ソードアート・オンライン ~紫紺の剣士~
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アインクラッド編
2.第一層ボス戦
午後12時、ボス部屋前。
――よくここまで来れたもんだ。
目の前に鎮座する二枚扉を見上げながら、俺はそう考えていた。これだけ大人数だと色々支障がでそうなものだが、そこは騎士ディアベルが見事な指揮で1人の死者も出さずにここまでたどり着いた。だが、本番はここからだ。
「打ち合わせ通りに頼むぜ、アルト」
俺は、エギルに向かって頷いた。ディアベルが、大扉に手をあてる。
「―――行くぞ!」
短くそう叫び、思い切り押しあけた。
中の広間にある松明が、一つずつ灯っていく。現れる、巨大な影。
ボスモンスター―――《イルファング・ザ・コボルドロード》。
さっとディアベルが長剣を振りおろすのと同時に、攻略部隊が大広間になだれ込んだ。
「ウオオォォォ!!」
凄まじい音量でイルファングが吠え、骨斧を一番に走り込んできたプレイヤーに叩きつけた。攻撃を受けたプレイヤーは若干押し込まれたものの、しっかり耐えきる。その瞬間、俺はソードスキルを発動させる。上段両手剣スキル《カスケード》が斧を弾きあげた。隙を狙い、遊撃部隊がソードスキルを叩き込む。
「次来るぞ!」
壁役のエギルが叫ぶ。油断なく俺は飛びずさり、剣を構えた。
***
攻略は恐ろしい位に上手くいっていた。俺達の攻撃がボスのHPバーを着々と削っていき、ついに4本中の最後の1本に突入する。おっしゃあ、という歓声。
ここで俺を含む、エギル率いるB隊はPOTローテで前線から下がった。ポーションを飲む間にも、次々に攻撃が叩き込まれていく。
不意に、違和感を覚えた。ここに来る前に配布された攻略本、ボスバージョンには、4本中の最後の1本に突入するとそれまで持っていた骨斧と盾を捨てて湾刀を使う、と書いてあったはずだ。だが俺が今見ているボスの腰辺りにある武器は・・・少し、違う。俺が思っていたものより、明らかに細い。
話しておいた方がよいだろうかと、エギルに話し掛けようとした、その時だった。
イルファングが、腰の武器を抜いた。それは、湾刀ではなかった。細い刀身、弛く反った刃。まるで―――刀。
「だ・・・だめだ!下がれ!全力で後ろに跳べ―――――!!」
誰かが、そう叫んだ気がした。だがそれは、イルファングが起こしたソードスキルのサウンドエフェクトにかき消された。
刀が、全く視認できない速度で振るわれる。ボスを取り囲んでいたプレイヤー達全員がまとめて斬られ、地面に倒れた。しかもその身体を、朧気な黄色い光が取り巻く。
―――攻撃範囲360度の、《行動不能》効果付きのソードスキルか!
そう理解した時点で、俺は援護に動こうとした。エギル達も武器を手に取る。
だが、間に合わなかった。イルファングがすくうように刀を振る。狙われたのは――ディアベル。空中の飛ばされながらも、ディアベルは反撃しようと剣を振りかぶった。しかし、ソードスキルは発生しなかった。
イルファングの刀スキルが、ディアベルを切り裂く。彼は、黒髪剣士のそばに墜落し。
何かを呟いて――その身体を青い欠片に変えて四散させた。
誰かの叫び声、あるいは悲鳴が、聞こえる。だがそれは俺の聴覚野に届きはしても、意識にまで届くことはない。
――どうする。
リーダーが倒れた時点で、レイドは瓦解する。間違いなく。深手を負った奴を抱え撤退するか、それとも。
――戦うか、このまま。
じりじりと増えていくHPを眺めながら、俺は考える。その時だった。そんな俺の思考を見透かしたかのごとく、二人のプレイヤーがボスにむかっていく。一人はさっきも見た黒髪の剣士。もう一人は、茶色いロングヘアの、なんと女性剣士。
むかってくる敵を確認したのボスが野太刀を構えた。ほぼ同時に黒髪剣士も剣を構える。2つのソードスキルがぶつかり合い、その瞬間、女性剣士が右手の細剣を振り抜く。ソードスキル、名前をたしか《リニアー》。僅かに、ボスのHPが減少した。
