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戦闘城塞エヴァンゲリオン

作者:三十六路
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第2話Aパート『天使の眼孔』

日の落ちた後の第三新東京市、
無人の都市にぬっと、異形の姿を現すのは“使徒”。

その巨体を何者にも邪魔されることはなく、宙に浮かせ進み。

ふわり、と地面に降り立つ。目的地に辿り着いた。といったところか。


  ◇  ◇  1  ◇  ◇


カタパルトで打ち上げられた先は、都市中央部から少しだけ離れた場所で。
ヒデオの視界、いやエヴァンゲリオン初号機の視界には、ひときわ高いセンタービルが映った。

『いいわね、ヒデオ君』
「…、ええ」
無言で頷き、それから通信越しの会話であることを思い出し、声に出して応える。


「エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ!」
「初号機リフトオフ」

発令所にて、ミサトの声が響く。
オペレータがその言葉を繰り返し、操作を行う。

リツコは各種データが表示されるモニタに目をやっている。
二人とも、全体を俯瞰(ふかん)して見渡せる、発令所中央に立っていた。

もしも、オペレータ席付近にリツコが立っていれば気付いたかもしれない。
オペレータ用端末に常にはない画面のちらつきが起こっていることに。


「まずは、歩くことを考えて」
実はまだ、ネルフ本部内でエヴァンゲリオン初号機を指先ほども動かせた実例はない。
ともかく実際に動かして貰わないことには話が始まらない。



『まずは、歩くことを考えて』
足に意識を集中する。結構、難しいものだ。
動かすイメージを描きながら、実際の足は動かさない。というのは。

ひざの辺りがピクリと反応してしまうが、ともかくエヴァンゲリオンを歩かせる。


通信越しに喝采(かっさい)の声が上がるのが聞こえる。

「動いただけで、この反応って。大丈夫なのでしょーか…」
ウィル子の声がエントリープラグ内に響く。

実は先程からサブ・モニタにウィル子の姿が映っていた。
ヒデオがエントリープラグに乗り込む際に、彼を介して初号機を制御するコンピュータにウィル子が感染していたのだ。

そしてこの声、実はプラグ内でしか聞くことができない。
通信機がカバーしていない周波数帯の特殊な声で喋っているのだという。
鈴虫の声が電話越しには聞こえないというのと同じ。ということだが。


…彼女の器用さに、感心してばかりもいられない。
ともかく。システムの掌握を。

ウィル子に内心で伝える。ヒデオの声は、普通に聞き取られてしまうから、余計なことは喋れない。

感染し、着々と支配域を広げてはいるが。ウィル子は未だ格闘中だ。
ウイルス対策がそれほどでもなかったので容易に侵入ができたが、問題はMAGI(マギ)の存在だ。

ネルフ本部の全システムを統帥する、スーパーコンピュータが存在するといい、
その名がMAGI。事前のレクチャーで偶々(たまたま)言及されたため、重点的に質問しておいたのだ。

ウィル子によれば、現在の彼女の能力ではMAGIに悪さすることは不可能だという。
性能が段違いであるし、先進的な技術が投入されてもいるらしい。

とはいえ、それ一機が本部内のすべての端末(コンピュータ)を常時監視・コントロールできるわけもなく。
末端に近いものであれば攻略は可能である。
もっとも、MAGIが定期的に生存監視・異常の検出を行っていることから力づくでの攻略は危険だ。

エヴァンゲリオンの制御コンピュータは兵器に搭載されているため、通常兵器に搭載された多くのコンピュータと同じ特徴を持つ。

熱や衝撃、浸水への耐性を高めるのにくわえ、万一異常が起こっても停止や異常終了しないようにする救済措置などが優先されている。
結果、単純な計算速度や記憶容量といったスペックは大したことのない数字になる。
そこが弱点にもなり得る。

