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蒼き夢の果てに

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第6章 流されて異界
  第114話 魔球?

 
前書き
 第114話を更新します。

 次回更新は、
 4月29日。『蒼き夢の果てに』第115話
 タイトルは、『守り切れ!』です。  

 
 右打席に入った九組の濃いイケメン一番打者の初球。

 鋭く振り抜かれたバットが外角、ややボール気味の高目の球を強く叩いた!
 乾いた金属音。走り出すランナーの土を蹴る音。そして、応援団の発した悲鳴。
 その次の瞬間、クリーンナップを打って居たとしても不思議ではない強打者に相応しい打球が三遊間の真ん中を綺麗に抜け、そのまま緩慢な動きのレフトの前に到達。しかし、打球の勢いを考えてか、それとも別の理由。例えば、既に七点差を付けた試合。ここで無理をして身体を痛めてもバカらしいと考えたのか、ファーストランナーの自称リチャードくんは二塁で止まった。


 そう、一回の裏の攻撃。刹那の間、身体を金縛り状態に陥らされた後に振り抜かれた俺の打球は、一瞬、遅らせた分が溜めと成り、結果、レフトの頭上を遙かに超えて行くツーランホームランと成った。
 これで二対七。
 そしてその余韻も冷めやらぬ四番有希への初球。身体に力の入っていない……と言うか、ただバットを持って、右打席に突っ立っているだけにしか見えない彼女のバットがゆっくりと振りぬかれ――
 その打球もレフトの頭上を遙かに越えて行くランニングホームラン。これで三番四番の二者連続。三対七。

 意気上がる六組応援団。このまま初回に食らった三・四・五番による三者連続の中堅越え本塁打の借りを返せる、そう思った矢先――
 五番の万結が放った打球はセンターの頭上を襲う。
 落下地点へと一直線に進むセンター。初回の我がチームのライトの動きと比べると天と地ほどの差が有る動き。九組の二番バッターを務めるセンターは俊足で好守の選手なのは間違いない。

 ぐんぐんと伸びて行く打球。
 その打球から完全に目線を切って、打球の落下地点に一直線に進んでいたセンターが、そのままの勢いを持って頭からダイブ!
 その瞬間、完全に頭上を越えたかと思われた万結の放った打球が僅かに失速。

 そして!

 すべり込んだ姿勢から立ち上がりながらグローブを高々と掲げるセンター。そのグローブの中には――
 その後、六番のさつきがセンター前へのヒットで出るも、七番の弓月さんが放った猛烈な勢いのファーストライナーが自称ランディくんの好守に阻まれ、我らが六組の反撃は三点で終了。この時点で三対七の四点差。



 そして四点差で始まった二回の表……なのですが。
 先頭の五番バッターが放ったレフト前の当たりをレフトのお調子男が軽く弾く間に二塁打にされ――。本当に、自分の好調具合を主張するのなら口先だけではなく結果で示して貰いたい物。確かに、少しの隙を付いたバッターランナーは優秀でしょうが、少なくとも転がって来た打球を簡単に片手で捕りに行った挙句、それを弾いて居たら格好が悪いだけでしょうが。
 続く六番はセンター前ヒット。但し、センターはさつきだったので、差して俊足と言えないセカンドランナーはサード止まり。これでノーアウト、ランナー一塁・三塁。
 一回の表に続くピンチ。
 七番は朝倉さんの調べに因ると、打力よりも守備力重視らしい九組のショート。ここはハルヒの球威が上回り、サードへのファールフライでワンナウト。
 そして続く八番。九組ではキャッチャーをやって居るこの選手も守備力重視。ただ、今回は当たりそこないの力のない打球がライトの正面に。
 並みのライトならば軽くライトフライにて終わる当たりでしょう。まして、ほぼ正面への打球。これを横から奪い取る訳にも行かず――

