FAIRY TAIL ―Memory Jewel―
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第1章 薔薇の女帝編
Story8 妖精の背徳
前書き
更新遅れてスミマセンでした!紺碧の海です!
今回は妖精と女帝の激しい攻防戦の開幕です。・・・と言っても、ナツとアオイとハッピーVSミルバとジュナと、ルーシィとコテツVSチェルシーとグラミーだけなんですが。その前に“見たものを石化させる魔法を使う魔道士”の意外な正体が明らかに―――――!?
それでは、Story8・・・スタート!
―薔薇の女帝 “秘密の部屋”―
闇ギルド、薔薇の女帝にはギルドの魔道士達しかその存在を知らない、“秘密の部屋”と呼ばれる部屋がある。その部屋の艶のある黒いペンキで塗られた扉の向こうに彼女達はいた。
“秘密の部屋”に初めて入る者は、まず初めに部屋の光景に驚くだろう。部屋の内部は四方八方、どこを見回しても黒、黒、黒。大きな革製のソファ、高級感満載のふわふわのカーペット、傷一つないテーブルに、そのテーブルに置かれた花瓶と生けられた数本の薔薇までもが黒なのだ。
黒で覆われた部屋の中央で、ウェーブの掛かった長い黒髪に大きくスリットの入った黒いワンピース、頭と胸に黒い薔薇を飾って優雅にティータイムを味わっているのは、薔薇の女帝の長、マリーナ・ファージュだ。紅茶が注がれたティーポットとティーカップまで黒なのは敢えて目を瞑っておこう。
その隣で金髪の巻き毛にロリータ調の黄色で白のフリルであしらったワンピース、フレームに黄色い薔薇の模様が描かれた眼鏡を掛けて足をぶらぶらさせながらビスケットを食べているのは、薔薇の女帝の魔道士の1人、モカ・バニティだ。ウェンディよりも年下の彼女だが、これでも立派な薔薇の女帝の魔道士である。
「モカ、どうしたの?可愛いお顔が台無しよ。」
マリーナが隣でビスケットを食べているモカの顔を不思議そうに覗き込む。
さっきからモカは脹れっ面をしたままなのだ。ビスケットのカスをボロボロと膝の上に零しながらモカは口を開いた。
「だって、皆モカを置き去りにして妖精の殲滅に行っちゃったんだもん。普段は戦わないエミリアとアイムまで・・・」
そこまで言うとモカは手に残っていたビスケットの欠片を口に放り込み呟いた。
「モカも、妖精の殲滅に行きたかったのに・・・」
どうやらモカは不貞腐れているようだ。
それを見たマリーナはティーッカップを受け皿に上に置くと、モカの頭を優しく撫でた。
「モカの気持ちは分かるわ。でもね、モカはこの後、“奴隷を石化させる”っていう、モカにしか出来ない大切な仕事があるんだから。」
そう。最近世間で噂になっている“見たものを石化させる魔法を使う魔道士”はこの幼い少女―――モカ・バニティの事だったのだ。
「モカにしか出来ないの?」
「そうよ。」
マリーナの言葉を嬉しそうにモカは鸚鵡返しで繰り返す。マリーナはモカの頭を優しく撫でながら、
「だから、ガマンしてね?」
優しく囁いた。
その言葉にモカは「うん!」と元気良く頷くと、ぴょんっ、とソファから飛び降りると扉に駆け寄った。
「どこ行くのモカ?」
「奴隷がいる地下。ねぇ、奴隷の様子見に行っても良いでしょぉ?」
「うーん・・・そうねぇ・・・」
顎に指を添えてしばらく考えた後、マリーナは観念したように添えていた指で〇を示した。
「ヤッター!」
「ただし、絶対に石化させちゃダメよ?売り飛ばす前日に石化させるのが、奴隷の本来の美しさを一番保てるんだから。」
