SAO-銀ノ月-
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第七十五話
「リズっ……!」
日本刀《銀ノ月》と彼女のメイスがぶつかり合い、ガリガリと金属音を鳴らしていく。今にも泣き出しそうな彼女は何も言わず、ただただ俺を潰さんとそのメイスを押し込んでくる。本職が戦闘ではないとはいえ、筋力値は彼女の方が上であり、いつしか圧されていく。
「やあキリトくん、ショウキくん。こんなところまで、わざわざご足労していただいてすまないね」
彼女とともに部屋に入ってきた、シルフ族に似た格好の青年はそう言いながら、指をパチンと格好付けて鳴らす。すると、美しい夕焼け空を見せていた世界樹上空は消え去り、どこを見ようと黒い闇に覆われた世界へと変容していく。
「オベイロン……いえ、須郷!」
「まったくしょうがないなティターニア……ここでは、妖精王オベイロン様、と呼んでくれないと」
やはり目の前の青年は、あの時アスナの病室で会った須郷伸之という青年――だとアスナの声で確信し、彼女のメイスを弾いて一旦距離を取る。足場すらも暗闇で感覚はないが、見えないだけでしっかり足場はあるらしい。彼女は即座に態勢を立て直すと、距離を取った俺に追撃をせんと向かおうとするが、それを須郷が彼女の頭を掴んで押し止める。
「……その手を離せ!」
「良いのかい? 手を離した瞬間、彼女は君を襲うんだよ?」
反射的に出て来た俺のセリフに、須郷がニヤニヤとした表情で俺に向かって問いかける。確かに彼女が須郷の捕縛に抵抗しようとしているが、それは須郷の捕縛が苦しいからではなく、あくまで俺に対して攻撃をするため、と感じられた。
「ショウキくん! リズは今、須郷に操られてるの!」
「操られてる?」
彼女に一体何が、と考えている最中、鳥籠に閉じ込められたままのアスナから、信じがたいことが語られる。それを聞いた須郷の哄笑が闇の中に響いていく。
「その通りさ。僕のナーヴギアを通して人間の洗脳を行う、っていう実験体の第一号だ。光栄に思ってくれたまえよ?」
ナーヴギアを通して人間の洗脳。そんな信じられないことを言われた俺たちの動きが、しばしの間止まってしまう。須郷はそんな俺たちの反応も愉快というように、さらに演説を続けていく。
「詳しいことは、君たちのようなガキに言っても分からないだろうから、割愛するがね。要するに、彼女は『ショウキくんとキリトくんを見たら反射的に攻撃する』ようになっている、とでも言えば話は早いかな?」
「ショウキ!」
須郷が偉そうに語る中、キリトがその二刀を構えて須郷へと突撃する。ユイはアスナの元へ置いていき、彼女は鳥籠のロックを解除せんと行動していた。
「おーっと。先にショウキくんと遊ぶ番だ、君たちは待っていてくれたまえ」
キリトの突撃を横目にした須郷が、リズを掴んでいる手とは別の手を振りかざすと、キリトの前に大量の守護戦士が出現する。先程何回倒したか分からない、キリトにとっては文字通りザコ同然の敵だったが――キリトがその光の矢を避ければ、それはアスナたちに命中することを意味する。
「くそっ!」