 ほぼ正面の当たり。動いたのも数歩に過ぎない距離だったのですが、ライトはウチのチームのもう一人のお荷物カニ。もしかすると本当に正面にある物体が見え難いのか、妙にヨタヨタとした足取り。……何と言うか、お笑い芸人が酔っ払いの動きを誇張した形態模写をする時のような足取りで打球を追い――
 六組の応援団からは海よりも深いため息。応援団もライトとレフトがお荷物だと言う事は既に理解していますから。少なくとも、打席に立つ度にその思いを抱かせるに十分な成果を上げて来ました。
 ――彼らふたりは。

 予想通り、軽く処理して当然のライトへのイージーフライがポテンヒット。タッチアップの態勢に入って居たサードランナーが生還して三対八。
 続く九番はピッチャーの自称リチャードくん。第一打席は左中間へのツーベースヒットで二打点を挙げた強打の投手。

 ここも、初球の外角を簡単に流し打たれてライト前ヒット。三対九。



 一回の裏から、二回の表の九組の攻撃を振り返って居た俺。もういい加減、無理をして――例えば、普通の人間では捉える事の出来ない動きで打球を処理すべきかどうか、悩み始めた瞬間。
 右打席に入った二番打者の放ったライナー性の打球が、レフトの前で弾む。一番打者の打球でもセカンドで止まって居た自称リチャードくんは、今回も無理な走塁を試みる事もなく、サードベースを回った所でストップ。これでワンナウト満塁。
 もっとも、次打者は初回にセンターオーバーのホームランと、レフト前へのタイムリーヒットの二本を放って居る三番の自称ランディくん。ここで無理をせずとも、楽に返してくれると考えたとしても不思議ではない。

 主審に対してヘルメットを外して一礼。その後、左打席へと入る自称ランディくん。色眼鏡を掛けて見ているからなのか、その態度のひとつひとつが嫌味で慇懃無礼に感じる。
 ……そう考え掛けてから、直ぐにその思考を追い払う俺。それは、色眼鏡ではない。純然たる事実として、ヤツラは姑息な手段を講じている、と考え直しましたから。
 何故ならば、こちらは能力を下げられた状態で試合に挑まされて居ます。もし、礼儀正しい態度が彼らの正体ならば、正々堂々と野球の試合を行うでしょう。そんな小細工は行わずに。

 今、俺が行って居るのはスポーツの試合などではなく、死合い。世界の命運が掛かっているのか、どうかは判りませんが、それでも俺の未来は掛かっている可能性が高い。
 逆に言うと、ヤツラに取っては俺を始末出来るチャンスと言う事。もし、ヤツラに取って俺が遊びを越えた場所……排除しなければならない危険な存在だと認識されて居たのならば、姑息な方法だろうと、小細工だろうと仕掛けて来るでしょう。
 その方が自分たちに被害が少なくて済みますから。

 左打席に立ち、相も変らぬ薄ら笑いでマウンド上のハルヒと相対する自称ランディくん。

 満塁なので、大きく振り被っても問題なし。矢張り、セットポジション。更にランナーを警戒する意味から行うクイックなどは球威を落とす要因となる。
 普段通りの身体全体を使った綺麗な投球動作から投じられた、バックスピンの掛かった――

「ストライック!」

 有希の構えたミットを小気味よい、乾いた音で鳴らした直後、かなりオーバーアクション気味の主審が初球のコールを行った。
 しかし、その中に微かな違和感。いや、コースは左バッターのインハイのストライクゾーン。素人ならば打ってもファールにしかならない部分なので、初球で投げ込むには申し分ないコースと、そして球速だったと思う……。

 ……のですが……。

 有希より返された球を受け取り、そのまま一連の流れで第二球のモーションに入るハルヒ。このハルヒと有希のバッテリー間に球種に関するサインはない。そもそも、速球しか投げられないハルヒに対して出す事が出来るサインと言うのはコースと高低のみ。
 まして、逃げると言う事も考えられないし、更に、満塁なので逃げて良い場面と言う訳でもない。
 故に、良く言えばリズム良く。悪く言えば単調なリズムで、キャッチャーから返って来たボールを投げ込むだけ。

