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ソードアート・オンライン~剣士と剣鬼と剣神と~

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SAO─浮遊城と赤衣の聖騎士
  01 剣士誕生

「よかった……もう大丈夫だ。俺が君を助ける」

 ──それが、全ての転換点だった。


 二歳の時、実の両親が死んだ。車に俺を乗せて、里帰りをしている最中に、突然の爆発事故で死んだ。原因は不明。近くの自動車が爆発したとも言われているが、周囲の道路が粉々になっていたことと、その時周囲に凄まじい高エネルギーが発生していたことから、隕石か何かが落下して、不運にもそれに巻き込まれたのではないかという憶測が立った事件だった。

 幸いにも、偶然近くにいた人たちが救助してくれたお陰で俺だけは助かって、現在まで生きていく事ができている。
 ただ、俺には身寄りがなかった。遠くに母親の妹夫婦が住んでいたが、彼らにも第一子が生まれたばかりだという事であわただしく、とても俺を養える状態ではなかった。

 彼ら以外に身よりは無かった。病院でたった一人だけで何日も過ごして、このまま怪我が治ったら孤児院送りになるだろう、と言われていた。

 そんなある日のことだった。一人の男が、俺のもとを訪ねてきたのは。
 灰色掛かった黒髪の、どこか西欧風の顔立ちをした男だった。

 名前は、九十九(つくも)硬次郎(こうじろう)。腰に黒塗りの鞘に包まれた刀を差した、奇妙な男だった。

 病院の医師や看護婦たちが、彼の登場に非常に驚いていたのを覚えている。今でも彼が何者なのか、いまだにはっきりとは分かっていないが、それでもかなり有名人だったのだろう、とは思う。なにせ、現代日本で数少ない、《銃刀法無効ライセンス》の持ち主なのだから。

 日本だけでなく、世界中で野生動物の強暴化や異形化、謎の怪現象の発生が頻繁におこるようになってすでに久しい。民間人の中でも特に実力のある人物たちには、それらから人類を守るために銃刀法違反を無視することを許された《無効ライセンス》が発行される。もちろん、それを以て守るべき民間人を傷つけたら即座に剥奪されてしまうし、そもそもその存在を俺が知ったのはもっとずっと後の事だった。

 だからこの時、幼い俺は、怖いおじさんが来た、という感情を抱いていた。

 ――――だが同時に、奇妙な安心感も。

 そんな硬次郎氏は、唖然とする俺の元へと一直線に歩いてくると、言った。

「……君が生きていて、本当によかったと思っている」

 その言葉に、どう答えたのか。それは覚えていない。まだ言葉も覚えたばかりの頃だったから、なおさらだ。だが、「余計な御世話だ」みたいなことを言ったのだけは覚えている。

 その答えに対して、硬次郎は苦笑し、唐突にこう続けたのだ。

「一つ聞こうか。このまま孤児院に行くか。それとも、俺のところにくるか……どっちがいい?」

 即座に、《おじさんのところ》と答えた。今でも、なぜそう答えたのか、その理由は分かっていない。けど、どうしてか「そうした方がいい」という直感があったのだ。

 すると彼は「おじさん、か……そうか。俺もそんな年か……」などとぶつぶつつぶやいた後に、笑顔になって、言った。

「よかった……もう大丈夫だ。俺が君を助ける」


 こうして、"■■和人"は、"九十九和人"になった。

 九十九家の一員としての生活は、はっきり言えば楽しかった。

 武家屋敷めいたつくりの家は、九十九夫妻が二人で暮らすには少々広く、俺が来たことでちょうど良くなった、と言われた。

 硬次郎は無表情な武人気質の男だったが、内面はひどく優しく、天然で、ユーモアのセンスを兼ね備えた極度の甘党だった。その妻…つまり当時の俺の義理の母親…であった九十九惠花(めぐみか)も、温厚で思いやりにあふれた人で、正直に言ってしまえばかなり甘やかされて育っていたと思う。

 時に厳しく、しかし大概の場合優しく。二人の俺に対する教育方針である。

 幼年時代の俺は、硬次郎の事を『父さん』、惠花の事を『母さん』と呼んでいた。

 さて、父さんがライセンス持ちであるという事は前述した。彼の武器は初対面の時も含めて、いつも腰に差しているあの漆黒の刀。時折駆り出されては、何事もなかったかのように帰還する。

