魔法少女リリカルなのは ―全てを変えることができるなら―
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第五話
――――そして彼は夢を見る。
皮膚をえぐるような熱、鈍器で殴られたような頭痛、空から放り出されたような浮遊感、鼻に付いては離れない血の匂い。
目を開ければそこは、もう何度も目にした戦場だった。
巨大な飛行艦の内部。
洋式を思わせる壁、海底トンネルのような広さと深さ。
どこまでも続くような暗さ。
一番奥には玉座が存在し、そこには本来/聖王が座ることになっていた。
そんな場所に、彼/朝我 零はいた。
周囲には粉々になり、残骸として散らばった機械兵/ガジェットドローンの山。
そこで彼は“ここが夢である”と言うことを自覚する。
そしてどんな夢なのか、この先どういった結末を迎えるかも分かっていた。
そうしてただの夢は明晰夢となり、その気にまれば自分の意のままに夢を操れる。
本来、|夢の世界は自分の世界なのだから。
――――しかし、それはあまりにも無意味であり、不毛である。
夢をいくら変えたって、現実が変わるわけではない。
夢は結局夢であり、現実はどこまでも現実である。
だが、それでも夢は夢であり、価値はある。
もし“叶う未来”があるとすれば、夢でそれを見ることができるなら――――。
「零、くん……」
「――――ッ!?」
足元から、掠れた女性の声がした。
聞き覚えのあるその声、その“呼び名”に、全身が金縛りにあったかのように動けなくなった。
そこにいたのは、茶髪に白を主体にした衣服を身にまとった少女。
しかしその白は、頭部からの流血によって紅く染まっていく。
ボロボロの衣服から晒された肌は、打撲や捻挫のせいもあり、青白くなっていた。
そんな光景に彼は呼吸も止まり、頭の中が真っ白になった。
「助、けて……」
「ぁ…………ぁぁ……!?」
喉の奥から、悲鳴が出る。
男なのに、なんて弱々しくて、情けない悲鳴だろうか。
怖くて、怖くて、怖くて――――。
空白の脳を、『恐怖』が支配していった。
「ッ!?」
――――夢が変わり、同時に世界がガラリと変わった。
どこかの洞窟。
左右の壁には巨大なカプセルがあり、緑の液体の中に人間と、人間ならざる存在が入っている。
それが人体実験の痕跡なのは明白だった。
ここがどこなのかも、彼は知っている。
今度は刺激臭が強くなった。
腐臭、エタノールが無茶苦茶に混ざり合ったような匂いに、吐き気すら覚える。
「零……」
「な――――!?」
足元には、別の女性が倒れていた。
金髪の長い髪、黒く短い衣服。
ボロボロで、血まみれで、それが生きている存在なのかすら分からなかった。
でも、朝我はそれが誰かを知っている。
いや、間違えるはずがない。
――――再び夢は変わり、世界が変わる。
最初の夢のような場所だった。
洋式の壁、広く深い空間。
違いがあるとすれば、室内は暗く、中央に巨大な柱が存在するということ。
「零……君」
「やめ――――!?」
この空間に誰がいるかなんて、夢の流れで分かっていた。
だから漏れた、やめろと言う言葉。
しかし、夢は現実以上に無情で、言い終える前に彼の足元に出現させた。
栗色の短い髪をした、背の低い少女。
切り傷が多く、流血が止まらない。
彼の中心に円形に広がっていった。
どこまでも紅く、紅く――――。
それが黒よりも深い絶望の色だと言わんばかりに、彼の視界を――――埋め尽くした。
*****
「――――はっ!