 ……なのですが……。

 気に成る事は調べるべき。基本的に俺は仙人なので欲望と言う物は薄いのですが、ただ、知識欲だけに関しては旺盛。分からない事は放って置かずに、出来るだけ調べて見たくなる人間。
 そう考え、その違和感の正体を探る為に瞳に能力を籠める。
 俺は見鬼。俺の目は超常を見極める事が出来る眼。元々、普通の人には見えない異界を映す瞳で有る上に、今では更にオッドアイと言うかなり特殊な属性を得ている。
 オッドアイとは片方の瞳で現世を。もう片方の瞳で異界を見る、……とされる神に愛された瞳。この伝承に従えば違和感の正体を見極めるのも難しくはない。
 ……はず。

 高速度カメラの映した鮮明な映像が俺の目の前で展開して行く。ボールの縫い目、切り裂かれて行く大気の流れすら、能力を発動させた俺の瞳でならば見極められる。
 その俺の瞳に映った世界は……。
 淡い精霊の光を帯びた硬式球が進む。おそらく、違和感の正体その一はコレ。今のハルヒが全力投球を行って居る故に、彼女の気がボールに乗り、精霊光を纏わせているのでしょう。

「ストライック、ツゥー!」

 微苦笑を浮かべ、再びインハイへと切れ込んで来たストレートを見送った自称ランディくん。
 そう、確かにハルヒの投じた球には精霊を従える能力がある。しかし、それは見鬼の俺が能力を籠めて見つめていなければ分からないレベルの微かな能力。これならば、一回の表に有希がセカンドに投じた球の方が遙かに強力だった。
 確かに投手が投げるフォームとキャッチャーがセカンドに投げるフォームの違いが有って、投手のフォームの方がリリースのポイントや球の出所が見にくいと言う特徴があるのですが、その程度の差などねじ伏せられるだけの威力が有希の送球には有りましたから。

 但し、ハルヒの投じた球には未だ違和感が残っている。どうも、今まで彼女が投げて居た直球と比べると何処かに違いが有るような気がするのですが。

 再び、大きく振り被るハルヒ。それと同時に、身体はどのような打球にも対処出来る体勢を取る俺。そして、視線の方は彼女の投げようとするボールに集中。
 再び、超高速度撮影のカメラの如き映像が眼前で展開する。
 思いっきり腕を振り――
 違和感の正体その2。リリースの位置。普段から身体全体を使うようなフォームの彼女の身体が更に深く沈み込んで居るのが分かった。具体的には膝がマウンドに着くぐらいまで深く沈み込んで居る。これは、思い切りバッターに向かって踏み込んで居る証。その事に寄り、普段よりもバッターに近い位置でリリース――つまり、ボールを離していると言う事。
 更に、同時に違和感の正体その3。ボールの回転の不良。
 普段はバックスピンの効いた直球。バックスピンが効く事に寄り、幾ばくかの揚力が発生して浮かび上がるような効果が発生しているのですが、今のハルヒの投じた球にバックスピンは効いて居ない。
 但し、揚力に関してはあまり問題ない。その僅かな揚力を補って余りある能力を発して居るのが、ボールに乗せられた彼女の気。つまり、彼女が無意識に従えている精霊たち。
 そして、バックスピンと言う以外の形で掛けられた回転と言うのが――

 僅かにスライドするかのように左バッターの膝元に切れ込んで来る球道。これは高速スライダー。いや、それほどの変化はしていない。これはカットボール!
 何の事はない。初球、二球目はカットボールを投げようとして曲がり切らず、進行方向に向かってドリルのような回転を行う為に揚力が発生せず、それまでのバックスピンの効いた、少し浮かび上がるような直球とは違う軌道の直球が投じられていた、と言う事。

 コースはインコース低め。球威も、そして切れも十分で左バッターの膝元に切れ込むカットボール。
 上手い! 元々遊び球などと言う言葉はハルヒの辞書にはない。それに、今までは変化球と言う言葉もなかったのですが、このタイミングで変化球を投げ込めば!

