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リリなのinボクらの太陽サーガ

作者:海底
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現出

 
前書き
伏線回収回 

 
時の庭園内部、そこではプレシアの技術によって生み出された傀儡兵の大群が待ち構えており、管理局勢はその圧倒的多数の敵を相手に消耗戦を強いられていた。

「これじゃキリが無い! なのは、突破するぞ!」

「了解、クロノくん!」

急がなくてはならないのにこの多勢を相手に時間をロストしていく現状に焦りを感じていた彼らは、少々強引な進撃を決断した。前提としてプレシアは条件付きSSランク魔導師、武装局員を薙ぎ払った威力から戦力を推定して、最低限同じ土俵で戦うには万全の状態でなければならない。

『ああ、皆聞こえる?』

「どうしたエイミィ?」

『あの二人がそっちにいったよ。多分すぐに追い付くと思うから』

「そうか、了解だ」

クロノに入った通信の内容が聞こえた彼女達の表情に余裕が生まれる。アルフは心の底から嬉しく、なのはとユーノは安心し、恭也とクロノは冷静だが顔に僅かな笑みが浮かぶ。

ブォォンッ!!!

その瞬間、彼らの間に一陣の風が走った。家系の事もあって動体視力が高いなのはと恭也には金色と淡い白色の影が駆け抜けていくのが見えていた。直後、彼女達の周りにいた傀儡兵がことごとく爆散、結果的に周囲の安全が確保される。

「何だ、まだこんな所でウロウロしていたのか。おまえ達」

「ふぅ、まだ未完成だけど実際に使ってみると便利だね、この魔法」

「サバタ!」

「フェイトちゃん!」

余裕綽々な様子の二人は、先発隊の面子に対して僅かに笑みを向ける。そう、彼女達に現れたのは通信で来ると聞いて待ち望んでいた、サバタとフェイトだった。

「こんな所とはご挨拶だな。あえて敵を残しておいてやったんだ、いずれやって来るおまえ達の見せ場のためにな」

「フッ……減らず口を叩けるならまだまだ余裕だな、恭也。いっそ残りの傀儡兵を全て倒して来たらどうだ? 丁度良い鍛錬の相手になるだろう」

「馬鹿を言え、あの数を全て斬るとなると流石に俺の刀が保たない」

「体力が保たないとか勝てないとか言わない辺り、おまえの能力が呆れる程だというのがよくわかる」

苦笑した恭也はサバタと悪友に接するかの如く左手同士で叩き合い、一方でなのははフェイトに駆け寄って彼女の手を嬉しそうに笑って握る。

「フェイトちゃん、手伝ってくれるんだね」

「うん。私が母さんを止めないといけないから、逆にお願いしたいくらいだよ」

「もちろん、協力するよ!」

さてと……これでこちら側(・・・・)の役者はそろった。後はこのダンジョンを攻略してプレシアの下にたどり着くだけなのだが……以前は感じなかったのに今は俺の中に流れる月光仔の血が警告を発している。この感覚は……前にもどこかで?

「ッ! ひっ!?」

いざ突撃、といった所で急に怯えたフェイトは俺の後ろに隠れて出来るだけ小さくなろうとかがみこんだ。その小動物じみた行動は庇護欲をそそられるものだろうが、それよりこんな状況でも怯えられた事で恭也はそれなりにショックを受けて落ち込み、傍でなのはが一応励ましている。

「こわい……こわいよぉ……!」

「はぁ~……フェイト? 恭也の事が怖いなら、アイツの顔をジャガイモだと思い込んでおけ」

「ジャガイモ……?」

人前に出て緊張する人間がよくやる手段だが、純粋な性格のフェイトなら思い込みで恐怖心もなんとか誤魔化せるに違いない。しばらくブルブル震えていたフェイトがゆっくり顔を上げて、「ジャガイモ……あの人はジャガイモ……」と念じながら恭也の方を見る。
一瞬にも満たない間ビクッと反応したものの、少し時間をかけてどうにか彼女は平常心を取り戻していった。ちなみにアルフはプレシアに対する怒りでそのまま恭也に対する恐怖心を克服していたりする。別の見方では単純だとも言える。

