戦闘城塞エヴァンゲリオン
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第3話Bパート『夜宴』
ちょーっち待っててね、と酒屋に入ったミサトは数本のワインが入ったケースを抱えて出てきた。後ろには人の良さそうな店員が台車にビールを2ケース積んで押してきた。親睦会への差し入れとのことだが。
「2ケースは、ちょっと多くないですか?」
と美奈子に訊かれ、1ケースは自宅用だとの返答。女性の一人暮らしでケース買いとか。まあ、ケースで買った方が割安だから経済的。と納得させる。
トランクに酒類を積んでから、大家さんに訊いた住所をナビに登録する。
「じゃ、行きましょーか。」
二台の車は連れ立って、アパートに向かって走り出した。
◇ ◇ 1 ◇ ◇
「さー皆、食べて飲んでっ。親睦会なんだから遠慮は無しだよー」
そう言ったのは、聖魔杯の開会セレモニーで司会を務めた女性――霧島レナさん、で。
「とゆーか、なぜ司会者さんが?」
「ボク?ボクはミッシェルとは友達でねー。誘われてたのさっ」
まあ、大家さんは大会運営本部の同僚ということもあるし。
大家さんの部屋は他と同じ六畳間だったが、外に縁側があるのでそこまで利用すればそこそこ広めに感じる。
キッチンスペースも広めで、料理台が余分についていた。料理好きなのか豊富に調理器具が揃っているのが見えた。
「フライ物もできましたのニャー」
大皿に盛られた揚げ物が湯気を上げていた。ひとつずつ説明があり。
まずはアジフライ。干し鱈入りのコロッケ。かき揚げはしらすと牛蒡が主な具で。あとはこの地方でよく食べられている山菜やきのこのてんぷら。
思わずヒデオは腹が鳴ってしまう。てんぷらなど、スーパーの惣菜を値引きシールが貼られたものを買うぐらいしかなかったのだから。
部屋の中央のこたつの上には買ってきた焼き魚煮魚に、刺身の盛り合わせ。…みごとに魚尽くしだった。なんとなく、大家さんのネコミミと尻尾に目が行く。
「えー、それでは皆さん揃いましたところで、聖魔杯の開催と、ヒデオくんの見事な勝利を祝い。そして親睦会を兼ねて。
乾杯っ!!」
やはり司会者――霧島さんが、音頭をとり。ヒデオも、いつの間にか渡されていたエビチュビールの缶を掲げる。
ミサトは、“聖魔杯”と聞いて目がはてなマークになる。ヒデオの勝利のくだりでさらに、え?という表情になり。
しかし、それよりも待ちきれなかったのだろう、ぐびぐびと350ミリリットル缶を一息で飲み干し。ッカー!!などとよく分からない声を上げていた。
とりあえず、自分がエヴァのパイロットであり、昨日戦った。ということを、彼女らに知られているとだけ言っておく。
「一応機密なんだけど…」
少し、困った顔をされるが。
「ま、しょうがないわよね。一緒に暮らしてたらどうせ、そのうち知られることになるだろうし。」
それだけで済んだ。聖魔杯については、特に訊かれず。まあどうでもよさそうだ。
それより、揚げたてのコロッケをパクつき、2本目のビールを空ける方に集中したいのだろう。
そういえば、場の勢いで口をつけたが、実は酒を飲んだのは、これが初めてだった。高卒で就職に失敗した自分にはそんな機会が無く、まあ、成人したのもごく最近で。
どれくらい飲んでも大丈夫なのか。よく分からない。
女性陣は皆、飲み慣れているようで、結構なハイペースでビールを消費していく。そして、そろそろだろうと誰とも無く言い出し、数量限定だとかいう日本酒の栓が抜かれる。
ヒデオのグラスにもそれが、なみなみと注がれる。ビールも半分以上残っているのだが。
「ほらほら、ヒデオ君もーっ」
日本酒は、ビールよりも。アルコール度数が高かったはずだが。
「そうですよ、マスターっ。ここはウィル子の分までぐぐぐーっと!!」
通常の飲み食いはできないらしいウィル子にまで煽られる。
もしも、ここで断れば。場は一気に白けるのではないだろうか。ノリの悪い奴。と。逆に、こういう場でノリ良く合わせられれば。こんな自分でも少しは変われるのだろうか?