 しかし!

「ボ、ボール。ボール、ロー!」

 完全に打者の虚を付き、見逃しの三振に斬って取る事が出来る。そう考えた瞬間、無情にも主審のボールと言うコールが響く。どうやら低いと言う判定らしい。

「ちょっと、今の球の何処がボールなのよ!」

 かなり気色ばんでマウンドの上から抗議の声を上げるハルヒ。ただ、確かに先ほどの球はコース、それに高低も確実にストライクゾーンを過ぎったと思うのですが。
 もっとも――

「ハルヒ、アンラッキーや。キレも球威も十分。次で決めたら良い」

 普通に考えるとストライク・ボールの判定が覆る事はありません。まして、六組の応援団が携帯のカメラで試合を撮り出したと言っても、それはアウト、セーフの微妙な判定を覆す為の証拠にする為。ストライク・ボールの判定を覆す為には、ハルヒの真後ろから撮った映像でもない限り難しいでしょう。

「何よ、あんたはあんなヤツの肩を持つって言うの!」

 有希から返されたボールを受け取りながら、俺の方を向いて文句を口にするハルヒ。確かに言いたい事は判りますが、それを言っても意味がない。それに、審判に食ってかかるよりも、俺に対して不満をぶちまける方がマシでしょう。
 流石に退場などと言う事にはならないとは思いますが。

「何点取られても、その分取り返したらええんやから気にするなって」

 野球で一番おもしろいスコアは八対七だ、……と言うやろうが。
 既に七点以上取られている事は何処かに放り出して、野球を知っている人間の間でならばかなり有名な言葉で締めくくる俺。もっとも、俺個人の意見を言わせて貰うと、八対七などと言うスコアは単に投手の質が悪いか、守備が下手なだけの凡戦。俺が許せる範囲は四点以内の勝負。三対二ぐらいのスコアがベストだと思ってはいるのですが。

「まぁ、スマイル、スマイル。要らんトコロに力が入ったら、行くボールも行かんようになる。そう成ったら本末転倒やろうが」

 一応、現状はツーストライク・ワンボール。確かにワンナウト満塁のピンチなのですが、左バッターに取って、先ほどハルヒが投げた膝元へのカットボールは非常に打ち難いボール。そして九組の打順は三、四番共に左。
 大雑把なコントロールでも打ち取れる可能性が高い。

「本当に、取り返しなさいよね!」

 かなり不満げな様子。ついでに捨て台詞のような物まで残して、俺の方向から、ホームベースの方向へと身体を向けるハルヒ。
 彼女の動きを見て、それまでバッターボックスを外して、軽く素振りをしていた自称ランディくんが再び、左バッターボックスへと入る。

 表面上は非常に礼儀正しい行為。但し、場の空気を完全に支配し、俺たちの能力を完全に発揮出来ない状況を作り上げたのはおそらくヤツら。更に、審判団の意識誘導を行っているのもヤツらの仕業の可能性が高いので、自称ランディくんが如何に礼儀正しい素振りを見せようとも、それは表面上、そう言う風に装って居るだけ。内面はまったく違うはず。
 確かに因り能力の高い……精霊を友とする能力や従え、押さえ付ける能力に優れている存在が現われると、俺たちの能力が抑えられる事は存在しますが、今回に関しては人為的な処置。おそらくこの学校……もしくはグラウンドだけが、ある種の結界に覆われた状態と成って居るのだと思われますから。

 色々と問題のある……はっきり言うと審判とは認めたくない野球部々員がプレイを宣告すると同時に、大きく振り被るハルヒ。しかし、ハルヒの有希に対する信用と言うのもかなりのレベルに到達しているらしい。
 ノーサインで変化球を投げて、捕球出来る普通のキャッチャーはいない、と思うのですが。それを平気でやる辺り、信用していると考えた方が妥当でしょうから。