「さて、プレシアの所に向かう前に、僕はまず彼女に魔力を補給している魔導炉を止めるべきだと思う。しかしいつプレシアが計画を進めるかもわからないため、時間に猶予はあまり無い。そこで提案なんだが、ここは二手に分かれて行動してはどうだろう?」

「クロノの提案に異論は無い。ひとまず俺は魔導炉の方に行こう。何か問題が起きても魔力を喰らう俺の暗黒の力があれば何とかできるかもしれない」

「わかった、お兄ちゃんが魔導炉なら私は……」

「フェイトはプレシアの所に行け。今の俺の役目はおまえを母親の所にたどり着かせる事だ」

「じゃあその役割にあたしも便乗させてもらおっかな。こっちの道案内は任せてもらうから、ちゃんと会いに行くんだよ、フェイト!」

「お兄ちゃん、アルフ……ありがとう!」

「フェイトちゃんがプレシアさんの所に行くのなら私も行くの!」

「なのはが行くなら俺もだな」

「当然、僕も行くよ。なのはは巻き込んだ僕が責任を持って守るから!」

「……班分けは決まったな。じゃあ魔導炉はサバタとアルフに任せて、プレシアの方には僕、なのは、フェイト、ユーノ、恭也さんのメンバーで行くぞ!」

という事で合流した直後すぐに俺達は分かれて別行動をとった。これがどんな結果を招いたのか、その時の俺はまだ想像すら出来なかった。






傀儡兵と言えども動力に魔力を利用している以上、魔力を消滅させる暗黒銃ガン・デル・ヘルの前ではただの動く的に過ぎなかった。暗黒ショットを喰らったらすぐに崩れて人型の鉄くずと化す。これならスケルトンを相手にしている方が手強い。そもそも管理局……というより魔導師は戦う手段を魔力に頼り過ぎている気もするが、まあ他所の世界の方針には余程の事が無い限り口出しする気はない。

『私が住んでいた頃とは……すっかり風変わりしちゃってるなぁ』

[ここは元々おまえの家だったな、アリス。いや……もうアリシアと呼ぶべきか?]

『記憶を取り戻したなら、元々の名前の方が良いかもね。それに、この事態を招いた責任は私にもあるから、本当の名前が負うべき罪から逃げちゃいけないんだ……』

[罪、か。……そうだな、世界が違うとはいえ、俺も取り返しのつかない過ちを犯した。いつかどうにかして償わなければならない……]

『私はともかく、お兄ちゃんは……もう許されてもいいと思うの。ずっと心で苦しんできたんだからさ』

[いや……俺は許されてはいけない。世界を破壊しかけた罪は、いつか俺の命を以て償う。そうしなければ……俺は彼女に顔向けできない]

『そう………でもね、お兄ちゃんが自分を許せないなら、その分私が許すよ。たとえ未来永劫自分を責めるとしても、それだけ私は代わりに許し続けるから。それに……きっと、その人も私と同じ事を言うと思うよ』

[…………やれやれ、そこまでして俺を許そうとは、とんだ幽霊を拾ってしまったものだ]

だが……少し心が軽くなった。それぐらいは感謝してもいいかもしれない。

「ところでアルフ、そこらに開いている穴は何だ? 以前は無かった妙な気配を感じるのだが……」

「ん~多分虚数空間だよ。落ちたら魔法が使えなくて、二度と戻って来れなくなるから足を踏み外して落ちたりするんじゃないよ」

要は即死トラップだと見れば良いな。しかし……この穴からどういう訳か暗黒物質が僅かに漏れ出てきている。もしかしたら虚数空間とは暗黒物質の溜まり場なのかもしれない。中でこいつらの魔法が使えないのもそういう理由からだろうか?
それにしても、月光仔の血の警告はもしや虚数空間の事なのか? ただ避ければいいだけならわざわざ警告しなくても自分で注意するが……それだけじゃない予感がある……。

そのまま魔導炉までの道案内で先導するアルフに続くと、少し荘厳な扉の前にたどり着いた。その先に傀儡兵の気配を感じた俺は扉を僅かに開けて、中にグレネード・ナイトメアを放り込む。ダーク属性の爆風が部屋の中を蹂躙していく音が響き、収まってから入ってみると傀儡兵をことごとく一掃できていた。