ならば。
「「「おーっ」」」
ぐいっとグラスの中身を一息に飲み干す。なぜか、全員に拍手されて。
「さすがマスターっ。景気がいいのですよー」
「いいぞっ!!ヒデオくん、男前ーっ」
こんな風に女子の喝采を受けた経験など初めてで。
そうか。僕はここにいてもいいんだ――
◇ ◇ 2 ◇ ◇
よくみると。ひとつのグラスに十手が挿してあった。何かの儀式だろうかと。
疑問に思って眺めていると、何故かグラスの中の液体が減っていく。そして、空になり。ズズズ、と中身が空の状態でストローで吸ったような音がして。
ヒデオは一升瓶の中身を注ぎ足してみた。
「やや、これはかたじけない」
聞き覚えの無い、この場にはヒデオ以外にいないはずの男性の、声。
「叶うなら、ご返盃したものを」
畏まったように、そういう声はやはり十手から聞こえ。
別段、他人、というか十手に注いで貰いたいわけでもなく。手酌でグラスに一升瓶を傾ける。
女性陣に食い荒らされた残りの刺身を片付けていく。鯛の身の甘みが口内に残っているうちにグラスから一口。甘やかな香りと、真逆の辛味がそれを洗い流し、次の刺身に箸を伸ばさせる。
女性陣の会話に参加していたウィル子が、ふと気付いたように。
「それにしても、マスター。意外に強いんですねー。これだけ飲んで顔色も変わらないなんて」
「…。何が」
「何がって、お酒がですが…」
酒。が、どうかしたのだろうか。おかしなことを言う、ウィル子だ。グラスから水を一口飲む。果実のような甘い香りで、辛口の、水。
どういうわけか、信じられないモノを見るように、見られる。
「それじゃー、いっくよーっ」
何故か、割り箸を一本引け。と言われ。
「「「王様、だーれだっ」」」
女子たちの声。所謂、王様ゲーム。何故そういう流れになったのかは不明だが。酔ったミサトは最強であり。ついでにレナと大家さんもそれに負けず劣らずで。まあ、楽しそうなのは、いいことだ。
引いた割り箸に書かれた番号に、喜んだり嘆いたり。
ミサトなどは罰ゲームの類いでも嬉々としてこなしているが、美奈子は一々狼狽えている様子。
ヒデオは特に巻き込まれることも無くむしろゆったりと、自らのと、十手の挿されたグラスに一升瓶の中身を注ぎ、消費する。
「…う~。かたじけないでごじゃるよ~」
喋る十手のろれつが回らないとか。…そんな、現実が。あるだろうか。否。断じて、否。つまりこれは、夢。それならば、すべてに説明がつく。
パソコンから女の子が飛び出してくるだとか。初めて見たロボットに乗って怪獣とどつきあいをするだとか。男一人、女子五人の飲みの席に参加するだとか。
――現実に、有り得るはずがないではないか。
「よーしっ、王様、あらんかぎりの権力振りかざすちゃうぞーっ」
レナの声。どうやら王様は彼女に回ってきており。
「4番、胸を突き出せーっ、そして3番、それを揉みしだけーっ。できるだけえろくっ、ねっとりとねー!!!」
大人な時間がやってきたとばかりに、自らの胸を揉んで見せ。
「んふんっ残念ねー?5番よ」
と、4番ではないらしいミサト。…ちっ。同じように、両脇から挟むように自分の胸を強調してみせ。
ウィル子と、大家さんも番号は異なり。
つまり。
「え…、えー本官ですかっ!?」
4番。つまり、揉まれる側で。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…、とヒデオは謎の効果音を背負い。
ぱたりと卓に、麻雀漫画でリーチ棒を投げるように投げ出したのは。端に3と書かれた割り箸。
…こんなっ都合のいい現実などあるだろうか?即ちこれこそがっ。夢の、夢たる所以っ。
夢の世界なら。神のごとく、振る舞うことも赦されるだろう。
「ち、ちょっと待っ。だって、ええっ?」
追い詰められる、神に捧げられた生贄。この中で、ウィル子に次いで揉み甲斐がなさそうなのが残念ではあるが。
しかしその時、レナと大家さんの携帯電話の着信音がほぼ同時に鳴った。
