Transform! And we go ahead to the tomorrow…
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Transform! And we go ahead to the tomorrow…
歌手や俳優が多数所属し、映像コンテンツの企画立ち上げも行っている346プロダクションの比較的新しいアイドル部門。
オフィスビル30階にあるシンデレラプロジェクトルームに、一人の大柄な男性と3人の少女が向かい合って座っていた。
「沢芽市?」
3人の少女のうち、黒い長髪を持った少女、渋谷凛が男性に問いかける。
男性は軽く頷くと、手元の資料をめくって、3人への説明を続ける。
「はい。今回の仕事は沢芽市の復興イベントの協力になります。さらに今回はあのビートライダーズとの合同イベントを企画中です」
「ビートライダーズ…ですか?」
2人目の少女、島村卯月が疑問の声をあげる。
「ご存知ではありませんでしか。
ビートライダーズとは、沢芽市で活動するダンスチームの総称です」
プロデューサーはある程度かいつまんで、ビートライダーズについて簡単に三人に説明する。
いつもに比べて妙に口数の多いプロデューサーに対して、三人はその話をまるで物語でも聞くような不思議な面持ちで聞いていた。
「…そして、彼らはあの『ユグドラシル大災害』の最中でも市民の救助を積極的に行っていたそうです。そんなこともあって、今では町のシンボルだそうです」
「なんかプロデューサー、いつになく饒舌じゃん」
3人目の少女本田未央がからかうような口調でプロデュサーに問う。
だがプロデューサーはそんな事を気にする様子もなく、どこか昔を懐かしむような表情で答えた。
「そう、ですね。…もしかしたら沢芽市には彼がいるからかもしれませんね」
「彼?」
「はい。葛葉鉱汰さんという人物です。
きっとみなさんにとっても印象深い人物になると思いますよ」
***
「沢芽名物 沢飯…おいしいの? これ」
「わっ、見てください皆さん!
あのお店のケーキすっごくおいしそうですよ!」
「えっ、どれどれ!? わっ、ほんとだ!」
女三人寄れば姦しいと言うが、今の三人はまさにそれを体現していた。
沢芽市に到着すれば、あれはなんだ、これはなんだとはしゃぎ出す辺り、アイドルと言ってもやはり10代の少女といったところだろうか。
「あそこは…シャルモンっていうお店ですね。あそこのケーキはいろんな雑誌で紹介される程の人気商品だそうです」
プロデューサーが手にした観光ブックをめくりながら解説する。
「へぇー! そんなに美味しいんなら後でみんなで食べに行こうよ!」
「うん、いいんじゃない。ね、プロデューサー?」
「あ、いえ、私は…」
「えー! いいじゃん!
プロデューサーも一緒に行こーよー!」
「…まずは、仕事を済ませてからにしましょう。場所は近いので後で再び来ることは可能ですので」
結局、ステージに向かう途中もあれこれと目を奪われ、到着したのは30分も後のことだった。
ステージには既にビートライダーズがダンスの練習を始めているようだった。
やがてこちらに気付くと、センターで踊っていた赤と黒のジャケットの男が音楽を止めてこちらに歩み寄ってくる。
「よぉ、あんた達が今回のゲストだよな? 貴虎から話は聞いてるぜ。
ああ、ちょっと待っててくれ、貴虎もすぐに来ると思うからよ」
いかにも人のいい好青年といった感じだった。
端正ではあるが、人柄の良さそうな笑みのためか、イケメンというよりはいい人という印象の方が強い。
「俺はビートーライダーズのリーダーをやってるモンだ。ザックって呼んでくれ」
「「「よろしくお願いします」」」
続いて、先ほどまでスタッフと打ち合わせをしていたスーツの男性がゆっくりと歩いてくる。
「私は今回の復興イベントの主任を任されている、呉島貴虎だ。よろしく」
どうやら彼が先ほどのザックの話に出てきた貴虎らしい。
軽い挨拶を済ますと、貴虎はさっそく仕事の話を始めようとする。
だが、不意に彼らの耳に入った意外な言葉が、それを遮ることとなった。
「おい…あれ、ミッチじゃないか?」
ビートライダーズの一人が指差した方向では、一人の少年が遠巻きにこちらの様子を伺っていたようだ。
「えっ!? ほんとだ!