「あらら~一発で薙ぎ倒しちゃうとは……さっきまでのあたしらの苦戦が嘘のように思えてきたよ」

「悪いがそういうものだからしょうがない。それにグレネードはもう弾切れだ」

「え、マジ?」

「ああ。世紀末世界でも補充しないまま戦い続けてきた結果、この世界に来た時点で残弾は2発だけだったのだ」

暗黒城でジャンゴと戦ってから補充する機会が無かったからな。念のため大事にとっておいたが、使うべき時に使わない愚を犯すつもりはない。ま、使えば無くなるのは自然の摂理だから仕方ないか。それにグレネードの重量が減った事で攻撃力が減りはしたものの、取り回しやすくなった事で機動力が増したから、何もマイナスばかりではない。

「さて……この機械が魔導炉か、案外大きいな」

「まあね。で、これを壊せば時の庭園の傀儡兵や施設に大きな影響が出るはず……」

「そうか。なら破壊するぞ、アルフ」

合図を出し、俺とアルフで魔導炉に総攻撃する。様々な部分が壊れてへし折れた魔導炉からエネルギーの対流が消失すると、周囲に漂うプレッシャーが僅かに抑えられる。

「よし、こちらの目的は完了した。フェイト達と合流するぞ」

「オッケー! フェイト、無事でいてよ……!」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


その頃、アースラ内部。

「皆……大丈夫やろか……」

「なのはちゃん……フェイトちゃん……サバタさん……」

「はやて、すずか、二人とも皆が心配なのもわかるけど信じるしかないわ。かくいう私だって恭也が気になってしょうがないんだけど、魔法相手じゃどうしようもないしね」

はやてとすずかにとって忍の言葉は確かにその通りだが、そう素直に受け入れがたいのも事実だった。可能なら皆の力になりたい、でも魔法が使えない。その事実は彼女達の心に無力感を味わわせた。
その光景を艦橋から見ていたリンディはアースラのディストーションシールドを利用して次元震を抑えながら、事態の解決には本来関係ないはずの子供達に任せるしかない現状に歯がゆさを感じていた。

「(次元世界の問題を持ち込んで迷惑をかけ、戦力不足だからという理由で子供を前線に送る。私たち大人が負うべき責任を子供に背負わせるなんて、色々とままならないわね……。だからせめて責任を持って次元震を抑えておかないと、管理局の大人として恥ずかしいどころじゃ―――――ッ!?)」

咄嗟の回避。リンディが先程まで居た場所をどこからか放たれたチャクラムが切り裂き、殺意のこもった不意打ちにリンディは背筋に冷たい汗を流した。

「誰ですかッ!?」

チャクラムが戻って行く方に振り返ったリンディが見たものは……、

「おや、避けられましたか……まあいいでしょう」

「“白装束の少年”……あなたは、まさかイモータル!?」

「ウフフフフ……ようやく、我が宿願の時が訪れました。世紀末世界ではあろうことか太陽少年に妨害されて為せなかった我が野望を、今度こそ成就させてみせましょう」

「生憎だけど、黙って見過ごすはいかないの。あなたがイモータルならそれが人類にとって害にしかならない計画であることは間違いない。あなたを捕まえてその計画を止めて見せるわ」

「おやおや、たかが人間ごときがこのわたくしを捕まえられるとでも?」

「あら、人間の力をあまり舐めない方が良いわよ。先程の言葉からあなたも一度人間に敗れているみたいだし、私たちの世界を守るのはこの世界に生きる私たちの務めだもの。世紀末世界の人にできて私たちに出来ない道理はないわ!」

「……いいでしょう、では証明してみなさい。もっとも……それが出来るのならね!」

対峙していたリンディと“白装束の少年”がぶつかる……かと思いきや、少年は不敵に笑うだけで攻撃はしてこなかった。何をしてくるかわからず警戒していたリンディの耳元に、突然少女達の悲鳴が響き渡る。

