リメインズ -Remains-
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8話 「パワフル・レディ」
前書き
リベラニエ流複合槍術:
ファーブルが用いている、神秘術と槍術を組み合わせた流派。ロバリーではこのような複合術は嫌われる傾向にあり、剣は剣、術は術と分けるのを美徳とする国が多かった。近年ではこの考え方も見直されつつあるが、このリベラニエ流もそのような背景がるため歴史は浅い。
尚、術の発動の際に言う「乱刃」と「直刃」とは術のイメージを固めやすくするためのワードである。より柔軟な動きを持つ技は「乱刃」、形状をはっきりさせる技は「直刃」となっている。
リメインズという遺跡は地下へ地下へと伸びている。
いつからか始まったその魔窟の攻略は終わることを知らず、現在このラクシュリアの層は60層まで確認されている。
この60層を発見したのはまだフリーで動いていた頃のブラッドであり、彼はそこに辿り着いて帰るまでに1週間以上の時間を要したという。マーセナリーとしてはかなり無謀な行動だと言わざるを得ない。
だが、リメインズという広大な空間の中には魔物から逃れることが可能なセーフゾーンが点在している。その場所を正確に記憶していれば、リメインズ内で睡眠や食事をとることも可能である。
尤も、セーフゾーンに逃げ込んだ結果出入り口が魔物に埋め尽くされて出る事が出来なくなったという馬鹿馬鹿しい話も存在するが、魔物も恐怖させるブラッドには関係のないことだろう。
なお、逃げられなくなったマーセナリーはその後魔物が通り過ぎたのを見計らって脱出した後――待ち伏せしていた魔物に殺されたそうだが。
以来、魔物の群れを引き連れたままにセーフゾーンへ入り込む行為は原則禁止とされた。
今日ブラッドとカナリアのコンビが潜る場所は30層。
灰色に塗り固められた、煉瓦のような継ぎ目が殆ど無い壁面。四方を閉塞感のある冷たい壁と床が覆う、真っ当なダンジョンのようでどこか異質な構造。ダンジョンより規則的であるにも拘らず現代の建築とは様式の異なるそこは、マーセナリー達を大いに苦戦させた。
数多くの階段や隠し通路・部屋が乱立する規則的不規則空間は、隠し部屋が多く未だに完全なマッピングが終了していない厄介な層だ。
生息する魔物は、通路や部屋に点在する植物園のようなエリアを拠点とする小・中型の獣と、それとは別に部屋に入った相手を自動排除する機械達。それまでの層とは全く違う戦い方が求められるため、ここでも多くのマーセナリーが命を落とした。
そのような場所であってもマッピングと遺産の捜索はマーセナリーの責務。故に審査会はブラッドリーを含む腕利きのマーセナリーに層の再調査を依頼することがよくある。二人がこの層へと訪れたのもそういった経緯からだ。
折角だからとファーブルとその仲間2名も共に同行している。
「いやぁ、まさかマーセナリーの大先輩である鮮血騎士殿とご同行できるとは思いませんでしたぜ?」
「その腕前と経験、是非ご教授願いたいものである。手合せをしているファーブルが羨ましいな」
同行者の名前はクワブキとアマルダと名乗った。クワブキはケレビムという犬種の出身で二刀流の剣士。アマルダはマデリム族という皮膚を硬化できる種族で、斧を用いていた。剣、槍、斧と揃ったパーティだ。
ただ少し困ったことがあるとしら――。
「……カナリア殿よ。危険と感じたらすぐに後方に下がるのだぞ」
「そうだぜカナリアちゃん。年齢はともあれ君は俺達から見たら女の子なんだし」
クワブキ、アマルダ両名ともカナリアのことを「ブラッドリーについて回っている女の子」としてしか知らず、ものすごく過小評価しているという事だ。
「いえ、だから私は普通に戦えるから心配しなくていいと……」
「そうは言うが、万が一という事もある物だ。何せここはリメインズだからな」
「そうそう。危険になってからじゃ遅ぇんだぜ?」
その物腰は妙に柔らかい、というか子供に対して接するそれにしか聞こえない。頭ごなしに否定しない事で若干の寛容性を示しているのがまた彼女としては実に気に入らなかった。確かにマーセナリーとしての経験は向こうが上なのかもしれないが、それにしてもだ。
(わ、私より年下の癖にぃぃ~~……!!)
