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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第二十一話

 小十郎を思わぬところで拾って、私達は城へと戻って来た。
まつさんに事情を話せば、すぐに侍医を呼んでくれて小十郎を診てくれた。
どうやら過労のようで、しばらくは絶対安静らしい。

 ……聞けば奥州で過労で二度倒れているそうで。どうしてその体調で無茶をした、とお説教をして布団に強引に押し込めました。
しょぼんとしていた小十郎がちょっとだけ可愛かったけど。

 でもまぁ、その時に看病をしてくれたのが夕ちゃんで、その縁で祝言挙げることが決まったって言うんだから
一概に悪いとは言えないのかもね。いやいや、縁というのは何処に転がってるか分からないもんだね。
実を言うと、好いてるってのを知っていたから縁を取り持ってあげようとは思っていたんだけど、
いいきっかけがあって良かったよ。いや、過労で倒れたのは許せることじゃないけど。

 思った以上に体調が悪かったのか布団に押し込めてすぐに寝入ってしまった小十郎の側で、針仕事を始める。
まだまだスピードは今一つだけれども、この一月で大分様になってきた。
裁縫は洗濯以上に苦手だったから、こうやって針仕事が出来るようになったのは夢のようだよ。本当に。
だって、雑巾だって縫えなかったんだもん。ボタン付けとか出来なかったし。でも、この調子ならばお嫁さんをやるのも夢ではないだろう。

 戸を開けて入って来たのは、相変わらず褌一丁の利家さんとまつさんだった。

 「どうだ、様子は」

 「あまり調子が良さそうではありませんね。侍医殿からは絶対安静と言われてしまいましたし」

 青い顔のまま眠っている小十郎は人の気配にも気付かないほどに深く眠っている。
普段の小十郎ならば誰かが来ればすぐに目を覚ますというのに。それだけ疲れているということなのだろうか。

 「すみません、私ばかりか弟まで厄介になってしまって」

 「何を言う、困った時はお互い様だ」

 そう言って笑った利家さんが何だか仏様に見えた。褌一丁だけども。

 本当、甲斐でもそうだったけど加賀でも沢山お世話になったよ。
花嫁修業もさせてもらったし、小十郎の面倒も看てもらってるし。あと、ご飯が美味しいし。
もうここの味を覚えてしまったら、間違っても雑草なんか食べられない……。

 小十郎が人の気配に気がついたのか、ぼんやりとした表情のまま目を覚ました。
ゆっくりと起き上がる小十郎はこめかみを軽く押さえたまま、人の気配のある方へと目を向ける。
その目が利家さんに向いた途端、ぴたりと動きを止めた。

 「おお、気付かれたか。某は」

 笑顔で話す利家さんの首に小十郎が刀を突きつけている。
一体何時の間に刀なんか手にしたのか分からないくらいの速さで首に突きつけるもんだから、私も流石に焦ってしまった。

 「ちょ、何やってんの!?」

 「白昼堂々とそんな格好でいるたぁ、何処の変態だ……姉上に指一本触れて見やがれ、細切れにすんぞ!」

 すっかり変態扱いされた利家さんは目を丸くしていて、小十郎も遠慮無しに殺気を叩きつけている。

 「なっ、へ、変態!? そ、某はそんなものではない!」

 「じゃあ何で女のいる前でそんな格好して平然としていられんだ!
裸見られて興奮してんじゃねぇのか? 納得がいく説明が出来なきゃ叩き斬るぞ、テメェ!!」

 おいおい、ちょっと待て。小十郎ってば気持ちは分かるけどそれはいけないっての。ここは人様の家だってば。

 「某は日頃からこの格好なのだ! 別に色に狂っているからこの格好をしているわけでは」

 小十郎が利家さんの首を貫こうと目にも留まらぬ速さで刀を突き出している。
しかし利家さんも武芸者、咄嗟にそれをかわして両手で刃を掴んでいるからカッコイイ。でも褌一丁だけど。

 ……つか、兄弟揃って変質者扱いするのは一緒なのね。初対面であの格好見せられたら変態か何かだと普通は思うわよね。
でも流石にこれは止めないとまずいか。いくらなんでも世話になってる立場でこんな非礼は許されない。

 私は小十郎の頭を思いきり叩いて刀を奪い取る。何故殴られたのかと抗議するような目をする小十郎に

 「あの人は前田利家さん! この加賀のお殿様!」

 そう教えてあげた。その事実に小十郎の顔から批難の色が消えていく。

 「……前田、利家?」

 きょとんとした顔をして利家さんを見る小十郎に、まつさんは、ほほほと笑って利家さんの後頭部を全力で叩いていた。
利家さんは呻くことも出来ずにそのまま突っ伏して気を失っている。

 「犬千代様がご無礼をいたしました。前田利家が妻、まつめにございまする。竜の右目、片倉小十郎殿でございますね?」

 まつさんの対応に正気に戻ったのか、小十郎は座り直してまつさんに頭を下げた。
隣で気を失っていた利家さんが気になっているようではあったけれど。

 「この度は姉が世話になり、感謝致しまする。そして私までこのように世話になり、申し訳なく」

 「いいえ、困った時はお互い様にございますれば。それに小夜殿、いえ景継殿がいらっしゃったお陰で
大分まつの仕事も楽になりました。こちらこそ感謝せねばなりませぬ」

 ……やっぱり知ってたんだ、私の名前。というか、侍女の姿でその名前を言われると何となく違和感が。

 「妻としての仕事をお教えしたので、何処へ行かれても恥ずかしくないだけの技術はございますれば、
安心して嫁に出せまする。奥州の独眼竜のところに限らず、何処へでも」

 「御心遣い、感謝致します」

 深く頭を下げた小十郎に、まつさんは優しく笑っていた。なんだかその顔はお母さんに見えて、不思議なもんだと思う。
実際の母親はこんなに優しくは笑ってなかったような気がするけど。

 「あまり体調が思わしくないのですから無理はなさらぬよう……ゆっくりとお休み下さいませ。
こちらのことは気になさいませぬよう」

 これ以上無礼を働かれても困るので、強引に小十郎を布団に横にして寝るようにと促す事にする。
一応これで刀を振り回すことはないとは思うけど、流石に二度目は……ねぇ?

