戦国異伝
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第二百四話 箱根八里その六
「これで我等は四万の兵を持つこととなった」
「しかしです」
榊原は家康にあえて言った。
「駿河、遠江の東の兵達はまだ」
「うむ、我等の領地になってすぐじゃからな」
「まだ兵として動かすには不安があります」
「旗の用意すら出来ておらぬ」
徳川の旗のだ、そうした意味で彼等はまだ武田の兵なのだ。
「具足や陣笠もまだ赤じゃしな」
「黄色に塗り替えておらぬので」
「それではな」
「はい、あの者達はまだです」
それでだというのだ。
「少なくとも北条との戦では動かせませぬ」
「そうじゃな。しかし箱根を押さえれば東海道が使える」
このことだけでも充分大きいというのだ。
「だからな」
「織田殿に応え」
「そのうえで」
「そうじゃ、東海道を抑える」
絶対にというのだ。
「箱根さえ抑えればな」
「その箱根ですが」
井伊がその箱根について家康に述べる。
「関があり」
「しかも尋常な険しさではないな」
「しかし兵はおりませぬので」
関所はあろうともだ、多くの兵はいないというのだ。
「ですから」
「それなりの兵さえ送られればな」
「はい、抑えられます」
それは大丈夫だというのだ。
「砦はありましたが兵は他に移しました」
「氏康殿の策じゃな」
何故箱根の砦に兵がいないのかもだ、家康は呼んでいた。
「それで伊豆や相模に移してな」
「そこの城を守らせていますな」
「それじゃ。氏康殿は箱根を一時捨ててもじゃ」
そうしてもというのだ。
「他を守られているのじゃ」
「何故箱根を放棄したか」
酒井が言って来た。
「そこですな」
「そうじゃ、何故だと思う」
「箱根に幾ら兵を置いても」
酒井は家康の問いに応えて言った。
「それでも。織田の大軍の前には」
「守れぬな」
「だからですな」
「そうじゃ、それ故にじゃ」
だからだというのだ。
「氏康殿は箱根は放棄されたのじゃ」
「それよりもですな」
「小田原、そして他の城でな」
「国を守られることを選んだのですな」
「そしてじゃ」
そのうえで、というのだ。
「もっと言えばわかっておられる」
「と、いいますと」
「北条家は敗れる」
家康はこのこともはっきりと言った。
「力の差が歴然としておるからな」
「では何故北条殿は戦を選ばれたのでしょうか」
榊原は家康にそのことを問うた。
「負けるのならです」
「降るのが筋じゃな」
「はい、勝てぬのなら」
「そうすれば家は守られるな」
「左様です」
「しかし誇りは守れぬ」
家康は微笑んでだ、榊原に述べた。
「そうじゃな」
「誇りがなければですな」
「わかるな、我等もそうじゃったからな」
「はい、我等が武田殿に降らなかったのは」
「吉法師殿への義理とな」
それに、とだ。家康は榊原に答えた。
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