竜のもうひとつの瞳
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第二章~甲斐でお世話になることになりました~
第六話
何処へ行こうかと悩みながらも向かった先は甲斐の国。
武田が統べる城下町で現在のんびりとお団子を食べています。
あぁ……生き返る。やっぱ甘いものはいいわぁ~。
欲を言えばケーキとかシュークリームとかの洋菓子系を食べたいところだけど、
まぁ、和菓子も美味けりゃイケるクチですからね。というか、美味しければ何でもイケるんだけど。
最後の一本を、とお団子を手に取りかけた時、勢いよく一人の男が団子屋に駆け込んで来た。
全力で走ってきたと言わんばかりに土煙を上げて飛び込んで来たもんだから、店の外は砂塗れになってる人が大勢いる。
「あらぁ、ごめんなさいね。たった今、全部売り切れてしまったもので」
「なんと!! 遅かったかぁ……!!」
がっくりと項垂れて店から出て行こうとする、男というよりも少年という表現が正しい彼が
何だか哀れに思えてきて、つい声をかけてしまった。
「あの~……最後の一本なんだけど、良かったら食べる?」
「な、なんと!!」
あ、馬鹿にするなとか怒られちゃうかな。見た感じ、武士っぽいし。
ところが私の心配とは他所に、少年は目をキラキラと輝かせて団子を見ている。
何だか好物を目の前にした幼稚園児、って感じで可愛い。
……いや、待て。そういう歳ではないはずなんだけど。どう見たって高校生くらいだし。
「よ、良いのでござるか? 最後の一本なのに」
「う、うん。私はしっかり食べてるから」
少年は私に礼を言って、本当に嬉しそうに団子を頬張った。
その姿はやっぱり幼い子供みたいで、ついつい小十郎の小さい頃を思い出してしまう。
小十郎もこんな頃があったなぁ~……ちっちゃい頃は本当に可愛かったのに、何であんなになっちゃったんだか。
ってか、それはどうでもいいとして、この子本当に団子が好きなんだなぁ……。
「旦那~、ちょっと俺様を置いていかないで……って、何で人の団子食べてんの!!
駄目でしょ!? 勝手に食べたりしちゃあ……」
「一応許可は戴いたのだが……」
「だからって無闇に口に入れちゃ駄目だっての……すいません、うちの旦那が迷惑かけたみたいで」
保護者っぽい男に申し訳無さそうに謝られて思わず苦笑してしまった。何かその人、男なんだけど母親みたいで。
まぁ、こんな風に言ってくれる母親は私にはいなかったけどもね。
「いいっていいって、気にしないで」
ひらひらと手を振って気にしていないことを示して見せると、
男は幸せそうな少年を見て深く溜息を吐いていた。頭が痛いって顔しながら。
「ほら、旦那。ちゃんとお礼言ったの?」
「おお、これは……かたじけのうござった。某、ここの団子を一日一回は食べねばどうにも力が入らぬゆえ」
一日一回ですか。よくもまぁ、それで太らないこと。トレーニングしてるからそうでもないのかな? いや、体型の問題じゃないよ。若いうちはいいかもしれないけど、あんまり甘いものばかり食べてると
将来糖尿病とかになっちゃうよ。
「本当に好きなんだねぇ……私も甘味は好きだけど、そこまではいかないかなぁ」
別に毎日食べなくても平気だし、たまに食べられればそれに越したことはないしね。
「旦那の甘いもの好きは年季が入ってるからね……ところで、お姉さん何処の人?
