道を外した陰陽師
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第四十七話
「・・・眠い・・・」
布団が変わったら寝れない、なんて言う繊細な人間ではないけど、まあ色々と忙しかったせいであまり寝れず、さらに朝起きる時間も早かったせいで眠い。
目を覚ますために濃いコーヒーを淹れて一気に飲み干し、顔を洗ってから時計を見る。集合時間まで、あと一時間。
「・・・この一時間寝れたら、どれだけ楽だろうか」
考えても仕方のないことだけど、そう思ってしまう。ちょっとやることがあるから早めに起きたはいいけど、俺まで二度寝しそうで怖いな、これは。
「・・・よし、行くか」
どうにか布団の誘惑を断ち切り、必要なものを持って部屋を出る。
服装は、いちいち着替えるのも面倒だから競技用の格好に。カバンの中に財布と携帯三つを入れて、ケースの中に呪札とかの調節用の道具を詰め込む。出来ることなら空間に穴をあけてそこに放り込んでおきたいんだけど、あんまり人前で見せるもんでもないしな。
「鍵は・・・あったあった」
最後にテーブルの上に置いておいたカードキーをとり、出口付近のカードリーダーの中にあるカードも取って部屋を出る。こういう時、オートロックは便利だと思う。
まじめなのか、この時間でもすでに起きている人はいるようで学校を問わず何人かとすれ違い、集まって話をしている団体も見た。真面目だなぁ、皆。よくやるよ。
「ん?一輝か。早いな、いつもこれくらいに?」
と、そんなまじめ枠の一人であろう鈴女と会い、声をかけられた。
「そんなわけない。学校の近くに家とれたから、普段はもう後一、二時間は寝てるよ。鈴女はどうなんだ?」
「私は基本この時間だね。朝の気を胸一杯に吸い込むと、一日の調子が良くなるんだ」
「それはまた健康的な生活を。見習えることなら見習いたいもんだ」
まず無理だろうと確信しながらそう言って、鈴女の隣にいる人物を見る。パット見た感じ俺の一つ上くらいだろう男子がいた。見覚えはないと思うから、きっと初対面のはず。うん、きっと。
「それで、彼は?なんかこっちを睨みつけてるんだけど」
「ん?ああ・・・」
「お前には関係ない」
鈴女が説明しようとすると、そいつは遮ってそう言った。なんだこいつ、面倒そうな気配しかしないんだけど。
「・・・あ、そうだ鈴女。光也から連絡来たか?」
なので、とりあえず無視することにした。
「ん?ああ、来たよ。といっても、席組み関連ばかりだが」
「そうか。ならまあ、俺には関係ないな」
誰かいるときは、大抵こんな感じで済ませることになっている。俺がそうであることは基本言ってはいけないことなので、これで『後で確認』という意図を伝える、と。
その辺りの指示を連絡を受けた中で一番ランクの高い席組みから命令するということになっているから、まあ色々と確認しておかないといけないのだ。面倒で面倒だけど、仕事くらいはすることにしよう。
「・・・俺は、お前が上だなんて認めない」
と、無視して話していたらそう言い残してどこかへ行ってしまった。やばい、面白いなこいつ。
「んで?あれは何?」
「せめて誰、という聞き方にしないか?」
「いや、あそこまで無礼な態度とられてもまだそう聞けるほど出来た人間ではないんだよ」
「確かに、人間としては最低の部類だな」
鈴女ははっきりとそう言ってから、説明してくれる。
「とはいえ、一輝も聞いているんじゃないか?あれが、光也の息子だよ」
「ああ・・・あの、ランク持ちの。男子の中では俺の次にランクの高い奴だ」
「そう言うことだ。まあ、色々とあってな・・・自分の父親が後見人をしていて、自分よりランクが高く、さらには名前を失っているやつだ。思うところがあるのは仕方ないと思って許してやってほしい」
そう言うことなら、決勝かなんかで当たった時にボッコボコにする程度で許してやろう。あいつが何をできるのかは分からないけど、まあランク差的に考えてみて制限かかってる今でも勝てるだろ。少しは見せ場作ってあげてもいいけど。
「・・・んじゃ、俺はもう行くな。ちょっとやることが」
「こんな朝早くにやること・・・ああ、そういうことか。頑張って」
察せられてしまった。まあうん、席組みの仕事って泊まり込みとかもあるから分かるよな。
「俺がやるのもちょっと問題な気がするんだけどな」
「確かに普通なら問題だろうが、まあもう気にするやつもいないだろう?」
「ちょっと前までは同居人の一人が気にしてた」
そう言ってからをすくめてから、今度こそ分かれる。あと少し行けばつくし、そろそろ準備しとかないとな。準備運動は・・・まあ、軽くしてから来たし大丈夫だろ。札もあるし、呪力も問題なく巡ってる。何も問題はない。強いて言うなら普段より大変になってる可能性があることだけど、それくらいはもうどうしようもないことだ。