っぐ……はぁ、はぁ……」
全身がほとんど動かない。
意識だけが、一気に飛び起きた。
“あの夢”を見たあとは、決まったこうなる。
軋む身体を強引に動かし、ベットから床へ、自らの身体を落下させる。
「あ……っつ」
うつぶせに落下した影響で額と鼻を強打し、鈍い悲鳴と共に身体も覚醒した。
幸い、ベッドから床の距離は短く、血が出たり跡が残ったりするほどではなかった。
「はぁ……はぁ……ふぅ」
深呼吸を繰り返していくと、全身の余計な熱が冷め、凍てついた心と思考は溶けだしたいくような安心感を得た。
そこでやっと周囲を見る余裕が生まれた朝我は、いつもと部屋とベッドが違うことに気付く。
「……ああ、ここはホテル・アグスタか」
昨日、はやてに任務と言われ、フェイトに連れられた任務地であり、ホテルの人に用意してもらった一人用の個室。
風呂やトイレがついた六畳一間。
もっと広い部屋も用意でき、宿泊代は経費で落ちると言われたが、贅沢したいと言うわけでもなかったので断り、仕事が終わって部屋に戻るとすぐに眠りについた――――と言うところまでを思い出すことができた。
《マスター、おはようございます》
枕元に無造作に置かれた待機モードのデバイス/クロス・ネクサス。
落ち着いた丁寧な挨拶に、朝我も思わず警護で挨拶しそうになってしまう。
「……おはよう、ネクサス。
時間は?」
《ただいまAM7:00でございます》
「確か深夜2時に寝たから……5時間か」
基本的に朝我の平均睡眠時間は3時間。
なので今回はいつもよりかなり多めだった。
そのためか、夢からの落ち着きが戻ってから、全身がいつもより軽かった。
《心身共に溜まっていたのでしょう。
集合時間まで二時間近く余裕がありますし、たまにはこれくらい贅沢に眠っても損はないでしょう》
心中を察してか、ネクサスは丁寧に慰めると、朝我は安堵したように笑みをこぼした。
「そう、だな。
たまにはそれでもいいかな」
そう言いながら朝我はその場で衣服を脱ぎ捨て、シャワー室へ向かっていった。
《……》
彼が去ったあと、ネクサスは“先程までの”彼の様子を思い出す。
眠っていた彼の表情は強張り、怯え、震え、絶望していた。
大量の汗、蒼白になる肌。
そういったことは初めてではない。
定期的でもないが、よくあることだった。
それが悪夢を見ていることであることも、ネクサスは知っていた。
夢を見ている本人でさえ、それが夢であると自覚している。
……にも関わらず、彼は夢の中でさえも幸せにはなれずにいた。
夢ならば、自由に変えていいはずだ。
いや、夢であるからこそ、自由にしていいはずだ。
《それでもマスター……あなたは》
彼は幸せな夢を見ない。
幸せな現実を見るまでは、夢であろうとも耐え忍ぶ。
それが八年前、彼が選んだ道。
幸せになって欲しい人達の為に、自らが不幸な思いをする道。
彼に訪れる結末がどんなものなのか。
ネクサスは彼の刃として、盾として、それを見届ける道を選んだ――――。
*****
オークション会場に機動六課のフォワード部隊のなのは、フェイト、スバル、ティアナ、エリオ、キャロと部隊長のはやてとその補佐としてリインフォースⅡ、シャマル、ザフィーラが到着した。
朝我はスバル達と合流し、ホテル・アグスタ内の状況やその周辺の様子を説明した。
「部隊長は建物内部の警備で、副隊長が入口よりも先のエリアの警備で、俺たちが出入り口付近の警備なのは聞いてあると思うけど、出現するのがガジェットだけとは限らない上に、どこから出現するかも分からないと想定しておいたほうがいい」
「昨日一日、こっちにいたアンタの視点で考えられる襲撃場所は?」
ティアナの問いに、朝我は一巡目で経験したことを基に地面に映し出した3Dモニターを指差す。
「“機械的”に来るのであればシグナム、ヴィータ、ザフィーラの三名の警備範囲内で済むと思う。
ただ、“人為的”なものが加わると、俺たちの警備範囲内にガジェットが出現する可能性が高い」
「……?」
朝我の説明が理解出来たのはティアナのみ。
他の三名は揃って首を傾げ、その姿に朝我は苦笑を漏らしながら更に続ける。
「機械って言うのは指示通り・設定通りに動くものだろ?
