ソードアート・オンライン~黒の剣士と紅き死神~
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アイングラッド編
SAO編
心の温度
前書き
リズの話というかレイとアスナの話になっている気がするのは気のせいだよ。
最前線 63層主住区
「はぁ……」
目の前にいる女性プレイヤーは異性なら思わず見とれてしまうような整った顔だちが、今は何か悩みを抱えているような表情になっている。
現在、午前9時。そろそろ迷宮区やフィールドがプレイヤーで賑わってくる時間だ。
しかし、俺は主街区にある小さなカフェテラスでコーヒー(的な液体)を飲んでいた。
「何度も言うようだがな、俺はお悩み相談室を始めたつもりはないんだが……」
「でも、レイ君ってそう言いながらいつもアドバイスくれるよね。」
「……はぁ」
《圏内殺人》の一件からアスナはキリトのことを妙に気にかけるようになった。
それは別に良いことなんだが、恋愛相談は埒外だ。自慢じゃないが俺はその手の経験はほぼ皆無で相談されても困るだけだ。
ただ、知識としては知ってるのでこういうことをすれば喜ぶのでは?というのをアドバイスしているわけだ。これが結構当たるらしく(俺もそれとなくキリトを誘導しながら)、彼女には《紅き死神恋愛相談室》がとても好評のようだ。
「で、昨日のデートはどうだったんだ?」
「うん……楽しかったよ。ご飯食べて下層の観光地行って………」
そこまで言うとにへらとにやけてトリップしてしまう。
「…………」
全く……ため息をつきたいのはこっちだ。
俺は手元の苦い液体をぐっと飲み干すと、未だに戻ってこないアスナを現実に引き戻すためにソーサーを投げつける。
「はっ………」
ペチッと額の真ん中に命中し、アスナはハッとなって居ずまいを正す。
「成功したのはおめでとう。だったらなんでそんなしかめ面してたんだ」
「だって………鈍いんだもん、キリト君」
「そこは諦めろ。その初期ステータスはどうしようもない」
「だってさ、レイ君に教えてもらった人があまり来ないかつキレイな夕焼けが見えるとこ行って、その夕日を見たときの第一声が『旨そうだな……』だよ!?」
「…………」
正直、想定外だ……。キリトの鈍感さは想像以上だ。
誰もが認める美少女アスナと2人だけで夕日を見に行って「旨そうだな……」だぁ?
キリトよ。お前は本当に年頃の少年か?
「……すまん。それは俺のミスだった。アイツのことを侮っていた……」
「私も侮っていたわ……」
ある意味《黒の剣士》攻略はこのゲームの中で最も難易度の高いクエストかもしれなかった。
数日後。
俺はいつも日曜に攻略やその他もろもろのことを休みにし、買い物をしている。各種ポーション、結晶を買い込み、エギルを通して不要素材やアイテムを売却する。
……のだが、予定より早くストレージの空き容量が怪しくなってきたので、平日だが今日は休暇にした。
(武器の耐久値も回復させなければな……)
普段は早くから遅くまでフィールドに出払っているため、用品の補給は週1、武器、防具のメンテは基本的に週2で行っている。
転移門広場まで来ると、各層からプレイヤー達がやって来たり、また移動して来たりしている。
「転移、リンダース」
少し前にアスナから紹介された今ではすっかり顔馴染みの鍛冶屋が有る層に転移した。
「リズ、いるか?」
水車付きのおしゃれな鍛冶屋のドアを開き、店主の愛称で声を掛ける。
「はいはーい。あら、レイいらっしゃい」
「武器と防具のメンテ……あと、これは以前頼まれてたインゴットだ」
「おーさすが攻略組。あのダンジョンを突破するとは……」
「2度とあそこは行かん……」
やたら複雑な迷宮と凶悪なトラップを抜けた先にある、Aランクのインゴットを取って来るのが依頼だったのだが……あそこは軽いトラウマもののダンジョンだった。
「はいはいお疲れ様。これでも飲んでて。すぐやっちゃうから」
「ああ、サンキュ」
大太刀と防具(軽装戦士用のクリティカルポイントだけを守るもの)を預け、出てきた日本茶らしき液体を飲んでいると工房の奥から金属音が聞こえてきた。
ものの5分でメンテを終え、礼を言いつつ店を出ていこうとすると、
「おはよーリズ!」
「うわっ!」
「ぐぁ!?」
勢いよく開いたドアと壁の間に挟まれて押し潰される。
どうやらオーダーメイドの武器を作り始めようとしていたらしく、リズも驚きの声をあげる。
「ごめーん。以後気をつけます……ん?」
人をドアでペシャンコにしてくれた恋する乙女初心者ことアスナさんはようやく潰れた俺に気がついたようだ。
「「「……………」」」
俺は何も言わず立ち上がり、それをリズは顔をひきつらせながら、アスナは硬直しながら見ている。
「さてと……リズ、また頼むぞ」
お釈迦様のように心が広い俺はこれを不問とした。
「えっと……レイ君?」
「おはよう、アスナ。何かな?」
「……ごめんね?」
「気にするな」
不自然さをまったく感じさせない笑顔で答え、変な汗を流している2人を尻目に店を出ていった。
「…………」
怒ってなかった……のかな?