「・・・ここ、だな」
自分の部屋のとは違うカードキーに書かれている部屋番号は、間違いなくここのものだ。同室はいないって言ってたし、このまま入って行って問題はない。
「・・・よし」
体に不具合はないし、札も二枚もった。五行札と間違えてはいないし、ちゃんとこのためだけに作った札だ。これでいける。
最後に深呼吸をひとつして落ち着いてからカードキーをかざし、ピーッ、という音が鳴って鍵が外れるのを確認してから一呼吸の内に入り込み、
「結界生成、急急如律令!」
それと同時に、札を一枚使って壁や床、インテリアに沿う形で結界を張る。一秒でも早く、結界で部屋中を覆い尽くして、
「グッ・・・コノッ・・・!」
その瞬間に飛んできた拳圧を反射的に目の前に結界を張ってギリギリで防ぎ、その結界を維持するのに二枚目の札を使い尽くす。札を切らしたままでいるのは危険。最高スピードを維持できる限界である二枚の札を再び取り出して、一歩進む。その瞬間にさらに威力が増してきたのでもう一枚札を消費して目の前の結界の硬度を上げる。
「この位置で、これ以上進めないのか・・・」
予想以上にもほどがある。前の時に比べるともう無茶苦茶なくらいに威力が増してるじゃねえか、オイ。
「・・・一気にやる、か」
もう一枚の札を目の前の結界に使い、空間に穴をあけて札を合計三十枚ほど取り出し、半分ずつ目の前の結界と部屋の結界に使う。ケチってはだめだ。それでは、途中で倒される。そして、慎重を期していたものなら途中で倒れるのは目に見えている。
「・・・一気にやる、か」
ここは賭けに出よう。慎重に強度を増しながら進んでもいたちごっこになるのは目に見えてる。最悪の場合、向こうが本気を出してしまうということもありうるんだ。だったら、そこまでエンジンが入る前に一気に終わらせる!
「・・・結界、生成」
右手の人差指の先にギリギリまで小さくした強度が異常なほどになっている結界を作りだし、クラウチングスタートの体勢をとる。ここはホテルの一人部屋だ。そこまでの広さはない。一気に踏み込めば、それでいける距離。結界の方も何も囲めないような小ささだけど、今回はこれくらいが一番役に立つ。
「・・・行く、ぞ!」
床の方は、自分で張った結界があるから気にしなくていい。本気で踏み込んで加速し、ほとんど跳ぶ勢いで部屋の奥に迫る。
「チク、ショウ!」
が、ベッドの横辺りに来たところでかなり強度を増した結界を破壊されてしまい、どうにか体をそらして避ける。ただただ結界を張るためだけに調整した札で造ったのに、一瞬だった。そして、その威力の拳圧がもう一発放たれようとしている。でも、今拳をひいたところなら・・・!
「これ、で、どうだ!」
床、壁、天井と跳び移ることで避け、こちらの攻撃範囲内に入った。このタイミングなら、いける!
「結界、射出!」
指先に呪力を凝縮して、一気に開放することでそれをそいつの頭に当てる。溜めに溜めて、硬くできる限界まで硬くした結界。それで放ったにもかかわらず相手は一瞬姿勢が崩れるだけという、ちょっとショックを受けそうになる光景だけど・・・相手が相手だから、体勢を崩せただけよしとしよう。それに、体勢さえ崩せたなら後はどうとでもなる。
体勢を戻される前に肩をつかみ、体重をかけて押し倒す。
そのまま首筋に手を当てて、妖怪を消し飛ばすくらいの呪力を一気に流し込んで・・・
「ふみゅ・・・おはよう、カズ君!」
「ああ、おはよう殺女。今日はまた一段と暴れてたぞ、オマエ」
「ああ・・・これはそうみたいだね」
起きてさえしまえば寝起きのいい殺女は、周りの状況を見て理解してくれた。部屋に貼ってある結界はかなりの強度になってるし、使い切った札も散らばっている。
俺はアヤメの上からどき、部屋中に散らばってしまったもう使い物にならない札を回収していく。
「んじゃ、俺は先に行くから着替えとか済ませてから来いよ。遅れると朝食食えないからな」
「はいはーい。起こしてくれてありがとね!」
「もう今更だろ。それに、他のやつにまかせると死人が出かねん」
そういいのこして、俺は殺女の部屋を出る。とりあえず殺女を起こすためにって俺にアヤメの部屋のカードキーを渡した光也の頭をちょっと疑うけど、実際にやってみてよく分かった。これ、確かに俺が適任だ。
「さて、とりあえず・・・向かうか」
部屋に帰って休めるような時間でもないし、このまま朝食を取りに行こう。予想外の体力消費ではあったけど、まあ今日入ってる中ではそこまで苦戦することはないだろうし、大丈夫だろ。
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