ガジェットもその構造上『レリックを狙う・補足した敵を攻撃する』って言うのが基本設定になって行動しているから、俺たちが今までの任務で相手をしてきたガジェットの出現であれば、真正面から現れて副隊長達が迎撃できる。
――――でも、もし敵側に魔導師がいて、副隊長達をすり抜けて襲撃することが可能であれば、俺達も戦わないとならない」
そこまで言うと、三人の反応は変わった。
特にキャロの反応は、朝我の言いたいことを理解したと言う表情だった。
そんな三人を他所に、ティアナが朝我に問う。
「アンタの言いたいことはわかったけど、副隊長達をすり抜けるってできると思う?」
「できるさ。
そうだろ――――キャロ?」
「はい」
突如話を振られたキャロに、全員の視線が一気に向かった。
しかしキャロは信じて疑わない視線で見つめる朝我に、笑みを持って頷いた。
「優れた召喚師は、転送魔法のエキスパートでもあるんです。
もしも相手側に私以上の召喚魔導師がいれば、ガジェットを副隊長達を無視して転送させることが可能です」
言い終えたキャロを、スバル達は驚いた様子で見つめた。
竜召喚と言う能力自体、極めてレアな能力であり、魔法の知識を持っていても詳しく知る者は少ない。
故に彼女たちは召喚師の持つ力に改めて驚かされた。
「まぁ、召喚が使える人なんてそう多くはないから可能性の一つとして頭の片隅にでも入れといてもらえれば良いけどさ」
朝我の一言で三人の緊張がゆっくりと溶けていく。
考えすぎは良くはない。
あくまで参考程度にしておけば、いざという時に対応できる。
“どうなるか”を知っている朝我も、ハッキリとは言わずに可能性の一つとしてそう語った。
「……」
だが、ティアナの様子だけはどこか優れなかった。
気分が悪いだとか、調子が悪いだとか、そう言うものではない。
悩んでいた。
スバル達には気づかれないようにしているが、朝我は“知っていた”。
もちろんそれも、経験していたからだ。
「とにかく、だ。
今回の任務は初のフォワード部隊副隊長の戦いが見れる良い機会だ。
今後のためにも、じっくり見学させてもらいつつ、こちらも様々な事態に備えて警備に臨もう」
朝我の言葉に、四人は力強く返事をすると、ティアナは一人周囲の見回りと言って歩き出していった。
真面目な性格で、朝我からもらった情報だけでなく自分の五感で現場を知りたいと思った。
ティアナが執務官志望であるとみんなが知っているが故に、そう言われれば疑う人は一人もいなかった。
しかし朝我は、どうしても放っておくことができず、ティアナの後を追うことにした。
*****
――――ティアナがどういう人生を送ってきたか、朝我は知っている。
両親は彼女が幼い頃に事故死。
以降は武装隊の空士だった兄/ティーダ・ランスターに育てられてきたが、彼もまた職務中に命を落とした。
天涯孤独の身となったティアナに追い打ちをかけるように、ティーダの死が一部問題となった。
任務中、犯人を取り逃がした上に死亡した。
それは優秀であったティーダの死としてはあまりにも残念な死だった。
上司の心無い発言をきっかけにティアナは、自分の兄が優秀であったことを証明するために管理局に入った。
そして兄が目指していた執務官を目指すために、努力を重ねてここまで来た――――。
「ティアナ、ちょっと良いか?」
「……どうしたの?」
彼女に追いついた朝我は呼吸を落ち着かせ、無理のない程度に笑みを作った。
「どうしたの、はこっちのセリフだ。
どうしたんだ、いつものティアナらしくないぞ?」
質問に質問で返すと、思い当たる節があるのかティアナは不機嫌そうにして目をそらした。
「い、いつも通りよ。
アンタに心配されるようなことは一つも――――」
「――――なら、さっきどうしてキャロをあんな目で見つめた?」
言葉を遮るようにして問うと、ティアナは言葉を失い、目を見開て朝我を見つめた。
どうして気づいた? と言わんばかりに見つめてくるため、朝我は笑みを絶やさずに続けた。
「訓練校からの付き合いだぞ?