ここらじゃ見かけない顔だけど」
「一人旅の真っ最中ってとこかな」
そんなことを言うと、男が少しばかり警戒の色を強めたのが見えた。
傍目には全く変わらないように見えるだろうけど、奥州で忍とか統括する立場にいた私には丸分かりだよ。
ってか、この人結構上手くその辺を隠すねぇ。やっぱ忍なのかね。
というか、忍なんか連れて歩いてるってことは、いいとこの坊ちゃんなのか。この子は。
そら、迂闊に口に運ぶなってのも頷けるわ。毒でも入ってたら洒落にならないし。
私が何処ぞの刺客だって可能性だって捨てきれないわけだしね。
てか、そんな可能性を心配するくらいなら、一人で行動させんなよって気がするけど。
「へぇ、どっから来たの」
「奥州の方から」
「奥州? また随分と遠くから来られたのでござるな。甲斐へは何か用事があって?」
いい男を捜しに、なんて言ったらドン引きされるのは分かってるので、とりあえずたまたま立ち寄っただけと言っておいた。
何も自分から事情を言いふらす必要もないもんね。
「これといって行くあてもないから、風の吹くまま気の向くまま、ってな感じで
諸国を回ってみようかな、なんてね」
「女子一人で危ないではござらんか」
そりゃまぁ、普通の女の人ならそうなんだろうけどもね。
でも、そんじょそこらの普通の女とはわけが違うんだな、コレが。
とはいえ本当に心配そうに言ってくれる少年に絆されて、ついぽろっと私も零してしまう。
自分から言いふらす必要はない、なんて思ってたはずなんだけど。
「そりゃそうなんだけど……まぁ、奥州にいた方がもっと危ないというか何というか……」
そうそう。あのまま伊達の屋敷にいたら手篭めにされるっての。
今度こそ小十郎に気付かれないようにしてヤラれるわ。
それに小十郎と政宗様の間に確執を作るわけにもいかないし、やっぱり出てきて正解だったんだと思う。
「何かやらかしたの?」
「務めてた先の殿様にねー……手篭めにされそうになって逃げてきたのよ。
結構執念深い性格してるから、追手がかかる前に目の届かないところにまで逃げておかないと
連れ戻されちゃうから」
今頃ひょっとしたら連れ戻すとか行って黒脛巾組をそこかしこに放ってるかもしれない。
ひょっとしたら戦の準備くらいまで整えて出発しようとしてるかもしれない。
まぁ、小十郎がいるから大丈夫だとは思うけども……ああ、でもやりかねない。そう思ったら頭痛くなってきた。
「何という愚かな!! 女子を手篭めにしようなどと男の恥!!」
「……恥は分かったけど、そんなデカイ声で言わないで。
慰み者にされたみたいに聞こえるじゃないの。まだ未遂だから」
しかし少年はそれが聞こえているのかどうなのか、私の言葉を無視して一人怒りに燃えている。
その隣で様子を見ていた男は呆れたように溜息を吐いて、頭を押さえている。
止めてくれるのかとも思ったんだけど、これは放っておくしかないって顔が何とも言えなかった。
怒ってくれるのは良いんだけどもさぁ、そんな全力で怒られてもこっちも困るよ。
本当に慰み者にされたって思われたら洒落にならないし。
私も呆れ顔で溜息を吐こうかと思ったところで突然少年に両手を掴まれて、しっかりと握られてしまった。
「さぞかし辛かったであろう……しかし女子が一人で一人旅などと危険極まりない!
団子の礼もある、某の屋敷で働かぬか。身の安全は、この幸村が保障する!」
「ちょ、旦那!?」
少年の行動があまりに急展開過ぎてついていけない。だってさ、いきなり雇ってくれるなんてねぇ?
それ以前にいいの? 何処の誰かも分からない女をそんな簡単にスカウトして。
っていうか、今“幸村”って言ったよね。甲斐で幸村っていやぁ……真田幸村しかいないじゃん!
ええーっ、BASARAだとこんなになっちゃうの!? ……あ、でも、こっちの方が煩いけど可愛いかも……。
少なくとも政宗様よりかはいい。暑苦しいけど素直そうないい子っぽいし。
「ええっと……そんなに持ち合わせがないから、仕事を紹介してくれるのは有難いけど……いいの?」
ちらりと隣の男を見れば、男も本当に困ったような顔をしていた。
そりゃそうだ、私の同じ立場なら同じ顔するもん。どういう素性か分からないような奴を屋敷に入れるなんてさ。
いや、その前に小十郎と二人して政宗様をぶっ飛ばして有無を言わさずに黙らせると思う。
しかし、彼に至っては同様の手段で止めることも出来ないようで、男の制止も構わずに私にきっぱりと言い切ってしまった。
「構わぬ、問題などあるはずがない! 某は真田幸村と申す、そなたは?」
「ええと……小夜です」
「小夜殿か!よろしく頼む!」
屈託の無い笑みでぶんぶん腕を振られて痛いのなんのって。握力も強いし余計に痛いんだってば。
……まぁ、とりあえずこれで野宿しなくても良くなったし、当分の間は真田邸でお世話になってもいいかな。
しっかし……暑苦しいなぁ、この子。体育会系って言葉がぴたりと合うよ。
というかさ、隣で見てる男の警戒心がMAXになってるのって、突っ込んだ方が良いのかしら。
居場所が出来たのは有難いけど、面倒なことにならなきゃいいけどなぁ……。
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