キリトはそう吐き捨てた後、一斉に掃射される光の矢を黒と白の二刀で弾いていく。危なげなく弾いてはいたものの、キリトはそこから離れられそうにない。
「ああ、もちろん鳥籠のロックは変更してある、無意味さ。……さあて友達に見捨てられたショウキくん、遊ぼうじゃないか!」
そう言って須郷はリズの捕縛を解除すると、リズは迷いなく俺に向かってメイスを振り上げる。しかし筋力値は俺より高いとはいえ、リズはあくまで戦闘職ではない。日本刀《銀ノ月》を使うまでもなく、リズの突撃をステップで避けると――
「――――――!」
――彼女の身体を電流が襲っていた。
「ああ、言い忘れてたけど。彼女の攻撃を避ければ、彼女に本当の痛みが入るようになってるから、気をつけた方がいいよ?」
須郷がわざとらしくそう言うのは本当らしく、痛みに顔を歪める彼女につい手を伸ばすものの、他ならぬ彼女にその手を弾かれる。この世界樹に辿り着く道中にて、かの殺人者《PoH》の格好をした謎の男が使っていた、ゲームの痛みを本当の痛みにするシステム《ペイン・アブソーバー》。彼女に……いや、恐らくはこの場にいる須郷以外の者全員に、そのシステムが組み込まれている。
「くっ……!」
電流の痛みから回復したリズが、近くにいた俺に向かってメイスを振り抜き、俺はその攻撃を避けることが出来ず――リズの一撃が胴体に直撃する。
「がぁっ……ゴホッゴホッ、ガハッ!」
アバラの折れたような感覚とともに、日本刀《銀ノ月》を取り落として俺の身体は吹き飛び、闇の足場をゴロゴロと転がっていた。痛みがキリキリと断続的に響く胴体を抑えながら、俺に出来ることはリズから離れることだった。彼女の攻撃を避ければ彼女に激痛が、彼女の攻撃を一度受けただけでこうなるのならば、自分に出来る手段は彼女の射程外に逃げることしか出来ない。
――恐らくは彼女に攻撃しても、その攻撃は激痛となって彼女を襲うだろうから。
「ああ、あと彼女には、自殺しないようにという命令も刻んでいるんだ。勝手に死なれたら興ざめだからね」
そう言って須郷は、取り落としていた日本刀《銀ノ月》のところまで歩いていくと、足を振り上げて力いっぱい踏むと、日本刀《銀ノ月》の刀身の中ほどから真っ二つに折ってしまう。逃げながらも日本刀《銀ノ月》を拾いに行き、須郷へと斬りかかろうとした俺の狙いを読んでいたらしく、須郷は再び醜悪な笑みを浮かべていく。
「しかし、さっきから彼女は何も喋らないし、激痛を感じようと悲鳴の一つもあげないだろう? それは自殺を封じてからなんだよ。その意味が分かるかい?」
どうするか、という手だてを考えながら逃げるものの、日本刀《銀ノ月》を失った今、何も対抗策も浮かばずにリズの射程外へ逃げていたが、遂に壁際にぶつかってしまう。何もない闇に見えたとしても、どうやら床と同じように壁はあったらしく、俺は彼女に追い込まれていく。
「つまり、口を開けることが出来れば、次の瞬間には舌を噛みちぎって死ぬ、ってことさ。いやぁ、素晴らしい精神だねぇ!」
しかし不幸中の幸いというべきか、今の俺と彼女と須郷の位置は一直線。リズの攻撃を避けつつ残る武器である足刀《半月》で蹴りつけ、その勢いで須郷へ飛び込んで日本刀《銀ノ月》の破片を拾えば、確実に一太刀浴びせることが出来る。可能性は低いものの、《ペイン・アブソーバー》が須郷にも適応されていれば、そのまま勝負を決められるかも知れない。
