのよ」
「雨はお水なの」
「そうよ」
 またお母さんは彼女に話した。話ながら傘をかけその中に彼女をしっかりと入れてもいる。そのうえで娘に対して話すのだった。
「雨がないと。お水はないの」
「そうだったの」
「だから雨はとても大事なものなのよ」
「その大事なものがお空から降ってくるのね」
 お母さんのその言葉を心の中で反芻する。反芻すると言葉が自然に心の中に刻み込まれてそのうえで確かなものになっていくのだった。
「雨がそうなのね」
「わかったかしら、双葉ちゃんも」
「うん」
 さっきまでのうんざりとしたような顔も声もなかった。明るい顔になっている。
「わかったわ。雨ってとても大事なものなのね」
「そうよ。それに」
 お母さんは娘にさらに言う。彼女の手を引いて歩きながら。
「聞いて」
「?何が?」
「ほら、聞こえるでしょ」
 雨の中で娘に言ってきた。しとしとと降る白銀の雨の中で娘に言葉を続ける。
「歌声が」
「歌声?」
「聞こえる筈よ、ほら」
 また言ってきた。お母さんの言葉に従って耳を澄ませると。彼女の耳の中にもその歌声が聞こえてきたのだった。
「けろけろって」
「聞こえるでしょ?」
「うん」
 お母さんの言葉にはっきりと応えた。
「聞こえるわ。これって」
「これが蛙の鳴き声なの」
 お母さんはまた娘に教えた。
「これがね。わかったわね」
「うん」
 お母さんの言葉にまた明るく頷く。
「これが蛙の声なのね」
「蛙はね。雨が大好きなの」
 次第に大きくなってくるその歌声の中での言葉だった。
「雨になるといつも聞こえるわよ」
「いつもなのね」
「どう?雨もいいでしょ」
 娘にここでも雨のよさを語る。
「わかったら。お家に帰ってね」
「どうするの?」
「ビワ。食べましょう」
「ビワ!?」
 双葉はビワと聞いてその顔をさらに明るくさせた。彼女が一番好きな果物だからだ。いつもお母さんと一緒に美味しく食べているのだ。
「ビワ。あるの」
「そうよ。だからね」
「うん、戻ろう」
 今にも家に飛んで帰らんばかりになっていた。
「お家に帰って。雨の中で」
「そうよ。大事な中でね」
「蛙さん鳴いて。とても楽しそうね」
 子供の頃のやり取りだった。その頃はお母さんもまだ若くて奇麗で彼女もまだ幼かった。それから長い年月が経って双葉は大学生になった。あのツインテールはポニーテールになり小さかった身体は大きくなって胸も足もかなりのものになった。目は大きくはっきりとしていて明るい顔になっている。あの時の小さなスカートは今ではデニムのミニでその下にはいつも黒いスパッツだ。上着は黒いシャツでかなり活動的な女の子になっていた。
 
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