河の鬼女
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第一章
河の鬼女
坂上田村麻呂にだ、兵達がこんなことを言った。
「近頃です」
「鴨川のところにです」
「怪しい鬼が出るとか」
「そうした話が出ています」
こう彼に話すのだった。
「そして夜な夜な川のところを通る者をです」
「襲い喰らうとか」
「ですから鴨川にはです」
「夜は誰も近寄りませぬ」
「それはいかんな」
田村麻呂はその話を聞いてすぐにこう述べた。
「人を喰らう鬼なぞ放っておいていいことはない」
「しかし鬼です」
「鬼はまことに強いです」
兵達は田村麻呂に眉を曇らせて言う。
「それこそ人が敵う相手ではありませぬ」
「それにどの様な鬼かわかっておりませぬ」
「ですからどう退治するかもです」
「わかっておりませぬ故」
「どうしようもありませぬ」
「鬼のことは」
「いや、どうしようもなくはない」
田村麻呂は兵達に強い声で返した。
「わしが行く」
「坂上様がですか」
「そうされるのですか」
「うむ、鬼は放ってはおけぬ」
武を担う者としての言葉だった。
「退治せねばな」
「だからですか」
「坂上様御自ら行かれ」
「そして、ですか」
「鬼を退治されますか」
「それにどんな鬼か見てみたい」
こうした考えもあってのことだった。
「だからな、今夜にもな」
「鴨川に行かれ」
「そして、ですか」
「鬼を退治されますか」
「行って来る」
早速という言葉だった。
「今宵にもな」
「では我等も」
「お供します」
「坂上様だけ行かれてはです」
「何かと」
「ははは、御主達はよい」
田村麻呂は供を申し出た兵達に笑って返した。
「休んでおれ」
「しかしです」
「相手は鬼です」
「何かあるかわかりませぬ」
「ですから」
「そこまで言うか、そういえばじゃ」
ここでだ、田村麻呂は兵達の話からあることを考えた。そのうえで兵達に対してこうしたことを言ったのだった。
「鬼の数はわかっておらぬな」
「確かに」
「一人か何人かわかっておりませぬ」
「一体どれだけの鬼が出て来るのか」
「全く」
「一人ならよい」
田村麻呂だけで充分だというのだ、それだけの武がある自信があるのだ。
だが、だ。彼は兵を率いる身だ。戦のことも知っていて言うのだった。
「しかし多いとな」
「賊の様に多くいますと」
「それではです」
「流石に田村麻呂様だけではと思いますので」
「我等も」
「ならばな」
それならと言ってだ、そしてだった。
田村麻呂は兵達にだ、こう言ったのだった。
「御主達も来てくれ」
「はい、それでは」
「これよりです」
「我等もお供します」
「そしてです」
「鬼が多くいれば」
その時こそはとだ、兵達も応えて言う。
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