ポケットから取り出したスマホを頬にあてて。何よこんないい場面でーっなどと呟きながらレナが電話に出る。
「はい、こちら霧島っ。何!?できれば明日にして欲しいんですけどっ」
不機嫌さを隠しもせず。しかし、その表情が徐々に鋭くなって。
「はぁ!?何よそれ!!やってくれるわねっ」
何かは知らないが、問題が発生したらしく。
「落ち着いて聞いて。じつは、こっちに向かって武装した一団が向かってるらしいの」
電話を切って。そう言う。
「何なのよっ、それ!?」
最初に聞き返したのはミサトで。
「どうも、聖魔杯参加者の吸血鬼らしくて」
「...吸血鬼!?」
ひどく疑わしそうに。
「血を吸って奴隷化した他の参加者を引き連れてるそうよ。もう、すぐそこまで来てるわ」
ミサトは立ち上がり無言で、アパートの玄関に向かった。
他の面々も、それに続き。
◇ ◇ 3 ◇ ◇
「うわっ、気色悪ぅ」
見回して、ミサトが呟いた。
アパートを出ると、街灯に照らされた道に大挙して進む人影。
生気の感じられない無表情に、よたついた歩みで。まるで恐怖映画のゾンビだが、全員生きている。
何かを探しているような様子だが。その内、数人がこちらに気付いた。
向かって来た彼らは、手に持った様々な武器を無造作に振り上げた。が、手近にいたひとりの顔面に空きビンが直撃し、割れたガラスが散らばる。
「何だか知んないけどねっ、やろうって言うなら手加減なしよ!」
ミサトが投げつけたワインのビンだった。…いつの間に、一本空けたんだっけ。
それが呼び水になったのか、さらに何人かが集まりだしていた。
まともな武器も持たないで、立ち向かえるものではないだろう。たとえミサトが軍人であるとしても。
とその時、新たに現れたひとりの人影が、襲い掛かってきた数人を、手に持った棍棒のような即席の武器で次々と打ち据える。
「大丈夫かね?」
息切れもせず、そう言ったのは軍人らしき格好の老人。
犬を一頭連れていた。ドーベルマンで、周囲を油断無く警戒して呻り声を上げている。
「勇ましいお嬢さん方だな。しかし、…迷惑をかけたようだ。申し訳ない」
苦笑しつつ、なぜか謝罪の言葉をつづけ。
「…大佐」とヒデオ。そういう呼び名が最も初めに浮かんだのだ。
年齢に似つかわしくない盛り上がった筋肉、馬鹿デカい拳銃に軍用ナイフ。ベレー帽は画家や何かのそれではなく、特殊部隊のそれで。
「ほお、君は私のことを知ってのかね?どんな人生を歩んできたかは知らんが、それは不幸なことだ」
この大佐自身、相当な修羅場をくぐり抜けてきたのか。それを不幸な人生と自嘲したのだろう。
「それより、迷惑ってどういうことなのですかっ!?何か知ってるなら吐くのですよー」
「これは、私を狙っての襲撃らしくてな」
大佐ひとりを狙って、これだけの人数を揃えたのか。
大佐――ジョージ・レッドフィールドと名乗った――による説明では、夜道を歩いているときに襲撃を受けたといい。
その場で数人を返り討ちにしたものの多勢に無勢、早々に逃亡を図ったとか。彼らの動きが鈍いのが幸い、街を逃げ回りながら敵を分断し先程のような手際で合計十数人は各個撃破してきたのだそうだ。
「立ち話とは余裕ではないか、優勝候補」
襲撃者の集団が割れ、銀髪の若い男が歩み出て大佐にそう言った。西洋貴族のような服装に黒い外套で。執事らしき小男を従えていた。
「私のような老人ひとりに、少々大袈裟ではないかね?化け物」
どうやら、この銀髪の男が吸血鬼であるらしく。
「このヴェロッキア・アウクトスの、獲物となれ。大佐」
吸血鬼――ヴェロッキア――が、そう言った。
「勝負ですかニャ?」
ヴェロッキアも大佐も互いに戦る気を滲ませていたから。大家さんがジャッジとして、彼らに訊いた。
しかし。
「…他人の庭で、好き勝手は。やめて貰おう」
彼らの睨み合いなど、気にした様子も無く、ヒデオが言い放った。
…神の手を、邪魔する輩どもめっ。
その手には、なぜか十手が握られており。それを見て美奈子が「岡丸っ!?」と驚く。