「な、なにっ!?」

少年に対する警戒を緩めないまま、リンディは艦内に通信を繋げる。その際視界で以前も現れたヴァンパイアが月村すずかを捕えてアースラから脱出してしまっていた。咄嗟にチェーンバインドを放つリンディだったが、魔力の鎖はヴァンパイアにたどり着く前に“白装束の少年”から放たれた鞭で弾かれてしまう。

「あなた達……! 彼女をさらってどうするつもりですか!」

「いずれわかりますよ。それより他の人間の様子を確認してはどうですか? 彼の事だ、放っておけば死に至る傷を負った者もいるかもしれませんよ? ウフフフフ……」

「……くっ!」

艦長として他のクルーや地球の関係者の命も預かっている以上、月村すずか一人に意識を集中させる訳にもいかないリンディは歯噛みしながら艦内の様子を確認する。映し出された映像では突然襲ってきたヴァンパイアと戦った局員が通路や部屋で血を流して倒れていた。
そして先程まですずか達がいたブリッジでは、車イスから転げ落ちて動けない自分に無力を感じ涙を流すはやて、主を守ろうとしたものの力及ばず倒れているノエルとファリン、大事な妹を取り戻そうと傷だらけの身体で這ってでも追い掛けようとする忍の姿があった。

「あのヴァンパイアはわたくしの完全な手駒です。月村すずかはわたくしの手中に落ち、彼女の生殺与奪もわたくしの意のままです」

「卑怯な……!」

「あなたの悔しがる顔も中々見物ですが、ここの用事は済みました。あなた方は自らの力不足を思い知りながら、そこでわたくしの目的が成就される様を見届けるがいい!」

「なっ! 待ちなさい!!」

慌ててリングバインドを放つリンディだったが、そこにいた少年は異次元転移で姿を消してしまった。さらわれたすずかの身を案じるが、自分がここから離れたら次元震が発生してしまうため結局動けず、全ては時の庭園に突入した彼らに託された。

「ごめんなさい、すずかさん。ごめんなさい、サバタさん……彼女を……頼みます」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「母さん、お話しがあります。……最初はアリシアの代わりとして私は生まれたのかもしれません。けど、私は母さんの娘です」

「だから何? 所詮はアリシアの出来損ないの人形のくせに」

玉座の間、そこでフェイト達とプレシアは相対していた。フェイトが自分の心中を語るものの、プレシアはそれを一蹴する。もはや相容れない思想に、フェイトはプレシアを実力行使してでも止めようと戦闘態勢に入る。それに呼応してなのは達もそれぞれの武器を構える。

そして始まる魔法戦。アリシアの遺体が入ったポッドを背後に、ジュエルシードの無尽蔵な魔力に物を言わして強力な雷撃を放つプレシア。対するフェイト達はそれを避けながら、しかし雷撃のあまりの威力にかするだけで蓄積していくダメージで苦戦を強いられていた。未だ収まらないジュエルシードの暴走、それによって更に広がって行く虚数空間の穴。そして……、

ドゴンッ………!!

『ッ!??』

突如戦いとは関係ない、凄まじい振動が時の庭園を襲う。突発的な事態に一瞬硬直するフェイト達をすかさずプレシアは雷撃で薙ぎ払い、弾き飛ばされてしまった彼女達は迂闊に近づけなくなる。

「う……かあさ……!」

「……邪魔者はそこで大人しくしていなさい」

そう言葉を投げ捨てたプレシアはアリシアのポッドに近寄っていき、愛おしそうにポッドの表面を撫でる。

「もうすぐ……もうすぐあなたを生き返らせてあげるわ、アリシア……」

その光景を前にして届かない想いを抱くフェイト達。このままではプレシアを止められず、彼女は虚数空間へと身を投げてしまう。そうなってはここまで来た意味が無い。しかしあの雷撃はまともに直撃すれば撃墜する威力を誇るため、彼女達には打つ手が無かった。それでも手を伸ばすフェイトは、必死に彼が来る事を願った。そして………叶った。