「うん、分かった!マスター、ありがとー!」
そう言い残すと、モカは“秘密の部屋”を元気良く飛び出して行った。
1人“秘密の部屋”に取り残されたマリーナは、再びティーカップを持ち上げ紅茶を啜った。紅茶特有の香りはまだ残っていたが、すでに冷めていた。
そうやってマリーナは1人、“秘密の部屋”で時間を持て余していたがやがて独り言のように小さく呟いた。
「・・・モカの気持ちも、分からなくはないわね。」
ソファから立ち上がると、黒いワンピースの裾をひるがえしながら“秘密の部屋”を出て行った。
バタン、と扉が閉まったのとほぼ同時に、テーブルの上に置かれた花瓶に生けられた黒い薔薇の花弁が一片、儚く床に散った。
―3番通路―
「スチールメイク、槍騎兵ッ!」
ミルバが手を広げたのと同時に、無数の鋼の槍がナツとアオイに向かって一直線に襲い掛かってきた。2人はミルバの攻撃を同時に跳んで避けた。
「赤い紐!」
その頃合を待っていたかのように、ジュナが右手に赤い魔法陣を展開し、そこから飛び出した赤いリボンがナツの左足を絡め取った。
「お?」
「ナツ!」
「鋼鉄砲ッ!」
「ぐァアア!」
「アオイ!」
リボンを切ろうと青竜刀を振ろうとしたアオイの脇腹に、鋼の砲弾が直撃し遥か彼方を吹っ飛んで行った。
「そぉーっれ!」
「うぉああぁあああああ!」
ジュナは細い腕だけの力とは到底思えないほどの腕力でリボンで左足を絡め取られたままのナツをぐるんぐるんと振り回す。ナツはされるがままに振り回される。
「ぅ・・ぅぷ・・・」
そして、こんな非常事態でも乗り物酔い・・・いや、リボン酔いに襲われる。
「アハハハハ!なーにコイツ?すっごい弱ーい!」
「ナツを離せーっ!」
ジュナの背後からハッピーが飛び掛ろうとするが、ジュナはハッピーの長い尻尾を鷲掴みにすると、ぐるんぐるんと数回振り回すとゴミのように投げ捨てた。
「ふぎゃ!」
「ハッピー!」
壁に激突したハッピーはそのまま気を失った。
立ち上がり駆け出そうとしたアオイの前にミルバが立ちはだかった。
「お前の相手はこの俺だ。」
自分に親指を向けてミルバが言った。チッ、と舌打ちをした後、アオイは青竜刀を構え直し駆け出した。
「青竜・水斬!」
白銀の刀身が淡い青色に光り出し、ミルバの頭上で大きく振るった。が―――――
「!!?」
「なかなかの刀さばきだとは思うが・・・“闇”の人間相手じゃまだまだだな。」
青竜刀の刃先はいつの間にか造形して造った鋼の剣で受け止められていた。
アオイとミルバは一度互いに距離を取った。先に行動に出たのはミルバだった。
「スチールメイク、大槌兵ッ!」
アオイの頭上に巨大な鋼の大槌兵を造形するとそのまま真っ直ぐ振り落とした。すぐさまミルバの攻撃を跳んで避けたアオイはある事に気づいた。
「・・・お前、片手で造形してるのか?」
「ア?そうだけど、それがどうかしたのか?」
「・・・いや、何でもねェ。」
口ではそう言ったものの、アオイの口元に薄く笑みが浮かんでた事にミルバは気づかなかった。
「やーーーっ!」
「・・ぅ・・・ぅおお・・おぁあ・・・」
ミルバの後ろでは相変わらずジュナがナツをぐるんぐるん振り回してる。
「スチールメイク、施条銃ッ!」
ミルバは鋼の施条銃の銃口をアオイに向けると、
「乱射ァ!」
無数の鋼の弾丸をアオイに向かって放った。放たれた弾丸をアオイは青竜刀でミルバに向かって次々と跳ね返していく。
「!」
何かを思いついたのか、僅かにアオイの表情が変わった事にミルバは気づかなかった。