ミッチ! どう?まだ一緒に踊る気になれないかな?」
「…ごめん」
「そっか…」
その一言だけを小さく告げると、ミッチは逃げるようにしてその場を去ってしまう。
あまりに不自然なその動作は、まるでなにかに怯えているようにも見えているようにさえ見えた。
「ミッチ、まだ自分のこと許せないのかな?」
ビートライダーズの面々が口々にミッチを心配する声を上げた。
なかには、あんなやつは放っておけという声もあったが、ザックが宥めていた。
「あの、今の人は…」
「私の…弟です。あいつのことは気になさらないでください」
卯月の言葉を貴虎があっさりと切ってしまう。正直、気にするなと言われても無理な話だが、兄にそう言われてしまえば卯月に返す言葉はなかった。
「ねぇ、未央ちゃん。今の人…泣いてませんでした?」
「え、そう? 別に普通だったと思うけど」
確かに、あまり生気の感じられる表情ではなかったのも事実だが、泣いている、というのとは少し違う印象を感じる。
「ところで…失礼ですが、葛葉鉱汰さんは今回のステージには参加されないのでしょうか?」
「…! なぜ、彼のことを?」
「実は私、現役時代の彼に一度お会いしたことがありまして。
最近彼がビートライダーズに復帰されたとお聞きして…彼ならば彼女たちにとっても良い刺激をになってくれるのではないかと」
「…申し訳ないが、彼は既に引退した身なので、今回は」
「そう、でしたか…。
こちらこそ申し訳ありません。無理なお願いを言ってしまいました」
言葉とは裏腹にプロデューサーは少し落胆した表情を見せる。
そんなに付き合いの長いわけではないが、卯月にはその表情がとても珍しいものに感じられた。
プロデューサーをこんな表情に出来る葛葉鉱汰とは一体どんな人物なのだろうか。
「プロデューサーさん、その人って…」
「それより、今は仕事の話をしましょう。まずはステージの件ですが…」
またも卯月の言葉を貴虎が遮る。
彼は複雑な表情を浮かべていた。この葛葉鉱汰に関する話をまるで避けているかのような態度だった。
よく見れば、貴虎の他にもザックや他数名のビートライダーズも同じような表情をしていた。
「失礼。三人は、申し訳ありませんが打ち合わせが終わるまでは待機という形でお願いします。そう遠出しないようでしたらどこかへ行かれても構いません」
「はい! じゃあ私たち、さっきのお店で待ってますね!」
***
洋菓子店シャルモンは沢芽市の女性を中心に人気の店である。
決して安い値段ではないものの、確かな商品の品質と、店員の丁寧な対応で、今や沢芽市でその名を知らないものはいないほどの人気店である。
しかし、シャルモンが人気店になった理由にはガイドブックには決して載ることの無いもうひとつの隠れた理由があった。
それは…
「あー、いらっしゃーい。
凰蓮さーん、なんかお客さんですよー」
「ンバッカモォーン!!
お客様の前でなんて口の聞き方!
それとお店ではワテクシのことはパティシエと呼びな・さ~い!」
「いってぇ! つぁ~…」
日夜店長と店員によって繰り広げられる、どつき漫才である。
店に入ってわずか数秒の出来事に、三人はいきなり言葉を失ってしまった。
「失礼いたしました、お客様。
ワテクシ、この店でパティシエを務めております。 凰蓮・ピエール・アルフォンゾと申しましてよ。 Merci d&;avance(よろしくお願いします)」
「こ、こりゃご丁寧にどうも」
「こ、こんにちわ…」
「(なんだか個性的なお店ですね、凛ちゃん!)」
「(個性的すぎる気もするけど…) 」
尻込みする三人を置いて、凰蓮と名乗る屈強なオカマは、痛みのあまり座り込んでいた店員の後ろ襟を掴んで無理やり起立させる。
「それで、こっちの坊やはパティシエ見習いの…」
「つぅ~…、んっ、おほん! 俺は城乃内秀保。まっ、天才策士ってことで、ひとつよろしく」
「は、はぁ」
やたらと策士の部分を強調してくる城乃内への反応はそれなりに、3人はケーキを選ぶ。
値段は少々張ったものの、なるほど、確かにそのケーキは人気店の風格とも呼べるような気品を纏っていた。
無論、味も値段に見合う…いや、値段以上のものであり、未央などは「自分へのお土産」と称していくつかテイクアウトしたほどだ。
「へぇ~じゃあウッチーと凰蓮様も元ビートライダーズなんだ!」
「凰蓮様すっごく強そうですもんね!」
「でもビートライダーズの本業ってダンスだよね? 凰蓮様踊れるの?」
「そもそも、ワテクシは正確にはビートライダーズとは違いましてよ。
紛い物は本物を曇らせる…ワテクシはこの子たちに本物のパッションを教えてあげただけに過ぎませんわ」
「よく言うよ…」
「あーら、何か言って?