「…………あなたも来たのね、サバタ……」

「お兄ちゃん……」

おぼつかない足取りで母の下に行こうとしたフェイトの手を軽く掴んでおく。後ろから追いかけてきたアルフが悲しげな顔のフェイトを見て、憎々しげにプレシアを睨み付ける。

「……プレシア、虚数空間の穴を閉じろ」

怒りの表情を浮かべるアルフを横目に俺は静かな口調でそう言い、暗黒銃をプレシアに突き付ける。プレシアは狂気に満ちた笑みを浮かべながら返答する。

「そうはいかないのよ。この時を私がどれだけ待ち望んだか、あなたにはわかる?」

「ああ、わからないな。おまえが娘を失ってからどれだけ苦しんできたのか、俺なんかでは想像も出来ないだろう」

「なら邪魔しないでくれる? 約束通りその人形はあなたにくれてやるから、後は好きなようにしなさい」

「そうはいかない。おまえがアルハザードに行こうが、アリシアを生き返らせようが正直な所どうでもいい。しかし……虚数空間に通じる穴だけは今すぐ閉ざせ」

「は? アルハザードは虚数空間の先にあるのよ。それなのに虚数空間の穴を閉ざせなんて、どういうつもりよ?」

「このままではヤツが来る……! 全てを破壊する獣が……俺と共にこちら側に来てしまったヤツが!!」

ドゴンッ………!!!!!

先程よりも激しい振動。時の庭園の一部がその振動で更に崩れていく中、俺はプレシアの背後に開いていた一際巨大な虚数空間の穴から這い出てきたバケモノを視認し、間に合わなかったかと憎々しく舌打ちする。

「な、なに……これ?」

プレシアは自らの目を疑う存在を見て呆然としていた。人の身をはるかに上回る巨大な白い人骨の右手、黒い人骨の左手、それが虚数空間の穴の縁を掴み、本体を現実世界に引きずり出そうとしていた。

「俺と分離してどこに行ったのかと思えば、まさか虚数空間の中にいたとはつい先程まで想像もつかなかった……。だが来てしまった以上、ここで食い止めるしかない! さて、おまえ達全員、今の内に覚悟しておけ!」

「覚悟って、お兄ちゃん……何を……」

「言わなくともわかるだろう、コイツから漂う“死”の気配を。星をも破滅させる圧倒的な破壊衝動が!」

そう言っている間にヤツは虚数空間から一気に乗り出し、現実世界に現出してしまった。恐竜の骨格のような大あご、それに守られる単眼、背中に無数に突き刺さった剣、ガイコツで構成された身体。全身から漂う圧倒的な“死”のプレッシャー。

ギィィィイィィィイィィィッッッ!!!!

ヤツの金切り声が時の庭園全体に轟き、この場にいる全員が凄まじい怖気を感じていた。そして……俺はこのバケモノの名を口にする。

「これも因果か……今度こそ永遠の眠りについてもらうぞ! 破壊の獣、ヴァナルガンド!!」

世紀末世界より続いた破壊の獣との決戦は、ここに再び開かれる事となった。



さて……俺がヴァナルガンドの存在に気付いたのは、少し前に時の庭園を襲った振動によってである。あの地震は虚数空間の奥から這い出ようとしていたヴァナルガンドによって引き起こされたものであり、その際ヤツの身体から大量の暗黒物質が溢れ出て来ていた。アルフと共に玉座の間に急いでいた俺は、その暗黒物質によってヴァナルガンドの気配を察知し、ヤツを解き放てばこの世界の地球だけでなく次元世界全ての生命が滅ぶと判断した。そのためプレシアにすぐ虚数空間の穴を塞ぐよう言ったのだが……結局間に合わなかった訳だ。

再びヴァナルガンドが雄叫びを上げると、胴体から発せられる凄まじい力でこの部屋にいる存在全てを吸収しようとしてきた。

「くっ……! 不足している月下美人の力を求め、再び俺を取り込むつもりか!」

プレシアも含めた全員がその場に踏み止まって堪えるが、吸引に耐え切れず留め具が壊れて、アリシアの遺体が入ったポッドが吸い込まれてしまった。ヴァナルガンドの顎に挟まったポッドが噛み付かれた力に徐々に耐えられなくなり亀裂が走る。

「ア、アリシアッ!!」

逆鱗に触れられたプレシアがサンダーレイジをヴァナルガンドに何度も放ち、アリシアを取り戻そうと躍起になる。しかし……その努力は叶わず、ポッドは砕け散り……。

グシャァ!!――――ゴクンッ……!

