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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
  反抗

《絶剣》と呼ばれるユウキ――――紺野木綿季は現在、非常に焦っていた。

この上なく、猛烈に、激甚に、物凄く焦っていた。心の感情をリアルタイムで判定している仮想体が、馬鹿正直に冷や汗を提供してくれているのが見なくてもわかる。

―――どうしよう。

ポツリ、と思わず出た心の叫びがたちまちのうちに伝播する。

―――いや、いやいやいや!思わず恰好つけちゃったけど、考えてみたらかなりアブないよ!あっちに流れ弾いかないようにしながら三人相手!?無理無理無茶無茶苦茶苦茶!!

最後のほうは若干日本語ではなくなっていたような気がするが、まぁようはそういうことである。

つまり、下手に請け負いすぎたのだ。

人間、自分の限界を図るのも重要ですね、という事実を改めて実感する十五歳ティーンエイジャー。

しかし、恰好よくカッコつけてしまった以上、今更引き下がれないのも子供の特徴である。

薄々判っていた従弟の開戦行動に重い溜息を吐きつつ、華奢な腕の中にすっぽりと収まってしまっている重厚な重みを握りしめ直し、足裏になけなしの力を込めた。

レンがいないということは心身ともに厳しい戦力差であることは、正直隠しようもない。おそらく彼自身そのことには気づいているだろう。肝心なトコはとことん鈍感なくせに、時々妙に鋭いのがあの少年だ。

だが、それを全部呑み込んで何も言わなかったのは、信頼されていると受け取っていいのだろうか。

考えすぎかもしれない。

特に考えなどなく、ただ単純に早くこのクエストを終わらせようとしていただけなのかもしれない。

だけど。

―――こんなんでテンション上がるって、我ながら分かりやすいよねッ!!

あの少女達が弾道予測線(バレット・ライン)と呼んでいた紅い輝線が次々と伸びてくる中、少女は勢いよく踏み込んだ右足を軸として回転。

弾丸を発砲するのではなく銃床(ストック)を、生み出された遠心力も上乗せした状態で一番手近にいた敵のゴーグルに叩き込む。

これはやったことのある者なら割と簡単に想像できるのだが、たとえレンズ部分が割れなくとも、そのレンズを支える周囲のレンズパッドを瞬間的に強い力で押されるとかなりの痛覚が発生する。

使う状況が状況なだけに、銃火器というものは昔と比べて滅多なことでは動作不良にはならないようになっている。威力を度外視すれば、水中で発砲することも可能である。

よって、そこから派生する銃床というのも、至近距離での打撃武器となりえる程度の頑丈さは備えているのだ。

「はぁあああッッ!!!」

ドグッ!という若干くぐもった衝撃音とともに、システムが戦闘状況を認識したために出現したHPバーの端が静かに削れたのを視認した。

さすがにキーアイテムの至近距離に配置されたエネミーということだろうか。HPの減少が予想よりも少ない。

「シッ!」

左足でブレーキをかけ、空いた左手で腰にホルダーで吊っている機関銃(マシンガン)を鋭くドロウ。多少のリスクをあえて見過ごし、常時セーフティを解除しているMP7はその銃口から個人防衛火器(PDW)の名に恥じない威力を有する4.6x30mm専用弾薬を激しい雄叫びとともに吐き出した。

いかにレア度の高い装備で身を固める黒づくめでも、さすがにほぼゼロ距離からの一斉射は耐えきれない。

カクッ、と力が抜けた大柄な身体の影にできるだけ身を隠しながら、少女はげしっと容赦なく蹴った。一瞬の間隙の後、壊れたドアみたいに向こう側に倒れていく身体。

その向こうから、残る二人組の斉射があった。

しかし、その多くは今まさにゆっくりと倒れていく仲間の身体に当たり、なかなかその後ろにいるユウキに当たらない。

悪態の言葉とともに、さらに弾幕が増える。いやまぁ、ここで緩めるのもどうかと思うが、それにしたって増やしてどうする。お仲間の死体に鞭打つ気か。

そう思いながら、ユウキはドレスのポケットに突っこんでいたものを静かに取り出す。

―――いーち、にーぃ……

ひゅっ…………ッとん。

打ちまくる二人組の片割れ。そのノド元から、冷ややかに光るメスの柄が飛び出していた。

数瞬の後明らかに、あれだけ打ちまくっていた過剰な弾幕の半分が消失した。上手くいったようだ。

少女の口元に無邪気な笑みが浮かぶとほぼ同時、鈍い音とともにとうとう死体が完全に突っ伏した。同時、少女を守るものも消失し、何の遠慮もない一斉掃射が華奢な身体を襲う。