「ほう?貴様、川村ヒデオとかいったか。知っているぞ、ロボットのパイロット。大佐共々、我の糧となれ」
事前に参加者の情報を確認していたのか、ヒデオの名前を知っていた。
「いい加減走り回るのも億劫になってきた。共闘、と行こうではないか」
ヒデオを戦力としてあてになると判断したのか、大佐がそう言ったが。
「不要」
「何?」
一言で断ると、ヒデオは前に踏み出した。…ふらふらと、千鳥足で。
「完全に、お酒が足に来てますニャ」
「あれだけ呑んでりゃ、そうよね」
女性陣は生暖かい目で。
「ちょっと待て。酔っているだと?そんな状態で、我に従う200の軍団に敵うとでも」
そう言ってヴェロッキアは、背後を、そして周囲を囲んだ意のままに操られる参加者たちを振り仰いだ。
と、
「若っ!!」
執事の危険を知らせる声。
ゴスッとヴェロッキアは後頭部に強い衝撃を受ける。
「なっ…」
ヒデオが持つ十手で殴られたのだと分かった。だが、何故だ。彼我の距離は7~8メートルはあり、一瞬で詰められるはずがない。
眩む視界のはしに、十手を振り切ったヒデオの姿が映る。その崩れた体勢からさらに、ありえない軌道で十手が迫ってくる。
どうにかその追撃は避けたが十手の先が頬をかすめ、浅く皮膚が切り裂かれる。慌ててさらに距離を取った。
即座に再生されるはずの傷がなぜか消えない。銀の武器であるというならともかく。見る限り十手は通常の鉄製でしかない。
「…ただのロボットのパイロットではなかったのか?」
この十手が特殊な力を持つ神器だとでもいうのか。あるいは通常の武器に属性を付与するという術も存在する。剣に炎を纏わせたり、聖なる力を与えアンデッドモンスターにダメージを通し易くしたりといったものだが。
いずれにしても表の世界の人間に持ち得るものではない。
「…それこそ間違いだ。僕をロボットのパイロットと呼ぶな」
「何?…映像が流されていたではないか。貴様が操縦する何とかいうロボットの…」
反論は、次の一言でかき消された。
「僕は。神だ」
◇ ◇ 4 ◇ ◇
「…正気で、言っているのか…?」
「神に立ち向かう。君こそ、正気か」
目に見えて、ヴェロッキアは狼狽えた。嘘をついているようには見えず、そう自称するだけの自信を感じ取ったのだった。
「くっ、認めん。その自信、数の力で磨り潰してやる」
そう言って指示を下すと、奴隷化した参加者たちがヒデオに殺到した。
「僕の世界に。君は不要だ」
十手を振りかざし。
「…今宵の拙者は、血に飢えているでござるよ」
その十手――“岡丸”というらしい――が物騒な台詞を呟く。
じつは先程からの立ち回りは岡丸が自律的に動き回っていたものであり、数メートルをひと飛びで跳躍したように見えたのも岡丸に引っ張られた結果だった。ヒデオの体重が軽いこともあってそんな動きになったのだ。
今もまた、ヒデオ自身はふらふらと無造作に人数の密集したあたりに向かう。足元も覚束ないヒデオを引っ張りあげつつ、むちゃくちゃな体勢から一振りで、襲い掛かる数人を殴り飛ばした。
「なんなんだ。この見たことも無い戦い方は!?」
謎の動きで見る間に敵を打ち倒していくヒデオに、ヴェロッキアは戦慄した。常識が通じない相手というのは彼のような闇の眷属の専売特許だったはずではないのか。
「若っ、危険です。お下がりを」
彼の執事がそう言って前に立つ。たしかに先程の後頭部のダメージがまだ残っている。
と、執事に気取られることなく接近する影。
「サンゼルマンっ」
執事への警告は手遅れで、背後からの一撃で執事――サンゼルマン、は昏倒させられる。
「勝負はまだ始まっていないが。まさか、卑怯だぞ。とは言うまい?」
大佐だった。
「お、おのれ。よくも我の忠臣を…」
大佐が持つ今の武装であれば、吸血鬼であるヴェロッキアに大したダメージを負わせられないだろう。しかし用心して、奴隷化した参加者の一部を大佐との間に呼び寄せ護衛にする。
