極短編集
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短編6「頭洗ってあげるね」
「たまには、頭洗おっか?」
そう言って、僕は妻の髪を洗った。
「ねえ、私がおばあちゃんになっても、頭洗ってくれる?」
妻が言った。
「もちろん!」
僕は美容師だし訳もない事だ!と、ただそう思い答えた。
そうそう妻は、もともと僕が下働きで働いていた美容室でのバイト仲間だった。一緒に独立し結婚した。そして仕事は順調だった。
……妻が事故に合うまでは。
ピッピッピッ……
電子音の鳴る病室。妻は一命を取り留めていた。そう……命だけは。それからは日々の生活が変った。僕は、店と病院の往復の生活になった。
「今日さあ、面白い客が来てさあ……」
「……」
僕は毎日、妻に話しかけた。そんな生活が、3ヶ月ほど続き、僕は、妻を自宅に引き取った。僕だけでは無理なので、妻の親類や、自分の親に助けてもらっての生活が始まった。
「どうだい?美味しいだろ。」
僕は、妻の好きなニンジングラッセを口へ運んだ。
「……」
夜、時々……
何もかも投げ出したくなった。
「うわーーーっ!」
深夜、車を飛ばしながら叫んだ事もあった。この先、どうなるか分らない不安。どうにもならない現実に潰されるように、酒に溺れていった。仕事が終わると深夜の帰宅。妻の様子を見る。そして……
酒だった。
そんな生活の中、身体はボロボロになっていった。それは、売上にも響いて行った。自暴自棄。一日中、酒の日々だった。シラフが怖かったのだ。それでも、妻の手だけは何故か、毎晩握り締めていた。
……握り返す事などないのだけど。
ある日。酒と一緒に、薬を飲んだ。妻の手を握り……
僕は、起きない眠りについた。
ピクッ!
手が引っ張られた。ピクピクっと、手が引っ張られた。ハッと目を開ける。妻の手が、僕の手を引っ張っていた。僕は、確かめるように、妻の手を見た。確かに妻が……
引っ張っていた。
『本当か!?』
僕は起き上がった!しかし、急激なめまいと、立ち暗みが襲った。
『マズい!死ぬのストップ!!』
僕は、痺れた足で何度も転びながら、キッチンに向かった。喉の奥に指を突っ込む。出せるだけ、吐き出した。そして、とにかく水を飲み、また吐き出し、119へ電話した。
妻の元へ行く。頭が割れそうに、ガンガンする。妻を見ると……
妻の目は、怒っていた。
『私がいるのに死ぬな!』
と、言っていた。
その後、店はバイトが頑張ってくれたりして、順調に大きくなっていった。来年には、2店舗目を出す予定だ。
◇◇◇
僕は、いつものように妻に言った。
「次、頭洗うよ」
そう言って、僕は妻の髪を洗った。洗い終わる頃、ふと……
『ねえ、私がおばあちゃんになっても、頭洗ってくれる?』
と、妻が言った気がしたので……
「もちろん、おばあちゃんになっても洗うに決まってる!」
と、言うと鏡に映った妻の目は……
笑っていたのだった。
おしまい
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