それとアータたち、どうしてワテクシだけ
「様」付けなのかしら?」
「いやぁ、だって…ねぇ?」
凰蓮が悪人でないのは分かるのだが、流石にこれだけ強面の男性に…それもオネェ口調で話しかけられれば、慇懃になってしまうのも無理はないというものだ。
「ふぅ、お腹いっぱいです」
「卯月のケーキちょっと大きかったもんね。
なんなら、ちょっと外でも散歩してきたら?」
「そうですね。この後はお仕事もありますし…じゃあちょっとそこまで行ってきます!」
***
光実は広場にいた。そこに、光実以外の人影は見当たらなかった。
あるのは、壁一面に乱雑に貼り付けられた探し人の張り紙だけ。
ユグドラシル大災害と呼ばれる大災害。
壁一面に貼られたそれらは…いや、そもそもこの町そのものが、その爪痕のひとつと言えるだろう。
張り紙に目を見やると、光実の見知った名前もいくつかあった。
『葛葉鉱汰
元チーム鎧武メンバー
ずっと連絡が取れません。
×××-○○○-△△△』
光実の心臓がドクンと音を立てた。
無言で張り紙に背を向け、歩を進める。
とてもその場に留まることは出来そうになかった。
『ああ許す…! だからお前も許してやれよ…今日までの自分の過ちを――』
「(…鉱汰さん。僕は本当に許されてもいいんでしょうか――)」
瞬間。奇妙な感覚に襲われた。――そして、その理由はすぐに分かった。
「そんなはずがない。
お前は友を裏切った愚か者だ。許されるはずがない」
「お前は…デュデュオンシュ!?」
光実の目が見開かれた。
それはかつて自分と共に鉱汰を襲い、そして自分の目の前で倒されたオーバーロードインベスに違いなかった。
デュデュオンシュの姿が歪み、やがて別の姿へと形を変える。
「そもそもお前は何がしたかったのだ?
女の為、居場所の為とほざきながら、結局は自分のことしか考えていなかった分際で」
「シンムグルンまで…。違う! 僕は…!」
歪む、歪む。今度はシンムグルンの姿が形を変えていった。
その姿を見た光実は、信じられない思いで首を左右に振った。
「だってそうだろう?
お前は多くの犠牲の果てに、そこにいる。
多くの亡骸の、その上に立っている。
今さら何を恐れるというんだ?
お前のその手いったいだれの血でそまっている?」
「レデュエ…!」
レデュエはくくく、と押し殺したように笑いながら、光実を見る。
まるで新しいおもちゃを買い与えられた子供のように、笑みを隠し切れないといった様子だ。
「そんなところで反省ごっこなんてせずに戻ってきなよ。さぁ、本当の自分を解放するんだ」
---大…で……か?
光実の脳裏に、かつての鉱汰との戦いの思い出が流れ出す。
いや、思い出などという綺麗なものではない。あれは悪夢だ。人智を遥かに越えた命のやりとりの記憶だった。
『ヨモツヘグリスカッシュ』
記憶の中の自分が矛を振りかざし、エネルギーを溜める。
必死に手足を動かそうとしても、声を上げようとしても、記憶の中の自分が止まることはなかった。
「やめろ…」
静止の声も虚しく、記憶の中の自分は矛を振り上げ、床を蹴って飛翔する。
一瞬の迷いもなく、まっすぐに鉱汰を狙っている。
『ハァァァァァ…!』
「やめろ…!」
---ミ…チさん、大丈…ですか?
『ハァッ!!』
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
ぶつり、と肉を裂く音がする。
いつの間にか、自分と記憶の中の自分は一つになっていた。
その手には、鈍く光る矛の柄。
その先端は、鉱汰の胸に深く突き刺さっていた――。
***
「鉱汰さん!!」
「わわっ! びっくりしました!!」
気がつけば、光実は広場のベンチに腰かけていた。
ビートライダーズの様子を見に行った後、どうやらここで眠ってしまっていたようだ。
「えっと…こんにちわ、ミッチさん…ですよね?
…ずっとうなされてましたけど、大丈夫ですか?」
光実は重い頭を何とか動かし、周囲を見渡す。
そこには驚いたように目を見開く少女の姿があった。
「あなたは…確か346の…」
「はい! 島村卯月です!