「――――!」
そう考えている最中、口を真一文字に引き絞った彼女が直線距離での突撃を仕掛けてくる。須郷の言葉を借りるのならば、彼女はただ『反射的』に俺へ攻撃を仕掛けてくるだけであり、フェイントや見切りなどのテクニックはない。……それが彼女なりの抵抗なのかも知れないが。
なので壁際であろうとも、攻撃を避けるだけならば簡単なこと。日本刀《銀ノ月》がないため防ぐことは出来ないが、足刀《半月》と腕に仕込んだ篭手があれば、受け流しつつ反撃することも難しくない。
リズに攻撃を避ける時の激痛と、反撃をした時の激痛を考えなければ、の話だが。
「…………くそっ」
そして彼女がメイスの射程圏に入り、大きくメイスを振りかぶる。勢いをつけた頭上からの一撃必殺の攻撃……しかし、それ故に読みやすい。その攻撃を彼女の懐に入ることで避けると、無防備な腹に篭手で殴りつけ、浮いた身体に回し蹴りの追撃で壁に吹き飛ば――
「……出来るか」
――せなかった。そこまで反撃のパターンが一瞬で頭を横切ったが、俺はその場から動くことすら出来なかった。
「出来るか馬鹿野郎……」
誰ともなくそう呟いた後、彼女の一撃が俺に炸裂する。俺は抵抗せず――強いて言えば、彼女の前で情けない悲鳴をあげないようにだけ、抵抗しつつ――甘んじてメイスの一撃を受け入れ、すぐ背後にあった壁に吹き飛ぶ。
「ゴフッ……」
血を吐くような感覚を感じながら背中が壁に押し付けられ、ボールのようにバウンドすると再びメイスが迫り、左手の篭手で何とか防ぐ。しかし、彼女のメイスはその程度で止まるほど勢いは弱くなく、ガリガリと篭手の耐久値が減らされていく。
いつしか左手の篭手が破壊されるとともに、左手が弾き飛ばされて胴体ががら空きになる。もう一撃喰らうのを覚悟する――が、再び攻撃を与えるより早く、彼女の動きがピタリと止まる。いつだか茅場……いや、ヒースクリフが行った、プレイヤーに対する強制麻痺。皮肉にもその強制麻痺に助けられ、意識が曖昧になりながらも壁によりかかる形で倒れ込んだ。
「ハハハ、やりすぎだよ君ぃ。英雄くんが死んじゃうじゃあないか」
それが出来るのは、アインクラッドにおけるヒースクリフと同じように、このアルヴヘイムという世界の神である須郷だけ。ニヤニヤと笑いながら須郷は俺の元へ行くと、近くにいた彼女を適当に引き離すと、ボロボロになった俺の頭をアイアンクローのように掴む。
シルフのアバターである俺も身長は高い方だったが、それ以上に改造されているようなオベイロンに掴まれ、俺の身体はゆっくりと浮かび上がる。
「これ以上痛みつけちゃったら、彼を実験に使えないじゃないか。男性用のデータもねぇ」
左手でシステムメニューを呼び出すと、須郷は何やら操作していく。こちらからは何をしているか分からないが、十中八九俺を彼女のように操ることだろう。……いや、彼女のようになれればまだ上等だろうか。
――……ねぇ翔希。あたし、アスナをあんな目に合わせてる奴がいたら、絶対にそいつのこと許せない。それこそぶん殴ってやらないと気が済まない!