異常と判定されないように潜り込み、MAGIに通報されないことを最優先に
ひとつひとつシステムをいじって安全な抜け道を広げているところだった。

「80秒っ、もたせてください!」
忙しそうにしながらウィル子が言う。


そもそも、なぜシステムの掌握(しょうあく)に努めているのか?
ネルフを信用し、彼らに任せることも可能だったろう。しかし事前に得ていたネルフについての情報から、
彼らに全幅の信用などできない。何らかの保険が必要というのが、ヒデオとウィル子の出した結論だった。

決定的だったのは、「座ってさえいればよい」との司令の言葉だった。
座っているだけで戦いに勝てるなら世話はない。筈なのに断定的なその言葉。
何らかの確信があるに違いない。なのに当事者である青年にその根拠を示そうともしない。


何かある。少なくとも、その前提で備えなければ。


  ◇  ◇  2  ◇  ◇


「…来た」
ビルの間から、“使徒”の姿が垣間見える。
夜空の黒とはまた違った漆黒に染められた人型の体。頭部に当たる部分はない。
肩や手など一部は一転真白く、硬い骨のようにも見える。
胸の中央にひときわ目立つ白い頭蓋骨のような仮面。ぽっかりとあいた二つの眼孔(がんこう)


こちらが相手を知覚したその直後、
使徒もまた、その天使の眼孔をこちらに向けた。


使徒は無造作に、歩みをすすめる。

ヒデオは初号機を使徒の側に向けて身構えるが、どうにも様にならない。
実は、ゲームやマンガの主人公がとる構えをイメージして真似ているにすぎないのだった。

これまでの彼の人生において、力づくの争いの類の経験などほぼ皆無に近い。
小学生までは一般の男子児童に過ぎなかった。中学にあがると不良に目をつけられるようになったが、それを避ける術を身につけ、
高校生になった頃には、彼の見た目に不良も避けて通るようになった。


『ヒデオ君っ、避けてっ』
ミサトに言われるまでもなく、身を低くして横に飛び退る。初号機の頭のあった辺りを使徒の広げた(てのひら)が通り過ぎる。
初号機は地面に突いた手も使ってどたばたと距離を取り、ふたたび身構える。

背後にあったビルが粉砕されるのを見て、ヒデオは冷や汗を流す。


こんな調子でいつまでも、
避け続けられる。わけが、ない。

「…残り、90秒っ」
ウィル子に残り時間を再び確認する。…さっき、80秒じゃなかったか。

「予想残り時間はあくまで、参考情報ですっ」
処理の負荷によって速度が変動すれば、容易に変わるものだということ。

いや、1分半とか。無理。



千鳥足状態でふらふらしている初号機の姿に、発令所のメンバーははらはらしながら見つめることしかできない。

「どうにかなんないの、リツコ」
出撃させた以上、発令所側からできることなどあまりない。
リツコの答えもそのとおりのものだった。

そう答えつつも、リツコは対策を考えていた。
問題は彼のシンクロ率の低さ。そこから来る初号機の運動性の低さに、動きは緩慢(かんまん)にならざるを得ない。
彼の反射神経は、先程の攻撃を避けた反応からもそれなりに期待できるものであることが分かる。

であれば、運動性さえ向上させられれば。

実は、エヴァンゲリオンには、その体を覆う特殊装甲内に運動機関を内蔵している。
電力をエネルギー源に、関節各部を外部からの操作で曲げたり伸ばしたり、関節をロックして一定の状態で固定したり。
一種のパワーアシストシステム、いうなれば、パワードスーツのようなものだ。

ヒデオがケージで見たとおり、エヴァンゲリオンは直立不動の姿勢で格納されているが、
電力供給も、パイロットの操作もないなら本来、脱力・弛緩(しかん)しへたり込むような姿を(さら)すだろう。
平時は関節をロックして立った状態を維持しており、一部を解除して外部から操作すれば、体育座りも再現できる。

それを使って、パイロットの操縦と重ね合わせるように外部からアシストできないかと考えていた。
そしてしかし、実現は難しいとの結論に至った。

コントロールは遠隔(リモート)で行うことになるだろう。パイロットの動きを予測して、その動きに同調しようとなれば
計算処理はMAGI以外では無理だ。そして、MAGIをしてもタイムラグは避けられない。
何ミリ秒までの誤差なら現実的といえるだろう?

