科学と魔術の輪廻転生
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先生。
相変わらず、この部屋は沈黙を守っていた。
その間、俺は結論の無い自問自答を繰り返していた。
このまま彼女を見捨ててはダメだ。
例え無理だと分かっていても、頑張れるだけ、頑張ってみても良いのではないか。
そんな正の思いとは正反対に、負の思いも俺の中に存在した。
諦念である。
俺は、半分諦めかけていた。
これ以上、アイリ先生の覚悟を損なわせたく無い。
これ以上、アイリ先生の覚悟を踏みにじりたく無い。
俺は既に、その思いに侵食されていた。
だが、それでも。
俺の心の中で生まれたそんななけなしの勇敢な心は、アイリ先生の重い覚悟の前では、無力だった。
どうせ、無駄なのだ。
俺は諦めていた。
父さんは、あれから沈黙を貫いている。
もちろん母さんもだ。
二人は怖いぐらいに押し黙っている。
永遠と思われた静寂。
それは唐突に破られた。
父さんが口を開いた……瞬間、俺はまるで図ったかのようなタイミングで声を発していた。
故意ではなく、無意識に。
「ちょっと待ってください!
アイリ先生を……解雇にしないでください!」
父さんの眉がピクッと微動した。
どうして、こんな言葉が出て来たのかは分からない。
俺は、さっきまで諦めていたはずだ。
なのに、何故。
俺は暫し思考を巡らせる。
分からない。
その間にも、無意識の俺は言葉を重ねる。
「アイリ先生は、確かに悪いと思います。
どんな理由があろうとも、勝手に人の物を壊すことは、決して許されることではありません。
しかし、僕は思うのです。
先程アイリ先生は言いました。
『お咎め無しだと、私自身が納得出来ません』と。
彼女は、覚悟をしています。
ここでどんな判決が下ろうと、それを受け入れる、覚悟を。
先に言っておきますが、僕は今、自分の主観で話しています。
アイリ先生の気持ちは分かりません。
僕は彼女がここに留まりたいと考えていると思っていますが、それは僕の勘違いで。
むしろここに居たくないのかもしれません。
でも、僕は言います。
少しでも、彼女が受けるべき罪を軽くしたいと。
そう、思っているからです」
ここまで言って、俺はやっと自分の気持ちに気が付いた。
俺は、助けたいんだ。
困っている人を見たら、放って置けない性格なんだな、と感じた。
思えば、死ぬ間際だってそうだ。
俺は、数秒後には死ぬであろう女性を見て、何をした?
助けていた。
庇っていたんだよ。
ああ、俺は、失念していたんだ。
俺が、こんなにもお人好しだったなんて。
例え表面上は諦めても、無意識下で諦めない、変な根性を持っている奴、だったなんてね。
ははっ。
そう言えば、前世もそんな感じだったかもな。
小学校高学年の頃、登校中に目の前に重そうな荷物持った老人がいたら、遅刻しかけてでも助けたことがあったっけ。
それでも、なんとか間に合った。
そんな記憶が、ある。
そうだよ。
俺は、お人好しだ。
物凄いバカな、お人好しだ。
でも、それの、何が悪いんだ?
「話を戻します。
僕は先程、アイリ先生が覚悟をしていた、と言いました。
覚悟。
つまり彼女は、あのことを後悔しているんですよ。
反省しているんです。
反省しているから、そんな、強い決意ができる。
そう、僕は思いました。
そして本来、罰というのは、二度とそれをやってはいけない、と戒めるためにあるような物です。
なら、彼女に罰は必要ないんじゃ無いでしょうか。
彼女は、罰を受ける必要は、無いのでは……」
「アル君!」
突然、アイリ先生の声が俺を遮る。
思わず言葉を止めてしまった。
彼女は言う。
「……私は、アル君に賛同することは出来ません。
私は、弱い人間なのです。
罰を受け、自身を叱らなければ、何度も同じ過ちを繰り返してしまうような、甘い人間なのです。
なので、私はアル君の提案に乗っかることは出来ません。
……私は、近日中に出て行きますので。
さようなら」
そう言って、彼女は椅子から立ち上がり、スタスタと扉に向かって行く。
だが、その歩みには、少しの迷いが見えた。
しかし、俺は何のアクションも示さなかった。
まるで何も起きなかったかのように、話を継続し始めたのだ。
「と、今までのは全て建前です。
本音ではありません」
アイリ先生の足が扉の前でピタリと止まる。
既に扉は開け放たれ、いつでもその一歩を踏み出せるのに、彼女の足は鉛のように動かない。
俺は続ける。
「本当は、アイリ先生のことが好きなんです。
大好きです。
僕は、ただ単純に、貴女を助けたいんです。
ただその一心で、ここまで詭弁を並べて来たんです」
いい歳になってこんなことを口走るのは結構恥ずかしいが、本当のことだ。
親愛、的な感じだ。
なんというか、昨日会ったばかりなのに、家族みたいな気がしたのだ。
何故なのかは分からない。
しかし、俺の口は止まらなかった。
アイリ先生は黙ったまま俯いていた。
「はい。
僕がアイリ先生に言いたいのは本当にそれだけです。
ですから父さん」
俺は父さんの方を向き直った。
「お願いします。
アイリ先生を、解雇しないでください。
どうしてもダメだと言うのならば、僕が弁償します。
アイリ先生が倉庫を壊したのも、元を辿れば僕の責任ですし。
まあ、まだ稼げないので、借金という形にはなりますが。
今から冒険者になり、経験を積んで、全て払えるようになったらすぐさま清算するので。
どうせなら、アイリ先生を雇うお金も、僕が全額負担します。
信じてください。
お願いします」
俺は頭を下げた。
父さんは少し間を空け、言った。
「……本当に、払えるのか?」
「……分かりません。
でも、出来る限り頑張ります。
それで例え死んだとしても、文句は言えません。
僕が、自分で決めたことですから。
もちろん、悔いもありませんよ」
聞こえるのはそよ風の小さな音。
部屋が異常に静かなせいか、やけにそれは大きく聞こえた。
今、時計の針がカチッと軽快な音を立てた。
父さんが言葉を発した。
「……アイリさん、あんたの負けだな」
「……はい」
アイリ先生に向けられた言葉らしい。
アイリ先生の方を向くと、先程と変わらずドアの前にいた。
しかし、肩の部分が少しだけ震えているのが分かった。
「と言うことは、つまり、アイリ先生は罰金も解雇も無しということですか?」
「それでもオレは別に良いけどな」
「私もそれで良いと思うわ」
俺の言葉を肯定する両親。
つまり。
俺の言い分が通った。
「あ、ありがとうございます!
父さん母さん!」
「父さん母さんって何だよ」
あ、本音が漏れた。
部屋は笑いに包まれた。
さっきの雰囲気とは、真逆になった。
明るい雰囲気。
……俺は、こういうのを大切にしていきたいな。
でもまあ、取り敢えず、アイリ先生と一緒に勉強できるのだ。
こんなに嬉しいことは無い。
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