武士と騎士
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8部分:第八章
第八章
「見ていたさ」
「ひいお爺ちゃんが子供の頃のことなんだ」
「そうさ。あの時の日本もイギリスも」
「どうだったの?」
「格好よかったぞ」
「そんなに?」
「ああ、格好よかった」
こう曾孫に話すのだった。
「とてもな。立派でな」
「そんなに服とか顔とかよかったんだ」
「いや、それだけじゃない」
そうした外見だけではと。違うというのだ。
「それだけじゃなくてな」
「他にも格好よかったの?」
「心が格好よかったんだ」
そうだったと。曾孫にまた話した。
「どちらもな」
「心がなんだ」
「日本は武士でイギリスは騎士で」
その二つをだ。空に見ていた。
「お互いの心を胸に戦っていたからなあ」
「だから格好よかったんだ」
「外見で格好よくはならないさ」
それは違うというのだった。
「外から格好よくしてもただ塗っただけだから」
「本物じゃないんだ」
「本物は中から出るんだ」
「中から?」
「そうさ、中からな」
曾孫に話を続ける。
「中から格好よくなるものなんだ」
「そういうものなんだ」
「それが人間だから。だから」
「中からだね」
「心からさ。ひいお爺ちゃんが御前に言いたいことはそれさ」
「武士と騎士だね」
子供はその二つの言葉を思い出していた。曽祖父が言ったその二つをだ。
「その両方だね」
「細かいことは違うけれどそれでも格好よかった」
「空にその武士と騎士がいたんだ」
「そうさ。そして戦ってね」
「格好よかった」
また曽祖父の言葉を反芻した。
「そうなんだ」
「そうさ。それじゃあ」
「うん、それじゃあ」
「御前もそうなってくれよ」
曽祖父は空から目を離した。そうしてあらためて曾孫に顔を向けた。その顔は穏やかな微笑みに満ちた実に優しく温かいものだった。
その顔でだ。自分の曾孫に話すのだった。
「本当に格好いい人にな」
「武士か騎士にだね」
「そう、心が格好よくなるんだ」
「わかったよ、僕なるよ」
曾孫は素直に曽祖父のその言葉に頷いて述べた。
「本当に格好いい人に」
「ああ。じゃあ行こう」
曽祖父はすっと後ろに向かって述べた。
「パレードがはじまるからな」
「そうだね。行こう」
「ほら、あの曲も」
それは、だった。日本人がもう忘れてしまっていた曲だった。かつてはよくかかった。忘却の中に消えようとしている曲であった。
「かかってるしね」
「あの曲は何ていうの?」
「歩兵の本領さ」
曽祖父はその曲名を今曾孫に教えた。
「日本の歌だよ」
「その日本の」
「空で戦った日本人がひいお爺ちゃん達に教えてくれた曲なんだ」
日本軍はこの国に来たのだ。そして彼等と共に戦ったのである。
「この国に来た時にね」
「そういえば軍艦マーチも」
「同じだよ、日本人が教えてくれたんだ」
「それでイギリスと戦ってたんだ」
「イギリス人も立派だった」
彼等にとって圧政者であって敵であった彼等もだというのだ。
「とてもね」
「悪い奴でも?」
「そう、騎士だった」
このことは否定しなかった。イギリスも。
「そのこともしっかりと覚えておいてくれよ」
「うん、僕忘れないよ」
曾孫は曽祖父の今の言葉にも頷いた。彼のその顔を見て笑顔になっている。
「絶対にね」
「約束だよ。じゃあ行こう」
「うん、パレードにね」
「行こうか」
ここまで話してだった。二人はそのパレードの方に向かうのだった。演奏されているのはその日本軍の歌だ。ミャンマーの青い空で戦った彼等の曲だ。演奏に使われているのはイギリスの楽器だった。武士と騎士はまだこの国に残っているのだろうか。
武士と騎士 完
2010・7・28
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