計算に入る前にこの案は、放り捨てた。
しかし、これとほぼ共通する案が実行されることになる。


パワーアシストシステム?
ヒデオは、ウィル子に心中(しんちゅう)で聞き返した。

「はい。電動アシスト付き自転車を思い浮かべて貰えれば、分かりやすいのですよー。
マスターは、動作をできるだけ言語化してイメージしてくださいっ。
ウィル子がそれを聞いてあわせるのですよー」
精神で繋がっている彼らにしかできない方法だが、これならほぼタイムラグはない。


それも実現するにはシステムを掌握してからのことだから、ともかくあと1分強は自力で何とかしなければ。
いっそ背中を見せて、遁走(とんそう)しようか。

「…格闘戦では、勝ちの目が。指示を」
溺れる者は(わら)にも(すが)る。慣用句のとおりに。通信機越しに作戦指揮担当者(藁)に言ってみる。
使徒は再び近づいてくる。

『兵装ビルからの援護射撃、をしたいところなんだけど。未だ稼動していないの。』
以降、愚痴が続く。軍事的な特権がまだなかったため、砲は準備できても弾薬を装填できなかったとか。
警官が拳銃を所持しても発砲は許されないようなことを連想した。

『ビル間に張った超々強化ワイヤーを上げて行動を制限するとかなら可能よ。ネット射出器は、まだ数が少なかったわよね…』
兵器的なものは法律で規制されているが、防犯装置的なものは可能だったということか。

「避けるのに。あわせて可能な限り、足元にロープを張ってください」
攻勢に転じた際に残しておくべきかとも思ったが、今をケチってそこに辿り着けないのでは話にならない。

轟然と使徒が両腕で掴み掛かってくる。手のひらの中央に銃口のような穴があることが見て取れる。掴んで、そこから光の槍のようなものを射出することが事前の国連軍との交戦で分かっている。
掴まれれば、アウトだ。防御という選択肢は無い。とにかく、避ける。距離を取る。

ロープが張られ、使徒は足を取られつんのめるが、すぐに体勢を立て直す。上半身が重く重心が高いのか、意外に足元が弱点では。とヒデオは思った。


プロボクサーでもリングのような囲われた場所でなく、逃げ回る相手を殴れるものではない。場外への退避が多くの競技で反則を取られる理由でもある。
なんとか逃げ回れるだろうかと。思ったその時――


カッと使徒の眼孔が光を放つ。

発令所のモニタがホワイトアウトから脱したとき、見えたのは背後のビルに半ば埋まる初号機の姿だった。

「マスターっ、しっかりしてください!」
気を失いかけていたヒデオは頭を振って、操縦桿(そうじゅうかん)を握りなおす。

距離があったからか、装甲に穴を穿(うが)つには至らなかったのは幸いだが。数十メートルは吹っ飛ばされた。そう何度も耐えられるものではないだろう。
何より予備動作がなく、避けられる気がしない。

立ち上がりざま、砕けたビルの瓦礫(がれき)を拾って投げつける。
人間は、猿の仲間のうちでも投擲(とうてき)が得意な生き物だ。野球のボールを投げれば素人でも多少の練習で100キロ近くまで出せる。エヴァンゲリオンは巨体でありながら、人間とおなじ速度おなじ動作ができるから、控えめに言っても人間が投げたボールが70キロ出すとしたらエヴァの身長を30倍と仮定しても単純計算で2100キロ出せることになる。高速であるほど空気との摩擦(まさつ)による減速は大きくなるから到達時点ではもっと下がるだろうが。

ガッと肩の辺りに瓦礫が命中し、後ずさる使徒。初号機は立ち止まらず、瓦礫を拾っては投げる。
いくつかの瓦礫が命中するが、光線が撃ち返され初号機は再び吹き飛ばされる。
身構えていたので、ヒデオの意識が飛ばされることは無かったが。やはり距離を空けた撃ち合いでは、分が悪いか。