放たれた弾丸は青竜刀によって次々と跳ね返されるが、ミルバには一向に当たる気配が無かった。
「ハハッ!当たんなきゃ跳ね返す意味ねーじゃん!」
「意味あるから跳ね返してんだろーがっ!それに、ハナッからお前なんか狙ってねェよっ!」
「はっ?」
すると、跳ね返された弾丸の1つがミルバの肩越しをすり抜け、ミルバの後ろにいたナツの左足を絡めている赤いリボンを貫いた。
「なっ!?」
「あーーーーーっ!」
「うぉぉ・・・」
ミルバとジュナはそれぞれ驚嘆の声を上げ、顔面蒼白のナツはそのまま真っ逆さまに落下していき、床に顔面強打した為「ごべっ!」と変な声を上げた。
「ちょっとミルバ!どこ狙って撃ってるのよォ!?」
「お、俺じゃねェって!アイツが・・・!・・ま、まさ・・か・・・!?」
目を見開いたままのミルバが視線をアオイに戻すと、アオイは青竜刀を肩に抱え、得意げな笑みを口元に浮かばせながら言い放った。
「言っただろ?“意味あるから”、“ハナッからお前なんか狙ってねェ”って。」
そう。アオイが弾丸を跳ね返していた理由は、“ナツを助ける”というちゃんとした理由があったのだ。
「あーもう!この能無し鋼男!アンタはもうじっとしててっ!」
どうやらかなりの短気、らしいジュナはミルバに向かって怒鳴り散らすと両手に赤色の魔法陣を展開した。
「炎モード、発動!」
展開した赤色の魔法陣が鮮やかな臙脂色に変わり、紅蓮の炎を纏ったリボンが飛び出した。
「炎の紐!」
炎のリボンはナツに向かって一直線に襲い掛かっていく。
「ナツ!起きろォ!」
アオイが叫ぶが先程までリボン酔いに襲われていたナツは起き上がる事が出来ない。それどころか目を回し、頭上に星がくるくる回っている状態だ。
「ナツ!火だっ!火ッ!」
ナツの大好物である火を耳にすれば起き上がると思ったが、ナツが起き上がる気配は無い。
アオイは考えた末、奥の手である言葉を可能な限りの声で叫んだ。
「ナツーーーっ!イグニールが目の前にいるぞーーーーーっ!」
ナツの両耳がピクッ、と反応したのと同時にガバァ!と起き上がった。
「イグニールがっ!?どこにい゛ア゛!!?」
「どこにいるんだっ!?」と言おうとしたナツの口に、炎のリボンが自分から飛び込んだ。
「えっ・・」
「あ。」
「おしっ!」
ジュナが小さく驚嘆の声を上げ、ミルバは口をあんぐりさせ、アオイはガッツポーズを取った。
「何だ・・コレぁ?・・・でも、美味いなコレ。」
ナツは突然自分の口の中に飛び込んで来た炎のリボンをガブガブ、もぐもぐ、ムシャムシャとむさぼるように食い尽くしていく。
「なっ・・なっ・・なっ・・!」
「・・・・・」
「いつ見ても、気味悪ィぜ。」
ミルバとジュナは完全に言葉を失い、アオイは面白可笑しそうな笑みを浮かべながら呟いた。
「ふー。ごちそう様でした。」
炎のリボンを最後の切れ端まで食い尽くしたナツは口を拭いながら立ち上がった。そして辺りをきょろきょろ見回し視界にアオイを捉えると、
「おいアオイー!イグニールはどこだっ!?」
「あ、悪ィ。・・・俺の幻覚だったみてーだ。」
「ンだとコラァーーーっ!」
「まぁまぁ、美味い炎が食えたんだ。それでチャラにしてくれよ。な?」
「・・・しゃーねェな。」
ナツは気を失っているハッピーを拾い上げながら歩み寄って来るアオイに、今にも噛みつくような勢いで怒鳴るが、手で制しながら言うアオイの言葉に渋々納得する。
「おいハッピー、いい加減起きろ。」
「・・ん・・・あい・・・お魚~・・・」
