夜の住人
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5部分:第五章
第五章
「では朝になれば」
「ええ」
「お別れですね」
「運がよければまた御会いできると思いますが」
「運河よければ、ですか」
それを聞いて少し寂しい笑みを浮かべてしまった。
「何かそれがね」
「世界が違うというのはそういうことです。ですが」
「自分達とは違う世界があってそこにも人がいるということがわかったのは何か嬉しいですね」
「そうです、私達は一つの世界にだけいるのではありません」
「多くの世界にもいる」
「夜もまた神のおわします世界であり」
「神の御加護があるということなのですから」
「どうですか、そう考えると夜もまた見方が変わりますよね」
「はい」
ヴィーラントはにこやかに笑ってそれに答えた。
「正直今まで夜は闇の中で獣が咆哮する恐ろしい世界だと思っていましたが」
かって夜は今よりもずっと暗かった。だからこうした感情を持っていたのである。これは当然のことであると言えた。人は夜の闇の恐怖を消し去る為に光を手に入れたのだから。
「しかし夜にもまた人がいるとなると。また別です」
「それは我々もです」
神父も述べた。
「今まで蛭は何もない世界だと思っていました。ただ休むだけの」
「そこにも人がいたとなると」
「その見方が変わりました。昼もまた実りある世界なのだと」
「そうですね。どちらの世界にも実りはあります」
「だからこそ違う世界が怖くなくなり」
「普通に見られることができます。それで」
「はい」
神父はヴィーラントの言葉に応えた。
「世界が広がりますね」
「ええ。何か今夜への考えが全く違ってきています」
ヴィーラントの目は細まっていた。
「村や城を御覧になられていいでしょうか」
「是非共」
神父は快くそれに応えた。
「そして夜の世界をお楽しみ下さい」
「城の領主殿にも御会いして」
「人は変わりませんがね」
神父はくすりと笑った。
「人は同じですよ」
「それではそれも確かめさせて頂きます」
「では」
「ええ」
ヴィーラントは神父に別れを告げて教会を後にした。そして入り口で待っていたゴッドフリートに声をかけた。
「待ったか?」
「いえ」
ゴッドフリートは笑顔で返した。見ればいちじくを頬張っていた。
「そのいちじくは」
「村の人達にもらいまして」
よく熟れたいちじくである。見ているだけで食欲をそそられるのは昼の世界にあるものと同じであった。
「どうですか、旦那様も」
「くれるか」
「はい、どうそ」
手に持っているうちの一個を手渡す。ヴィーラントはすぐそれを食べてみる。すると口の中にほのかな甘みと微かな汁気が漂った。それは紛れもなくいちじくのものであった。
「どうですか?」
「美味いな」
素直に感想を述べる。
それは確かに美味かった。昼の世界にあるいちじくと同じだった。全く同じ甘さであり美味しさであった。
「いいいちじくだ」
「ですね」
「やはり同じなのだな」
このいちじくにあらためて教えられた。
「昼でも夜でも」
「といいますと」
「あ、いや何でもない」
それには応えなかった。応えると下手に時間がかかるからだ。
「ところでだ」
「はい」
「この村を。見回らないか」
「この村をですか」
「そうだ、別に害はないしな」
彼は言う。
「だからいいだろう。夜の下を歩くのも悪くはないしな」
「私はそれで構いません」
ゴッドフリートには特に断る理由もなかった。
「村とあとは」
「城にも参ろう。いいな」
「はい」
こうして二人は馬と共に村の中を見回った。村人達は朗らかに畑を耕し酒や果物を楽しんでいた。子供達は犬や猫と共に遊びその横では水車が小気味よく回っている。何処の村にもある牧歌的な風景であった。
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