立ち上がるため、掴んでいた瓦礫を渾身の力で投げつける。しかしそれは、突然現れた紅い壁に阻まれる。

『ATフィールドっ!?…あれがある限り一切の攻撃が無効化されるっ』
えーてぃーふぃーるど?事前に聞かされていない用語に戸惑う。

「説明を」
『あれはATフィールドと呼ばれる、使徒だけが持つ障壁、絶対領域よ』
『ほぼすべての現行兵器はその前では無力。ただし、エヴァンゲリオンも同じATフィールドを展開する能力が与えられているの。ATフィールドは相互に干渉しあって無力化することができるわ』
ミサトの回答を受けて、リツコが補足する。しかし、その発生原理はよく分かっていないらしい。パイロットの感覚に頼るところが大きく言語化できていない。レクチャーのしようがないのだ。


長かった時間が過ぎ。
「マスターっ、システムの掌握が完了しましたー」
「接近戦で。反撃する」
ウィル子の声に、決断を下す。瓦礫の投擲と光線の撃ち合いでは分が悪いことは確か。
ATフィールドというものの使い方は不明だが、接近戦であれば防御をかいくぐって一撃を入れられるチャンスがないではないだろう。



『接近戦で。反撃する』
発令所に響いたヒデオの声に、「それは無茶だ」と制止するその前に、モニタから初号機の姿が消えた。
先程までの千鳥足が嘘のように、使徒に向けて突進していたのだった。
カメラがその姿に追いついたとき、初号機は突進の勢いのまま、使徒に組み付いていた。
左手で肘の辺りを下から掴み、右手は襟首の辺り、肋骨のようにも見える白い棘を掴む。柔道の組み付きの様に見えた。
右足で使徒の足を刈り、地面に叩きつける。

「な…、投げた!?」
ミサトが驚きの声を上げるが、ヒデオにとっても半ば偶然に近い。高校の授業で何度か経験があった程度の柔道の動きだ。
もう一回やれと言われても、まったく自信は無い。

「シンクロ率に変動は?」
初号機の動きに目を奪われることなくリツコがオペレータに確認する。しかし、変化は無いとの回答。
確認したあらゆるパイロット・データに異常は見られない。
直前に考えたので、パワーアシストがかかっていることに思い至った。だが、どうやって――?


初号機は転倒した使徒を上から踏みつける。
威力のある蹴りを放つにはある程度の訓練が必要。殴るのも、経験がものを言う。だが、ただ踏みつけるなら、誰にでもできる。
(かかと)に体重と勢いをのせて、使徒の仮面様の部分を何度も踏みつける。

パキリっと仮面にヒビが入るその寸前、使徒から至近距離で反撃の光線が放たれる。

発令所で悲鳴があがる。しかし――

「無傷?一体何が…」
傷ひとつない、初号機の姿があった。

オペレータの一人が直前の映像に光量の補正をかけてスロー再生すると。
光線が発したその瞬間初号機の眼前に、透明な壁が現れる。それは光線を完全に弾いていた。

「ATフィールドでは、無いわね」
特徴的な紅い色もなく、MAGIもその可能性を否定した。

「…?、内部電源が消耗しています!」
オペレータの一人が気付いて声を上げたことで、リツコにも理解できた。
電力を消費して、電磁波による障壁(バリア)を張ったのだろう。

「そんな機能があったの?」
リツコが口にした推測に、ミサトが聞き返すが。――勿論、そんな機能をつけた記憶も記録も、ない。


「一か八かでしたが…何とかうまくいったのですよー。
でも、今はそんなことよりっ」
ウィル子の声に、彼女の仕業だったと分かった。
ヒデオは初号機の肩上に設置されたウェポンラックを開かせた。中から一振りの短刀が姿を現す。

足を掴もうとする使徒の手をゴリッと踏み砕いておいてから、短刀の柄を握る。
やはり、これだけ密着していればATフィールドはうまく張れないようだ。特に使徒自身が攻撃を仕掛けようとしている最中は。攻撃と同時にはATフィールドを使っていない。


ごくりと唾を飲み込む。あたりまえだが料理をする場合を除いて、現代日本で生き物に刃物を突き立てた経験がある者は少ないだろう。ヒデオにもそんな経験はない。生きた魚を(さば)いた経験すら、ない。