「一応、改めて謝っといた方がいいわね」
「……そうする」
「で、今日は何?ずいぶん早いじゃない」
「あ、これお願い」
リズは刀身を僅かに抜き出し、眉をひそめる。
「まだあんまりヘタってないじゃない。研ぐのはちょっと早いんじゃない?」
「そうなんだけどね。ピカピカにしときたいのよ」
「ふうん?」
リズがこっちをちらっと見てにやっとする。
「なーんかあやしいなあ。よく考えたら今日は平日じゃない。ギルドの攻略ノルマはどうしたのよ。63層でだいぶ手間取ってるとか言ってなかったけ?」
「んー、今日はオフにしてもらったの。この後ちょっと人と会う約束があって……」
「へええー?」
リズが椅子ごとガタゴト寄ってくる。
――そういえば、以前レイ君に「お前はすぐに顔に考えがでるな……」と言われたっけ……
て、まずい!?
「詳しく聞かせなさいよ。誰と会うのよ」
しまった……
「ひ、ひみつ!」
「そっかぁー、あんたこの頃妙に明るくなったと思ったら、とうとう男ができたかぁ」
うわぁぁぁ!?うぅ……。
「……わたし、前とそんなに違う……?」
「そりゃあねー。知り合った頃は、寝ても覚めても迷宮攻略!って感じでさ。ちょっと張り詰めすぎじゃないのって思ったけど、春先から少しずつ変わってきたよ。大体、平日に攻略サボるなんて前のあんたからは想像もできないよ」
「そ、そっか。……やっぱ影響受けてるのかな……」
「ねぇ、誰なのよ。あたしの知ってる人?あっもしかして、前言ってたオラトリオのリーダー?」
「カイト君は違うよ。知らない……と思うけど……どうかな」
「今度連れて来なさいよ。さもないとレイに吐かせるわよ」
「リズじゃ敵わないと思うよ……物理的には」
「確かに……ってそんな話じゃないわよ」
「ほんとにそんなんじゃないの!まだぜんぜん、その……一方通行だし……」
「へーっ!」
彼のことを思うとドキドキしてくる。最近じゃ彼と話していたときのことを思い出すだけで顔がにやけてしまう。
そしてついついリズに向かって話し出してしまった。
「なんだかねー、変な人なの。掴み所がないっていうか……。マイペースっていうか……。その割りにはむちゃくちゃ強いし」
「あら、あんたよか強いの?」
「もう、ぜんっぜん。デュエルしても私なんか1分持たないよ」
実際、昔一度闘った時はあっさりと負けてしまった。
「ほほーそりゃあかなり名前が限られますなぁ」
「わあ、想像しなくていいよー!」
慌てて誤魔化そうとするが、もう遅い。リズは指を折りながらあれやこれやと考えている。そして、ふと思いついたように言った。
「……そう言えば、レイとは?どっちが強いの?」
「それは……」
即答しようとして声に詰まる。自分の中では最強剣士であるキリトも、レイと比較されると答えに詰まる。
レイの戦闘を近くで観察した経験は殆ど無い。ただ、キリトもレイもまだ底知れなさがあって判断し難いところだ。
「わかんない……」
「うわぁ……そりゃ相当やるわね。まぁいいわ、そのうち連れて来てくれることに期待して、うちの宣伝よろしく!」
「うん。そのうちね」
いいなぁ~という顔をしたリズに手をふって店を出た。
そう遠くない未来でその雌雄が決する事を、彼女達はまだ知らない。
翌日の夕方、俺は昨日に引き続きリンダースに寄り道をしていた。
特に意味はない。強いて言うなれば気に入っているNPCレストランが数件あるが、まだ腹が減る時間でもない。
そんな中途半端な時間に行ったからだろうか、リズベット武具店の前に昨日俺をドアの間に挟んでペシャンコにしてくれたお方がいた。
「よお、アスナ」
「わぁ!?」
この際に訂正しておくが、俺は別に気配を消すのが上手いのではない。こいつがいつも(他のことで頭がいっぱいなため)気づかないだけだ。
「何やってんだ?」
「そうだ!!大変なのレイ君。リズと連絡がつかないの」
「……インゴット集めじゃね?」
