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油すましと赤子

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1部分:第一章


第一章

                      油すましと赤子
 甚平の家では最近おかしなことが起こっていた。
 油がだ。しょっちゅうなくなっていたのだ。
「おい、また切れてるぞ」
「そうなの?」
 女房のおえりは亭主の話しにまたかといって返す。
「昨日入れたばかりなのに」
「けれど見ろよ」
 甚平は行灯を見せる。見ればその中の皿は。
 奇麗に何もなかった。ある筈の菜種の油がだ。全くなくなっていた。
 それでだ。また秒棒に話すのだった。
「ほらな、ないだろ」
「そうね。確かにね」
「また入れておいてくれよ」
「わかったわ。後で入れておくわ」
「昨日早く寝たよな」
 皿を行灯の中に戻してからだ。甚平は首を捻って言った。
「そうだよな」
「御前さん酒飲んですぐだったじゃないか」
「そうだよ。本当に早く寝たよ」
「あたしもね」
 おえりもだ。どうかというのだ。
「針仕事もなかったし」
「だからだよな」
「早く寝たよ。子供達もね」
「じゃあ何でなんだ?」
 甚平はまた首を捻って話した。
「油が減ってるんだよ」
「それも最近いつもだよね」
「誰か油舐めてるのか?」
 ふとだ。こんなことを言う甚平だった。
「それか飲んでるか」
「馬鹿言いでないよ。何処に油舐める人がいるんだい」
 おえりは甚平にすぐに言い返した。
「醤油でもそんなのないよ」
「醤油ぺろぺろ舐めたらおかしいだろ」
「だからそれと同じだよ」
 まさにそれだというのだ。ないことだというのだ。
「普通にね」
「だよな。油なんて普通舐めないだろ」
「そうだよ。おまえさんも訳わからないこと言うね」
「まあな。それでどうなんだよ」
 また話す彼だった。
「油がこんなに減るなんてな」
「やっぱり何かあるんだね」
「あるだろ。じゃあ何だ?」
 また女房の話す甚平だった。
「誰かが盗んでるんじゃないのか?」
「長屋の誰かがかい?」
 二人は長屋に住んでいる。町人の殆んどが暮らしている場所にだ。
 そこにいてだ、つつましやかだが面白おかしく暮らしているのが彼等だ。しかしだ。その彼等に今そうしたことが起こっているのだった。
 そしてだ。まただった。甚平は言った。
「そんな奴いるかい?ここに」
「盗むなら借りるだろ」
「だよな。そんなことしなくてもね」
 この長屋ではだというのだ。
「言えば貸すから。誰も」
「そうだよ。じゃあこの長屋にはいないな」
「そうだね。じゃあ一体」
「ああ、あれか?」
 甚平はふとだ。こう言うのだった。
「この前落語で聞いたあれな」
「落語?」
「そうだよ。佐賀藩で出た化け猫な」
 言うのはこの話だった。江戸でもこの話はよく知られているのだ。
 甚平もその話を聞いてだ。それでおえりに話すのだった。
「あれじゃないのか?」
「化け猫?」
「あれって油舐めるらしいからな」
 それでだ。化け猫をだというのだ。
 
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