何か、突破口は…。そう考えたヴェロッキアは、一人の少女に目を留める。たしか、川村ヒデオのパートナーの。
にやりと笑みを浮かべると一時、身体を霧に変化させウィル子の背後に移動した。振り向くウィル子に間近で視線を合わせ、それだけで彼女を金縛りにする。
「な、何なのですかーっ!?」
悲鳴を上げるが、体の自由は利かない。一切日焼けのない白い首筋はヴェロッキアからは間近で。
「川村ヒデオ!!…我と、勝負だ!」
「乗った」
「どーして、こんな状況で受けちゃうのですかーっ」
ウィル子を束縛したまま言うヴェロッキアに、即応するヒデオ。
「勝負成立ですニャ!!ここからは私がジャッジしますニャ」
大家さんがジャッジとして勝負の開始を宣言した。
「人質を取るなんて、卑怯な!」
美奈子がヴェロッキアを批難するが。
「人質?…ククク、勘違いをするな。これは、こうするためだ。…パートナー同士、死闘を演じるがいい」
そう言って、ウィル子の首筋に牙を突き立てるヴェロッキア。
「っきゃー!!」
「ウィル子ちゃん…!」
悲鳴をあげるウィル子。その、姿にノイズが走る。…ノイズ?
一瞬の疑問。そして彼女の血を嚥下した途端、ヴェロッキアの全身に衝撃が走った。凍えるような寒気を感じ、足に力が入らず立っていられなくなる。
そして、胃の内容物が逆流し、そのすべて吐き出してしまう。それは、今日吸った200人以上の参加者の血液で。
奴隷化していた参加者たちが意識を取り戻し、何をやっていたのかと周囲を見回しざわめきが広がる。
何だこれは。血、ではありえない。何か致命的な異物を飲まされた。そんな異物を持つ目の前の少女は何者なのか。ヴェロッキアの理解の範疇を超えていた。
術が解け、逃げ去る少女を目で追うことしかできない。そういえば、首筋に噛み付いたその時、違和感を覚えていた。においを一切感じなかったのだ。体臭や汗のにおい、あるいは石鹸の香りなりがするはずなのだ。
「一体、何者なのだ。貴様らはっ…」
数の上での圧倒的優勢にいたのはヴェロッキアの方だったのに、今は息も絶え絶えにヒデオらを見上げる。ヒデオに、無感情な目で見下される。
その時、ヴェロッキアは一族に伝わる伝承を思い出した。
未来を見据え、心を覗き、世界の理を識る、神にも等しき者。それが持つモノは――
「貴様はまさか…、“魔眼”の――!?」
言い終えるのを待つ、義理もなく。ヒデオが振り下ろした十手に、ヴェロッキアの意識は完全に途切れた。
「勝負ありましたニャ!勝者、ヒデオ・ウィル子ペアですニャ」
ジャッジである大家さんが、そう宣言した。
周囲のざわめきはまだ収まらず、ヴェロッキアの最後の台詞に、魔眼?魔眼て何だ?…そういえば聞いたことがある。何、本当か!?、…などという声が聞こえる。
「まさか、魔眼の持ち主だったとはな。」
大佐が感心したように呟き。
それから、「また、いずれな」と言ってゆっくりその場を去っていった。なぜかそう声をかけた相手はヒデオと、ミサトにだった。
「はいはーい。みなさん、ご近所迷惑になりますから解散してくださーい」
200人からの人間が屯していたら確かに迷惑で、レナがそう言う。それから、思い出したように、
「あ、一応、大会指定の病院で検査を受けてくださいね。…吸血鬼化することは、無いとは思いますが」
家路に着こうとしていた大会参加者たちは、慌てて方向転換して病院の方へ去っていった。
「美奈子殿ーっ、拙者らの勝利でござるよー。…?、美奈子殿?」
どうも岡丸、泥酔して誰に使われているかも良くわかっていなかったらしい。
ヒデオは十手を握ったままの右手を天に突き上げていた。我が生涯に一片の悔い無し、とでも言うようなポーズ。不思議に思ったウィル子が近づくと…。
「わーっ、マスター。しっかりするのですよー!!」
立ったまま気絶していた。おそらく、急性アルコール中毒。酔って、激しい運動をするものでは、ない。
[続く]
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