ガゾムという種族はお国柄というか、戦いの矢面に立とうとしない。その上に幼く小さな体躯のせいで周囲からは弱い種族だと思われがちだ。しかし、別にそんなことはないのだ。ただ戦い以上に興味のある事が多いから戦っていないだけなのだ。
――そもそも、力もないのに復讐など考えない。
私がいままでどれだけの鍛錬を積んだのかこの二人は知らないんだろう、と不満を隠せないカナリアはご機嫌斜めにぷいっとそっぽを向いた。……そういった態度が子供扱いされる主な原因なのだが。
「言わせておいていいんですか、ブラッドさん?」
ファーブルが小さな声で先頭に立つブラッドに声をかける。
ブラッドは振り返らずに「何がだ」と返した。
「二人ともカナリアさんの戦い方を知らないからあんなこと言ってますけど……相方としてフォローを入れないとこれ以上むくれちゃますよ?」
「むくれさせておけばいい。どうせあの二人もカナリアの戦いを見たら二度と同じことを言えなくなるだろう」
「僕としては彼女の怒りが2人に向かないかの方が不安なんですが……」
ファーブルの脳裏で、彼女の必殺武装に背後から追い立てられて鮮血に染まる2人の同僚の顔が恐怖に歪む、という悲惨な光景が繰り広げられる。……彼女なら実行可能だろう。
と、お喋りをしていると、不意にブラッドが足を止めた。
すんすん、と鼻を鳴らしたブラッドが静かに剣の柄に手を当てる。その異変に気付いた全員が立ち止まった。遅れて、通路の奥から魔物特有の獣の体臭が漂ってきた。
「魔物ですか?」
「複数いるな……恐らくエッジウルフか。曲がり角の先だな」
視界の悪いエリアでは特に、この微かな気配を直ぐに察知できるかどうかでマーセナリーの生死が決定する事が多い。その点においてブラッドの気配察知能力は犬種並の鋭さを誇る。魔物の種類まで言い当てられるほどに経験が多いのは第四都市内でも彼くらいだろう。
それにしてもエッジウルフか、とファーブルは黙考する。
群れで行動する魔物で、エッジの名の通り身体から鋭い刃物のような骨を生やして戦う。身のこなしは俊敏で、その速度から繰り出される斬撃は、威力こそ弱いものの一度に複数の傷を負わせられる厄介な敵だ。
剣を抜こうとしたブラッドは、しばしの黙考の後に後ろに声をかけた。
「カナリア、先行して吹き飛ばしてこい」
「えっ!?カナリアちゃんを一人で行かせるんすか!?」
「ブラッド殿。流石にそれは危険では?」
クワブキとアマルダが非難の声をあげる。外見上は小柄な少女だ。それを命の危険がある魔物相手に一人で立ち向かわせるのは、一見すると非道な対応に見える。
だがブラッドは全く意に介した様子はなく、きっぱりと言い放つ。
「カナリアは俺のビジネスパートナーだ。その腕前を舐められたまま仕事をするのは俺にとっても彼女にとっても都合が悪い……違うか、カナリア?」
「まったくその通りです!!さっすがブラッドさん!やっぱり一緒に仕事をしてると気持ちが通じるものですね!!」
ブラッドの一言で水を得た魚のように機嫌を取り戻したカナリアが、喜色満面にブラッドに走り寄ってひしっ!と嬉しそうに抱き着いた。
「うぐ……ッ」
「ああ!素晴らしきかなパートナぁぁぁ~~!!」
「分かったから、さっさと行け……!」
そのハグにブラッドはどこか居心地悪そうに顔を顰め、さり気なく彼女の肩を掴んで離れるよう手で促す。が、細い体の何所にそんな筋力……もとい包容力が秘められているのか、引き剥がす前にブラッドが鯖折りにされそうな勢いで両碗はぎりぎりと締め付ける。魔物がすぐ先にいるというのに何を夫婦漫才しているのだろうか。
というかブラッドの顔に羞恥心などの段階を通り越した苦悶が混じっている気がする。魔物さえ碌にダメージを与えられないブラッドを苦しめるとは、恐るべき抱擁だ。
「いい加減に……さっさと仕留めて来い!!」
「了解しました!……よーし!フラストレーション発散を兼ねてはりきっちゃうぞぉー!!」