すごい汗…よかったらこれ使ってください」
卯月からハンカチを手渡される。
それを受け取ると、ずっと感じていた妙な圧迫感が少し軽くなるのを感じた。
「…ありがとう」
「うわごとで誰かの名前をよんでいたみたいですけど…」
「…鉱汰さんのことですか…」
「あっ、確かその人の事プロデューサーさんが言ってました…すごく優しい人だって」
「…そうですね。確かに鉱汰さんはヒーローでした。
あの人はいつもみんなの為に戦って、傷ついて…、それでも誰かの力になれることを心から喜べような人だった」
今なら、かつて自分が憧れた始まりの彼女が鉱汰を「希望」と称したその意味が痛いほどに理解できる。
そして、それを踏みにじったのが他ならぬ自分自身であるということも。
「(だった…?)」
「そうだ…。本当は僕だってあの人たちの為に戦いたかったはずなのに…。なのに、僕のせいで…」
光実がポケットから葡萄の意匠の錠前を取り出す。
それをじっと見つめる光実の表情は、逆光でよく見えなかった。
「あの、それって…」
「お~い! しまむー!」
卯月の思考を遮断するかのように、彼女の名を呼ぶ声が響く。
その方向を見れば、未央、凛、プロデューサーの三人がゆっくりとこちらに歩み寄っていた。
「一度リハーサルを行いますので、会場の方へお願いします」
「あっ、はい! でも…」
「…僕のことならもう大丈夫です。行ってください」
途中まで歩を進めた卯月が、光実の方を振り替える。
言いたいことがあるが、それを伝える方法がわからないという表情だ。
「あの…よかったら私たちのイベント、見に来てください。ミッチさんが元気になれるように、みんなで頑張りますから」
それに対する光実の答えは、優しそうな、だが、どこか悲しい笑みだった。
翌日、本番を当日に迎えた三人は、再びリハーサルの為にステージふと向かっていた。
午前は別の仕事で隣町へいっていたため、少し移動を急ぐ必要がありそうだ。
「そういえば、しまむー。昨日のリハの時なんか気にしてたみたいだけど、なにかあったの?」
「あっ、いえ…ミッチさん、いないかなって」
「それって貴虎さんの弟さんだっけ?
そういえば昨日なにか話してよね」
「はい。…といっても、あんまりお話できなかったんですけど」
半ば独り言のように、卯月が呟いた。
結局、光実があの後姿を見せることはなかった。
その事実が卯月の中に、焦燥感にも似たもどかしさを与える。
余計なお世話なのは彼女自身が誰よりも理解できた…だが、卯月には、どうしても彼をこのまま放っておくことができなかった。
「ところで、プロデューサー。
話は変わるんだけどさ…なんか人、少なくない?」
凛が周囲を見回す。
三人もそれにつられて辺りを見回すと、確かに休日の午後とは思えないほどに人影という人影がなかった。
まるで、映画に出てくるゴーストタウンか、もしくは、かつての災害直後のように…。
開発都市である沢芽市に、人がいない。
たったそれだけのことが、これほどに不気味な雰囲気を放つことに、なんとも言えない不安な気持ちになる。
…まさにその時、1匹の獣が彼らを狙っていたことにも気づかないほどに-ー。
「こんなところにもまだ猿が残っていたか。一匹たりとも逃がさんぞ」
「貴方は…?」
その獣は、少女の姿をしていた。
プロデューサーの問いを遮るように、少女の周囲に黒い小さな影が集う。
影はやがて1つの大きな塊となると、その姿を醜悪な昆虫のそれへと変化させた。
「なにあれ…!? イナゴ!?」
「まさかこんなことが…」
そのあまりに非現実的な光景に、誰も動くことができず、完全な金縛り状態に陥ってしまう。
対照的にイナゴ怪人は、一歩、一歩と確かな殺意を纏ってこちらへ向かっていた。
逃がせ。
今すぐ彼女たちを逃がさなければ殺される。
プロデューサーの頭の中に、最大音量で警報が鳴り響く。
プロデューサーは拳を握りしめ、三人の前に立った。
「私がなんとか時間を稼ぎます。
三人はその隙に逃げてください」
「そんな…そんなのできるわけないじゃん!」
「お願いします、みなさん。
おそらくこれが、私からの最後のお願いです」
プロデューサーがイナゴ怪人に掴みかかる。
だが相手は正真正銘の怪物。いくら大柄なプロデューサーといえども、為す術もなく殴りとばされてしまった。
「どうした? もっと私を楽しませてみろ!
