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毒婦

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2部分:第二章


第二章

「私は男だぞ」
「まことですか」
「まことも何も嘘を言う必要もない」
 彼はその苦笑いを素直な笑いに変えて述べた。
「違うか?どうしてここで嘘を言うことがある」
「そういえばそうですな」
 農夫はそれを聞いて納得したように頷いた。
「申し訳ありませんでした、ついついそのお顔を見て」
「まあ顔のことはいい」
 源介はそう言ってまずはそれをよしとした。そのうえでまた述べた。
「それでな」
「はい」
 話は移った。
「ここの庄屋は何処かな」
「庄屋といいますと」
「庄屋と言えば庄屋だ」
 源介は農夫のその言葉を聞いて異様なものを感じた。見れば横にいる彼の妻も目を不安なものにさせている。
「いる筈だと思うが」
「ええ、まあ」
 農夫はまずはそれに応えた。
「いることはいますが」
「何かあるのか?」
「どちらの庄屋様でありましょうか」
「どちらの」
 それを聞いて眉を顰めさせた。
「はい、古い庄屋様と新しい庄屋様がおりますが」
「待て」
 あまりにも訳のわからない話に源介は眉を顰めさせたまま一旦話を止めさせた。
「どういうことなのだ、それは」
「いえ、ですから庄屋様のことでしたら」
「この村の庄屋は海野大五郎ではないのか」
「海野様でしたらおりますが」
「それを早く言え。そして海野は何処にいるのか」
「あちらでございます」
 そう言って指差した先は質素な家であった。屋敷と呼ぶのも憚れるような、そんな家であった。庄屋の家とは思えない。源介の生家よりも粗末な様子であった。
「あそこなのだな」
「へい」
 農夫は答えた。どうやら間違いではないらしい。
「どうされますか」
「うむ、その庄屋に用があってな」
「というとあのことで」
「ちょっとあんた」
 ふと何か言おうとした夫を女房が押さえた。
「下手なことは言わない方がいいよ」
「おっとそうじゃった」
 だが源介にはそれで充分だった。彼はそれだけでもう村の異変を確信したのであった。だがそれはあえて口には出さない。そしてその庄屋の家に向かうのであった。
「ではな」 
 その前に農夫達に別れを告げた。
「教えてくれてどうも」
「いえいえこちらこそ」
「ではまた。顔のいいお武家様」
 そう言われながら庄屋の家に入った。笠を脱いでそれを脇に抱えて中に入るとやはり普通の農家と変わりがなかった。土蔵の中に進んで人を呼んだ。
「誰かおらぬか」
「はい」
 声に応えて一人の年老いた男が姿を現わした。
「庄屋はおらぬか」
「私でございますか」
「その方がか」 
 それを受けてじっと老人を見る。どうにも庄屋ではなく普通の農夫に見える。
「海野大五郎だな」
「左様です」
 老人は小さな声で応えた。やはり間違いはなかった。
「そうか、その方がか」
「して貴方様は」
「私か」
「はい、お武家様とお見受けしますが」
「うむ、春日源介という」
「春日様というと確か御館様の」
「私を知っているのか」
「はい、近頃殿様のお側に仕えられる若い方でその様な方がおられると聞いておりまして」
「そうだったのか」
「それが貴方様でしたか、いやこれはまた」
 大五郎は源介の顔をまじまじと眺めながらその年老いた顔を綻ばせてきた。
「お美しい。噂には聞き及んでいましたが」
「まあ今は私の顔のことはいい」
 源介はその若く美しい顔に苦笑いを浮かべてその話題を止めさせた。
「実はな。御舘様に言われてな」
「といいますと」
 大五郎の様子が変わった。何やら鋭い雰囲気になった。その変化に源介も気付いた。そして心の中で呟いた。
(この老人、意外と)
 できると思った。その年老いた力ない様子は芝居であり実は中々の出来物であると呼んでいた。だがそれは口には出さなかった。それを胸に収めながら話を続けた。
「何か。この村であるそうだな」
「はい」
 大五郎は鋭い目の光を隠して彼に応えた。
「それのことですが」
「そして村に入ったところで村人達から妙な話を聞いた」
「庄屋のことでしょうか」
「知っているか」
「この村のことでしたら。私は庄屋ですので」
 剣呑なものさえそこには忍んでいた。そうした声と雰囲気をこの老人は潜ませていた。
「庄屋が二つあることですね」
「そうだ。何か心当たりがあるな」
「勿論です。ですがここでお話も何ですから」
 大五郎はそう言って源介を上にあげた。そこで向かい合って座り話をはじめた。
「まあこれでも」
「かたじけない」
 水が差し出された。それを飲みながら話に入る。
「近頃村では妙なことが続いております」
「左様か」
「はい、一年程前にここにふらりと歩き巫女と称する若い女が来まして」
「歩き巫女のう」
 源介はそれを聞き更に怪しいと思った。歩き巫女の中には普通に巫女をしている者もいれば春もひさぐ者もおり時には密偵の仮の姿であったり妖かしの類であったりするのだ。そういうことを知っているからこそ怪しいと思ったのだ。
「はい、最初は占い等をして真面目にやっていましたが」
「春でもひさいだか」
「いえ、そんな生易しいものではございません」
 大五郎はその皺だらけの顔を顰めさせて言った。
「何分美しい顔でして。言い寄る男もおりました」
「ふむ」
「そうした者は一旦はその巫女と一夜を共にするのですが翌日は」
「どうなっているのだ」
「仏になっております」
「どの者もか」
「はい、そのうちに巫女は男共の金やらを手に入れ何処からともなく招き寄せた得体の知れぬ者達を従え遂には村の端に大きな屋敷を構えまして」
「それが新しい庄屋か」
「左様でございます。今ではもうこの村を仕切るようにさえなっております」
「それはいかんな」
 源介はそれを聞いてすぐにそれを否定した。
「御館様はこの村の庄屋はそなたと決めておる」
「はい」
「それなのに急に新しい庄屋とは。しかも得体の知れぬ歩き巫女などを」
「ですがもう誰も逆らえないのです」
 大五郎はこうも述べた。
「その女だけでなく周りの者達も腕っぷしが強く」
「どうしようもないというのだな」
「そのうち大事になるかと心配していたのですが」
「だからこそ私が来たのだ」
 源介はここでこう述べた。
「この話を終わらせる為にな」
「はあ」
「そしてだ」
 彼はそのうえで問う。
「その新しい庄屋、歩き巫女とはどんな者なのだ」
「名は管姫と申します」
「管姫か」
「はい、それが何か」
「いや、何もな」
 だがその名を聞いたところで彼にはふと気付くものがあった。
 
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