鼻歌交じりにテレポットを探るカナリアは、獲物を狩るというよりお洒落道具を探っているような無邪気さがあった。
マーセナリー特有の剥き出しの警戒心や敵意がなく、本当にただの女の子がピクニックではしゃいでいるかのよう。
だが――それでもブラッドは知っている。
彼女がエッジウルフの群れ程度で苦戦するほど軟なヒトではない事を。
彼女の背を見ながら、ブラッドはまだ言いたいことがありそうに非難がましい目線を送る二人へ向く。
「よく見ておけ。味方の実力を見極めるのも教練のうちだ」
(何だかんだでカナリアさんの事をちゃんと考えてるんですね……てっきり率先して魔物を殺しに行くものと思ってました)
その姿を見たファーブルは苦笑しながらも、思った以上に同僚の事を知らない自分を少々恥じた。
= =
両腕にズシリと感じる重みが、どこか心地よい。
カナリアオリジナルモデル、短距離複合携行砲「パンナ&コッタ」。二丁で一対の武器にして、自分がが最も好んで使用する武器。砲身は上部と下部にそれぞれ装着され、その二つを繋げるグリップにトリガーがある。両手で持つと、銃というよりは鉄製のナックルと言った方がしっくり来る。
砲身内部に彫り込まれたライフリングの溝には神秘数列が彫り込まれているが、整備をしている本人以外はそれを知ることもないだろう。――知った時には頭が吹き飛ばされているだろうから。
この世界には数銃と呼ばれる銃がある。数の名を冠する通り発射機構に神秘数列を用いているそれの技術もパンナ&コッタは組み込まれていた。されど、この携行砲をそのようなちゃちなものと侮る者がいたとすれば、それは大きな思い違いだ。
リメインズの決して明るいとは言い切れない視界の奥に、獣――エッジウルフの影が見える。
「来た。でもちょっと遠いかな……」
目算で距離を測りつつ、照準を合わせる。まだ距離が遠い。
もう少し引き付けなければ効果が望めない。銃の命は相対距離だ。最も効率が良いタイミングで撃ってこそ真価を発揮する銃器の中でも飛び抜けて使いづらい携行砲で敵を屠るには、銃なりの間合いが必要だ。
敵が見えたにもかかわらず動かない彼女を見咎めて、事情を知らないクワブキとアマルダが声をあげる。
「カナリア殿!敵が――」
「静かにしていろ」
「だがよぉ!お前さんは心配じゃねえのかよ!?」
「あいつの気が散る。無事でいて欲しいなら黙ってろ」
二人の抗議をブラッドが無表情で制す。彼が元来持つ迫力が、若干の苛立ちも混ざり威圧感として二人を圧し止めた。そのことにカナリアは感謝しつつ、目を凝らす。
(1匹……3匹……ううん、7匹かな?こっちを少し警戒してまだ仕掛けてこないなぁ……)
パンナ&コッタの神秘数列は既に発動し、携行砲の側面には「Ⅱ」の運命数が輝いている。
「Ⅱ」が意味するのは、内なる力の操作とエネルギーの収束。携行砲は周囲から取り込んだ神秘を約室で過剰圧縮し、その破裂を利用して火薬による衝撃をさらに増大させる。
その銃口から放たれる威力を、これから魔物はその身を以って知ることになる。
やがて、エッジウルフは相手が仕掛けていない事に焦れたように唸り声をあげ――そのリーダー格と思しき狼が遠吠えをした。
「ウオォォォォーーーーンッ!!」
「ヴルルルル……ガァァァァァーーーーーッ!!!」
遠吠えを合図にするように、その周囲の6匹が一斉に地を駆ける。
右へ左へ、前へ後ろへと目まぐるしく入れ替わって狙いを定められぬよう有機的に絡み合い、チームプレーで獲物をズタズタに切り裂く。それこそエッジウルフの最も基本的な狩りだ。
だが、狙いを定める必要がない彼女にとっては相対距離だけが大事であり、後はどうでもよかった。
「お、丁度いい距離ですね?では……」
舌なめずりひとつ。細い指をトリガーにかけたカナリアは、その破壊力を解き放つために指を引いた。
「スプラッシュ・バウン、ファイアッ!!」