それくらい見てれば分かるさ。
……ま、スバルは“そういうの”鈍いから、様子の違いは気づいても、それが何かは分からなかったと思うけどな」
「……アンタは、分かるって言うの?」
真剣な表情で見つめてくるティアナに対し、朝我は笑みを崩して同じく真剣な表情でハッキリと頷いた。
「分かってる上で言わせてもらうと――――『他人は他人、自分は自分』ってことかな」
「……」
本当に分かっていた。
ティアナの驚いた表情が、そう語っていた。
そして、それ故に彼の言葉はティアナの中に溶け込み、染み込んでいった。
だが朝我は、自分の言葉がどこまで彼女に届いたかを計り知ることができなかった。
言えたことはただ、自分の言葉ではなくて一巡目の高町 なのはの言葉だった。
「……ホント、アンタってたまに鋭い所があるわよね」
自嘲気味な笑みをこぼしながら、ティアナはそう言った。
「まさか私の悩みをズバッと的中させるなんてね。
人の心を読む魔法でも覚えてるの?」
「ティアナがわかりやすいだけじゃないか?」
「そ、そんなこと…………な、ないわよ」
「すまん、冗談だから自信持っていいぞ?」
朝我の指摘が意外と間違っていないと思ってか、ティアナは暗いオーラを背に流しながら落ち込む。
まさか落ち込むとは思わなかった朝我は慌ててフォローを入れると、ティアナは笑みを零しながら顔を上げる。
「引っかかったわね?」
「……ったく、趣味が悪い」
演技であることを見抜けなかった恥ずかしさ、騙したティアナの満面の笑みに朝我は後頭部を抑えながら苦笑を漏らすと、お互いのデバイスから緊急アラートが鳴り出した。
*****
ホテル・アグスタから離れた山奥にて、二人はガジェットと魔導師の戦いを見届けていた。
一人は大き体格の黒髪の男性。
一人は正反対とも言える細身で小さな薄紫色の長髪の少女。
二人はある人物に頼まれ、ホテル・アグスタ内で流されるはずだった密輸品を入手するためにここへやってきていた。
少女は召喚を得意とする魔導師であり、先ほど朝我達の会話内で出た『遠隔召喚』が可能だった。
そのため、すでに彼女は遠隔召喚で自らの持つ召喚虫に密輸品の確保を行わせていた。
その間は隣にいる男性のそばでアグスタ周辺で行われている戦いを傍観していた。
二人の表情に感情はない。
色を失ったキャンパスのように、二人の表情を表すのは『無』だけだった。
「あの魔法陣は、古代ベルカ式か……。
まさかこれほど多くの術者を見られるとは、思わなかったが……」
「そう……」
男性は前線で戦う三人の魔導師が三角の魔法陣/古代ベルカ式の術式を用いて戦う姿に、内心だけ驚き、しかし淡々とした口調で呟くが、少女は無関心の返事をする。
そして再び無言になり、二人は戦場を見渡す。
しばらくすると、少女は自らの召喚虫が密輸品の確保に成功したことを知る。
「ガリューが見つけた」
「そうか……ならば、もうここに用はない」
そう言って二人は茶色のフードを被り、森を去ろうとした。
「――――何用でここに来たんだ?」
背後から若い男性の声。
二人は驚きに満ちた表情で振り返った。
そこにいたのは、ワインレッドのTシャツに黒のテーラードジャケット、下にベージュのパンツ姿の男性だった。
身長は男性よりも低めだが、平均身長より上。
細身だが筋肉がないわけではない。
黒い短髪ながらも風に靡く程度には伸びている。
そんな若い男性はいつの間にか、二人の背後3mほどの距離に立っていた。
二人が驚いたのは、彼がこの距離まで接近したにも関わらず、一切の気配を感じられなかったことだった。
つまり彼が相当強いのか、はたまた気配を感知するよりも速くこの場所にたどり着いたかの二択だった。
どちらにしても感じ取ったのは、相手が強敵であるということ。
「一応、初めまして。
時空管理局機動六課の朝我 零だ。
単刀直入で悪いけど、連行してもらえるか?」
一瞬にして醸し出した殺気。
肌にまとわりつくような熱。
かと思えば、背筋が凍るような悪寒。
そして全身を貫く刃のような鋭い痛み。
彼一人が放出した殺気には、それだけの“何か”が混ざっていた。
逃げることができない。
二人はそう悟った。
大柄の男性は少女を守る形で前に出る。
「名乗らせておきながらこちらからは名乗れないこと。
そして連行されるわけにもいかないと言うこと、重ねて詫びよう」
そう言うと、男性の右手に一本の薙刀の形をしたデバイスが現れる。
