映画
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1部分:第一章
第一章
映画
佐藤幸次郎の映画はあまりにも有名であった。日本だけでなく世界でもその名声は知られていた。その撮影技術が半端ではないのである。
舞台は現実にあるとは到底思えない世界だった。幻想というよりは怪奇な。彼は怪奇映画で有名であったがその世界があまりにも異常だったのだ。
「地獄か?」
「いや、何だこれは」
映画を観る人々は彼のその映画を見て首を傾げるのだった。
「極彩色の世界に」
「花!?」
「何だあの花」
毒々しい赤紫の、巨大なダリアを思わせる花が咲き誇っている。その中に女の半裸の鬼達がいて人を捕らえ生きたままのそれを貪り喰う。人が泣き叫ぶ声を聞きながら恍惚とした顔になっているその異形の美しい鬼達を見て人々はまず地獄かと思ったのだった。
「ダリアでもないし」
「あれはラフレシアか?」
今度は別の花に目がいった。それはそのダリアのようなものよりもさらに巨大で毒々しい色を持つ花だった。
今度の花は緑だ。しかし何か絵の具をそのまま使ったような、自然のそれとは思えない色の緑だった。そしてその緑のラフレシアから何かが出て来た。
「むっ!?」
「あれは!?」
出て来たのは美女だった。まだ幼さを残している緑の髪に青白い肌を持つ全裸の美女が姿を現わした。そうしてその美女は鬼達のところに歩み寄りその身体を抱くのだった。やはりそこには異様な美があり毒々しさの中に妖艶なものを異様なまでに含んでいた。
そうした映画だった。異様な世界の中に彷徨い一人また一人と美しい魔物達に貪り食われその中で死んでいく人々。終わりは最後の一人がそのラフレシアの美女に食われその首を抱かれるところで終わる。まるでオスカー=ワイルドの世界のようであった。
「何かな」
「いつも以上にな」
「ああ、わからない世界だな」
人々は映画を観終わってから言い合うのだった。
「地獄でもないしな」
「魔界か?」
「そうか、魔界か」
ここで誰かが気付いたのだった。
「あれは魔界なんだ」
「魔界か」
「地獄とは違う」
少なくとも日本人の地獄ではない世界なのはわかるのだった。
「それにしてはな。美しい」
「そうだな、美しいな」
「あまりにもな」
皆それを言い合うのだった。
「美しく妖しい世界」
「いつもながら独特の世界だよ」
「しかし」
また誰かが言った。
「どうやってあんな世界を考え出したんだ?」
「今度もか?」
「あんなの考えようがない」
これが彼の評価を高めさせる要因となっていたのである。
「あんな独特な世界な。それに」
「それに?」
「どうやって撮影しているんだ?」
次の疑問はこれであった。
「俳優さん達も皆言わないよな」
「んっ!?」
「そういえば」
皆ここでもう一つの疑問に気付いたのだった。
「撮影中のことはな」
「ああ。楽しく演じさせてもらったって言うだけで」
「それ以外はな」
「やっぱりおかしいな」
一旦疑問に抱くとそれが何処までも膨れ上がるのだった。
「撮影中の裏話なんて幾らでもあるのにな」
「それがない」
「しかもあの監督の人間性についても何も言わないよな」
「それどころか」
今度はこの佐藤についての話にもなかった。
「あの人プライベートはどうなってるんだ?」
「さあ」
「何も聞かないよな」
「そうだよな」
彼のプライベートは一切謎だったのである。中にはプライベートのことは明かさない俳優も多いが彼はそれ以上に全てが謎に覆われていたのだ。
「何処の出身なんだ?」
「経歴は?」
「確か何処かの高校を卒業してすぐに今の映画会社に入ったんだったよな」
「確かな」
知られているのはこの程度だった。
「すぐに頭角を現わしてな」
「それで今に至るんだよな」
「とりあえずは叩き上げか」
このことはわかった。
「けれどな。他にはな」
「何もわかってないんだよな」
「家族は?」
これも不明だった。
「幾つなんだ?」
「五十位じゃないのか?」
一応は外見やおおよその経歴から年齢は推察されたがそれでも完全ではなかった。
「それにしては若いような気もするしな」
「本当に何者なんだろうな」
「わからないな」
「ううん、本当に謎の多い人だ」
「全くだ。何者なのか」
皆彼のそうした全てが謎に覆われているその姿を見て言い合うのだった。しかしそれで何かがわかる筈もなくやはり彼の謎はわからない。だがその間にも彼の新作が発表された。
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