魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~
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空白期 中学編 17 「二度あることは三度ある?」
今日来ている施設には、ウォータースライダーや波立つプールと数多くのアトラクションが存在している。だが団体行動というか自分の気持ちを優先するタイプはいなかったため、そういうので遊ぶのはシュテル達が来てからということになった。
そのため俺達は、学校と同じくらいの深さのプールの周りで時間を潰すことにした。ベンチに腰掛けてのんびりしている者、ビーチバレーを行う者、浮き輪を使って水上にぷかぷかと浮いている者と、時間の潰し方は様々だ。俺はというと……
「いや~、ゆっくりとした時間を過ごすのもええなぁ」
浮き輪を使ってのんびりとしているはやての近くに居た。言っておくが、別に彼女から近くに居ろと言われたわけではない。泳いでいたら目の前に流れてきただけだ。邪魔に思ったのだが、さすがに転覆させるほどの感情が湧いたわけでもないため、そっとプールの端のほうに押す。
「ん? 何やショウく……あわわ!?」
首を反ってこちらを見たはやてだったが、あまりに後ろを見ようとしすぎたのか転覆してしまう。近くに居た俺に水しぶきが掛かったのは言うまでもない。こいつ、わざとやったんじゃないだろうな。
「ごほっ、ごほっ……うぅ……鼻に水が」
「…………」
「なあショウくん、何事もなかったように去ろうとするのはどうかと思うで。普通一言くらい声掛けるとこやろ」
自分で水中に落ち、ただ鼻に水が入っただけじゃないか。どうして声を掛ける必要がある。泳げないというなら話は別だが。
「それくらい大丈夫だろ」
「ぐす……昔は手を引いて泳ぎ方教えてくれたり、何かあればすぐに心配してくれたんに。あのときの優しさはどこに行ってしまったんやろか」
「お前がそういうことばかりしなければ今でもきっとあっただろうさ」
現状に愚痴をこぼしたいのはこちらのほうだ。茶目っ気は前からあったとはいえ、今ほどひどくはなかった。あの頃の可愛いはやてはどこへ行ったのやら……。
「……何笑ってるんだよ?」
「別に何でもあらへんよ。わたしは基本いつもにこにこしとるで」
「あっそ」
「そないな返事するなら聞かんでええんやん。心配とかされるより、今みたいに何でも言いあえるほうが好きって思っただけや」
文句を言う割りに答えてくれるんだな。
まあ確かに心配されるよりは今みたいな感じのほうが気が楽だ。こいつは何でもかんでもひとりで抱え込む癖があるし。それを悟らせないようにする術もある。またそういう時に限って、普段よりも他人を気遣ったりする。はたから見ている身としては無茶しやしないか不安になる。
とはいえ、こいつの含めて……俺の身近にいる魔導師達は能力が高いから大抵のことはこなせてしまう。仕事だから、と言われれば簡単にやめるようには言えないし、下手をすると顔を合わせない時期もある。
……あのときのような出来事はもうごめんだ。
これは俺だけでなく、きっと彼女達だって思ってる。だから無理をすることはあっても、無茶をすることはないはずだ。しかし、やはり戦場に立つことを考えると心配になる。
と思った矢先、誰かに顔を軽く叩かれる感じに両手で挟まれた。意識を向けてみると、やや不機嫌になったはやての顔が見える。
「何難しい顔しとるん。せっかくみんなで遊びに来とるんやから楽しまなやろ」
「…………」
「その顔は何なん?」
「いや……」
お姉ちゃんぶってたけど、久しぶりにお姉ちゃんっぽいところ見たなと思って。
ただ口に出すと機嫌が良くなろうと悪くなろうと絡んでくるのは間違いない。ここは胸の内にしまっておくのが無難だろう。
「何でもない」
「嘘つきは泥棒の始まりや。さっさと白状したほうが身のためやで」
「だから何でもないって言ってるだろ」