『使徒の弱点と考えられるのは、胴体中央に見える赤い球体。我々はそれを(コア)と呼んでいるわ。使徒の無限に近いエネルギーを供給し、使徒の身体の損壊を再生する器官よ』
トドメを刺す。その意図を察したリツコが努めて事務的に告げる。

コア、それ以外をどれほど破壊しようとも、無限に再生し、無限にエネルギーを供給するというのであれば。
完全な勝利はコアの破壊。それ以外にない。


  ◇  ◇  3  ◇  ◇


『っ!!』
声にならない叫びを上げ、初号機が短刀を振り上げる。
そして短刀を使徒の身体に突き立て、がりがりと切り裂いていく。

直接コアに。では、なかった。
周囲を囲むように切りつけ、コアを握って、捻るように引っ張る。コアにへばりつく様について来る使徒の体組織を削り取るように切り、完全にコアを身体と分離させた。

一瞬、びくりっと使徒の身体が跳ね。そして、力を失う。

使徒の身体から距離を取った初号機は左手に掴んだコアをさらに削っていった。
コアの周囲の組織がうねって、形を変えようとしている。それを、何度も削りとり、またバチバチと火花を散らし焼いていく。
リツコは、装甲から意図的に漏電させた電流によるものだということがわかった。

「ヒデオくん、どうするつもり?」
何がしたいのか?意図が掴めないミサトの声。

『無限の再生。本当に。そんなことが可能なのでしょうか?』
疑問形で返す、青年の声。リツコは彼と同様、コアを観察していた。確かに、いかに使徒の持つコア、S2器官とも呼ばれるそれであっても、無から有を生むことなどできるのだろうか。体細胞を再生させるそのためには、やはり、材料となる物質が必要なのではないか。
ガラス球のようにつるりとした表面が全面に見えるまでになったコア。

『…ぐっ』
突然のうめき声は彼の口から漏れた。初号機が掴んでいたコアを、思わず手放した。
何が起こったのか。初号機のデータを確認したリツコには、コアを掴んでいた初号機の手の平の素体にダメージがでていることが分かった。
表面を削り取られるように。だが初号機の装甲には傷ひとつ無い。

地面に落下した、コアを見ると、ふたたび薄く体組織に覆われようとしていた。

「周囲にある有機物を取り込んで自らの身体を再生している。そういうこと?」
『赤木博士』
「何?」
彼に初めて、名前で呼ばれたことに気付く。

『コアを収容可能な。隔離できる、施設はありますか?無菌室の様な』
「破壊せず、確保したい。そういうことね?」

『生きた使徒の。コア。そのサンプル。欲しくはないですか』
「欲しいわ」
即答する。

「ちょっ、リツコ!?」
ミサトは完全に殲滅(せんめつ)させたいらしい。彼女の気持ち、彼女の都合はリツコにも理解できる。しかしそれを無視して、総司令を振り仰ぐ。

「碇司令。…第14実験棟への搬入を具申いたします」
「リスクが大きすぎやしないかね?」
司令ではなく、副司令から懸念が示されるが。

「リスクよりも、利益の大なるを確信します」
「うむ…」
「…いいだろう。許可する」
司令の決定。それは何者にも勝る。


使徒のコアは、兵装ビルから取り出したワイヤーネットで吊るされた状態で初号機によってジオフロントに持ち込まれた。
本部から距離を置く実験棟に運ばれ、体育館ほどの広さの滅菌室の中央に固定され、24時間無人監視されることとなった。
リツコは、無人でコアを検査・実験するシステムの構築に追われることになるだろうと思った。


「何とかなったのですよー。」
コアの運び込みが終わった後、ウィル子の安堵の声に、ヒデオも思わずため息が漏れた。

そう、何とかなった。
使徒を殺すことなく。――手足をもいで束縛するような、そんな方法ではあるが。殺したくは、なかったのだ。


続けなければならないのか。これからも、こんな戦いを。
ヒデオはもう一度ため息を、ついた。




[続く]

 
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