| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

捨て艦について一言言わせてもらう

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
< 前ページ 次ページ > 目次
 

捨て艦と呼ばれる手法で殺されていく小・中学生達

 
前書き
公式設定からは逸脱していないはずですが、公式では触れられていないor作者は見つけられなかった部分は独自設定なので、ここの設定公式とは違うよってところがあれば根拠となる情報ください。
なるべく書き直します。

文章そのものに対する指摘もお願いします。

作者は14年9月末からなのでゲージ回復の苦しみは知りません。 

 
瞬く間に世界の海を支配したモノたちがいた。

ソレらにはなぜか化学兵器の一切が通用しなかった。

どこからともなく湧いてくるソレらは深海棲艦と呼称された。

そしてある日、ソレらに対抗できる存在が現れた。

かつての戦闘艦艇の能力を持った少女たちである。

彼女らは艦娘(かんむす)と呼称され、人類の希望として深海棲艦との戦闘に投入されていった。







艦娘と普通の人間の違いについて考えてみよう


まずはじめに知っておかなければならないのは、彼女たちはどこにでもいる普通の人間であるということだ。

そう、普通の人間なのである。

感情もあれば生理活動もある。

特別なのは“艤装”と呼称される人間サイズに縮小された“かつての船体の一部”を身につけると“戦闘艦艇としての能力”が発揮できるようになるという一点だけだ。

誰がどういういきさつで発見したのかは定かではないが、この能力によって発生する“攻撃”だけが深海棲艦に通用する。

ただ、この艤装を扱うのは普通の人間であるので、しっかりとした訓練を施さないと‘拳銃を持った子供’の拡大版になってしまうだけだ。

ここまでの話を単純化すると、艦娘とは特殊なパイロットでしかないと言える。


しかし、艦娘となった者達には同時に複数存在するようになるという普通の人間との大きな違いがある。






さて、問題となってくるのが‘複数同時に存在する’という違いである。

これは人間の個体性を否定するものであり、生理的な嫌悪感を感じさせるものである。

私個人に限って言えばそのように感じることはないが、客観的に見てみれば‘全く同一の個人’が存在するという状況は確かに気持ち悪く感じても不思議はない。

そして、この気持ち悪さを逆手にとった考え方が生まれた。

曰く、アレらは人間ではない。道具である。

正直なところ私はこの意見は淘汰されると思っていた。

しかし、一部の者達の間ではこの考え方が定着してしまった。

最悪なのは彼らが艦娘の教練を担当していたという事実だろう。

艦娘を道具であると断じた彼らは、特定の艦娘の練度向上のため、或いは特定の海域の哨戒のために練度の低い艦娘を生贄にするようになった。

この行いは非常に不愉快であるが、一定以上の効果が認められるとして黙殺されていた。

そんな中、深海棲艦の巣窟を襲撃、これを殲滅せよという大規模作戦が展開された。

それから、壮絶な戦いが始まった。

初めのうちは良かった。

しかし、時間が進むにつれて頭を抱える教練担当者が増えていった。

彼らの下にいる艦娘達の実力では深海棲艦の戦力回復速度を上回る攻勢をかけることができなかったからだ。

そこに悪魔が囁いた。

そして彼らは悪魔の誘惑に屈した。

練度の低い艦娘を生贄にして、深海棲艦の戦力回復を妨害することにしたのである。

いつしかこの方法で生贄にされる艦娘を、また、この方法そのものを“捨て艦”と呼ぶようになった







一つ思い出して欲しいことがある。

艦娘も普通の人間である。

感情もあれば生理活動もある、普通の人間である。

怪我をすれば痛がるし、死ぬのは嫌だと訴える普通の人間である。

彼女達の、人間としてのプロフィールは公表されていない。

しかし、“捨て艦”にされていく“駆逐艦娘”達はその外見から小学生、大きく見ても中学生であると思う。

そう、生贄にされている彼女たちは小・中学生であるはずなのだ。

生贄とは当然ながら、目的のために殺されるモノのことである。




つまり、“捨て艦”とは『小・中学生の命と引き換えに目的を果たす』方法なのだ。




もう一度言わせてもらおう、“捨て艦”とは『小・中学生の命と引き換えに目的を果たす』方法なのだ。




確かに、深海棲艦との戦いには人類の未来がかかっていると言われている。

だが、それは小・中学生に命を捨てさせる必要があるほどに切迫しているのだろうか?

私にはそうは思えない。

少しずつ人類の制海権は回復しているし、深海棲艦の攻勢が強まっているわけではない。

もちろん、だんだんと強力な深海棲艦の存在が確認されるようになってはいる。

しかし、それは相手の懐に向かって進撃する以上は当たり前のことだろう。

進撃しなければ強力な、言い換えれば危険な相手がいないのだから、十分に訓練を積んでから進撃させればいいと考えるのは普通のことではないだろうか?

確かに、大規模作戦に参加し、作戦成功に貢献するのは大切かも知れない。

だが、それには小・中学生に命を捨てさせるだけの価値があるだろうか?

私にはそうは思えない。

大規模作戦に参加しているものは数多く、そのようなことをしなくとも作戦は成功するだろう。

それとも、彼らは個人に贈られる‘武勲に対する報酬’のために小・中学生を殺すというのだろうか?










艦娘の教練を担当している者、或いはこれから担当する者には、艦娘との付き合い方というものをもう一度よく考えていただきたい。









 
 

 
後書き
艤装を外せば普通の女の子→年齢は見た目通りという予想



あなたは小・中学生を殺す“捨て艦”という戦法をどう思いますか?


 
< 前ページ 次ページ > 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