しかし、それこそユウキの思い通りだった。

―――薄い。

二人分の弾幕は確かに脅威だ。避けようと思った箇所に同時に弾丸をよこされれば、さすがにアインクラッド屈指の反応速度を持つユウキといえど、完全に回避(イベイド)することは物理的に不可能だ。

だが、それが一人分ならば話は変わってくる。散弾などと違い、マシンガンなど拳銃の発射と発射の間のスパンを削ったものに過ぎない。同時に飛んでくるのが一発だと分かった時点で、《絶剣》にとっての脅威度はかなり下がったと言わざるを得ない。

少女は笑う。

《絶剣》は嗤う。

あとはもう、いつも通りの《()()》の時間だ。










さて、と。

四人の少女(ひとり少年)は件の鉄製卵――――にしか見えない超強力爆弾を囲んでいた。もし死角から狙い撃ちされても、誰かが盾になれる算段である。

ポーチから引っ張り出したドライバーやらニッパーを床に並べ、それらを時々手に取りながらリラと呼ばれる少女はうんうん唸っている。

時々漏れてくる「げっ、しっかり爆発処理(EOD)対策してやがる」とか、「非常用起爆方法が赤外線受信ってテレビのリモコンかよ!」などという不穏ワード満載のセリフが地味に怖い。

しかし知識どころかスキルさえ持ち合わせていないミナやユウキ、レンはそれを見守ることしかできず、結果的には手持無沙汰になって雑談を交わしだす。

「ひとまずこれを解体したら終わりってことなのかな?」

「う~ん、何かあっさりしすぎてたような……」

「こ、これ以上難易度上げたら苦情が出るんじゃないかな……?」

困り顔の一般人(ミナ)をよそに、非常識人(レンとユウキ)達は顔を突き合わせた。

「でもさレン、リーダー倒しちゃったらもうやることなんてないんじゃない?さすがにこの船にいる全員を一人残らずは倒せてないけどさ」

「そこなんだよユウキねーちゃん。不確定要素すぎない?その人達」

全員探せってーのォ?と半眼で少年を睨むが、少年はそんな視線をまったく気にしていないような、そもそも意識に入っていないように言葉を口の中で転がす。

「…………リラ……ねーちゃん。爆弾のほうは?」

「ん~?あと少しー。遠距離からの操作はもうできないから安心してー」

間延びしたその声と裏腹に手は一向に休める様子もないリラを心配そうに見やるミナ越しにその姿を見て、少年はさらに思考を重ねる。

「……爆弾のほうは順調…。なら……何が――――」

「れ、レン…………?」

キチ、キチ、と。

歯車が互いの動きを加速させていくように少年は推測を深める。

遠隔操作が行えなくなった今、もし黒尽くめ達が操舵室に放置しているリーダーの『死体』のどこかにあるかもしれないスイッチあるいはボタン的なものを押したとしても、この卵が起爆することはあり得ない。

しかし、しかしだ。

少年の奥底は何かに対して警告を発している。

他でもない、《冥王》そのものが語りかけてくる。

―――何?何を見落としてる……?

静かな焦燥感。届きそうで届かない、思い出そうとすればスルリと逃げてしまう白昼夢の尻尾でもつかもうとするような感覚に、鈍い歯痒さだけが静かに降り積もっていく。

ギリ、とレンが思わず唇を噛もうとした時だった。


ごぐん、と。


大型すぎるゆえにほとんど波の振動を感じえなかった船内全体が、猛烈な横揺れをした。

不自然な――――否、不気味な揺れ方だった。

どう控えめに受け取っても、自然なものではない。明らかな意図が感じられた。

そう、例えば。

計画を台無しにされた八つ当たりのような。

「ッ!やられた!!」

「な、なにっ!?」

悲鳴を噛み殺しながら手近な調度品にしがみつくミナがこちらに問う。

少年は一瞬、これだけの揺れの中なぜ調度品が転がっていく音がしないのかと思ったが、すぐに気が付いた。ここは船の中なのだ。非常事態用の最低限の転倒防止策は取られているのは想像に難くない。