貴様が死ねば、次はあのガキ共の番だぞ!」
イナゴ怪人が立ち上がる間も与えずにプロデューサーを踏みつける。
ぐっと気管が詰まり、息がこぼれた。
苦痛に顔を歪めながら、それでも3人を見上げる。
「みな…さん。はやく、逃げ…」
「プロデューサー!」
「いや…誰かプロデューサーさんを助けて!」
卯月の涙でぼやけた視界に、黒い影が映る。
何とか頭を動かして、影へと視界を動かす。
茶髪から覗く鋭い目に、妙に気取った眼鏡が掛かっている。
それは、洋菓子店シャルモンのパティシエ見習い…城乃内秀保だった。
「ウッチー!?」
シャルモンで凰蓮に殴られ、もだえていた彼とは同一人物とは思えない鋭い眼光は、まっすぐに謎の少女へ向けられていた。
イナゴ怪人になぶられるプロデュサーと、そのあまりにも痛ましい光景に涙す少女達の姿に、城乃内は001の数字が当てられたロックシードを握る手に力が込められるのを感じた。
「好き勝手やってんじゃねぇ!! 変身!!」
『マツボックリ!』
「(初瀬ちゃん…!)」
城乃内が錠前をベルトにはめると同時に上空にクラックが現れる。
そこから城乃内に降ってきた物体は…。
「空から…松ぼっくり!?」
『マツボックリアームズ! 一撃・インザシャドウ!』
「フン…雑魚が笑わせる」
「うおおおおおおおおお!!!」
黒影に変身した城乃内が、マツボックリアームズ特有のアームズウェポン、影松で切りつけることで、イナゴ怪人からプロデューサーを救出することに成功する。
「プロデューサー!」
「私は…大丈夫です。
それより、みなさんにお怪我は?」
「私たちは大丈夫!
それよりプロデューサー、ウッチーのあれって…」
未央が指差す方向を見ると、自分を助けてくれた黒い戦士がイナゴ怪人相手に奮闘しているのが見える。
「ウッチー…?
ああ、彼のことでしたか。
あれは…おそらくアーマードライダーですね。
本来、インベスゲームで使われるロックシードの力を直接身に纏った姿…だと、ガイドブックにはありました」
「あ、ガイドブック情報なんだ…
まぁ、なんでもいいや! 行っけーウッチー!!」
声援に応えるかのごとく、黒影が二度、三度とイナゴ怪人を切りつける。
さっきまであれだけ猛威を振るっていたイナゴ怪人を完全に圧倒していたのだ。
「あれが…アーマードライダー…」
「すごい…」
だが、優勢は長くは続かなかった。
影松を奪われ、先程までとは対照的に、今度は黒影が幾度となく切りつけられる。
なぞの少女は笑いを押し殺しながら、実に愉快そうな表情を浮かべている。
「どうした? ボロボロじゃないか」
「うるさい! 地獄のパティシエ修行に比べればこのぐらい…!」
乾いた声で喉を震わせ、城乃内は精一杯の強がりを見せる。
それに対し少女は肩をすくめて、唇を笑みの形に作る。
それは…ぞっとするほどに冷たく歪んだ笑みだった。
「よかろう…変身」
『ダークネスアームズ 黄金の果実!!』
少女の体が黒く輝き、そして黒影にどこか似た鎧に身を包む。
この場に、二人目のアーマードライダーが現れた瞬間であった。
「ちょっと! あいつまで変身しちゃったよ!」
もはや、何が起こっているのか完全に理解の範疇を超えていた。。
今まで生きてきた常識が、この短時間でこうもことごとく崩されるものかと、ある種の感動すら覚えてしまいそうなほどだった。
そんな4人を、城乃内とはまた別の声が、再び現実へと連れ戻した。
「無事だったか! 今のうちに逃げるんだ」
「貴虎さん!? でも、城乃内さんが!」
貴虎は城乃内を一瞥すると、その表情を歪める。
「…やはりあのロックシードでは限界が…。
急ぐんだ!あれでは長くは持たんぞ!」
「そんな…じゃあウッチーは!?」
「……。」
未央の問いに、貴虎は答えることができない。
それがつまり何を意味するのか…眼前の戦況を見れば、想像に難くなかった。
しばしの沈黙がその場を支配する中、卯月は何かに気付いたようにハッと顔を上げた。
「私…知ってます」
「なに?」
平静を装いながらも、貴虎は内心ドキリとする。
一方の卯月は気付いてしまった事実に、いてもたってもいられないようだった。
「私、ロックシードを持っている人を知ってます! 私、その人のところに行ってみます!」
「なっ…! 待て! 今一人で行動するのは危険だ!」
貴虎の静止も聞かずに駆け出す卯月に、貴虎はしまった、という表情を浮かべた。
卯月は考えるよりも先に体が動いてしまったようだ。
慌てて後を追おうとするが、3人をこの場に置いていくわけにはいかなかった。
「未央、私たちも!」
「うん!