 時には傷だらけになってくることもあった。けどそれでも、父さんが死ぬことだけは無かった。常軌を逸したほどの耐久で、必ず戻ってきたのである。

 本当の両親を喪った俺にとって、それは安心感をもたらす物だった。いつも家にいて、にこにこ笑っている母さんも、俺の心の支えだった。父さんと母さんは仲がよくて、俺が居る目の前でよくいちゃついた。時たま煩わしく思いはしたが、それでも、憧れた。

 いつしか、父さんの様な強い人になりたい、と思うようになっていた。彼のように、己の力で大切な物を護り、必ずその元に帰るような人間になりたい、と思っていた。

 ちょうどその頃に、九十九家の周囲の家の子どもたちと仲良くなり始めていた、と言うのもあるのかもしれない。特にその中の黒髪の少女とはひときわ仲が良かった。

 彼らとの日常を、守りたかった。《彼女》との毎日を、失いたくはなかった。

 そんな思いを、父さんに打ち明けた。貴方のようになりたいと。

「……驚いたな。和人がそんなことを言うとは……」

 彼は呆気にとられたような顔を見せた。仕方あるまい。『それ』が、俺が九十九和人になってから初めての《我儘》だったのだから。

 難しい顔をした父さんは、「ついてこい」と一言だけ言うと、九十九家宅の広すぎる庭へ、俺を引き連れて出た。その腰にはあの刀。

 月光が、庭園を照らす。その中心で、父さんが、ゆっくりと刃をあらわにする。白銀のその刀身に、青白い月の光が反射して、冷たく輝いていた。

 次の瞬間。

 ──世界が、割れた。

 視界に亀裂が走り、無数に分解されたような錯覚を受ける。気が付いたときには何事もなかったかのように『正常化』していたものの、しかし俺は確かに、世界が分解されるのを見た。

「見ろ」

 父さんが、腕まくりをする。

 そこには、薔薇の花の様をかたどった奇妙な紋章が、深紅に光り輝いていた。風呂に入るとき、訓練を終えたとき。彼の裸体を見ることはあったが、その《刻印》を見たのは初めてだった。

「……俺のようになる、という事は、今の様な常識はずれの力と、そしてこの《刻印》の様な異常を受け入れる、という事に他ならない。受け入れたなら、お前の元に今までの生活は戻ってこないだろう」

 それでもかまわないのならば、来るがいい。

 父さんは、そう、静かに告げた。

 恐ろしかった。大切な物を護る為に力を得ようとしたのに、その代償として大切な物達との生活を失わなければならないというのだから。

 だが。

 だとしても。

 俺は、いつか再び、大切な物を護る為に。

「……行く。俺はそっちに、行く」

 しっかりと、答えたのだった。八歳の、秋のことだった。

 
 次の日、来客があった。長い黒髪を纏めて、肩から前に垂らした、和服の男。時代錯誤と言っても過言ではない、まるで時代劇で見るような旅装束。ただしその腰には二本の刀。それが彼もまた、ライセンス保持者なのである、という事を示していた。

「おお、貴殿が団長のご子息でござるな」

 にこり、と男は俺に笑いかけた。団長と言うのは誰のことか。父さんのことだと推測できるが、なぜそんな名前で呼ばれているのか。そもそもこの男は誰なのか──

「和人、コイツはヤマト。夕日暮(ユウヒグレ)大和(ヤマト)だ。お前に、俺達の領域を……《夜ノ明ケ流戦闘術》を教えるために呼んだ。昔の知人だ」
「よろしくでござるよ、和人殿。某がヤマト・ユウヒグレでござる。ヤマトと呼んで下され」
「はぁ……よ、よろしくお願いします……」

 昨夜、父さんたちが存在する『異常者の領域』に足を踏み入れることを決心した。が、いきなり師範がやってきても、困惑するだけである。

「早速でござるが、和人殿は武術の心得は?」
「えーっと、父さんから教えられて、剣術が少し……なんですけど、その」

 そこで歯切れを悪くする俺。父さんの方をちらり、と見る。すると彼は、俺の方を見て頷いた。許可が下りたらしい。

「俺……《二刀流》が得意なんです」

 父さんから聞いた。順当な剣術に於いて、《二刀流》とは禁止されることではなくても、扱いが難しく、敬遠される戦術である、という事を。父さんは何も言わなかったが、近所の剣道少年たちからは変な目で見られた。もっとも、《彼女》はカッコいいと言ってくれたのだが……。 

