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蜃気楼

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2部分:第二章


第二章

「人は何かと難しい。どうしてもそうなる」
「左様ですか」
「そしてじゃ。それを忘れる為には」
 そしてここで言うのであった。
「酒じゃ。わかるな」
「酒ですか」
「そうじゃ。酒こそはこの世で一番素晴らしいものじゃ」
 今度はその青い目が眩い位に輝きだした。どうも彼は無類の酒好きであるらしい。
「その店は酒もよいのじゃな」
「江南の酒ですよ」
 彼は自信を以ってこう答えてみせた。
「それでおわかりかと」
「そうじゃな。江南の酒はよい」
 彼もそれは知っているようであった。納得した顔で頷いてみせてきた。
「ではそれを楽しむとするか」
「はい。ではこちらへ」
 彼は自分の言葉通り青い目の男をその店に案内するのであった。
 こうして青い目の男はその店に案内された。繁盛している店の中で彼はまずは燕料理を頼んだ。そうして同時に酒も頼むのであった。
「今この店にいる客全員に酒をやってくれ」
「全員にですか」
「左様」
 彼はそう店の親父に対して言うのであった。
「それでよいな」
「またそれは太っ腹ですね」
「悪いか?」
 彼はそう親父に問い返した。
「それだけの代価があれば別に構わんと思うが」
「確かに。それは」
「わかったならばじゃ」
 彼はまた言う。
「すぐに皆にな。よいな」
「はい、それでは」
「おいおい、あんた」
 店の客達はその男の気前のよさに思わず声をあげるのであった。そうして彼に対して言う。
「また随分と気前がいいな」
「何かいいことあったのかい?」
「それはこれから起こることじゃ」
 彼はそれに応えて江南の美酒を口に含む。既に燕も口に入れている。
「これからな」
「そうなのかい」
「うむ。しかしじゃ」
 ここで彼は言う。
「評判通りじゃな。この燕料理は美味い」
 燕を煮て生姜と醤油で味付けしたものである。その料理と酒を楽しんでいるのである。酒も次から次に口に含んでいる。
「酒もな」
「ああ、ここは酒もいいんだよ」
「それも知っていたみたいだな」
「話には聞いておった」
 彼はこうも客達に答えた。
「しかし。噂以上じゃ」
「そう言ってもらえると嬉しいね」
 客達にどんどん酒を渡しながら親父は答えた。
「じゃあ代金の方は期待しておくよ」
「楽しみにしておくのじゃ」
 彼は親父にこう応えてまた飲みだした。
「きっと。喜んでくれるわ」
「さあ、皆さん」
 親父はまた上機嫌で客達に声をかける。
「どんどん飲んで下さいよ。この方の奢りですから」
「言われなくてももう飲んでるよ」
「この世でただ酒程いいものはないからさ」
 彼等もわかっていた。それで上機嫌で飲み続けるのであった。
「さあもう一杯」
「料理も頼むよ」
「あいよ」
 親父は客達に応える。
「それじゃあ燕を」
「魚もな」
 何も燕だけあるのではない。魚もあるのだ。客の中にはそれを好む者もいるのであった。客達はどんどん酒の料理をいただいていくのであった。
 その中央には言うまでもなく青い目の男がいた。彼はその中で言う。
「親父」
「はい」
「筆と硯を用意してくれ」
 騒ぎの中で言うのであった。
「筆と硯ですね」
「左様、その二つじゃ。よいかな」
「勿論ですよ」
 それを金を払う誓いの文章に使うかと思ったのだ。それで快く頷いてみせた。
「それではそちらもすぐに」
「さて、皆の衆」
 彼は筆と硯を頼み終えるとまた客達に声をかけた。
「宴はまだはじまったばかり。楽しくやろうぞ」
「勿論ですよ」
「さあどんどん」
 彼に応えるまでもなくもう皆楽しくやっていた。その中で彼は酒と燕を楽しみながら硯に墨を作っていく。それが終わってからまた本格的に飲むのであった。
 
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