「あんな……わたしに隠し事できると思うとるんか!」
プールから上がろうとした直後、はやてが横腹を勢い良く触ってきた。こそばゆい感覚はあまりなかったのだが、ちょうど彼女の指がイイところに入ったこともあって俺の体は硬直。水の中に居たのが災いし、足の踏ん張りが利かずに倒れこんでしまう。
「え、ちょっ……!?」
はやてを巻き込むように倒れてしまい、俺は彼女と共に水の中へ。ただこれまでの経験か、日頃の訓練の賜物か、すぐさま俺の体は反射し体勢を整える。
水中に漂っているはやての体にそっと腕を回し、両足は肩幅以上に開いて踏ん張りを利かせ、勢い良く彼女を抱きながら引き上げた。
「ごほっ、ごほっ……あぁまた水が」
「自業自得だバカ」
「バカは言い過ぎと思う……うん?」
不意にはやての表情が変わり、彼女は視線を下に落とした。それに釣られるように意識を向けてみると、シンプルに彼女の肩が見える。胸元は多少見えているが水着だから……。
――ちょっと待て……普通ビキニなら肩から胸に掛けて紐があるんじゃないか。それに胸元にも布が見えるはず。もしかして今の一件で水着が外れてしまったのだろうか。
そう思って視線を上に戻すと、ちょうどはやてと目が合った。それとほぼ同時に彼女の顔は真っ赤に変わり始め、胸元を隠すようにしながら首まで水の中に浸かった。
「な、何見とるんや!」
「わ、悪い!」
「ちょっ、逃げたらあかんて。背中向けとるだけでええから!」
何を言っているんだ、と思いもしたが、プールサイドを見てみると複数の男子の姿が確認できる。近くになのは達の姿がないことを考えると、はやてだけをこの場に放置するのは危険だ。仕方がないので俺は背中を向けた状態でこの場に居続けることにした。
水の動きからはやてが近づいてくるのが分かる。彼女は俺にとって最も付き合いの長い異性ではあるが、一緒に風呂に入ったりしたことはないし、看病などで着替えさせたこともない。彼女の裸を見たことはこれまでに一度としてないのだ。
小学生の頃ならまだ違ったのだろうが、中学生という多感な時期であるため、現状に心臓が悲鳴を上げている。これほどうるさいとはやてに聞こえるのではないだろうか。
「何で近づくんだよ……」
「ショウくんの足元近くにあるからや。まだ動いたらあかんで。見たらショウくん相手でも思いっきり叩くからな」
声のトーンからして冗談ではないように思える。ただ胸を見てしまってそれだけで済むことを考えると、はやては何と心が広い人間なのだろうか。模擬戦という形で魔法くらい撃ち込んだとしても、こちらからすれば文句は言えないのだが。
待てよ、その手の話がはやての家族に伝わると……シグナムあたりからは絞められそうだな。ザフィーラは他のメンツやはやての判断に任せそうだし、シャマルとかヴィータは責任を取れといった話になりそうだ。はやて相手に……いや異性に不埒なことをしてはダメだな。
「もうこっち見てもええよ」
「いい……このままプールから上がる」
「そっか……そんな意識されたらやりにくいやんか」
「いつまでも子供じゃないんだから仕方ないだろ」
顔が妙に熱かったので泳いでプールサイドまで戻る。濡れた前髪を掻き上げながら深く息を吐いた直後、俺の名前を元気に呼ぶ声が響いてくる。
「ショウ、おっひさ~!」
顔を上げた瞬間見えたものは、全力ダッシュから跳んだと思われる天真爛漫な笑顔を浮かべたレヴィの姿。どのような水着を着ているのか確認する暇もなく、彼女に抱きつかれた俺は後方に倒れ始める。盛大に水面に叩きつけられたのは言うまでもない。
またなかなかレヴィが離れなかったこともあって、先ほどのはやてのように鼻に水が入ってしまう。水面に出るのと同時に思いっきり咳き込む俺を、レヴィは面白そうに笑う。
「あはは、ショウ大丈夫?」
「お前な……」
「レヴィ」
淡々としているが、どこか冷たい響きのある声にレヴィの表情が固まる。その声の主は、プールサイドに綺麗な姿勢で立ち、こちらを真っ直ぐに見つめていた。
