ソードアート・オンライン-ゲーム嫌いの少女冒険譚-
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アインクラッド編
〈二刀流〉vs『二刀流』
「に……〈二刀流〉だとぉ!!」
「いや……ちょっと待てよ。〈二刀流〉ってキリト(あいつ)しか存在しないスキルのはずだろ?じゃあ何であの子は〈二刀流〉を使っているんだ?」
「分からねぇよ……それでも今この場で俺たちが見ているのは〈二刀流〉が一人じゃなくて二人いるって事だよ!!」
「おぉー何だか知らないけど関係ねぇ!こうなりゃトコトン盛り上がるまでだよ!頑張れよーお嬢ちゃん!」
私が小太刀を二本、両手に構えると、観客から熱狂的な歓声が上がった。二刀流は、今現在目の前のキリトしか存在しない。それが覆った状況に動揺し、驚愕し、そして熱狂して興奮しているのだろう。一方のキリトは唖然とした顔。それはそうだろう。自分しか持っていないと思える技能が相手も持っているのでは思えたら、唖然ともなるだろう。ここで思えたことはキリト個人しか持っていないという貴重性が消失したことだろうか。
「で、これが望みだったのね。ゼノ?」
「いやー、たまたまやたまたま。上手くことが運んだからこんな風になっただけで、俺はこんなのになるなんて全く想像もしてへん。」
「まっ、後はお二人さんで楽しんでくれい。俺たち外野は、向こうで前にあった嬢ちゃんとあのヒースクリフのおっさんとでも話でもしとるからなー。」
勝手にしろと言いたい。この舞台を仕組んだ張本人がいつもの調子では、いくら言ってもはぐらかすからだ。このまま聞いてもまた適当なこと言ってなぁなぁにするのが目に見える。このまま会話を続けてもキリトに迷惑をかけるだけだ。それに、身内絡みの話を公衆の面前で延々とするのも、余りよろしくはないだろう。
「さて、お話もその辺にして始めましょうか。カウントもそろそろなくなりそうだし。」
「まっ、お互いに頑張れよー。」
こんな凄くどうでもいい感じに告げられた言葉が、私たちの決闘の始まりとなった。
「あーマイクテステス、マイクテステス……そんで、アスナちゃん……やったっけ。あの二人の戦いをどんな風に見る?」
「どうって言われても……キリト君がほとんど一方的に攻めていて、レミーちゃんがそれを受け続けているからどう見てもレミーちゃんが防戦一方なようにしか見えないけれど。」
「そうやなぁ……確かにアスナちゃんの見立て通りやと思うんやけど。こんな防戦一方なら、わざわざ武器を変える必要が思いつかないんや。そもそも、対人戦やるんならレミーやったら片手剣かカタナの二択やろうし。ってことは、何かレミーには策があるとでも考えた方がええかもしれないな。」
決闘が始まる前まではコロシアムの入り口付近に居たゼノやアスナ、ヒースクリフさんはコロシアムの観客席でも解説席染みたような場所で実況と解説をやっているようだ。人様を舞台に上げておいて、自分たちは解説をやるスタイルのようだ。
「なるほどなるほど……それでヒースのおっさんはどう思う?」
「少なくとも、お互いの実力は拮抗していると見えるね。さっきゼノ君が言ってくれた通り、この戦いはレミー君がキリト君にない物も見せれば勝機はあるかもしれないね。」
「それはその通りやなぁ……レミーがキリトにない物を見せられるかどうか。それが今回のポイントってわけやな。」
戦い始めておよそ三分。解説も一通り落ち着きを見せている状況。お互いの体力ゲージは殆んど減ることなく剣を合わせ続けている。周りから見れば、私が一方的に攻められている状況。だが、このような状況でも周囲の熱気収まらないのは……
「レミー、やっぱり凄えよ。ここまで攻めても全く防御を抜けないなんて……ヒースクリフとは別の意味で〈固い〉よ。」
「お褒めの言葉ありがとう、キリト。〈二刀流〉はやっぱり見ているより体感する方が一番ね。」