朦朧とした意識の中でリズが言った言葉が思いだされる。アスナの病室から帰った後に、彼女から語られた約束。自分の代わりにその者を殴って欲しい、という約束だ。
「なに? この反応は……」
……そして、その『そいつ』は目の前におり、ぶつぶつと妙なことを呟いている。朦朧とした意識が一気に覚醒し、さらに彼女の言葉が頭に響いていく。
――……けどね。あたし、弱いからさ。
「こんな防壁は実験には……いや、まさか……」
壊れていない篭手がある右手を須郷に隠しながら、力いっぱいに握り締めると、無理やりにアイアンクローを突破する。今こそ彼女との約束を果たす時だと、俺の身体が半ば自動的に動いていく。
「なにっ!?」
「うおぉぉっ――」
意識が朦朧としていた筈の俺が、いきなり動いたことに驚愕する須郷を尻目に、足場と右手に出来うる限りの力を込める。闇だろうがなんだろうが、立てるならば何だっていい。慌てて何か呪文を唱えようとする須郷の人中に向かい、しっかりと狙いを済ましていく。
「システム・コマ……」
「――らあっ!」
――あんたがあたしの分まで、そいつをぶん殴ってよね――
俺の右手は吸い込まれるように須郷の顔面へ叩き込まれ、あとは思いっきりぶん殴った。もうここまで来たのならば、悪い癖である四の五の考えている暇もなく、力を込めるのみである。
須郷はそのまま闇の中を先の俺のように吹き飛んでいき、無様にも床に叩きつけられる。俺はそれを追撃することはなく、肩で息をしながら麻痺状態になった彼女を抱き止め、手に持ったメイスを弾き落とす。抱き止めて洗脳が解けるとか、そんな王道でヒロイックな展開を期待している訳ではなく、ただの拘束だ。これで彼女が攻撃を行うことは出来なくなり、もうペイン・アブソーバーに痛みつけられることはない。
「約束通りだ……」
俺の腕の中にいるリズはやはり何も喋れないようだったが、コクリと頷いたような……気がした。彼女を抱き止めている背後に、ゆらりと須郷が立ち上がった。
「この、ガキがぁ……!」
立ち上がった須郷は俺を力強く睨みながら、その手に片手剣を現出させる。それは世界樹に向かう道中でみんなで見た、《聖剣エクスキャリバー》そのものであり、伝説の武器だろうと一瞬でその場に取りだすことが出来るらしい。
「お前のペイン・アブソーバーを最大レベルに設定した……切り刻んでやる……!」
「悪いが、お前の相手は俺じゃない」
リズを抱き止めながら俺は、聖剣を持ち醜悪な笑みを浮かべた須郷のことを否定する。単純にリズを抱き止めつつ、残った武器で須郷を相手にするのは不可能という意味もあるが、そういう意味ではない。もはや、俺に手を出すことは出来はしない、ということだ。
「――――須郷ッ!」
闇の中から黒白の二刀を輝かせ、キリトが須郷に向かって斬りかかる。どのようにしてかは分からないが、キリトもまた、アスナとユイを守りつつ守護戦士たちを倒して来たのだろう。そのキリトの登場に、須郷は少し驚いた表情を見せたものの、すぐに冷静さを取り戻す。
「……そうだね。さっきまでショウキくんで遊んでいたし、今度は君で遊んであげよう、キリトくん!」
「……お断りだ」
その言葉だけを返したキリトは、二刀を振りかざし須郷に速攻を仕掛けていく。守護戦士たちの突破に少なくない無茶をしたらしく、目立った傷を負った上に、敵がこの世界の神とでも言うべき存在ならば――キリトが狙うのは、剣戟による短期決戦。
「甘いねぇ!」
しかし須郷はそれには乗ってこず、右手をかざすとキリトの足元が爆発していく。レコンが起こした自爆の小型版のような爆炎が、キリトの足元で連続的に起こるものの、キリトはその爆風が起こると同時に飛び上がり、それを自身の浮力とする。闇によって覆われたこの場所では、妖精の翼を使うことは出来ないが、まるで翼を使っているかのようなジャンプだった。
「チィッ!」