 ともかく、剣術の心得があるものに、気安く教えるものではないと、父さんに口止めされていたのである。許可をとったのはそう言うことだった。

 ──ヤマトさんも、変な目で俺を見るんだろうか。

 そんな不安を抱いた。

 ある意味では、それは的中していたと言っていいだろう。俺が二刀流使いであることを話した瞬間、彼の眼の色が変わったからだ。

 だがしかし、それは忌避や嫌悪の色ではなく――――なんというか、狂喜というか、歓喜と言うか。正直に言えば、ヒーローに憧れる子供のように目を輝かせて、彼は叫んだ。

「なんと! なるほど、某が呼ばれたのはそれ故でござったか! いや、ご安心召されよ。この某も、二刀流使いでござる故!」
「えっ……」

 それには素直に驚いた。二刀流を使うライセンス保持者が居るとは思っていなかった。刀を二本差しているのは、昔の武士にあやかったものなのだろうかと思っていたら、実際に二刀流使いだったというのだから。

「ともかく、よろしくでござるよ、和人殿」
「あ、あの、《殿》なんてつけないで下さい。俺はあなたの弟子ですから」
「ふむ、それもそうでござるなぁ……」

 そんな風にして、若干天然気味の師匠、ヤマトとの修行の日々が始まった。

 順当な剣術としての二刀流の習得だけではない。人の行える範疇を越していると言える様々な技能の習得も、その修行の中に含まれていた。

 滞空、と言っても過言ではない時間、空中にとどまっていられるだけのジャンプ力。

 何キロメートルも先の音を聞き取る聴力に、物を見る視力。

 体に付いてこなくなる脳を、適応させるための、五感と脳の間での反応速度の向上化。

 岩をも切り裂く剣術の数々。

 なまくらの刀程度では肌を傷つけられないだけの身体強化。

 砂漠の真ん中に放り込まれても生還しうるだけのサバイバル技術。

 ライセンスを取得してからは、何回か実践にも参加した。年齢制限に引っ掛かる為、ヤマトの傍付きで、という形ではあったが。

 最初に戦ったのは、大型の青いイノシシだった。自然界では聞いたこともない色合いのそいつを見た時に、なるほど、確かに異形である、と思ったのは今でも強く覚えている。

 ヤマトが育てている他の弟子たちとも何度か剣を合わせた。基本的になんら手こずること無く倒すことができたが、二刀流を使いこなす青色の髪の少年との戦いは今も記憶に残っている。

 そうしていつしか、父さんとも方を並べて戦う様になった、ある日。


 父さんと母さんが、外国に行くことになった。聞けば、海外にいる昔の仲間と合流して、向こうで活動をすることになったらしい。異形の発生は海外──特に、何を狙ったのかイギリスや(アメリカ)大陸がひどい。日本はまだ安全な方なのだ。

 俺はまだ修行の途中であった故、彼らと離れなければならなかった。泣き叫んで父さんと母さんを止めようとしたが、結局の所、俺は伯母夫婦に引き取られる、という形で、彼らと別れることになってしまった。もちろん、友人たちとも、《彼女》とも。

「強くなれ、和人」

 別れ際に、父さんはそう言った。

 こうして、"九十九和人"は、"桐ケ谷和人"になった。

 伯母夫婦の元には、今までよりも二十倍近く平和な日常が待っていた。この世界の常識。外側で起こっている『異常』など、何も知らない無垢な人々。

 伯母の桐ヶ谷翠さんは三十代半ばとは思えないほどエネルギッシュな人で、その夫、桐ヶ谷峰高氏は凄腕のサイバー関係の営業マンだった。彼らは『異常者』の一端である俺のことを、他人と変わること無く愛して育ててくれた。と言うより、俺の異常を知らなかった節がある。ヤマトのことは、剣道の師匠だ、とだけ教えていたから。当時すでに亡くなっていた俺の母方の祖父が凄腕の剣道家だったこともあって、慣れていたのかもしれない。

 だが、俺の異常に誰もが気付かなかったのか、と言えば、答えは否である。俺が常人を超越していることを鋭敏に嗅ぎ付けた人物がいた。
 
 義妹の、桐ヶ谷直葉である。なるほど、確かにこの少女とはいとこ同士であり、彼女は俺の義妹なのである、と思える程度には俺と顔立ちの似通った剣道少女で、勘がよかった。俺の纏っている雰囲気がオカシイことに気付いていたのだろう。俺を良く避けていた。