しばらくはその繰り返しが続いた。しかし、黒髪剣士がボスの野太刀を受け損ね、吹き飛ばされる。代わりに、女性剣士が突っ込んでいく。ぎらりと、イルファングの野太刀が血の色を纏う。
それを、俺達も黙って見ていたわけではない。
「ぬ・・・おおおッ!」
「ぜああ!」
久しぶりの――事によると初めての気合いを放ちつつ、俺は斬りかかった。両手剣スキル《アバランシュ》、そしてエギルの両手斧系ソードスキル《ワールウインド》。3つのソードスキルがぶつかり合い、凄まじい音量と衝撃を生み出す。イルファングは後方に大きくノックバックしたが、俺達は1メートルほど押し込まれただけですんだ。
「あんたがPOT飲み終えるまで、俺たちが支える。ダメージディーラーにいつまでも壁やられちゃ、立場ないからな」
「今あんたに死なれたら後々困りそうだしな」
俺の見も蓋もない言い方に、剣士―――驚いたことに少年だった――は、大きく苦笑した。
「・・・すまん、頼む」
返答に大きく頷き、俺達はイルファングと向かい合った。赤毛の獣王が吠え、上段に野太刀を構える。
「左斬り降ろし!」
次の瞬間、彼の言った通りに野太刀が振るわれた。その後も次々とソードスキルが俺達を襲うが、大ダメージを食らうことなく防ぎ続けられている。
―――きっと彼は、元ベータテスターなのだろう。
そんなことを考えたが、気にするべきではない。第一、奴のお陰でソードスキルを防げているのだ。感謝こそすれ、ベータテスターだからと恨むつもりはない。
やがて、ついにボスのHPバーが赤く染まった。その事に気が緩んだのか、仲間の1人の盾持ちが足をもつれさせた。
「早く動け!」
「くっ・・・!!」
少年の声が聞こえる。ぐいっと首根っこを掴んで後方に大きくジャンプするが、間に合わなかった。イルファングが垂直に飛び上がり、ぎりぎりと力を溜めていく。
「う・・・おおおッ!!」
鋭い叫びをあげ、少年剣士が凄まじい勢いで飛び出した。片手剣ソードスキル、確か《ソニックリープ》が、獣王を地に叩き落とす。
「ぐるうッ!!」
背中から地面に叩きつけられて、イルファングは手足を暴れさせる。俗に言う、転倒。
「全員―――全力攻撃!囲んでいいい!」
「く・・・おおッ!」
これまでガードに専念させられた鬱憤を、俺達は一気に爆発させた。両手剣2連撃《ブラスト》、その他多様なソードスキルがボスのHPをがりがり削っていく。
ソードスキルによる攻撃後硬直が解けた瞬間、イルファングが起き上がった。もう一度、俺達は予備動作に入る。
再びソードスキルの光と音がボスを包み、少年剣士が放った片手剣2連撃《バーチカル・アーク》が止めを指す。1人のプレイヤーの剣士の命を奪ったボスモンスターは、青いポリゴン片となって消えた。
俺達の目の前に獲得経験値やこの世界のお金であるコル、そして《Congratulation!》の文字が浮かび上がった瞬間、うわあっ!という歓声が弾けた。ふっと俺は溜め息をつきウィンドウ、少年に声をかけた。
「お疲れ」
「え・・・あぁ、サンキュ」
続いてエギルも声をかけて、ぐいっと握った拳をつき出した。少年がそれに答えようと右手を上げかけた、
その時だった。
「―――なんでだよ!!」
突然の叫びに、広間が一瞬で静まり返る。俺も声のした方向を振り返った。
叫んだのは、シミター使いの男らしかった。しんと静まった空気を全く気にせず、さらに叫ぶ。
「―――なんで、ディアベルさんを見殺しにしたんだ!」
その後男が話した内容は、俺にとって全く理解できない代物だった。少年はボスの使う技を知っていた。それをディアベルに話していれば、彼は死なずに済んだんだ、と。
それを聞いた瞬間、俺は思わず声を出していた。
「なぁ、アンタ何言ってる?」
「な、何って・・・!」
「今俺達が生きているのは、あいつのおかげじゃないのか?だいたい、ボスをよく見もせずに1人飛び出していったディアベルにも責任があると俺は思うが?」