「リーダーのおじさんを放置してたのは()()()だった!」

半ばヤケクソのように放たれた言葉の真意はさすがに伝わり、翻弄されるがままだったミナとユウキは顔色を変えた。

そう。レン達は、ボスの死体が爆破キーを握っていて、そのボタンを押しに黒尽くめ達が集まってきているので受信のほうを阻止したのだ。

だが、見落としていた。

アタマの死体が横たわっているのがどこなのかということを。

操舵室。そう、操舵室だ。

艦の舵を取る場所であり、同時に悪意に塗れて手綱を握ると、どんなに大きな船でも容易く海の底へ沈めてしまうことができる場所。

少年の頭が、どうしようもないほど白熱する。

失敗した。

失敗した失敗した。

失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した。

そして――――

悪い時には悪いことが重なるというのが世の常だ。

あ、と。

今の今まで、短い付き合いながらありありと伝わってくるお喋り好きなリラが、この状況の中でも固く閉ざしていた唇をこじ開ける。

思いっきり嫌な予感を伴わせる母音の発音とともに。

三者の視線が一斉にリラに向く。

それらを一身に受け止める少女は、だらだらと嫌な汗をいっぱいに浮かべながら、油の切れたロボットみたいな動きでゆっくりと振り返った。

「「「…………まさか」」」

堪らず浮かんだ最悪の想像に、しかしリラは焦りながら手を振った。

「ち、違う違うッ!コイツが爆発することはないんだけど――――」

「だ、だけど?」

おどおどと繰り返すパートナーの少女にどこか力の抜けた弱々しい笑みを送り返しながら、リラは言う。

少女は、言う。

その寸前。

ッゴン!ゴォン……!!

操舵のせいではない。今度は意思の介在しない破壊の振動が足元から断続的に響いてきた。断続的に、という言葉から一つではない。不確定な間隔を置いて、幾つもの轟音が炸裂する。

明らかな、爆発音。

「「「な、何したお前ええええええぇえぇぇぇぇっっっッッッ!!!?」」」

「え、えーとねぇ」

滝のように冷や汗が流れる顔に鎮座する、いつもなら勝気そうな視線は一向にこちらを向かない。一生懸命レン達から視線を逸らそうとし、結果としてとてもかわいそうな感じになってしまっていることに気が付かないリラは重苦しい口を開く。

「こっ、このタマゴねぇ。どうにも動かせないとは思ってたけど、実はこれ真下から配線でこの船の動力系に直接繋がってるみたいなのよねぇ」

そう言って彼女は卵の下端を少しだけ持ち上げて見せる。確かにそこには、頑丈そうなボルトによるロックの向こう側に一本だけブッとい配線がにょろりと垂れていた。その行先は直接床に埋まっており、その先はリラの言う通りならばこのバカでかい船のエンジンに繋がっているのだろう。

それが?と無言で続きを促す一同に。

「物質という物質をエネルギーにしてしまう反物質を封じ込めるのは、並の手段じゃ無理。だからそのためのエネルギーをこの船からちょろまかそうって話らしいわ」

この反物質そのものもここで作ったッぽいし、とリラはこぼす。

なるほど、分かりやすいと言えば分かりやすい。こんな危険なものをただで作れるほどGGOの世界は甘くなかったというところか。生成するのも保存するのも莫大なエネルギーがいる。確か、荒廃した世紀末世界といった世界観を提供していたここでは、なるほどエネルギーなどそうそう転がっているはずもないか。