この『攻め』と『受け』という二つの単純的な動作の繰り返しが、余りにもここに居るプレイヤーの限界値を超えていた。自分とは違う、という壁となった閾値を超えれば、それはまさしく至高の快楽のようなものだ。私とキリトとで行われる剣のやり取りは、今この時間だけでも、人々を喜ばせ、熱狂させ、興奮の渦へと引き込み誘い込む。
「さて……盛り上がってきていることだし、より一層速く、強くぶつかりましょう!」
「ああ、分かっている。行くぞぉ!!」
熱狂的な観客を作り上げた二人の役者は観客を更なる熱狂へと誘い、呼び込み、燃え上がらせんと剣をぶつけ合う。単純にリーチで勝るキリトの剣を私は真正面から受けることは避けたい。レベル帯でのステータスは殆んど一緒だが、各個人で振れるパラメーターが違い過ぎる。殆んど敏捷性にしか振らずに後はしっちゃかめっちゃかに振っていた私とは別に、きちんと計画性を立ててパラメーター振りをしていたキリト。そこには大きな差が生まれる。例えば、レベルが1上がるごとに5の自由パラメーター配布できるものがあったとするならばここまでくれば雲泥の差に違いない。今の私では、キリトの剣を真正面から受けたらはっきり言って負ける。だから私は常に『単純な一撃で落とされる』というリスクを背負いつつ、戦っている。
私は剣を真正面から受けることはしない。そもそもリーチに倍以上の差があるのに、真正面から受けるのは余りにも危険だ。武器の攻撃範囲の長さ、広さは強さにほぼ直結していると言って過言ではない。私はその欠点を『相手の武器を受け流す』という方面で対策を施した。それはほんの剣と剣が触れ合う瞬間に、剣の特性と達人的な技量がなければ、到底成し遂げることなどは出来ない。私も攻めに転じるが、私のような軽い剣では届かない。お互いに疲弊してきている、これ以上続けたら多分……負ける。
「そろそろこの戦いも終わらせないとね……でも、私としてはもっともっとキリトとの剣の打ち合いを続けたい。」
「俺もそうだ……この戦いは、もっともっと続けたい!」
二人の思いは一緒。ならば更に剣で語るまで。その思いは、お互いに一緒だ。私はここで戦い方を変える。『流す』戦いから、『攻める』戦いへ。私はこの戦いでほぼ初めてとも言えるくらいに前に動く。剣を受けるのではなくて、自らの武器の特性を生かした戦いへ。己が武器への成熟度と相手の武器への理解度が戦いに大きな影響を与える。相手の戦い方を見ながら、勝利するための手段を構想する。
「あっ、レミーちゃんが動き始めたわ!」
「ほう、レミーが前に出るなんてかなり珍しいなぁ。大体は今までみたいに受けて流したり、最低限の手数で仕留めたりする形やな。タイプで分類すれば、カウンター形式の戦いがメインやな。例えるなら、達人が敢えて弟子の攻撃を受けてから一発で仕留めるみたいやなぁ。そんなレミーが自分から前に出てきたということは……」
「もしかしたら、さっきまで話していた彼女の切り札のようなものが、これから見られるのかも知れないね。」
私の動きの変化について三人が三様とも取れる形で実況と解説を始める。前に出始めたことに対して普段とは違うと解説し始めたゼノ。彼の言う通り、私は基本的に受けて流すというのが戦い方の基本と言っても過言ではない。それを止めたのには勿論ちゃんとした理由がある。それは……
「くそっ……これじゃあ剣が上手く振れないし、〈二刀流〉スキルだってこんな近くじゃ使えねぇ!!」
余りの超至近距離に対してキリトがたじろぐ姿が見てとれる。今までとは打って変わって、キリトが此方の攻撃に対して受けるしかないという状況に変貌した。この受け攻めが変わったような状況にコロシアムの観客も唖然とした様子を見せている。どう考えても、武器の威力も違うし、そもそもリーチが違う。それなのに何故彼はここまで窮屈そうにしているのか。その種明かしとも呼べるものが解説席から聞こえてくる。