「寝ぼけてんじゃねーっ!」
寝ぼけて変な事を言うハッピーの額をナツがぺしっ!と叩く。
「わーーーっ!・・・あれ?オイラどうしたんだっけ?」
「振り回されて、顔面打って、気を失って、今目が覚めた。」
「あ、そうだ。・・・はっ!そうだナツはっ!?」
「振り回されて、酔って、俺が助けて、炎を食って、今復活した。で、今に至る。」
今まで気を失っていたハッピーにアオイが今までの経緯と今の現状を簡潔に説明した。
「コイツ等・・・完全に俺達の事忘れてやがる・・・!」
「思った以上に時間を食っちゃったわね。一刻も早く片付けましょ。」
「おぅ。」
忘れられている(?)ミルバとジュナが戦闘体勢を取る。
「で、俺達の目的って何だっけ?」
「薔薇の女帝の魔道士・・・つまりアイツ等を倒して、シャルル達の居場所を聞き出す事だよ。」
「おー、そうだったそうだった。」
「肝心な事を忘れるなよ・・・」
ナツは握り締めた右拳に灼熱の炎を纏うと、目の前にいるミルバとジュナを猫のような吊り気味の目を更に吊り上がらせて睨み付ける。アオイは青竜刀を構え直すと、ナツ同様目の前にいるミルバとジュナを青玉のような吊り気味の目を更に吊り上がらせて睨み付ける。ナツとアオイの眼光の鋭さに、ミルバとジュナは震え上がった。
「存分に酔わしてくれた事と美味い炎を食わしてくれた事にお礼しねェとな。」
「正しくは、“妖精の反撃開始”な。」
「2人とも頑張れーっ!」
ナツは不気味に、アオイは妖艶に微笑んだ。
―1番通路―
「開け!巨蟹宮の扉!キャンサー!」
金色の魔法陣が展開し姿を現したのは、青いストライプ柄のシャツにサングラス、特徴的の髪型に両手に鋏を持った黄道十二門の星霊の1体、巨蟹宮のキャンサーだった。
「ルーシィ、今日はどんな髪型にするエビ?」
「毎度毎度、いい加減空気読んでくれる!?」
「星霊魔道士!?しかも黄道十二門!?」
「カニーっ?エビーっ?いったいーっ、どっちーっ?」
普段はルーシィのヘアスタイルを担当しているキャンサーの呑気な言葉にルーシィは透かさずツッコミを入れる。
チェルシーはルーシィが数少ない星霊魔道士であり、世界の12個しかない黄道十二門の鍵の星霊と契約している事に驚嘆の声を上げ、それとは裏腹にグラミーはキャンサーが蟹か海老か分からなくなっているみたいだった。
そして、この場で最も不似合いな言動をする者が1人―――――。
「あ、久しぶりキャンサー!元気だった?」
「コテツ殿、お久しぶりエビ。」
「アンタ等どういう関係よーーーっ!?ていうか“殿”ってなによ“殿”って!?」
まるで友人のようにキャンサーに言葉を交わすコテツ。それに何の疑問も持たずに答えるキャンサー・・・どう考えても、ツッコまずにはいられない状況だ。
(まただ―――――・・・)
そして、こういう状況はこれが初めてではない事にルーシィは最初から気づいていた。
以前【モミジ山の巨大生物討伐 80万J】というクエストに最強チームで行った時、その山に住むゴバイロンを倒そうと黄道十二門の1体、金牛宮のタウロスを呼び出した時も、
『あ、タウロス!相変わらず元気そうだね。』
『コテツさんも、MO元気そうで何よりです。』
この時もルーシィは透かさずツッコミを入れた。この2つ以外もあるが、書いていたら一向に終わらないのでここで強制終了しよう。
モミジ山の時は聞きそびれたが、ルーシィは今回星霊を呼び出したら絶対に聞こうと思っていた事を聞くことにした。