 もっとも、彼女の反応は珍しい事でも何でもない。昔は皆こんな反応を返した。《彼女》を除けばだったが。

 とにかく、俺としても別に無理やり直葉と仲良くならなければならない理由もなかったため、無関心を貫いていた。


 さて、このころ、俺の元に一人の少年がよくやってくるようになる。友人や兄弟からいじめを受けていた所を、偶然俺が助けたのがきっかけだった。

 名前を、折草(おりくさ)優慈男(ゆうじお)という。亜麻色の髪に緑色の瞳と言う、日本人にしては実に珍しい容姿の、このおとなしい少年は、その一件を境に俺の元に足しげく通って、剣術の手ほどきを受けるようになったのだ。何故ヤマトではなく『俺の』だったのかは不明だったが。

 正直な話、彼の才能は目を見張るものがあった。俺が教えた事を、一つ残らず吸収し、期待値を遥かに上回る出来栄えで実践して見せるのだ。

 それでも俺には敵うわけもなく、まだまだ一般人の域を出てはいなかったのだが。

 俺たちは同い年と言うこともあって仲が良かった。最低でも、『和人』『ユージオ』と呼びあう程度には。

 実際のところ、ユージオは俺にとって始めての『親友』であった。九十九家にいた頃の友人達とは、当時から少し距離を取っていたし、

 ある日の訓練の折の事。何時ものように俺がユージオを打ち負かした時のことだった。

「いてて……うーん、やっぱり和人は強いなぁ……なぁ、どうやったらそんなに強くなれるんだい?」

 唐突にユージオがそう問うてきた。

 一瞬答えに詰まった。俺の力の大半は、『異常者』の理を受け入れたことによる、いわば不正だ。純粋なポテンシャルならば明らかにユージオの方が上であり、このままいけば間違いなく、彼は俺を超える。

 けど、その時、俺はこう答えた。答えてしまったのだ。

「……自分の信じるモノを、守りたいと思ってるから、だな」

 ──それが後に、どのような悲劇を生むことになるのかなどは、想像すらせずに。


 数年後。2022年。俺とユージオが14歳の時のことだった。世界初のVRMMORPG、《ソードアート・オンライン》が発表される。

 何でも、《ナーヴギア》という仮想空間を再現する機械をゲームハードにした、初のMMORPG何だそうだ。世紀の天才、茅場晶彦が創り出した、完全なる仮想世界。残念ながら俺は人並み程度にしかゲームに詳しくなかったので、その点は俺よりも、まともな一般人であるユージオの方が詳しかった。

 彼は1000人しか選ばれないβテスターにも選ばれ、大興奮であった。毎日の様に俺にソードアート・オンライン……通称SAOについて語っていたほどだ。

 いわゆる《職業》システムは存在せず、無数の『スキル』と呼ばれる技術をスキルスロットに投入して、自分だけのステータスを創り出す。

 ファンタジー系RPGながら、プレイヤーは《魔法》のスキルが使えない。代わりに、無数の《ソードスキル》と呼ばれる必殺技が用意されており、プレイヤーはそれを駆使してモンスター達を倒していく。

 舞台は百層構成の巨大な浮遊城、《アインクラッド》。城、と言っても俺達が普段イメージするそれとは大きくかけ離れている。内部に広大なフィールドが広がり、都市や森、湖、山、挙句の果てには海まで存在すると言うではないか。

 ゲームの初回生産はわずか一万本。βテスターはその優先購入権が与えられるのだとか何だとか。

 毎日キラキラした目で俺にそんなことをまくし立てるユージオは、実にほほえましかった。

 いつか一緒に遊ぼうと、はにかんだ彼を覚えている。俺はそれに、笑って答えたはずだ。



 
 だが、世界は酷く残酷だ。

 その悲劇が起こったのは、βテスト開始直前。七月の終わりのことだった。


 ――――ユージオが、死んだ。

 俺は自分が信じられなかった。突如として何らかの不具合が俺の身体に起きたのかと、何度も何度も考えた。
 

 ユージオは、以前彼をいじめていた青年たちに、殺された。俺の目の前でだ。

 彼らはユージオを、そして彼と親交の深い俺を馬鹿にしたという。最初は無反応を貫いていたユージオも、俺やヤマトが馬鹿にされ始めると、言いかえし出したらしい。それに激高した青年たちがユージオに殴り掛かり、そしてユージオも彼らに反撃した。まだ十分に発達していないながらも、しかし間違いなく《人外》の技である、《夜ノ明ケ》の技で。