須郷がもう一度魔法を使おうと手をかざした時には、既にキリトは懐へと潜り込んでいた。須郷の左手から発射された水流を避けながら、キリトは二刀流ソードスキル《ダブル・サーキュラー》を須郷に浴びせる。一刀目は《聖剣エクスキャリバー》に防がれてしまうが、コンマ一秒後に襲いかかる二発目はその肩に直撃する。
だがあくまで掠ったのみと、須郷も《聖剣エクスキャリバー》による反撃に入る。……いや、入ろうとしたというべきか。キリトのダブル・サーキュラーが掠った肩を抑えながら、須郷が大げさに後退りする。その表情には信じられない、というような感情が浮かんでいた。
「バ、バカな……ぼ僕にペイン・アブソーバーは切っている、筈だ……」
愕然とした須郷はそう呟いたものの、キリトにとってそんなことは何も関係はない。後退りしていた須郷にさらに追い討ちをかけるべく、黒い剣を携えて須郷の胴体を貫かんと突きを放つ。須郷は何とかその剣閃を逸らすと、左手でシステムメニューを呼びだした。あの時のヒースクリフと同じ――指定したプレイヤーに対する強制麻痺。
しかし須郷の自信ありげな表情とは裏腹に、あの時やリズのように麻痺はいつまで経っても起こらない。須郷は新たに魔法を詠唱すると、巨大な風圧を左手から発生させると、無理やりにでもキリトとの距離を離す。
「まさか……これは……!」
《聖剣エクスキャリバー》や強大な魔法、その改造されたステータスやアバターは元のままだった。だが、プレイヤーを強制的に麻痺させることや一方的なペイン・アブソーバーなど、ゲームマスターとしての権限を須郷は失っていた。キリトと須郷の理不尽な差を埋めるような、本来ならば一方的になるはずのこの神との戦いを、フェアネスなデュエルにまで昇華したような――と、そこまで考えた瞬間、俺の脳裏に一人の男が横切った。
俺のその考えを裏付けるかのように、空中に浮かんだ闇にある文字が浮かんだ。システムID《ヒースクリフ》。かつてあの浮遊城にいた、最強のプレイヤーの名前だった。
「またアンタなのか……どうして! アンタはいつも、いつも! 僕の邪魔を! 茅場ぁぁぁぁ!」
「……結局アンタは、ただの盗人の王だったってことだな。須郷」
頭上に浮かんだシステムIDにキリトは全てを察したように、憐れみの視線を叫ぶ須郷へと向ける。その茅場に対する怨念に満ちた叫びは闇の中に消えていき、当の茅場はもちろんのこと、答える者は誰もいない……
「……ショウキ」
抱き止めていた俺の腕の中から、ボソリと呟いたような彼女の言葉が聞こえた。久しぶりに聞いたようなその声の主は、ひどく申し訳なさそうに俺を見上げていた。
「リズ……良かった……!」
「ちょ、ちょっと!」
先程とは正反対の意味で彼女を抱き締めるものの、その彼女の抵抗にあってほどかれてしまう。似合わない寂しげな表情をした彼女の肩に手を乗せると、二人で闇の部屋の中央にいるキリトと須郷の方を見る。
「今は、キリトの戦いを見届けよう」
「……うん」
ずっと茅場への慟哭を繰り返していた須郷も少し落ち着き、肩で息をしながらもしっかりとその禍々しい眼光はキリトを捉えている。キリトもその眼光から目をそらすことなく受け取り、二刀を構えてすぐに動き出せるような態勢を取る。
「まだだ……まだだ! 君たちの口を封じて、今度こそ死に損ないの茅場先輩を削除してやる!」
そう、奇しくも須郷の言った通りに、まだ何も解決したわけではない。茅場の介入はあくまでキリトと須郷の理不尽な差を埋めただけに過ぎず、アスナを救うためにはこの闇の部屋からの脱出――すなわち、この部屋を作り出した須郷を倒さねばならない。
そして須郷も戦闘力があるキリトさえ排除してしまえば、ゆっくりと茅場のシステムコマンドとやらを削除し、俺たちのことは洗脳でもすれば偽装は可能だ。俺の洗脳は少し手間取っていたようだが、少し時間が経てば全く問題なく須郷は解決策を見つけるだろう。
「決着をつける時だ――」
結果として。アスナを救い出すためにキリトは剣を振るう。