「ねぇ、どうしてキリト君はただ受けるだけで反撃しないの?あんなに近いんだから、距離を取って反撃に移ればいいのに……」
「反撃したくても、反撃できない。というのがキリト君の思っている所ではないのかい?」
「導入部分と解説部分を直結させようとするのは中身の種明かしをやってからにしてくれよ……分からないやつが置いてけぼりになるやろ。」
解説は三者が見事に組み合わさっていた。アスナが起点となる話を切り出し、それをヒースクリフさんがまずは結論を述べてしまう。それに対して補足を行おうとするゼノ。なぜそこまで打ち合わせをしていないのに息を合わせたようにコメント出来るんだ……そんなことはさて置いて、剣戟を繰り出しキリトと攻めあう中で、解説陣の説明が始まった。
「例えばな? 剣と銃が選べるとして、どちらかを選んで相手と戦えるとしたら普通はどっちを選ぶ?」
「それは……もちろん銃よ。だって扱いやすいし、何よりも剣よりも【遠くから攻撃できる】じゃない。」
「そうやな、その通りや。剣と銃で戦ったら相手が余程の剣の達人とかそういうイレギュラーなことを除けば、基本的には銃が有利に決まっている。何故なら【遠くから攻撃できる】という絶対的なアドバンテージがあるからやな。それがもし無くなったらどうする? 例えば相手がいきなり接近して、そのアドバンテージが失われたりしたら。」
「そうなったら、距離を取るわよ。メリットがなくなってしまうもの。」
「なら今回の例や。剣と短刀だったら【遠くから攻撃できる】アドバンテージを持っているのは剣。しかし今はそのアドバンテージがない。」
「私の様に盾でも持っていれば、無理にでも体当たり(バッシュ)することで距離を取れたかも知れないが、キリト君にはそれを行える盾もない。」
「と言うことは、今はキリト君が不利って事!?」
「しかも向こうには剣を活かす距離が作れない……そろそろ終わるな。」
解説が一通り終わったのだろうか。剣戟を続けていく中で、その固くなった二刀の先をこじ開ける機会を伺う。キリトもこちらの手が分かったのか、剣を叩き付けて無理やりに距離を離した。距離は互いに10m程度。お互いに体力も精神力も摩耗して、恐らく次がラストアタック。確実に決める。
「さぁ、次で決めさせて貰うわよ!」
「いや、それはこっちのセリフだ。俺がここで決める!」
お互いに最後の声を張り上げて、両足に力を籠める。そうしてお互いに走り出す。キリトは両方の剣を前に出す突撃技だろうか?確か前のヒースクリフ戦で繰り出していたような技で迫ってきた。確かにこの距離では受けることも出来ないし、避けても追撃は避けられない。だから私は変則的に受けることにした。
真正面から迫ってくる二つの刃を一旦受けつつ、右足を先に出して私の体をキリトの下に潜り込ませる。体格の違いが功を奏した。そうして私が選んだのは下から上へのアッパー。多少ふらついたところに私の二刀を振るわせる。そして……
「一応勝った……でも本当に五分五分の勝負じゃないのが悔しいけど。とにかくめっちゃ疲れたー。」
結果として私が最後の一撃を決めて勝ちとなった。といっても、私は装備異常の特殊状況であったしきちんとしたデュエルかと言われたら、そうとは言いづらい。また今度別の時に再びデュエルをするのが良いだろうか。そんなことを考えていると……
「お疲れ様、レミー。どうやった、〈二刀流〉は。」
「どうもこうもないわよ……とても速くて、強かった。疲れたし、今日の事色々あったからこの後背負って帰りなさい。」
このデュエルを起こした張本人のゼノにひとしきりの感想と罰ゲーム的ものを言い渡すと、キリトにまたいつかデュエルがしたい旨を伝えて、この場を立ち去ることにした。今夜はひどく疲れたが、興奮で眠れないかもしれない。そんな状態になるかもしれないと、思っていた。
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