 化け物。誰かが、そう言ったらしい。

 それからは、もう容赦がなかった。ユージオを人間と見なくなった彼らは、まるで獣をなぶるかのようにユージオを暴行し――――俺がなかなか待ち合わせ場所にやってこない彼を探しに行ったときは、もうすでに虫の息だった。

 あの光景を。あの感触を。今でも俺は、はっきりと覚えている。

 人外の技で、青年たちを殺した。初めての殺人だった。十数名ばかりの彼らの血液が俺に降りかかり、何かが俺に刻み込まれたような感覚がした。

 彼ら全員が死んだとき、既にユージオは助からない域になってしまっていた。泣きながら彼を抱き起こした俺に、ユージオは微笑んでこう言った。

「……ステイ・クール、和人」

 『落ち着いて』……彼がよく、俺に口にしていた言葉。そこには、「さようなら」の意味も含まれている。

「馬鹿……ッ、助ける。今助けるからな……っ!」
「……いいんだ。僕は。大切な物を――――護れた、から。
 ねぇ、和人。僕は……強く、なれた、かな」

 ――――ああ。

 その時、俺は悟ってしまったのだ。

 ユージオが死ぬのは、俺のせいだと。ユージオに、「どうして強いのか」と問われて、「信じるものを守りたいから」と答えた、俺のせいだと。

 彼は信じた物を……俺達の、《夜ノ明ケ》の誇りを護る為に戦って、死ぬのだ。

「……ああ。強く、なったよ」

 震える声で、そう答える。

「よかった……」

 そう呟くように漏らして、彼は息を引き取った。俺の目の前で、大切な人が、死んだ。

 守れなかった。


 ところで、一つ奇妙なことがある。
 
 俺は、この際に《夜ノ明ケ》の技で殺人を犯したことが処罰されるのかと思っていたのだが、実際の所、ヤマトに初めて殴られた…凄まじく痛かった…以外に一切の御咎めが無かったのだ。

 そう、流派にも、()()()()()。人間に対する傷害を犯した場合に行われる筈のライセンスはく奪も通達されなかった。

 それどころか、後日《夜ノ明ケ》から、俺に《英雄》なる《称号》を授ける旨と、《刻印》、《菩提樹》の存在が通達された。本格的に、《異常者》の仲間入りを果たした瞬間だった。

 
 
 葬儀の時に、彼の母親が、呆然自失になった俺の元に、一つの荷物を手渡した。中に在ったのは、新品の《ナーヴギア》と、『ソードアート・オンライン・βテスト・エディション』と書かれたパッケージの、ゲームソフト。そして手紙。

『やぁ、和人。これを読んでるってことは、ナーヴギアとSAOが届いたんだね。
 ずっと隠してたんだけどさ。ベータテスト、なんと二つも当選したんだよ! 
 一緒に遊ぼう。使い方とかは同封しといたから。
 じゃぁ、楽しみにしてるね。  ユージオより』

 ――――その日、俺は一日中泣いていたらしい。らしい、と言うのは、俺はほとんどその日の記憶を有していないからだ。

 ユージオが使わないままだったもう一つのβテストは、ヤマトに預けた。その時に、「SAOをプレイしてもいいか」…つまり「修行を休んでもいいか」という意味だ…という俺の問いに、彼は「ゲームは一日一時間でござるよ」と苦笑して、了承してくれたのだった。

 βテストが始まってからは、その現実世界とほとんど変わらない空間に、取り憑かれた様に入れ込んだ。

 一日中、SAOのことを考えていた。

 こうして、"桐ヶ谷和人"は、"キリト"になった。 
 

 
後書き
 っつーワケでユージオ君出落ち回&キリトさんプロローグでした。リアル版ユージオ君の死は『キリッとさん→キリト=サン』のプロセスに大きくかかわる予定。
 なお、彼はアリシ編で本格的なDEBANNがありますので、ユージオ君目当ての方もご安心あれ。

 さてさて、早速出てきやがりました『ノヴァ箱』キャラ及び設定。向こうを読んで下さっている方々なら、既に甘党団長というだけで硬次郎が誰なのか速攻で検討が付くでしょう。というかヤマトは本名だし。

 因みにこの文章量なのはこの話だけです。次回からまた5000文字程度に戻ります。それと次の話はまだ完成してないので、公開は早くても日曜日か月曜日だと思います。遅ければ来週です。
刹「それではお楽しみに」 
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