『ッ!!』

アリシアが咀嚼され飲み込まれる音が変に大きく耳に響いた。いくら亡骸といえども、人間が飲み込まれる光景を目の当たりにしてしまったフェイトやなのは達は口を抑えて気分が悪そうにうずくまってしまう。特にフェイトはオリジナルであるため自分とそっくりなアリシアが体内に取り込まれた事で、同じように自分が飲み込まれる錯覚をしてしまい、精神的に激しく動揺していた。

「ぁ………ぁ、ぁ、ぁああぁあああぁああっっ!!!!!!!!」

そしてこれまでも十分荒れていたプレシアは更に狂ってしまい、怒りに任せてジュエルシードから強引に引き出した魔力を使ってサンダーレイジを無数にぶつけていた。

『わ、私の本体が……食べられちゃった……』

[落ち着けアリシア、ひとまずこの前の時のように俺の中に戻ってろ。なにせヴァナルガンドが相手だ、幽霊だろうと無事では済まない可能性がある]

『うん、わかってる……けど……悔しいよ。今の私は実体も持たず、何の役にも立たない。目の前でママが、お兄ちゃんが、フェイトや皆が戦っているのに、私だけ何にもしていない……!』

[……今は何も出来ずとも、いずれおまえの存在が必要な時が必ず訪れる。それまで心を強く持て]

『心を強く……か。幽霊の私に出来るかわからないけどやってみるよ、お兄ちゃん!』

そう鼓舞したアリシアの霊体が俺の中に入り込み、こちらの戦闘態勢が整う。
未だに周囲の物質を吸収しながらヴァナルガンドが両手で振るってきた拳をゼロシフトでどうにか回避、視界の端でプレシアも同様に飛びずさってかわしていた。
この吸引と先程のグロテスクな光景から受けた精神的ショックの影響で他の連中はまともに動けない。それに夢の中でとはいえ、一度戦った時に暗黒銃の攻撃はあまり通らないと把握している。そのため……、

「チッ! 現状ではヤツとまともに対抗する術が無い!」

それに何度も胴体に直撃を受けて少なからずダメージを受けていてもおかしくないプレシアの雷撃も、どういう訳かあまり効いていないように見える。その理由を考えて辺りを見渡し、ふと気づいた。

ここには太陽の光がない。

月の遺跡でジャンゴと戦った際はカーミラの石化能力による援護もあって、ヴァナルガンドを一時的に弱らせる事は出来た。しかし最終的には皆既月食の影からヤツを引きずり出し、取り込まれたおてんこに力を注ぐべく太陽の光を直に浴びせた。そう考えると彼女の魔法攻撃が効いていないのは、暗黒物質によって弱められたからだけではなく、そもそもダメージを与えられる状態になっていない事が原因となる。サン・ミゲルのヨルムンガンドも太陽の光があって初めて攻撃が通るようになっていた事から、この推測は間違っていないと思われる。

「何とかしてヤツに太陽の光を浴びせなければ……!」

となると一度退避して地球に……いや、俺達が退けばヴァナルガンドは間違いなく追って来るだろうが、アースラに取り付かれれば一巻の終わりだ。あの戦艦のバリアは魔力で構成されているから、暗黒物質の塊も同然のヴァナルガンド相手ではまともに耐えられない。それに……!