三国志に登場した偃月刀を思わせるそれは鋭く、大きな形をしていても彼の体格に見合い、違和感を感じさせない。
そして彼もまた、朝我に負けないほどの殺気を放出させてぶつける。
それを感じ取ってか、朝我も臨戦態勢になり、右手首に装着していたチェーンブレスレッド型のデバイスを起動させる。
彼の右手に収まったのは、男性とは対照的に細身で銀の刀だった。
折れやすそうな見た目に反して感じる、圧倒的な切れ味。
鋭いだとか、鋭利だとか、そんな言葉では足りない。
そんな存在感を出していた。
「謝らなくて構わない。
そっちの事情は理解してる――――ゼストさん、ルーテシア」
「っ……お前、なぜ俺の名を!?」
男性/ゼストは遂にその表情を歪めた。
なぜなら自分の名前は、数年前に抹消されたはずだからだ。
そう、それこそが名乗れなかった理由。
それを知られることは、ゼスト側にも、管理局側にとっても不利益なものになる。
だがしかし、朝我はさも当たり前のように知っていて、全てを理解していながらも彼の名前を口にした。
それだけでなく、連れの少女/ルーテシアすらも知っていた。
「……この人、ドクターに似てる」
背後でルーテシアがぼそりと呟いた。
ドクター、それは二人に密輸品の確保を依頼した人物。
そして二人が今こうしている元凶となった存在。
ルーテシアの瞳は、朝我 零と言う人物からドクターと似たものを感じ取っていた。
……そしてゼストもまた、同じような感じを覚えていた。
言葉を交える前からすでに何もかもを知ったような喋り方。
こちらの表情を崩すことが得意で、動揺を誘ってくる。
そして何より、こちらに向けてきた殺気には、殺意以外の何かが含まれている。
そこが何よりも、ドクターに似ていたのだ。
「できれば俺は、無駄な争いは避けたい。
二人の事情は理解しているつもりだし、ここで二人を捕まえるのは今後の流れとしてよくない。
だから――――取引しないか?」
薄ら笑を浮かべながら、彼はそう言った。
そのまま殺気を収めた朝我に、ゼストは少しずつ警戒を緩めた。
彼を信じるべきか否か。
迷った中で答えを出したのは、背後にいたルーテシアだった。
「私は、聞いてもいいと思う」
「……そうか」
なぜ彼女が朝我を信じようとしたのか。
それはきっと、ドクターと朝我を比べた結果なのだろう。
そう思うと、自然とゼストも答えを見出した。
「……取引の内容次第だ」
「十分だ、それじゃ――――」
そうしてゼスト、ルーテシアは朝我の話に耳を傾けた。
とても信じ難い内容に唖然とすることもあったが、なぜか信憑性があった。
それすらも――――ドクターに似ていた。
*****
「変わり者だったな」
「うん……不思議な人だった」
話しが終わると、朝我は二人を解放して去っていった。
その背中を見届けた二人の脳裏には、未だに彼の姿は消えなかった。
それだけ強烈な印象を与える人だった。
「でも……ドクターと違う所、あった」
そう言ってルーテシアは両手で胸を――――心に触れた。
「ドクターは冷たい感じがするけど、あの人は温かい人だった」
「……そうか」
ゼストも同様の意見を持っていた。
朝我とドクターは似たような分類に感じた。
しかし同じ分類であっても陰と陽で違うのだろう。
そう思える決定的なことは、先ほどの会話が終わった最後の一言にあった。
『ゼスト、あなたはまだ必要となる存在だと言うことを、忘れないでくれ』
それは明らかに、ゼストがこの先しようとしていることを見透かしての発言だった。
だから心の奥に届くような言葉だった。
更にルーテシアに対しても、彼女と同じ目線にしゃがんで言った。
『君はこれから、沢山の愛情を与えてもらえる。
そして今度は君が、誰かを愛していくんだ、
その為の道は、俺が必ず切り開くから、それまでの辛抱だ』
優しく頭を撫でて、明るい笑みを浮かべながらそういった。
どうしてか、彼は全てを知っている。
理由は答えてくれなかったが、疑う必要もなかった。
なぜなら彼の言葉には、一切の嘘偽りがなかったからだ。
そして二人はそれを信じて疑わなかった。
「私、あの人のこと……気になる」
「興味を示すのは、良いことだろうな」
ルーテシアは、あらゆることに無関心な少女だった。
それが彼の出会いをきっかけに、彼に興味を抱いた。
その変化は、間違いなく彼女にとってプラスであるだろうとゼストは思った。
そんな変化を与えた彼を信じ、ゼストとルーテシアは再び歩きだした――――。
ページ上へ戻る