 するするとベースから先の塁を窺う三人のランナー。流石にホームスチールはないとは思いますが、小柄なキャッチャーぐらいなら弾き飛ばせると考えたとしても不思議ではない。更に、ハルヒの大きなフォームなら、隙があると考えたとしても――
 大きなフォームから投じられたその球。リリース後のフォロースルーも大きく、回転もバックスピン以外の回転。
 しかし、今回の回転はドリルのような回転。おそらく、ジャイロボールと言う球。

 先ほどまでとは明らかに違う完全な精霊光を纏った球。能力を発動させた俺の瞳には眩いまでの光跡を残して進むボールが見えて居る以上、この場に居る能力者や、そして何より、人外の気を纏った自称ランディくんがこの球の異常さに気付いていないとは思えない!

 左バッターの膝元に食い込む直球。変化球か、それともストレートかを見極める為に少し始動の遅れた自称ランディくん。
 しかし――
 しかし、次の瞬間、黒いバットを一閃。乾いた金属音が耳に届き――
 打球は第一、第二打席ともにそちらの方へと飛んださつきの頭上に――

 マズイ! このバッターは性格的にはかなりねじ曲がって居るが打球は素直なセンター返しが心情らしく、そして、バッティングフォームのフォロースルーが大きい所為か他のバッターと比べて打球の伸びが違う!
 反射的に振り返る俺。その瞬間に目に入ったのは右腕を大きくグルグルと回す三塁コーチャーズボックスに立つ九組の生徒と、既にスタートを切って居る三人のランナー。

 ぐんぐんと伸びて行く打球。その勢いは――
 いや、第一打席のセンターオーバーのホームランに比べると僅かに勢いがない。しかし、それでも通常のセンターの守備位置の段階で、身長百四十センチ少々のさつきの頭の位置よりも五メートル以上高い位置を越えて――

「なめるなぁ~!」

 しかし、その次の瞬間、俺の瞳に通常では有り得ない光景が映し出された。遙か頭上を越えるかと思われた自称ランディくんの打球を空中にジャンプしたさつきがキャッチ!
 あいつ、終に我慢が出来なくなったのか!

 その瞬間、中継の位置に入ろうとしていた俺が急速反転。同時にアガレスを起動!
 さつきが高い到達点――。棒高跳びの選手ならばギリギリ届くか、……と言う高さからセカンドに向けて送球。その勢いで前方に向け空中で一回転。
 こんな動き、最早人類のソレではない!

 火の出るような勢い。いや、このスピードでは火が出ても不思議ではない勢いで迫る送球。既にサードベースを回って居たランナーが間延びした時間の中でゆっくりと後戻りを開始した瞬間。
 普段感じた事のない全身に対する圧力。おそらく、超高速で動く際に発生する大気の抵抗を跳ね除けセカンドベース上に到達する俺。その刹那、出し抜けに世界が通常の色彩と音を取り戻す。

 胸の前に構えたグラブ。そのグラブに砲弾と等しき勢いで跳び込んで来る硬式球。強化されたグラブと、同じように強化された硬式球が発生させる熱により、周囲に焦げ臭い臭いを発生させた。
 そして、

「ア、アウト!」

 ワザとボールを二塁塁審に見やすいように掲げて見せる俺。そのボールを信じられない物を見た彼のような表情で一瞬固まった塁審が、しかし、直ぐに右手を高く持ち上げ、アウトのコールを行った。
 これでセンターライナー。その後、飛び出したセカンドランナーが帰塁出来ずの、8-4のダブルプレイが成立。

「やった、やりましたよ!」

 一塁ベンチの前で、短いスカートをヒラヒラさせながら飛び跳ねるチアリーダー。嬉しいのは分かるけど、喜び過ぎでしょうが。
 しかし――

「弓月さん。サードベースに着いてくれるか」

 意味不明の俺の依頼。既に一塁側のベンチに帰り掛けていた弓月さんなのだが、

「サードベースに着けば良いのですか?」

 ……と少し小首を傾げながらサードベースへと着いてくれる。
 う~む、普段はかなり暗い感じで目立たない彼女なのだが、長い黒髪。少し古風と表現されるとは思うけど、それでもかなり整った顔立ち。良家の子女と言う雰囲気から言って、人気がない訳でもないと思うのですが……。