だんだんこのクエストの背景が出てきてゲーマーとしては面白いのだが、今はこの状況が先である。

「それで?一体全体何がどうなったら僕達の足元から爆音が鳴り響いてくることになるの?」

少年の詰問にあーうーえー、と唸った後、リラは観念したように重い口を開ける。

「……さっきの横揺れで、変な感じになっちゃったみたいでその――――」

「ど、どうなったの?リラちゃん」

「………えー、っと。エンジンからちょろまかしてたエネルギーの一部が、こう……返っちゃったのよ。エンジンに」

一瞬の静寂。

次いで、全員の顔にありありといやーな色が急浮上してきた。

―――つまり。

「さっきの爆発音って……」

「エンジンが……壊れた、音?」

頬をひくつかせながらユウキがそう結論付けた直後、再度の爆音が足元を揺らす。

――――つまり、つまり。

「た、たたた対処法はッ!?リラちゃんならエンジンくらい直せるでしょ!」

「人を勝手に工学オタクみたいにすんな!それに今の爆発音からして、エンジンは今も誘爆を続けてんのよ!それはあれか!?灰になれってことか!?」

「ど、どーしようレン!このままじゃこのクエスト……!」

ギシギシという軋みがそこかしこから発生する。

おそらくそのうち、この部屋の中でもはっきりと分かるくらいの異常が感じられるようになってくるだろう。

「――――ッ」

少年は黙考する。

シゲさんがよこしてきたのは、このGGOで開催される頂上(№1)決定戦《バレット・オブ・バレッツ》でも通用するような、この世界での装備(じゅう)の獲得クエストだ。

レンとユウキはこの世界のことをほとんど知らない。せいぜい銃が主武器で、ゲームで生計を立てているプロのトッププレイヤーがうろついているということくらいだ。

しかし、そんな低い知識レベルでも、コンバートしたてのドがつく初心者が容易に高位装備を手に入れられるほどネトゲの世界が甘くないということはわかる。第一、プロがいるようなゲームだ。上位の銃器――――それこそサーバに一丁か二丁しかないぐらいの超レア銃は軒並み競争率が高いはずだ。

つまるところ。

このクエストに失敗するのは非常にマズい……かもしれない。

「……仕方ない。ユウキねーちゃんと……そこのケンカ中の姉妹」

「なに?」

「「なにッ!!」」

三者の視線が集中砲火する中、かつて《冥王》と呼ばれた少年はつとめて平静に自らの結論を下した。

「逃げよう。これだけの客船なら、脱出用のゴムボートくらいはあるでしょ」

「そ、そりゃあるけど……」

「ちょっとタンマ!あ、アンタ今どーゆー状況か分かってんの!?クリアはすぐソコよ!?今艦長室にへばりついてるアイツらをブッ殺せば――――」

「それがクリアになるとは限らないでしょ、リラねーちゃん。現に、クリアだと思ってた爆弾解除がこうして絶妙なタイミングで妨害されてる」

視線を落とすレン。その冷淡な瞳は足元に固定されている楕円形鉄塊に向けられていた。

「僕は最初、このクエストが殲滅系なんだと思ってた。侵入してきた敵を皆殺せーみたいな。だけど、やってくうちにドンドン分かんなくなってきた。クリア条件だと思ってたものが全部はずれ。挙句の果てには明らかにプレイヤー側で操作できることが困難な妨害が成功されてる……」

とつとつと紡がれる言葉を黙って聞いていたユウキは、ハッとする。

今、何か。

大事なことが引っかかったような。

「……レン、何が言いたいの…………?」

数瞬。

迷うような一瞬の後、小さな少年は振り返ってリラとミナに向かって口を開く。

「間違ってたら悪いけど、リラねーちゃん達は前にもこのクエストをクリアしてるんじゃない?」

これだ。

これが答えだ。

ユウキが目を見開いて見つめる中、二人の少女は圧されたように静かに首肯した。

「で、でも、前のは忍び込んだ程度だって。くすねたものも、手榴弾くらいだし――――」

「それだ!何でクエストがクリアしてないのに、内部で手に入れたものの所有権が一般フィールドでも通用するの!?」

「そ、それは……」

できたんだからしょーがないじゃない、とぶつぶつ放つ少女の呟きなど、もう誰も聞いていなかった。

時が止まったかのように、沈黙が部屋に落ちる。足元を時折揺らす爆音だけが、時々意識を現実へと引き戻してくれる。

「つ、つまり」

少女がひねり出した言葉を。少年は首の動きで返す。

「このクエストは、強奪(スナッチ)クエストだ」 
 

 
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!」
レン「そう言えば今更だけど、GGOに海ってあるのかな?」
なべさん「うーん、そこは原作に乗ってない以上名言はできないなあ。だけど、世界観的にジャングルみたいな植物系はないと思うけど、海……は自信ないけど湖とかならあるんじゃなかろうかという体でね」
レン「あぁ、なるほどね」
なべさん「ちなみに文中の船《セントライア》はそこら辺をゲーム設定だからという理由で誤魔化したトンデモ具合なので、現実じゃ浮きません」
レン「はい、自作キャラ、感想を送ってきてください」
――To be continued―― 
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