「ちょっとキャンサー!何でコテツに“殿”付けで呼んでるのよ!?キャンサーだけじゃないわ!タウロスは“さん”付け!バルゴは“彦”!あのアクエリアスなんてアンタに“敬語”で喋ってたじゃない!」
問われた当の本人達はきょとん、とした顔をしていた。そのあどけない表情にルーシィは面食らうが答えが返ってくるのを待っていた。―――――が、その待ち時間は全て水の泡になった。
「ひょっとしてルーシィ、僕に嫉妬?」
「えっ?」
「そっか~。契約者のルーシィより、身分が上、みたいな呼び方を星霊達にされると嫉妬しちゃうのか~。」
「ち、違う!そんなんじゃ・・・」
「アハハ!別に隠さなくても良いのに。ねっ、キャンサー?」
「エビ。」
「キャンサーまでェ!?ホントに違うんだってばー!」
話の内容がいつの間にかズレてしまっている。
ルーシィはコテツとキャンサーの勘違いを必死に否定するが2人は聴く耳を持たない。
「星霊魔道士って、嫉妬深いのね。」
「嫉妬ーっ、深いーっ、奴はーっ、嫌われーっ、ちゃうよーっ。キャハハーっ!」
「もーっ!だから違うってばーっ!」
仕舞いには敵であるはずのチェルシーとグラミーにまで勘違いされ、この2人の誤解も必死に解かなければならなかった。
「後で「まだあの事は誰にも言わないで」って皆に伝えてくれるかい?あ、もちろんルーシィにも言っちゃダメだからね?」
「了解しましたエビ。」
キャンサーの右肩に手を添えたコテツが、キャンサーの耳元で何かを囁いた事にルーシィが気づく事は無かった。
(ルーシィ、心配は要らない。必ず分かる時が来るから。いつか、きっと―――――。)
心の中でルーシィに呼びかけ、コテツは悲しげに微笑んだ。
「とにかくキャンサー、戦闘よっ!この2人をボッコボコにやっつけっちゃってっ!」
「OKエビ。」
契約者であるルーシィの指示通り、キャンサーは両手に持った鋏をチョキチョキ鳴らしながら敵と対面する。
「蟹が相手?薔薇の女帝も舐められたものね。」
「カニーっ、なんてーっ、身をーっ、剥いてーっ、食べちゃうぞーっ!」
「た、食べ・・・!」
「ちょ、ちょっとちょっと!怖気づかないでよォ!あんなのただの脅しだから!」
笑顔で言ったグラミーの恐ろしい脅しを聞いて、1歩後退りをするキャンサーを見て慌ててルーシィが宥める。
「それに、相手はキャンサーだけじゃない事を忘れないでよ?」
話しの間に割って入ったのはコテツだった。コテツはゆっくりと目を閉じ左手を胸に当てる。
「我・・星の世界に認められ、導かれし者・・・汝、星々の力を、我に分け与えよっ!」
コテツの足元に金色の魔法陣が浮かび上がり、コテツの茶髪と額に巻いた赤い鉢巻の端を浮上させる。右手を宙に掲げると、コテツの右手に金色の光を帯びた何かが握られていた。
「・・・天秤?」
そう呟いたのはチェルシーだった。
「そう。でも、これはただの天秤じゃない。天秤座の天秤なんだ。」
「天秤座の、天秤・・・?」
ルーシィは剣咬の虎に所属している星霊魔道士、ユキノと契約している黄道十二門の1体、天秤宮のライブラを頭に思い浮かべていた。
コテツが握っている天秤座の天秤には2つの受け皿があり、それぞれの受け皿には青と紫の水晶が乗っていて水平を保ち続けていた。
「天秤座の天秤に命ずる・・・邪なる標的の重力を変えよっ!」
閉じていた黄玉のような瞳をカッ!と見開いたのと同時に、天秤座の天秤が左に傾いた。
「くっ・・!」
「うーわーっ!」
「えぇっ!?」
ルーシィは驚嘆の声を上げ目を疑った。突如、チェルシーとグラミーの身体が沈んだのだ。まるで、チェルシーとグラミーの身体が重くなったかのように―――――。