 ハルヒのように初めから俺の言う事を疑って掛かり、しつこく理由を問いただして来ないだけでも好感度は◎。
 別に従順で唯々諾々と従うタイプの女性が好みと言う訳でもないのですが、ここはあまり時間を掛けても意味がない。そう考え、少し焦げ臭い硬式球を軽くスナップを効かせたスローで彼女の構えたグローブに向けて投じる俺。

 そして、三塁塁審に視線を向ける。
 同時に軽く龍気を発生させる。尚、これは相手に無言の圧力を掛ける為。

「ア、アウト!」

 無言の威圧。それも常人に感知出来るレベルの神威――龍気を受け、小さく、ヒッと悲鳴を上げた三塁塁審が右手を上げて宣告を行った。
 はい、良く出来ました。そう言う気分で軽く首肯く俺。

 そして、一連の流れを最後まで確認した後に、何か要領を得ない雰囲気の弓月さんと肩を並べて一塁ベンチへと帰る。応援団とチームメイトの視線……全員から二回の裏の先頭打者と、次のバッターのふたりを差し引いた分の視線を受けながら。
 ただ……。

「ねぇ」

 さっさとベンチに引き揚げていたハルヒが俺を待ちかまえるように目の前で胸の前に腕を組んで仁王立ち。
 ただ、何故か非常に不機嫌な雰囲気。確かにメッタ打ちを食らって居る最中の投手の気分が良い訳はないのですが、それでも失点のピンチを救ったヒーローの帰還に対して、その態度はないでしょうが。
 もっとも、この態度の理由は口にされずとも想像が付きます。

「あぁ、アレか」

 ワザと勿体付けるように一拍、呼吸を入れる俺。それに、少し勿体を付けた方が賢そうに見える物。
 矢張り、決める所は決めて置かないと。

 そんなかなりくだらない事を考えながら、並べられたパイプ椅子のひとつに腰を下ろす俺。そして、

「あれはルールブックの盲点。所謂四アウトと言うヤツやな」

 一応、薄識(はくしき)。薄いけど広い知識の一端を開陳する俺。
 そう、これはかなりレアなケースだけど、プロ野球や高校野球では何年に一回かの割合で起きて居る事態。
 今回のようにワンナウトで三塁とそれ以外の塁にランナーが居て、バッターがライナーやフライを打ち上げ、サードランナー以外が帰塁出来ずにダブルプレイが成立した時に、既にサードランナーがホームベースを駆け抜けて居た場合……。
 そのサードランナーの生還は一時的に認められる。

 つまり、今回の例で言うと相手チームの三番、自称ランディくんはセンターのさつきがかなり人間離れした動きでライナーをキャッチした瞬間にアウト。これで九組はツーアウト。
 そして、彼女の送球がセカンドの俺の元に戻って来た時には、セカンドランナーの九組のイケメントップバッターは既にサードベースを回った位置に居て、帰塁する事が出来ずのダブルプレイ成立。

 ……なのですが、この段階でセカンドランナーがサードベースを回って本塁へと向かって居た、と言う事は、本来、サードに居た九組のエース。自称リチャードくんは既にホームベースを駆け抜けるか、もしくは三本間の何処かに居た事が推測出来る。
 それに、あの打球の勢いから考えるとセンターが追い付くのは表の世界に存在する人間では無理。例えメジャーリーガー最強のセンターが居たとしても不可能でしょう。そう考えるとタッチアップを想定した動きよりはある程度のスピードでより先に進んで置くのは間違いではない。

 そして、ここで問題なのは審判の内、三塁塁審以外はすべて敵と考えて間違いない状態。例え俺がセカンドベース上でセンターからの送球を受け取った時にサードランナーがホームベースを駆け抜けて居なかったとしても、駆け抜けて居たと言い張って九組の得点を認める可能性が有った、と言う事。
 このルール上の盲点。四アウトと言うのはアピールプレイ。守備側がサードランナーのリタッチが早すぎたとアピールを行って三塁にボールを送らない限り、九組に得点が加えられるシステムと成っています。