「ああああああ!! 私のアリシアを返せぇえええ! このバケモノッ!!」

次元をも超えるプレシアの強力な雷撃にひるまず、ヴァナルガンドはその顎を彼女の正面に向ける。目を細めてヤツの力が集束を感知した俺は急ぎプレシアを掌底で弾き、射線上から押し出す。

「なっ!?」

一瞬我に返ったプレシアが俺を見て驚くが、その直後、俺の視界全てが光で覆われて飲み込まれる。

「グワアアアアアアッ!!」

ソル属性の破壊光線。

俺も一度味わった事がある圧倒的な集束砲撃。砲撃跡はまるで地面がえぐれたかのように削れ、空虚な空間を生み出していた。殲滅に特化した砲撃をまたしても受けてしまった俺は、全身がマグマに落ちたような大ダメージを受け、ごぽっと口から血の塊が吹き出す。

「お兄ちゃぁああああん!!」

フェイトの叫び声が聞こえてくるが、今は彼女に返事が出来る状態では無かった。砲撃をまともに喰らったせいで身体がイカレ、膝をついてしゃがんではいるが立ち上がる事すら出来なくなってしまった。

「またしても残念でしたね、サバタさん」

その時、動けなくなった俺の前に“白装束の少年”が転移で突如現れた。

「クッ……やはり……貴様も来ていたか……“人形使いラタトスク”!」

ヴァナルガンドの傍に現れた“白装束の少年”。俺を再び闇に陥れたイモータルの登場に一同が騒然とする中、俺はまたしてもヤツの所業に憤った。その原因であるヤツが手に抱えているものになのはは叫ぶ。

「すずかちゃん!!」

「な、なのはちゃん! サバタさん!!」

すずかは必死に助けを求めていたが、ラタトスクは仮にも暗黒仔、生半可な相手ではない。それよりヤツの目的は……!

「お久しぶりですね、サバタさん。またあなたとこうして会えて、胸糞悪い程嬉しいですよ」

「こっちは二度と顔も見たくなかったがな、ラタトスク。……貴様、月村すずかをどうするつもりだ?」

「あなたなら既に想像はつくはずです。人形使いと呼ばれるわたくしにも、絶対存在(エターナル)であるヴァナルガンドを操る事など出来はしない。そのためにわたくしはかつて世紀末世界であなたの月の巫女(月下美人)の力を利用しようとした。それはあなたもよく知っているでしょう?」

「ああ、忘れがたい悪夢だ。だがそれがどうして月村すずかと繋がる? ヴァナルガンドを操ろうとするなら本来、月下美人の力を持つ俺を狙うはずだ」

「確かにその考えは間違いではありません。しかし……前回、あなたは贄に捧げた後もわたくしの支配にずっと抵抗し続けていた。それは結果的にヴァナルガンドを完全に操る事が出来ない可能性に繋がります。それではわたくしの野望は真の意味で実現できません。しかし世紀末世界では月光仔の血を持つ者が暗黒少年のあなたと、太陽の力を操るあなたの弟太陽少年ジャンゴしかいませんでした。ですが……この世界の夜の一族、月村には世紀末世界の月光仔とほぼ同じ血が通っている! そして月下美人に最も近い素質を持ち、かつわたくしの支配に抵抗できない脆弱な意思を持つ者、その条件を満たすのがこの月村すずかなのです」

ラタトスクの語った内容にクロノ達は動揺し、恭也はアースラに残して来た忍たちの身を案じながら憤っていた。そして俺はこれまでヴァンパイアが現れた場面の共通点を思い返し、気づいた。そこには必ず月村すずかがいた事を。という事は最初から……俺が目覚めたあの夜からラタトスクはヴァンパイアを利用して、彼女を狙っていたのか!

「……月村すずかを俺の代わりにヴァナルガンドの贄に捧げ、破壊の王として君臨する計画。それが貴様の目的か!」

「ご明察です。そして……抗う力もとうに失ったあなたではもう止められません。計画は既に最終段階に入っているのですから!」

ヴァナルガンドの方に振り返ったラタトスクがすずかを抱えている腕を振り上げる。ヤツがこれからやる事を察した俺は全身に鞭を打ち、立ち上がる。

「た、助けて!! サバタさぁあああああん!!!」

「くそっ、やらせはせんッ!!!」

ラタトスクはすずかをヴァナルガンドに向けて放り投げ、俺は必死に助けを乞うすずかの手を目掛けて走る。だが走りだけでは届かないと判断した俺はジャンプして飛び込み、彼女に向けて手を伸ばす。そして俺と彼女が出すその手が重なり合った瞬間、


ギィィィイィィィイィィィッッッ!!!!

二人とも、破壊の獣へ取り込まれた……。


 
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