「ここに来る前にいくつか約束したはずですが?」
「シュ、シュテるん……えっと、その……ごめんなさい!」
「謝る相手は私ではないでしょう?」
言っていることは正しいのだが、いつもより厳しい気がするのは俺の気のせいなのだろうか。まあ付き合いのある人間ならばともかく、ここには見知らない人間も数多く居る。その人達に迷惑を掛けないように、と考えれば普通の対応とも取れるが。
「ショウ、ごめ……! ……顔が痛い」
「水面に勢い良くぶつければ痛いに決まってるだろ。お前はもう少し落ち着きを持て」
「うん、分かった……許してくれる?」
「今回はな。次やったらさすがに怒るぞ」
「えへへ、ショウありがとう」
釘を刺すつもりで言ったのだが、どうやらレヴィの中で俺は怖い人間だとは思っていないようで、嬉しそうに笑いながら抱きついてきた。
今俺とレヴィの体の間にあるものは水着という薄い布1枚だけ。豊満な胸の感触がほぼダイレクトに伝わってきている。
いつもならば即行で放すのだが、今のレヴィは水着だ。じっと抱きついているわけでもないため、下手に放そうとすると事故が起こってしまう可能性もある。異性意識のないレヴィは気にしないかもしれないが、俺や周囲はそうはいかない。
「レヴィ! き、貴様は……!」
シュテルに止めに入ってもらおうと視線を向けると、顔を真っ赤にしたディアーチェが立っていた。彼女はまともな感性を持つ少女だけあって、すぐさまに対応してくれるだろう。
「このような場所で何をやっておるのだ。さっさと離れぬか!」
「なんで?」
「何でって……」
「いいですかレヴィ、そのようなことは好きな相手にしかしてはならないものです」
シュテルの物言いに隣に居たディアーチェは驚愕の表情を浮かべる。まあ気持ちは分からなくもない。これまでのシュテルならば、ディアーチェがどうのという発言ばかりだった。まさかここでまともな発言が出るとは予想していなかっただろう。正直俺も驚いている。
「え? じゃあ何も問題ないよ。だってボク、ショウのこと好きだし」
嘘偽りない笑顔で放たれた言葉に、恋愛的な意味で言っているわけではないと分かっていたのだが、不覚にもドキッとしてしまう。密着している状態で言われたからかもしれないが。
「そうですか……ディアーチェ、あとは任せました」
「え、ここで我に振るの!?」
「あそこまで堂々と言われてしまっては私には難しいです」
「誰に向かって言っておるのだ。貴様、メガネがなくても多少は見えるであろう!」
あのおふたりさん、漫才してないでレヴィをどうにかしてほしいんだけど。仲が良いのは分かるけどさ。
「貴様といい、レヴィといい……どうして我の周りには――っ!?」
憤慨するディアーチェだったが、急に声になっていない悲鳴を上げる。何が起こったのかというと、はやてが背後から抱きついて彼女の胸を鷲掴みにしたのだ。
「王さま~、何で上着とか着とるん? せっかくの水着姿が台無しやないか」
「耳元で囁くな! というか、このような場所で人の胸を揉むでない!」
「人前でなければええの?」
「そのような意味で言っているのではないわ! さっさと離れぬかこのうつけ!」
即行でここまで弄られるディアーチェは可哀想過ぎるだろ。もう少し彼女に優しい世の中になってもいいのではないだろうか。
そんなことを考えてないで助けろと思う人間がいるかもしれないが、俺が止めに入るのは色々と不味いだろう。
「ショウ、こっちを見るでない!」
「やれやれ、おふたりは相変わらず仲がよろしいですね」
「どこをどう見たらそうなるのだ。我はこやつのことを好きではないわ!」
「ガーン!? ……ぐす」
「あ、いや別に嫌いというわけでもなくてだな……」
「あはは、王さまは相変わらず素直じゃないよね~」
「そうだな……お前もいい加減離れろよ。これ以上引っ付いてるようなら怒るぞ」
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