 流石にそんなクダラナイ理由でこれ以上、点差を広げられる訳には行きませんから。

「三対十と三対十一。確かに一点しか差がないけど、こう言う失点は士気を下げる可能性が高いから防がなけりゃアカンのや」

 それに、逆に言うとこう言う大ピンチを神がかった奇跡のような方法で切り抜けると、その先にはコチラに流れが来る可能性が高いのも事実。

 最後まで話し終わった俺。そして、胸の前に腕を組んだ状態で仁王立ち。上から目線で俺を見つめているハルヒに対して、

「ほら、期待出来ない八番が三振に倒れたから、ネクストバッターズサークルに行って来い、ハルヒ」

 立て掛けて居たバットを差し出す俺。……と言うか、俺が椅子に座った後に預けるようにして彼女が置いて来たので、最初から俺に打席に向かう前に渡してくれ、そう言う心算でこちらに預けてあったのでしょう。
 そう。先ほどのルール上の盲点の説明の最中に、矢鱈と自分の好調振りをアピールしていた八番バッターが、かなり大きなスイングで三振を喫したのだ。

 この感じで行くと九番バッターのカニも期待は薄。少なくとも、彼の野球の実力が高校球児レベルに到達していなければ、九組のエースの投じる変化球には手も足も出ないでしょう。
 この進学校の生徒で、そのレベルにまで到達していたのなら、その男子生徒は迷う事なく野球部に入部しているはずなので、球技大会の野球にエントリーはしていないはずです。

「ねぇ」

 俺が差し出したバットを手に、カニが去ったネクストバッターズサークルに向かって二歩進み出したハルヒがふと何かを思い出したかのように立ち止まり――

「この試合、絶対に勝つわよ」

 振り返って俺の瞳を覗き込んだ。
 その時の彼女の瞳に浮かんでいた物は不安……それとも悔恨か?

「何を言い出すのかと思えば、そんな事かいな」

 俺は負け戦が嫌い。
 さもくだらない事を聞いたかのように、そう答える俺。
 それに、そもそもハルヒの能力は王国能力。言霊と言うには、発現の方法が神……ちょいと厄介な神に与えられた問題がある能力らしいけど、それでも言葉に力を与える能力である事は間違いない。
 特に一回の裏の俺の打席の際に発せられた言葉にはかなりの能力が籠められていた。それで無ければ、神気に呑み込まれた掛けた俺があの一瞬だけで精神を立てなおす事は難しかったでしょうから。

 その彼女が暗い、後ろ向きの思考に支配されるのは得策ではありません。

「オマエさんは、オマエさんの思うようにやって見たらええんや」

 この世界に失敗を経験しない人間など存在しない。いや、おそらく全知全能と嘯いて居る神すらも失敗する事はある。
 あいつらは自分の失敗を、失敗として認めていないだけ。

「何の為にこれだけの仲間が居ると思って居るんや? 少々の失敗は誰かがフォローしてくれるから細かい事は気にせずに、ガンガン行ってみたら良い」

 そう言いながら、サムズアップ。
 偶に訪れる……と言いながら、この試合が始まってからの俺って結構、頼りがいがあるんじゃないだろうか。等と多少、自画自賛の考えが頭の片隅を過ぎる瞬間。

 何よ、忍のクセに生意気なんだから。
 普段の悪態にもキレはなく、しかし――

「この試合、勝つわよ、みんな!」

 そう、力強く宣言を行うハルヒ。

 その瞬間、非常に頼りになる我がチームの九番バッターが妙に腰の引けた空振りをひとつ。
 あっさりとワンストライクを取られたのでした。

 
 

 
後書き
 矢張り、野球をちゃんと描くと時間と文字数が掛かるな。
 それでは次回タイトルは『守り切れ!』です。
 
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