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大人しく愛されて下さい

作者:相生
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第一章
  多くは望まない、君がいるなら


 事の発端は、約三日前の最近天人の薬や武器を違法に密輸しているという噂の攘夷集団のアジトへの討ち入り。
 主に土方と一番隊の活躍により瞬く間にアジトを制圧し作戦は完璧に成功したかに見えた。
 しかしまだ残っていたのだ、たった数人。
 その残党が苦し紛れにばら撒いた天人の薬。それが薬を吸い込んだあらゆる生物を猫化してしまうというとんでもない代物だった。
 だが薬は不完全で、ある条件下に置かれると効果が切れて元の生物に戻る事が山崎らの調査ですぐに判明した。
 その条件というのがまた特殊だった。

 ――沢山の愛情を受け、猫として最も幸せだと思える状況を作る事。

 つまり、捨てられたりぞんざいな扱いを受けたりし続ければ元には戻れないという事だ。
 あの時、噎せながら周囲を威嚇していた黒猫が土方だと気付かずに見過ごしていたら、土方は永遠に人間に戻る事はなかっただろう。
 しかし幸いにも土方は沖田によって発見され、周りには土方を大切に思っている人間が大勢いた。
 ただ、問題は解決された訳ではなかった。




「副長、俺と一緒に遊びましょう」
「いや副長は俺と遊ぶんですよね!」
「副長! 猫じゃらしとネズミの玩具どっちが好きですか?!」
 昼の休憩時間。土方の周りに隊士達が集まってくる。それも猫好きと顔に書いてある者ばかりが。
 山のように詰まれた猫用の玩具。土方は呆れたようにそれらを眺めている。
「副長ぉー」
「副長こっち向いてー」
「ほら猫じゃらしですよー!」
 玩具をブンブン振る隊士達。
「……」
 パタンッ……パタンッ。パタンッ。
 土方の尻尾が揺れる。瞳孔開き気味の目は明らかに玩具の動きを追っている。が。
「副長ぉ」
「やっぱり習性までは似ないのかな……」
「え、もしかして俺ら副長が元に戻ったら切腹?」
「うげぇ」
 急に青ざめる隊士達。
(いや俺もそこまで鬼じゃねェよ。確かにちょっと腹は立つが元に戻すためにやってくれてる奴に切腹はさせねーよ)
 土方はそう心の中で呟いた。口にしたところで今は掠れた癖のある猫語にしかならない。それがとても面倒臭く、またもどかしくもある。
 土方は隊士達がいる居間を後にして食堂に向かった。




 食堂に入るとまだちらほらと昼食をとる隊士の姿が見える。その中に一際地味な姿の監察を見つけるとトコトコと彼の足元に近付いていく。
「みーご」
「あ、副長。ご飯ですよね、今持ってきます」
「みーご!」
(マヨネーズ忘れんなよ!)
 悲しいかな、今の土方は猫である。出されたのはマヨネーズなしのキャットフードだ。
「フシャアアアッ!」
「ギャアアアアアアア!!」
 土方は容赦なく山崎に飛びかかり、山崎はその場にダウンした。
「……み」
 フン、と鼻を鳴らして山崎から降りると適当な隊士のズボンをカリカリと引っ掻く。
「副長、食べ物だけは我が儘ですよねー……でも駄目ですよ猫の身体に悪いですから」
 どの隊士に要求しても答えは同じで、その度に次々とノックダウンしていく。
 それを何度か繰り返して食堂に誰もいなくなり途方に暮れていると、不意に目の前に器が置かれた。
 鼻腔を擽る嗅ぎ慣れた酸っぱい香り。器こそ丼ではなく猫用だが、これは間違いなく土方スペシャルだ。
 見上げるとそこには意外な人物が立っていた。
「アンタ、これが食いたかったんでしょ。他の奴らには内緒ですぜィ。俺もこれからなんで一緒に食いやしょう」
 テーブルに自身の昼食が乗った盆を置いて座りながら悪戯っぽく笑う。
(総悟……どういう風の吹き回しだ。毒でも入ってんじゃねーだろうな)
 土方はクンクンと匂いを嗅ぐがおかしな点はない。沖田は土方の様子を見ておかしそうに笑った。
「毒なんて入れてませんよ。その状態のアンタを殺しても意味ねーでしょう」
 確かにそうだと納得したが胸の奥が少しだけモヤモヤした。
 それはつまり今の自分への沖田の興味が普段の自分より下だという事で。それはそれで嫌だと思ってしまう自分はよほど重症で欲張りなんだろうと自嘲する。
「食わねェんで?」
「み……みごっ」
 沖田に怪訝そうに覗き込まれてハッと我に返ると誤魔化すように短く鳴いてガツガツと食べ始めた。

 そんな土方を見つめる、沖田の愛おしいものを見るように細められた瞳が寂しげな色を宿していたのを土方は知らない。

 やがて沖田も昼食を食べ始めた。
 たまにおかずにマヨをつけて猫用の器に分けてやると、仕方ないから食ってやると言った態度で土方がそれを食べる。意地っ張りなツンツンした性格は猫になっても変わらなかった。





 夕方。土方は沖田の部屋で丸くなっていた。傍には絶賛サボリ中の沖田がいる。
「何でィ土方ァ、デレか。デレなのか土方コノヤロー」
 普段の土方なら間違いなく真っ向から否定しただろう。だが今回は敢えて否定しない。否、できない。
(そーだよ悪ィか馬鹿野郎。普段はデレろデレろってうるせぇ癖に)
 肯定するために沖田の手をざらついた舌でペロッと舐めてみると、意外にも沖田は大きな瞳を僅かに見開いたかと思えば頭を撫でてきた。
 昼に沖田の興味が薄れている事実を突き付けられてから胸の奥のモヤモヤはじわじわと広がって、今は漠然とした不安になってしまった。
(このまま猫でいたら、俺への関心そのものもなくなるんじゃねーか?)
 そんな考えが頭に浮かび、土方を蝕む。だがそれも沖田に触れられる度に和らいでいくような気がした。ただの気のせいかもしれないが。
「……土方さん」
 不意に沖田が撫でる手はそのままに土方の名前を呼ぶ。
                           
「言葉が通じねーし表情も人間より少ないからアンタが大体何を言いたいかが分かっても、今アンタが何考えてんのか時々分からくなるんです」
「……」
「土方さん。だから早く戻ってきて下せェ。早くアンタを抱きたい」

(……嗚呼、コイツは)

(人間の俺と猫の俺を心のどこかで別物扱いしてるのか)



(総悟。総悟。呼んでやりたくても鳴き声しか出てこねェ)



(くっそ……そんな顔するな。そんな、苦しそうな顔させてェ訳じゃねェんだ)



「みーご。みーご」
 沖田の腕に身体を擦りつけ、できる限り優しく鳴く。この気持ちが伝わって沖田の不安を取り除ければいい。そう思いながら。
 いつの間にか土方自身の不安はどうでもよくなっていた。沖田の顔を見たら、沖田の不安の方が大きいような気がしてしまったから。
「……もしかして俺の名前呼んでんですかィ」
「みーご」
「ハハッ……アンタらしいや」
 沖田の指が土方の顎を擽る。土方は気持ちよさそうに目を細めて沖田の手に身を委ねた。







多くは望まない、君がいるなら







(とりあえず今は、これでいい) 
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