ダンジョンは基本的に追跡不可能なので、連絡が繋がらないのも仕方の無い事だ。
「そうかもしれないけど……1人で行ったんだったら危ないから……」
確かに、半分以上が生産系のスキルで埋められている彼女が1人で行ったとすると危険だが、危ないところにはきちんと誰かに依頼しているようだったし、メインアームのメイススキル熟練度は相当高かったはずだ。
「危険なことには違いないが、どこに行ったかわからない以上、あれこれ言ったってしょうがない。明日になっても連絡つかないようなら探すの手伝うからさ」
「うん……ありがと」
だが、心配なのは変わらないので、一層の黒鉄宮の《戦士の碑》をまで行き、無事なことを確認した。
さらに翌日の夕方――
街に帰ってくると、リズと連絡可能になっていたため、三度リンダースに向かった。
着くと、当に事は佳境に入りつつあった。
店の中にはリズ、アスナそしてキリト。
アスナは友人が無事なことを確認して安心したのか至近距離で色々捲し立てている。
キリトの持つ剣は恐らくリズが作ったものだろう。相当ハイランクなインゴットが使われているようで、透き通るような刀身から淡い光が出ているように見える。
スペックは多分キリトの主武装に匹敵するのではないだろうか。
予想だが、アスナがキリトにリズベットの店を紹介し、キリトが早速剣を作ろうと出向き、インゴットを採るために2人でダンジョンに行ったのだろう。
キリトと2人ではさぞ大変だっただろうとリズに労いの言葉を掛けようとすると、彼女の目に動揺の色があることに気づいた。
その視線の先にはキリトが居たことに今更ながら気づいて顔を赤らめているアスナ、そして彼女が急に入って来たのを未だに驚いているキリト。
(……もしかして、またやっちゃったんですかいキリト君?)
天然ジゴロのキリトの前科は甚だしい。
リズは耐えかねたように俯きながらアスナを引っ張って店から飛び出して行く。
「ちょ、ちょっとリズ、どうしたのよ」
2人は俺の横を通り抜けて何処かへ行ってしまった。
「キリト」
「レイ……」
「まあ、言わずとも何があったかはわかるがな……」
「俺……どうしたらいいかわかんないんだ……」
「俺はお悩み相談室を開いてる訳じゃないぞ」
「?……なんの話だ?」
「いや、こっちの話だ。……で、どうだった?」
「は?」
「久しぶりに人とそれも格下と組んで足が竦まなかったか?」
「……確かに、竦まなかった、な。何でだろう……」
「それは自分で考えろ。わかったらちゃんとお礼、言いに行くんだぞ、リズに」
「ああ……、よし、行ってくる」
そして勢いよく飛び出していった。
(……早ぇよ。ちゃんと考えたのか?)
俺はあいつを本当に羨ましく思う。あの出来事以来、人を一段と避けるようになって、希望を見出だして身を削りながら生きて、それが想像していた物とは違ったときはもうダメかと思ったが、こうしてまだ懸命に生きている……。
誰にでも真似できることではない。その強さが今のキリトを形作っているのだ。
真の強さとは何か、力か、心か、信念か……。
俺にはわからない……。
「……お前達は、判るか?」
いつかの疑問文を内容を違えて再び虚空に呟いた。
後書き
ごめんなさい。内容がカーボンシートのように薄い話でしたね……。
いないとは思いますが、原作やアニメを知らない人はなんのこっちゃですね。
一緒にインゴットを探しに行くパターンも考えたのですが、敵はキリト1人で十分だし、穴に3人とも落ちる道理はないし…。
何よりあのリズ視点のシーンは2人の世界という感じがしたので、変にいじくらない方がいいかと思いました。
さて、次回から待ちに待ったSAO本編です。
そして、お待たせしました。近所の野良犬さん作のロイドも登場します。
お楽しみに!
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