「――鍍金の勇者と盗人の王の」
再開する戦いの開幕は、須郷が放った横殴りの暴風だった。ペイン・アブソーバーの存在もあり、剣での戦いは不利だと須郷は悟ったらしく、キリトとの距離を離しながら魔法での攻撃に切り替えた。その切り替えは、世界樹突破戦でMPの切れたキリトには非常に有効であり、暴風に耐えるキリトに対しさらに雷光を発射した。
対するキリトは、あえて暴風に踏ん張らずに吹き飛ばされて雷光を回避し、見えない闇の壁を足場に須郷の元へジャンプする。迎撃に放たれたファイヤーボールを、空中で身体を捻ることで回避すると、地上に降り立ち《ヴォーパル・ストライク》の要領で須郷の懐へと飛び込んでいく。
須郷は聖剣エクスキャリバーを振り上げ、突きの態勢になっていたキリトを上方から斬り伏せんと、力任せに思いっきり斬りつけると、キリトの白い剣による《ヴォーパル・ストライク》とぶつかり合う。こうなればキリトの方が分が悪い。
「ええい!」
キリトは、半ば無理やりもう一つの黒い剣を横から聖剣エクスキャリバーにぶつけると、無理やりにその軌道を逸らす。しかし、確かに聖剣エクスキャリバーは《ヴォーパル・ストライク》の軌道から外れたものの、キリトへの直撃コースへとなってしまい、キリトは攻撃を中断して横っ飛びで回避する。
「もらった!」
そこを須郷の手の平からウォーターカッターが追撃として放たれていき、キリトは白い剣を回転させることでそれを防ぐ。しかし、そのウォーターカッターを防いでいる間に、闇の床が赤く輝いていく。……須郷が最初に放った爆発を発する魔法。
「ぐあっ!」
キリトは咄嗟に飛び退いたものの、間に合わず片足に爆炎が纏わりつく。それでもキリトが一度剣を振るうと、爆風が払われて爆炎の魔法が無効化される。須郷は驚愕しながらも左手から光の矢を放つが、キリトはそれをしゃがんで避けると、そのまま須郷の元へ飛び込んでいく。
そして、片手剣ソードスキル《バーチカル・スクエア》を狙い――須郷の聖剣エクスキャリバーに、光が灯っていたことに気がついた。あくまで、キリトが使っているソードスキルがアインクラッド当時のモノを模倣しているに過ぎないが、須郷のソレは見紛うことなくソードスキルの輝き。
片手剣最上位ソードスキル《ノヴァ・アセンション》。聖剣エクスキャリバーから放たれる十連撃の剣閃は、キリトの《バーチカル・スクエア》を簡単に迎撃するだけでなく、キリト本人にすら及んでいく。それでも、キリトはもう片方の剣で防御しようとするが、その連撃数と速度は飛び込んだという不利な態勢もあって圧倒的。
「終わりだァ!」
二刀による防御を突破した須郷の《ノヴァ・アセンション》は、遂にキリトの眼前にまで迫る――
「――ガハッ!?」
――驚愕が交じった血を吐くような声は、キリトのものではなかった。キリトは二刀による防御を最初から諦めており、その隙に態勢を整えるとサマーソルトキックのような――体術スキル《弦月》による攻撃が、須郷の顎を蹴り上げたのだ。須郷の身体は宙に浮かび上がり、何事か分かっていないかのような表情のまま、全く身動きが取れずに硬直していた。
その間にキリトはスタッと闇の足場へと着地すると、黒白の二刀を須郷に向けて構えていた。
「ソードスキルの硬直時間のこと……覚えておいた方がいいぜ」
――二刀流最上位ソードスキル《ジ・イクリプス》。全方向より超高速で繰り出した剣尖による、連続27回の斬撃が空中に浮かんだ須郷を襲い、聞くに耐えない絶叫を闇の部屋に木霊させ、この世界から消えていった。
「…………」
キリトが無言のまま二刀を鞘にしまったのが戦闘終了の合図とでも言うように、須郷の魔法が作り出した闇の部屋は晴れていき、景色は美しい世界樹の頂上へと移っていく。
「終わったの?」
「……ああ」
