ONE PIECE《エピソードオブ・アンカー》
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episode8
「アンカーはまだ、船の底か...」
肩を落とし、深い溜め息を吐く。
目の前にいるジンベエに尋ねたのは、船長であるタイガーのものであった。
無言のまま頷く仕草を見て、タイガーは再び溜め息を吐いた。
「様子を伺おうにも、近付くだけで攻撃してきやがるし、話すら相手にしやしねえ...。それどころか、船に穴を空けるとか吐かしやがる。数日前に何かあったんだとは思うが、事情を知っていそうなアーロンでさえ何も話さねえ。......何が、いったい、どうなってんだ」
アンカーの姿は、船の底...海の中にあった。
コバンザメ特有の吸盤によって船底に張り付き、膝を抱えて丸まった状態で数日を過ごしていた。
今の状態に陥った原因は、自分を受け入れてくれたと思っていた者に「特別」だと言われたからであった。
彼女にとってその言葉は呪縛であり、忌み嫌う者に使うものであると認識する言葉だった。
幼い頃、泣きじゃくりながら殴って来る母親に「特別とは何か?」と尋ねたことがあった。その時、彼女の母親は「カイブツだ。この世で最も、忌み嫌われる者のことだ」と言い聞かせた。
幼い彼女はそれを信じ、母親が自分を殴ったり物を投げつけたりするのは仕方のないことなのだと思い込んでしまったのである。
その態度が気に食わなくなった母親の虐待は更に酷くなるのだが、アンカーが誰かに助けを求めることは無かった。
そんな世界で生きていたのだ。
あの時の言葉が、告白だなどと考えようがない。
「アイツだけは違うって、思ってたのになぁ...」
もう、期待するのは止めてしまおうか。そう考えてしまう自分に嫌気が差した。
「お腹、空いたなぁ」
元々、沢山食べる方ではないが、数日の間何も食べてないとなると腹も空くし虫も鳴る。
その辺の海藻か貝でも...と辺りを見渡すが、岩場のない大海原では見当たらない。だからといって、腹の虫が鳴き止むわけではない。
「......仕方ない」
アンカーは船に上がることを決意した。
船に上がった途端、その場がざわついた。
何人かがアンカーに駆け寄るが、それらを全て無視。迷わず料理長の下に足を運んだ。
「肉」
「お、おう...」
調理されて出てきた肉を鷲掴みにし、礼も言わずにその場を離れる。焼きが甘かったのか、歯を突き立てると肉汁と一緒にドリップが染み出した。
そんなことには気にも止めなかったアンカーの歩みを、ハチからの報告を受けて駆けつけたタイガー、ジンベエ、アーロンが立ち塞がり止める。
「......」
「......」
「......」
「......」
全員が互いの顔を見合わせ、アンカーにいたっては全員を睨み付ける。今やアンカーにとって彼女以外の生物は全て、敵も同然。
食べかけの肉片を全て頬張り、指についた肉汁を舐めとると、アンカーの食事は終了した。その場に残る理由は無い。
もう1度、目の前の3人に視線を送る。...やはり、アーロンは目を逸らした。
「アンタが何を企んでるのか知らないけど、タダで殺られるつもりは無いからね」
「何の話だ」
「ふぅん...。そういう態度をとるんだね、分かった。じゃあ、しばらく1人にしてくれる? 近付いたら......殺す」
『殺す』のたった一言に込められた殺気に、その場にいた全員が悪寒を感じた。アンカーは、そんな彼らの表情を見ることも無いまま、再び船底へと戻って行った。
アンカーが船底へと戻ってから数分後。タイガー、ジンベエはアーロンを呼び出す。呼び出しのきっかけは、アンカーの発言であった。
本気で『殺す』と言うまでに到たった理由を知っていそうな者...つまり、アーロンにその理由を聞き出そうというのである。
いつもは威勢のいいアーロンが、2人を目の前にして俯きながら目を逸らす。
「......何か、知っているんだろう?」
「......」
「黙っておっても分からんじゃろう。知っていることは話せ」
「......」
「アーロンっ!!!」
アーロンは、兄貴と慕い、憧れる2人の問いに答えることができないでいた。
アンカーに特別な存在だと告白した途端、あの調子になってしまった。アーロンでさえ、アンカーのあの態度の理由が分からない。
額に青筋を浮かべたジンベエを睨み付ける。大声で催促して来た勢いに乗って、大声で「分かんねえんだよッ!!」と近くにあった壁を殴った。
「分かんねえんだよ...ッ。俺にもサッパリだ...」
顔を隠すように掌で覆い、鋭く尖った歯をギリリと鳴らす。理不尽さに、己の不甲斐なさに、憤りを感じずにはいられなかった。
そんなアーロンに、タイガーは優しく「お前が知っていることだけを話せ」と促す。
しばしの沈黙の後に語られたことに、2人が絶句したのは言うまでもない...。
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