行こうしぶりん! ほら、プロデューサーも!」
「しかし、皆さんに危険が…」
「…この状況で安全な場所などない。
ならばせめて、固まって行動した方がいいだろう。それよりもはやく彼女を。
彼女はおそらく、光実のところへ向かったはずだ」
貴虎はプロデューサーに肩を貸そうと手を伸ばすが、彼は静かに首を横に振ってそれを拒んだ。
どうやらいてもたってもいられないのは彼も同じらしい――。
***
ビートライダーズのステージのある広場。
何段も続く石階段の、ちょうど真ん中の辺りに光実は腰掛けていた。
ほとんど賭けに近い確立だったが…卯月の予想通り、光実はやはりそこにいたのだ。
「ミッチさん!!」
「貴方は、昨日の…」
光実が、突然の来訪に戸惑いの表情を見せる。
だが、今の卯月にそれを気に止めている余裕はなかった。
光実を見つけられた安堵と、はやく城乃内を助けにいかなければならないという焦燥感から、思わず早口で畳み掛けてしまう。
「大変なんです! 黒い人が黄金の果実で…えっと、マツボックリがイナゴなんです!!」
「…一度落ち着いてください。一体何があったんですか?」
焦っている卯月を落ち着かせるために、光実はあえて冷静に彼女に問いかけた。
そんな光実の真意に気付いてか、卯月も少しばかりの冷静さを取り戻す。
「すみません…えっと、その…!黒いアーマードライダーが町で暴れてて…!」
「黒いアーマードライダー。…コウガネ…!」
どうやら光実はあの少女のことを既に知っていたようだ。
うまく説明する自信がなかった卯月には、その事がまるで天の助けにも感じられた。
「それで、 城乃内さんがたった一人で戦ってるんです!」
「なんだって!?」
「お願いです、ミッチさん!
城乃内さんを助けに行ってあげてください!
あのロックシードがあればできるんですよね!?」
ドクンと心臓が音を立てる。
誰かのために戦う…かつて己のエゴで大切な人を全て犠牲にしてしまった光実にとって、それは呪いの言葉だった。
卯月から目をそらし、気まずそうに一歩下がる。
「…僕には…無理だ」
「どうしてですか!?」
「僕には…誰かの為に戦う資格なんてないよ…」
驚くほどに冷たく、無機質な声で、独り言のように、光実は小さく言葉を零す。
だがそれは同時に、千の言葉よりも深い意味を孕んだ、ハッキリとした拒絶の意思であった。
あまりの事態に、なんと返せばよいのかも分からず卯月は何度も口を開いては、言葉が見つからず虚しく口を閉じることを繰り返した。
やがて、一つの答えに辿り着く。
「だったら…だったら私が戦います!」
「――っ!」
今度は光実が息を呑む番だった。
見開かれた目で卯月をまっすぐ見つめ、彼女の真意を問う。
卯月は視線を一度落とし、続けた。
「私…誰かの笑顔を見るのがすっごく大好きなんです。
今回のイベントでも、スタッフさんやビートライダーズのみなさん、それに凛ちゃんや未央ちゃん…それにプロデューサーさん。
みんなが悲しんでいる誰かを笑顔にするために頑張っていました。
でも…今、それが壊されそうになってるんです!
もうこれ以上、あんな人のために誰かの涙を見たくないんです!」
言うが早いか、卯月は光実のポケットから、強引にロックシードを引っ張り出し、それを大切そうに両手で抱えた。
だが、、光実の視線は奪われたロックシードではなく、むしろ、奪った卯月の手そのものに向けられていた。
「(手が震えてる。やっぱり怖いんだ…)」
ロックシードを握る卯月の手はかすかに震えていた。
目を凝らしてよく見ると、顔色もどこか蒼白になり、足もすくんでガクガクと震えている。
それでも、その手に握ったロックシードを放すことだけはなかった。
「(ああそうか。この人は…紘汰さんと同じなんだ…)」
***
どうして紘汰さんはまだ戦おうとするんです?
『何だよ? いきなり』
世間では、僕達ビートライダーズはすっかり悪者です。街の人を助けたところで報われる事はない。そんな戦いに、何の意味があるんですか?