ゲームマスター……いや、神としてステータスを限界値まで上げていただろう須郷相手に、いくらキリトだろうと《ジ・イクリプス》の直撃だけで倒せるとは思えない。恐らく須郷が消えていったのは、須郷が使用していたであろうアミュスフィアの安全装置――使用者の危険を感じた瞬間に、外部からの強制ログアウトを施す機能だ。《ペイン・アブソーバー》による激痛に耐えられなくなった須郷に、アミュスフィアが正常に働いて強制ログアウトが発生したのだろう。
『――やあ、キリトくん。ショウキくん。後輩がすまないね』
そこまで思索を巡らせていると、相変わらず呑気なような声が風とともに世界に響いた。急いで周りを見渡すものの、ヒースクリフの姿どころか、茅場晶彦としての姿も見当たらない。
『感動の場面に長々と水を差す気はないのでね。簡潔に、二人へ贈り物をさせてもらうよ』
お詫びの印としては安いかな――などと、真面目なのかふざけているのか分からない口調で、何やらデータのような物が落下してきた。キリトの方には銀色に光り輝く、小さな卵型の結晶が。
『この世界から出たら見てくれたまえ。どうするかはそれぞれ、君たちの自由だ』
そこで茅場の声は一旦途切れていた。短いながらも重たい沈黙が世界を支配した後、素っ気ない言葉が頭上から聞こえてきた。
『そろそろ私は行くよ。また会おう』
その言葉を最後に茅場の気配は消えていき、頭上に浮かんでいたシステムID《ヒースクリフ》の文字が消え去った。今のが何だったのか、ということを考えるより早く、ガチャっというこの場には似つかわしくない金属音が響いた。
「――アスナ!」
ユイがアスナが囚われていた鳥籠のロックを解除し、アスナはゆっくりと外の足場へと降りていく。感極まってそこへ走っていくキリトを、俺とリズはただボーッと眺めていた。
「行かなくていいのか?」
「……行けるわけないでしょ」
冗談めかして問いかけた質問に対するリズの返答に、「それはそうだ」と肩をすくめると、再会を喜び合う家族を見た後にシステムメニューを呼び出した。リズも同様のことをしており、三人を置いて俺たちはアルヴヘイムからのログアウトを果たした。
「……ふぅ」
世界樹で起こったことを菊岡さんに簡単に伝えた後、俺は再びアミュスフィアを操作していた。もちろん、もう一度ログインしようとしている訳ではなく、茅場からの『贈り物』を確かめる為にだ。
そこにあったのは、1つの小さなデータフォルダだった。タイトルは『Answer』――中に入っていたデータは、僅か一行にも満たない一文のみだった。
『結末まで全て支配できる程つまらないゲームはない』
その言葉は、アインクラッドでキリトがヒースクリフの正体を見破るきっかけにもなった、『他人のやっているRPGを端から眺めるほど詰まらないものはない』という、茅場の言葉に似ていた。そして、データのタイトルの『Answer』。これは俺がかつて彼に行った、『どうして?』という質問に対する答えということだろう。
どうして茅場はゲームマスターとしてではなく、クエストなどを全てシステムに任せた上で、プレイヤーとして参加することを選んだのか。どうしてフェアネスを重んじるシステムのSAOで、ユニークスキルというものがあったのか。……どうして、『俺』というソードスキルが使えない異分子が紛れ込んだのか。
その答えがこのデータフォルダ。『結末まで全て支配できる程つまらないゲームはない』という通り、ユニークスキルや俺という茅場に対するイレギュラー……という、身勝手な理由で。
「…………」
何の躊躇いもなくそのデータをゴミ箱に入れると、アミュスフィアの電源を切って布団の隣へと置く。そして、先程菊岡さんとの通話に使った携帯を取ると、この前聞いた電話番号へと通話をかけると、しばしの呼び出し音の後に見知った声が聞こえてきた。
「もしもし、リズ? ……ああ、里香。今夜ウチ鍋なんだけど、食べに来てくれないか?」
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