「そう。この天秤座の天秤は標的の身体の重力を変える事が出来るんだ。水平だと通常の重力が保たれてて、左に傾けば標的の身体は地面が沈まない程度で重くなり、右に傾くと標的の身体は空気と同じくらい軽くなる。」
コテツが言ったのと同時に、天秤座の天秤が右に傾いた。
「キャア!」
「わーいっ!ふわふわーっ!」
空気と同じくらい軽くなったチェルシーとグラミーの身体は宙に浮かび上がった。
「そして、この水晶を取れば・・・」
そう言いながらコテツは左手で水晶を掴み取った。
受け皿の水晶が無くなった天秤座の天秤は不思議な事に止まる事無く上下に揺れ続けているが、チェルシーとグラミーの身体は一定の高さで宙に浮いたままだ。
「何も・・起こらないけど・・・?」
「なーんだーっ、これじゃーっ、さっきとーっ、変わらないーっ。つまんないーっ。」
首を捻るルーシィと不服そうに唇を尖らせるグラミー。コテツは妖しく微笑んだまま口を開いた。
「今、君達の周りは無重力なんだ。だから身体は宙に浮いたままなのさ。」
「無重力ゥ!?」
「無重力ーっ!ふわふわーっ!楽しーっ!」
コテツの言葉にルーシィは再び驚嘆の声を上げグラミーは空中で平泳ぎの真似をした。
「あ、言い忘れてたけど、あまり喋らない方が身の為だよ。」
「えーっ?何でーっ?」
コテツの言葉にグラミーは首を傾げた。その隣で呆れた様子で額に手を当てたチェルシーが簡潔且つ的確にコテツの言葉に一手間付け足した。
「あまり喋らせないで欲しいわね。私達の周りだけ、無重力なのよ?」
「知ってるよーッ。それがーっ、どうかしたーっ?」
「・・・アンタって、ホントに大バカ野朗ね・・・・」
ため息と共に呟いたチェルシーは観念したように、大バカ野朗のグラミーでも分かるように説明した。
「無重力は慣性力が重力と釣り合っている事を言うの。これは主に宇宙で起きる現象なのよ。そして、宇宙は気圧がすごく低くて空気が無いの。」
「それでーっ?」
「・・・空気が無いって事は、息が出来ないって事なのよォ!」
「なるほどーっ。そっかーっ・・・ってえええぇぇーーーっ!?」
「遅すぎるわーっ!」
グラミーの理解能力の無さにルーシィはツッコミを入れた。
「ちょっとコテツ、ホントにあの2人の周りだけ空気が無いの?」
「え、今更何言ってるの?無重力なんだから当たり前じゃん。後1分もすれば呼吸も出来なくなると思うよ。」
「!」
「そ、そんな・・・!」
「私とーっ、チェルシーっ、絶対ーっ!絶命ーっ!」
平然と答えるコテツの言葉にルーシィは悲鳴のような声を上げ、チェルシーは言葉を失い、グラミーは無重力状態で手足をバタバタさせる(語尾を延ばす特徴的な口調のせいで慌ててるようには一切見えない)。
「大丈夫。僕は人を殺したりするほど残忍な男じゃないよ。」
そう言うとコテツは青と紫の水晶を受け皿に戻した。そのまま天秤座の天秤は左に傾き、
「うわっ!」
「おーっ、もーっ、いーっ!」
チェルシーとグラミーの身体は地面が沈まない程度で重くなる。
「ルーシィ、今だよっ!」
「あ、うん!キャンサー、お願い!」
「OKエビ!」
ずっとルーシィの横で出番を待っていたキャンサーが、身体が重い為立ち上がる事さえ出来ないチェルシーとグラミーに飛び掛ろうとした、その時だった。
突如、グラミーの背後から白い何かが飛び出した。キャンサーは瞬時にその白い何かを“危険”と察知し、その場を離れた。
「キャンサー、どうしたの?」
「何かいるエビ。」