「んな・・・お、お前・・・!」
ぎりぎりと歯を食い縛り、また何かを叫ぼうとした。だが、声を張り上げたのは違う男だった。黒髪の剣士に指を突きつけて叫ぶ。
「オレ・・・オレ知ってる‼こいつは、元ベータテスターだ‼」
そこから、話はどんどん変わっていく。ベータテスターの事から、攻略本の真偽へと。
嫌な流れに、今まで我慢していたらしいエギルや女性の剣士、もちろん俺も口を開きかけた。だが、少年がそれを遮った。
「元ベータテスター、だって?・・・俺をあんな奴らと一瞬にしないでもらいたいな」
さらに少年は言う。自分は誰も到達できなかった層まで登り、アルゴなんか問題にならないくらいにいろいろと知っている―――と。
「そんなの・・・もうチートだろ、チーターだろ‼」
――――こいつは。
全て自分で背負うつもりなのか。そうすることで、将来自分がどういう扱いを受けるかを知っていて、なお。
まわりの声は止まらない。やがて、ビーターという単語が生まれていく。
「そうだ、俺はビーターだ。今度からはただのテスターごときと一緒にしないでくれ」
少年はウィンドウを操作すると、灰色のコートから黒いロングコートに着替えた。ばさりと長い裾を翻し、少年は上層へと続く階段を上っていった。
「おい、いいのか、アンタ」
「・・・何がですか」
「放っておいたら、アイツ1人で行くぞ。それでもいいのか、アンタは?」
「・・・・」
俺に突然話しかけられた女性剣士はしばらく黙り込んでいたが、やがて彼を追って階段を上がっていった。嫌な沈黙が広間を支配する。
「エギル、俺はここで抜ける。世話になった」
「あ・・・お、おう」
俺が出したパーティー脱退のメッセージを、エギルが受諾する。それを確認し、俺は2層に続く階段に足を向けた。
「おい、アンタ」
「なんだ・・・キバオウさん?」
俺の返しに、キバオウは一瞬ぴくっと眉をひきつらせた。だがそれ以上の反応は見せず、俺に問いかけてくる。
「アンタは、どう思っとるんや。ビーターの事」
「・・・俺は」
ここでビーター―――彼の事を糾弾するようなことを言っても仕方がないと思うので、思ったことをそのまま答える。
「アイツは、必要な人間だと思う」
そこまで言うと、俺はキバオウの横をすり抜けて、上層に続く階段に足をかけた。
扉を開けてまず飛び込んできた光景は、さっきの2人がぴたっとくっついているというものだった。
「・・・失礼」
くるっとふりかえって戻ろうとしたその直前、「ちがーーう!!」と少年の絶叫が聞こえた。
「・・・違うのか?」
「ち、違うちが・・・」
「違うわ、彼とはボスを倒すためのただの暫定的な協力態勢なだけです」
ぴしゃりと女性―――どちらかと言えば少女っぽかった――が言い放ち、少年はぐっとのけぞったが、幸いすぐに復活し、じっと俺を見据えた。
「・・・何しに来たんだ?」
「名前を聞いてなかったから。お互いソロっぽいから、知っといても損はないと思った」
俺の話を聞いて少年はしばらく目を丸くして聞いていたが、やがてごくごく僅かに口元を綻ばせた。
「そういうことか。俺はキリト、あんたは?」
「アルトだ」
簡単な自己紹介をして、俺はちらっと少女に目を向けた。
「・・・・・・」
「・・・じっと見ないでください。何ですか」
このやり取りを見てたならわかるだろう、と言いたかったが、そこは我慢する。
「名前は?」
「・・・・・・アスナ、です」
「そうか」
名前を聞くと俺はすぐに振り返り、来た階段を戻り始めた。まだ広間に残っていたキバオウ達の前を通りすぎて。呼び止められた気がしたものの、一度も振り返らなかった。
後から思えば愛想もへったくれもない挨拶だったが、これが後の≪黒の剣士≫キリト、≪閃光≫アスナとの初邂逅だった。
後書き
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