『報われるかどうかは関係ないだろ。やらなきゃならないから戦う、それだけだ』
でも、紘汰さんがそこまでする必要なんて無いじゃないですか。
『戦う力を持ってるのに何もしないなんて、俺には無理だよ』
***
どうして戦うのか――かつて、光実は鉱汰に訪ねたことがあった。
正直、光実には鉱汰の答えはあまり理解できるものではなかった。
光実の戦う理由は、鉱汰たちの笑顔を守るためだけであり、そこに「みんな」などという曖昧なものは存在しない。
だか…、光実はこの時、初めて空虚だった心が、何かで埋められた気がした。
「(そうか…、そうだったんですね、鉱汰さん)」
暗闇の中に差した一筋の柔らかい光が、光実の凍りついた心と溶かしていく。
「島村さん、僕にもまだ…みんなを守れるでしょうか…?」
気付けば、そんな言葉が自然にこぼれていた。
その言葉に、卯月の表情がぱっと輝く。
「ミッチさんにならできますよ! だってミッチさんは――頑張ってますから!」
自信満々に言う卯月の様子が少しおかしくて、光実はこんな状況であるにもかかわらず少し笑ってしまった。
いつぞやの寂しそうな笑顔と違い、今度は年相応の柔らかい表情だった。
卯月もそれにつられて、思わず笑みが零れた。
「島村さん! それに…光実…」
遅れて到着した貴虎、プロデューサー、未央、凜が現状に似つかわしくない光景に、首を傾ける。
一方の光実は、卯月に向けていた視線を、今度は貴虎に向ける。
しかし、先程までの柔和な笑顔と違い、今度は非常に真剣な表情で、貴虎をまっすぐ見つめた。
「兄さん…僕、やるよ」
その一言で、貴虎は全てを察したようだった。
だが、貴虎の表情は弟の成長を喜ぶそれではなく、どこか憂いを秘めた物だった。
「…これ以上、お前を危険に晒すわけにはいかん。それに、償いの為に戦う必要があるというのなら、それは俺も同罪だ」
「ありがとう、兄さん。でも今は償いとかじゃなくて、ただみんなを守りたい…。それだけなんだ」
「光実…」
それは、かつて貴虎が光実に求めた言葉であり、そしてもう二度と光実から聞くことはないだろうと諦めていた言葉だった。
貴虎の脳裏に、かつての戦いの最中で、光実が初めて自分に見せた本音の言葉が蘇る。
『あんたはいつも言ってたね。
ノブレスオブリージュ。優れた者ほど真っ先に犠牲を払わなきゃならない。それこそが、本当の名誉だって。
…名誉ってなんだよ? 他人のために傷ついて! 利用されて! そんなもの…嬉しくもなんともないよ!!
ねぇ、兄さん。あんたは誰よりも優れた人間なんだろ? だったらさぁ… 最期は僕のために犠牲になってよ。
それがあんたの務めだろ!!! 』
「(あの光実が、こうも変わっていたのか…。
見ているか葛葉。どうやら光実は俺の力などなくとも変身できたようだ)」
ふっ、と貴虎は寂しそうな、それでいて温かい笑みを浮かべた。
「やはり、俺は兄失格だな。
俺はかつて、お前の弱さに気付くことができなかった…。
そして今。お前がこれほどまでに強くなったことにも気付けなかった」
「兄さん…」
「行け。そして…必ず勝って帰ってこい」
「うん! 行ってきます。兄さん」
***
一方の城乃内は、イナゴ怪人と邪武という遥かに格上の敵を2人も相手に、かなりの粘りを見せたものの、既に戦極ドライバーを破壊され、絶体絶命の状況だった。
もはや、城乃内には抵抗は愚か、まともに逃げる余力すら残されてはいなかった。
「くっ…こんなところで!」
「これでもうお前達に戦う術はない」
邪武が城乃内にトドメを刺さんと一歩、一歩とゆっくりと、だが確実に距離を詰めていく。
もはやこれまでかと城乃内が諦めかけたその時、その場に近づく1つの人影があった。
「そうでもないよ。まだ残ってるロックシードはあるんだ」
「お前!?」
「呉島光実…フハハハ!
葛葉紘汰ならともかく、お前ごときではどうすることもできん」
「(またその名前…この人まで…?)」
案内のために同行していた卯月たちは、邪武の口から出た人物の名前に驚きを隠せなかった。
そんな中、光実一人は何かを悟ったような、あるいは覚悟を決めたような表情でロックシードを構える
「…確かにあの人はヒーローだった。でも…もう紘汰さんはいない。
だから僕たちが! ヒーローにならなきゃいけないんだ!! 変身!!」
卯月から返還されたロックシードを開錠し、戦極ドライバーに嵌め込む。
そのフェイスプレートに描かれていたのは、かつて仲間達を破滅へと追いやってしまった龍玄・黄泉のものではなかった。
『ブドウ LOCK ON! ハイー!
