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すり

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5部分:第五章


第五章

「困ってる奴は誰でも見捨てることができるか」
「御主らしい言葉じゃ。ではじゃ」
「ああ、すぐに何とかしてくれるのじゃな」
「その手にお経を書く」 
 そうするというのだ。
「そしてそのうえでじゃ」
「ああ、その目をどうにかしてくれるんだな」
「その目は案外簡単にどうにかなるものじゃ」
 そうしたものだというのだ。その無気味な目達は。
「お経を上から書けばすぐに終わる。しかしじゃ」
「しかし?」
「しかしっていうと」
「またすりなぞすればできるからな」
 そうなるとだ。住職はおみよと三次に話したのだった。厳しい顔になり。
「このことはわかっておくのじゃ」
「あたしはすりをしたからこの手になって」
「そしてまたすりを働けばじゃ」
「こんなものができるんだね」
「そうじゃ。御主もそんなものできたくはなかろう」
「そんなの当たり前だよ」
 顔は青くなっている。しかしだった。
 いつもの気の強い顔でだ。おみよは住職に言い返した。
「誰がこんなの」
「そうじゃな。それではじゃ」
「二度とこんなのができない為に」
「すりは止めるのじゃ」
 住職は咎める調子でおみよに告げた。
「よいな」
「さもないとだね」
「今は元に戻ってもまたできるぞ」
 この無数の目がだというのだ。
「そうなるからじゃ」
「わかったよ。こんなのあたしも願い下げだからね」
 忌々しげだがそれでもだ。おみよは住職の言葉に頷いた。こうしてだ。
 おみよは手をなおしてもらいすりから足、いや手を洗った。それからのおみよは真面目な洗濯屋になりやがて所帯を持って普通の女房になった。このことについてだ。
 久吉は今回も屋台で蕎麦をすすっていた。その彼に三次が言ってきた。
「やっぱりあれだな」
「あれっていいやすと?」
「悪いことはできねえもんだな」
 その蕎麦をすすりながらだ。三次は久吉に言ったのである。
「そう思ったな」
「あの女のことでやんすね」
「すりをすればそれで手に目ができる」
 このことをだ。三次は言うのだった。
「それもあれだけな」
「そうでやんすな。あの女にしても」
「そうだよ。悪事ってのは絶対に自分に跳ね返ってくるんだよ」
「ああしてでやんすね」
「因果応報っていうのか?報いだよな」
「ええ、それでやんすね」
「誰かが見ていて罰を与えるんだよ」
 三次はこうも言った。
「世の中はそういうものなんだよ」
「それであの女はああなって」
「ああ。すりを止めることになった」
「悪いことはできなくなったでやんすね」
「まだましだよ。そうなってな」
 おみよがすりを止めざるを得なかった。それがまだ幸せだというのだ。
「もっと厳しい報いだってあるだろ」
「へい、打ち首とか」
「だろ?それを考えたらあいつはまだ幸せだよ」
 おみよはだ。そうだったというのだ。
「あれ位で済んだんだからな」
「そうでやんすね。けれどそれは」
「あいつだけじゃないさ」
 おみよに限ったことではないというのだ。こうした話は。
「俺達だってそうなんだよ」
「そうでやんすね。悪いことをすれば」
「絶対に報いが返って来るんだよ」
「誰かが見てて」
「罰を与えるものなんだよ。そのことはよく覚えておいてな」
 それでだと言ってだ。三次は。
 蕎麦のつゆに唐辛子をかけようとした。しかしだ。
 その蓋を開けたところでどばっとだ。つゆに唐辛子が入った。それを見てだ。
 久吉は笑ってだ。こう三次に言ったのだった。
「これもでやんすか?」
「そういえばさっきちょっと女房に下らねえことで文句言ったな」
「その報いでやんすか」
「そうだろうな。やっぱり報いってな」
「あるでやんすね」
 三次は苦笑いで、久吉は明るい笑いで話した。三次はそのうえでその唐辛子まみれになったつゆで蕎麦を食べた。その蕎麦の辛さは女房に文句を言った分の報いの味がした。


すり   完


                       2012・2・28
 
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