バウンッ!!という大きな炸裂音と共に両腕に構えられた携行砲の下部砲身が同時に火を噴き、細い弾丸を大量に吐き出した。複数の弾丸が命中した衝撃で突進する魔物が吹き飛ばされる。
散逸の名の通りに空間全てを塗りつぶすように放たれたニードルバレットは放射線状に噴出し、エッジウルフ六頭の肉体に容赦なく突き刺さっていた。
ある者は足をやられ、ある者は眼球を潰され、その衝撃に獣たちの血が飛び散る。当たり所の悪かった者は内臓を抉られて既に虫の息に。決して剣では再現できない、残虐な光景。獣たちの唸り声が恐怖を帯びた悲痛なものに変わる。
――が、そんなものに耳を傾けるほど暇ではない。カナリアは顔色一つ変えずにトリガーに手をかけて、今度は上部の砲身から弾丸を発射する。
「次撃、マシン・バウン!!」
今度はまっとうな徹甲弾が矢継ぎ早に砲身から吐き出され。硝煙とマズルフラッシュが周囲に散らばる。既にニードルで動きを封じられていたエッジウルフ達は、その刃を届かせることもなく遠距離から叩きこまれた雨のような銃弾によって息絶えた。
「こ、これは……確かに効率はいいが、なんとあっけない……」
そう呟くクワブキの声が数かに震える。
そう、その光景は剣や斧を使用する彼等からしてみれば余りにも作業的で、戦いというよりは狩りか虐殺だった。己の剣も届かない場所から圧倒的な物量と破壊力で蹂躙される、そんな光景を思い浮かべて身震いする。
「いや待て!さっきのボス狼がまだ……!」
はっと我に返ったアマルダが叫ぶ。そう、レンジ外から様子を見ていたあのエッジウルフがまだ倒せていない。
そう気付いた時には既に遅かった。
仲間の死体と抉られた足場を潜り抜け、狼の牙が彼女の眼前に迫る。
ヒトの喉笛など簡単に食いちぎれるその顎を大きく広げたエッジウルフが目に映すもの。
それは今から食いちぎる得物――ではなく、携行砲の砲身だった。
「ギャウッ!?!?」
「どっ……せぇぇええええええええいッ!!!」
とっくにその吶喊に気付いていたカナリアは、携行砲をナックル代わりに全力で腰を捻り、カウンターの要領でエッジウルフの顔面を殴り飛ばした。
――さて、ガゾムは戦いを好まない気質のヒト種なのだが、実はその身体能力――とりわけ腕力は有角種のヒトに勝るとも劣らない。そして彼女が構える携行砲は一丁に付き重量およそ20ケイグ(※約40kg)。言うまでもなく携行砲は鉄製だ。
そんな重量の鉄を怪力で振るえば、その威力は魔物を屠るには十分。
顔面に叩きこまれた鉄拳はエッジウルフの顎や牙をガラスのように容易に砕き、哀れその衝撃で顔面をほぼ粉砕された獣は放物線を描いて宙を舞った。確認するまでもなく、即死である。
携行砲ありきとはいえ素手で魔物の顔面を粉砕するその剛腕。
携行砲の先端から滴る魔物の血液。
その結果にうんうんと満足したカナリアは後ろを振り返りブラッドに手を振る。
「ブラッドさ~ん!勝ちましたぁ!」
「……ご苦労。お前達、これでカナリアの実力は分かったな?」
たった今、一方的に魔物を虐殺したとは思えない子供のように無邪気な笑みに、クワブキ、アマルダ両名は震えながらブラッドに頷いた。これ以上彼女を子ども扱いできるほど彼らはフェミニストではなかったようである。
なお、その戦闘以降、2人はカナリアの子分のように彼女の後ろを歩き、決して彼女の前に立とうとしなかった。その理由は恐らく、怒らせて魔物のようにミンチにされたくなかったからだろう。最初はその様子に戸惑っていたカナリアだったが、やがて慣れたのか普通に二人をこき使い始めた。
「クワブキさん、私のどが渇きました~」
「水筒をどうぞ、カナリア殿」
「アマルダさん、携行砲についた返り血を拭いてくれませんか?」
「へへぇ、かしこまりました!」
どうもこき下ろし方が堂に入っている気がしたファーブルだったが、敢えて質問はしない事にした。
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