ブドウアームズ! 龍・砲・ハッハッハッ!』
アームズが展開し、光実の体が中華風の鎧に包まれていく。
緑の中華衣装に、葡萄の意匠のアームズが身を包んだ、チーム鎧武の2号ライダー。
「あれがミッチさんの変身した姿…」
「…かっこいいじゃん」
アーマードライダー龍玄が、この世界に復活した瞬間だった。
「どこまでも楽しませてくれる…!」
邪武とイナゴ怪人が、獲物を城乃内から龍玄へと変え、武器を構える。
そして、龍玄もまた、それを正面から立ち向かうべく中華拳法の構えで迎え撃つ。
「(頑張ってください! ミッチさん!!)」
***
この後、ミッチさんは悪い人を私達から引き離すために、どこか別の場所へ行ってしまいました。
ミッチさんが一体どんなすごい戦いをしたのか。
そして、このビートライダーズと呼ばれる人達が今までどんな戦いをしていたのかも詳しくは教えてもらえませんでした。
だから、私は私が知っていることだけをお伝えしたいと思います。
まず…ミッチさんは勝ちました。
夕日の中で私たちにで勝ったことを伝えてくれたミッチさんは笑顔でした。
多分、あれがミッチさんの本当の顔なんだろうと思いました。
だってあの時のミッチさん、すっごく素敵な笑顔でしたから!
それと、復興イベントも本当は中止になってしまうはずでしたけど、私がプロデューサーさんにワガママを言って、後日に変更という形で落ち着くことになりました。
――それと、全部のことが終わった後に、こんな不思議なことがありました。
***
---そっか、あんたが…
「え?」
光実の無事を知り、安堵の溜息をついていた卯月に、どこからともなく声が聞こえてきた。
最初は幻聴かと思った卯月だったが、目の前に突然林檎の形の光が現れたことで、声が幻聴でないことを知ると同時に、彼女にとって3度目となる常識ブレイクを食らう羽目になってしまった。
やがて林檎の形の光が収束すると、そこから一人の青年が現れる。
その青年の姿に似つかわしくないほどに落ち着いた雰囲気と、気品すら感じさせる純白の衣装に身を包んだ出で立ちは、まるでなにかの童話の王子でも思わせるようだった。
「あんただろ? ミッチを変身させてくれたのって。ありがとうな…って、どうしたんだ、そんな顔して…ってそりゃ驚くよな」
青年が軽く指を鳴らす。
すると、彼の姿は光に包まれ、やがて黄金の髪は黒色に、王子のような衣装は浮世絵風のイラストが施されたパーカーへと変わった。
「よっしゃ、これなら大丈夫だろ!」
「あ、あわわっ。変身しちゃいました!?」
先ほどまでの落ち着いた雰囲気とは一転、黒髪で笑顔を携え、軽快な口調で話す彼は、王子というよりはザックのような気のいいお兄さん、という印象が強く感じられた。
「あー、俺は…なんていやぁいいんだろ?
まぁ、とにかく一言お礼が言っときたくてさ」
「そんな…私、林檎の神様にお礼を言われるようなことなんて…」
卯月の答えがあまりに予想外だったのか、青年は一瞬呆け顔になり、そして腹を抱えて笑い出してしまうのだった。
ひとしきり笑って落ち着いた後、青年は仕切りなおすように咳を払う。
「ミッチのこと、励ましてくれたんだよな。
…あいつ、みんなを守るんだって、すげぇ頑張ったんだぜ?」
「えっ、あっ、は、はい!」
どうしてこの人がミッチさんの名前を…?
それに、どうしてミッチさんの戦いを知っているの…?
卯月は驚きのあまり咄嗟に浮かんだ疑問を口にすることさえ忘れ、青年を見やる。
「あっ、そうだ! あとあんたらのプロデューサーに俺は元気だって伝えといてくれ。随分心配かけちまったみたいだしさ」
「プロデューサーさんの知り合いなんですか?」
今度こそ疑問を口に出来た卯月だが、青年はそれに答えることなく、静かに微笑を浮かべるだけだった。
「…もうそろそろ時間だな。さぁ、ここからは君たちのステージだ」
青年の姿が再び鈍く光る。その眩さに思わず顔を覆ってしまうほどだった。
そして、卯月が顔を出す頃には既に青年の姿はなかった。
今のは、夢だったのだろうか…?
不意の出来事にそんな事さえ考え始めた卯月の脳裏に、ふと1つの考えがよぎる。
まさか今のは…
「葛葉、鉱汰…さん?」
今となっては彼の正体を確かめる方法はない。普通に考えればあり得ないことだろう。
だが、卯月には彼こそが件の人物に思えて仕方がなかった。
「卯月さ~ん! どうかしたんですかー?」
「しまむー! こっちこっちー!」
「卯月ー!」
光実が、未央が、凜が自分を呼ぶ声が聞こえる。
彼女たちだけではない。ザックが、貴虎が、凰蓮が、城乃内がそしてプロデューサーが自分を呼んでいた。
卯月は、振り向くことなく、仲間達の下へと駆け寄る。
彼女の最大の魅力である、最大限の笑顔を携えながら――。
「みなさーん!!」
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