キャンサーが持っていた鋏でその何かがいる場所を指し示した。それは球体のような形をした目も鼻も耳も無い、口だけがある白い化け物だった。
「コメル達ーっ、私達のーっ、周りのーっ、重力をーっ、全部ーっ、食っちゃってーっ。」
「シェシェシェシェシェ。」
不気味な笑い声を響かせながら、“コメル”と呼ばれた白い化け物達はグラミーの指示通りグラミーとチェルシーの周りの重力を食べ始めた。
「え・・・」
「・・どうなってるの・・・?」
ルーシィとコテツは目の前で起こっている光景をただ見ている事しか出来なかった。
カラン、とコテツの手から天秤座の天秤が落ちた。
「天秤座の重力が、効かない・・・?」
コテツが呟いたのと同時にコメル達は重力を食べ尽くしてしまったのか、さっきまで床にへばり付くように重力で押し潰されていたチェルシーとグラミーが何事も無かったように立ち上がっていた。
「この子-っ、達のーっ、名前はーっ、“コメル”-っ。ありとーっ、あらゆるーっ、ものをーっ、食べーっ、尽くすーっ、魔物-っ、だよーっ。それがーっ、例えーっ、目にーっ、見えないーっ、重力ーっ、だとーっ、してもーっ。」
「シェシェシェシェシェ。」
「あとねーっ、人のーっ、骨のーっ、髄までーっ、食べちゃうーっ、時がーっ、あるんだーっ。」
「シェシェシェシェシェ。」
5匹ほどのコメルがグラミーの頬や肩に擦り寄る。
「妖精はーっ、どんなーっ、味かなーっ?美味しいとーっ、良いねーっ♪」
「シェシェシェシェシェ。」
グラミーの妖しげな笑みとコメル達の不気味な笑い声が、ルーシィとコテツの顔がどんどん青ざめ、首筋の毛が逆立ったのは言うまでも無い。
「ちょっとグラミー、妖精を全てコメル達の餌にしないでくれる?」
チェルシーがどこからか濃い紫色の銃と鎌を取り出しながら言った。よく見ると、鎌の柄の先端には鎖が付いている。
「大丈夫ーっ!3分のーっ、1はーっ、チェルシーにーっ、あげるーっ、からーっ。」
「何で半分以下なのよっ!?」
「シェシェシェシェシェ。」
「バカにしたように笑うなーーーっ!」
グラミーの思わぬ発言とコメル達の笑い声にチェルシーは声を荒げた。
「ていうか、僕達はそのコアラの餌扱い?」
「“コメル”よっ!“コ”しか合ってないじゃない“コ”しかっ!大体どうやったら“コメル”と“コアラ”を聞き間違えるのよーっ!?」
「だって“コアラ”って聞こえたんだから仕方ないじゃん。」
こんな時でも超が付くほど呑気なコテツの言葉にルーシィは透かさずツッコミを入れた。そして珍しくルーシィのツッコミにコテツが反発した。
「・・・まぁいいわ。とにかく、急いでこの子達を倒しちゃいましょ。ウェンディ達の事が気掛かりだわ。」
「それは同感だね。」
ルーシィの言葉に天秤座の天秤を拾い上げながらコテツが同意した。
「キャンサー、お願いね!」
「OKエビ。」
「“星々の報い”は、重たいよ・・・」
ルーシィとキャンサーが戦闘態勢を取り、コテツが天秤座の天秤を左手に持ち直した。
後書き
Story8終了です!
いやー、ホントはグレイとエメラVSエミリアと、エルザとバンリVSアイムの戦闘シーンも書く予定だったんですが、思ってた以上に文字数と時間ロス・・・次回こそは!
次回は上記で言ったとおりグレイとエメラVSエミリアと、エルザとバンリVSアイムの激しい攻防戦です。
それではまた次回、お会いしましょ~!
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