 「小夜殿、何かあれば遠慮なく言って下さいませ」

 「ありがとうございます、まつさん」

 利家さんの首根っこを掴んで引き摺ってまつさんは部屋を出て行った。
褌が引き摺られてずり落ちかかっていたのには、あえてもう触れないことにした。気にしたら負けだ。気にしたら。

 「……小十郎、駄目だってば。人の家で刀振り回しちゃ」

 「申し訳ありません、てっきり露出狂がいると」

 「……まぁ、初めて見た時は私も刀振り回したけど」

 知ったら刀振り回すだろうから小十郎には言えないけど、最初に見た時は野外だったからねー……絶対に露出狂だと思ったし。
けど助けてくれた人に刀向けるのは恩知らずと言われても反論出来ないよ?
つか、そんなことやったなんて姉に知られたら……死亡フラグどころの話じゃない。
骨すらも残らないで消滅しそうな気がするし。

 「一眠りしなって。実は相当辛いんでしょう?」

 ともかく、この件はここまでにしておいて小十郎にはしっかり休んでもらわないと。
あまり穿っても良いものでもないわけだし。

 「……すみません」

 申し訳なさそうに謝る小十郎の布団をしっかりと掛けてあげる。

 「いいって。今日はここにいるから安心して寝てなよ」

 「いくら兄弟とはいえ、それは」

 「一人じゃ心細いでしょ?」

 畳み掛けるように言えば、小十郎は渋い顔をして黙ってしまった。

 全く何年一緒にいると思ってんの、分かってるんだから。そんな見た目に反して結構寂しがりなところがあるってのもね。

 ちっちゃい頃は私にべったりで何でも話してくれたのに、ある程度になってからは
何かあっても私に言わなくなっちゃったもんだから、こっちは察してやるので大変だったりする。
具合悪くても基本的に無理する性質だから、強引に休ませたりと結構気を使ってんだよ。本当に。
分かってんのかしらねぇ?

 「子守唄でも歌ってあげようか」

 少しばかりからかうように言うと、小十郎が更に渋い顔をする。

 「……それは結構です」

 「小さい頃はよく歌ってあげてたのに」

 「…………」

 更にからかうように言えば、小十郎は押し黙ってしまった。

 何か、いつもと反応が違う。いつもなら、小十郎は子供ではありません、とか言って怒るのに。

 「……姉上は、母上の事を覚えていますか?」

 唐突に切り出された話題に、私は少しどう答えたものかと考えてしまった。
私は生まれた時から前の人生で培った人格って奴を持っていたから始めからはっきりしてたけど、小十郎はそうじゃない。
覚えてる、って言うと気味悪がられるかな、なんて思ったけど小十郎相手にそれは不要だと思って正直に答えた。

 「うん。小十郎がぐずって眠れないといっつも子守唄歌ってくれてたよね」

 母上が生きてた頃は夜泣きが酷くてね~……煩くて夜眠れなかった事眠れなかった事。
子育てって大変だなって本当に思ったよ。あの頃は母上も姉も随分と隈が濃かった覚えがあるし。
で、小十郎が夜泣きすると母親違いの兄が怒ってね~。双子など捨ててしまえ、ってよく癇癪起こしてたもんだ。

 「最近……母上が子守唄を歌ってくれていたことを思い出しました。大姉上に良く似た、優しそうな人でした……」

 言われてみれば、姉に似ていたような気がする。よく似ていたかどうかは別としても……いや、左月斎様の方に似てるような。
寧ろ母上に似ているのは小十郎の方だと思うんだわ。小十郎を女にしたらあんな感じじゃないかなって思うようなね。
それに優しかったかと言うと……まぁ、阿修羅のような姉の母になるような人だから……語らなくても察してもらえるとは思うけども。

 というか、よくそんな昔の話覚えてるもんだわ。
私は最初から物心付いてたけど、小十郎は物心付く前の話でしょ? 覚えていないことの方が普通だってのに。

 「……今まで記憶にないことが悲しかったのですが……」

 そっか……小十郎は“お母さん”を知らないんだもんね。
一時養子に出されて義理の母親は出来たけど、全然関係は良くなかったらしいし。
ずっとお母さんがいないって寂しい思いが残ってたのか。その気持ちは……よく分かる。
私も、“お母さん”ってものにはいいイメージがないから余計にね。
でも、小十郎には……あんまり“お母さん”のこと、思い出して欲しくないんだよね。
……ちょっといろいろと事情があるから。

 私は母上がよく歌ってくれていた子守唄を歌う。少し驚いたような小十郎は、すぐに苦笑してゆっくりと目を閉じた。

 小十郎が寝付いたのを見て、私は一つ溜息を吐く。

 小十郎がよく歌ってもらっていた子守唄。
……これ、結構際どい男女の恋仲を謳った歌ではっきり言うと子守唄ではないんだよねぇ……。

 ったく、子供になんて歌聞かせて寝かせてるのかしら。残ってる記憶がそれって、良いのか母上。

 「……出来ればそこは、私が歌っていた子守唄に記憶を摩り替えて欲しかったんだけどもなぁ」

 落ち着いて眠っている小十郎を見て、私はもう一度溜息を吐いた。 
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