リリなのinボクらの太陽サーガ
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暗黒の戦士
「……ここはいったい……どこなんだ?」
目覚めて早々見覚えのない場所にいたことで周辺を見渡すも、全く知らない光景におれは困惑した。そもそもおれはジャンゴに言葉を伝えた後、ヴァナルガンドを墓標にして永遠の眠りにつくはずだった。なのに気づいたら海の側の倉庫街にいたのだから、状況があまりにもわかりにくい。
以前、ヴァナルガンドの夢に取り込まれた事はあったが、あの時はおれの中に流れる月の一族の血がある程度状況を教えてくれた。その後は悪夢が続いたものだが……恐らく今の状況とは関係ないだろう。
軽くため息をこぼして視線を落とすと、腰のホルダーに入っているものに気づいた。怪しく黒光りする銃だが、おれにとって最も使い慣れた武器。
【暗黒銃ガン・デル・ヘル】
「こんな所でも付いてくるとは、おれとおまえは切っても切り離せない関係らしい」
ともあれ丸腰より何倍もマシだ。もし敵と遭遇した場合、武器があるのと無いのとでは全く違う。アンデッド系には当然効きづらいが、シング系などが相手なら問題ない。それに暗黒樹にダーク属性は効果的でもあった。
素手でアンデッドすらねじ伏せる大地の巫女リタだけは別の話になるが……。
……話を戻そう。とりあえず現在は夜でライフとエナジーは満タン、手持ちの武器は暗黒銃。月光魔法ゼロシフトと月光魔法ブラックサン、暗黒転移などは使用可能。アイテム―――と言うよりバッグが無いから回復は不可能。ついでにポケットに入ってた暗黒カード……なぜあるのかはわからんが、こんな時にローンも持ちたくないから出来るだけ使わないようにしよう。ご利用は計画的に、だ。
あと体はヴァナルガンドに与えられた原種の欠片を介して再びダークマターに侵されているが、幸か不幸か原種の欠片が入っている事でパイルドライバーを使わない限り、太陽で焼かれる事はなさそうだ。ただ、ダークマターに再び侵されたという事は――――。
……待て、何か気配を感じる。この感覚は……闇の気配を限りなく薄めたものに近い。闇の一族はともかく、アンデッドの中で最下級のグールにすら届かないレベルとは随分奇妙だが、そもそもここは空気中に漂う暗黒物質の総量が異常に少ない。銀河意思ダークが手加減でもしているのか? それならそれで構わないが、いずれにせよずいぶん奇特な存在だ。念のため正体を把握しておく事に越したことはない。
「暗黒転移!」
気配が示す場所は倉庫の中で、見つからずに様子を見るため倉庫のテラスの上に暗黒転移を行う。この場所に飛んだ理由は、ここならいつでも行動を起こせるのと、相手から見てここは察知しにくい位置だからだ。こちらの存在に気付かれていないのは大きなアドバンテージでもあり、様子を知った後、状況に対する選択肢を大幅に増やす事ができる。
好都合にもカギが掛かっていない扉をわずかに開け、倉庫の中を調べる。中は無地の鉄板張りの床にスミスの孫娘と同じくらいの金髪の少女と紫の髪の少女が縛られ、正面にあまり体格に恵まれていないリーダーらしき男と、その周りに無骨な銃を持つ男が数人控えていた。ここまで近づいてわかったが、あの薄い闇の気配は実際にはおれと似た紫の髪色の少女から発せられていた。感覚だけで見るなら彼女はヴァンパイアという事になるが、それならばなぜ捕まっている?
なにやら話し声が聞こえる……。
「あ、あんた達、私達をさらってどうしようってのよ!!」
この言語は日本語か? 俺も普段は英語を使っているが、ある程度他の言語も出来る。文化圏が違うなら今の内に言語修正しておこう。
「言わなくてもとっくに想像はついているだろう? 人質として高額な身代金をせしめるためさ。おまえ達の家は相当高い家柄だからな」
「やっぱそういう系だったか……」
「わ……私はどうなってもいいですから、アリサちゃんは解放して下さい!!」
「ダメよすずか! 私は大丈夫だからコイツの言いなりになんかならなくていいのよ! あんた、助けが来たら後で覚えておきなさい!」
「助けが来たら、か。クックックック……!」
「何がそんなにおかしいのよ!」
「友達のくせに知らないのか? 俺達は依頼人から聞いたが、果たしてそいつの正体を知った人間が助けに来ると思うか?」
「は? どういうことよ?」
「そ、それは……! お、お願いですから言わないでください!」
あの紫の髪をしたすずかという名前らしい女の顔が蒼白になり、彼女の友人らしい金髪のアリサという女が訝しげな顔をする。ただの秘密にしては過剰反応のように見えるから、恐らくかなり内密にされているものだろう。聞き逃さないように集中力を増やしておく。
「わからないなら教えてやろう。そこにいる月村すずかは人間じゃない。人の血をすすって生きる、吸血鬼というバケモノなんだよ!」
「いやぁあああああ!!!」
証言が出た、やはりヴァンパイアだったか。しかし会話の内容とあの状態から、すずかという女は自分が吸血鬼である事にコンプレックスを抱いているようだ。一応理解出来なくもないが。ただ、吸血変異を起こしたら基本的に大抵の人間はアンデッド化し、記憶や人格を失って生者を求めて徘徊するはずだが、なぜか彼女はアンデッドではない吸血鬼となっている。おれの知るヴァンパイアと何か違う事に違和感を抱いていると、アリサという女がいきなり啖呵を切った。
「はっ、だからどうしたってのよ! 吸血鬼とか、そんなの関係ない! 吸血鬼だと知った今でも、すずかは私の大切な友達よ! そんな事で切れる程、私たちの仲はヤワじゃないわ!!」
「アリサちゃん……! ありが……とう……!」
「っていうかすずかも、私がアンタを吸血鬼だと知った程度で恐れる安っぽい友達だと思ってんじゃないわよっ!!」
「いったぁ!? ず、頭突きしないでよ……」
「ぅ~~~!! だ、だって手も足も縛られてるから、頭突きしか喝入れる方法無かったのよ……!」
「それでアリサちゃんも悶絶してたら色々台無しなんだけど……」
自分から放った頭突きの痛みで目がうるんでいるアリサと、自分のコンプレックスを受け入れた事と頭突きのダメージで涙目のすずかの様子を見ていると、初めて会った頃のひまわりを思い出す。カーミラ同様、魔女と蔑まれていたアイツも今では星詠みの力でサン・ミゲルの人々を守っている。人から異端視された力が人を守る。これも一つの慈愛と狂気か。……“ひまわり”はともかくカーミラの事を考えたからか、この男達に言いも知れない苛立ちを抱いた。
「バケモノ相手になかなか美しい友情だが、どちらにせよお前達のたどる運命は変わらないぞ。俺達がお前達のような金蔓を身代金をもらったぐらいで手放すと思うか?」
「なっ!?」
「そ、そんな……!?」
外は既に夜だが出来るだけ視界を抑えておこう。月光魔法ブラックサン!
「さてさて、これからお前達でどれだけ稼げるか見物――――!?」
かつて暗黒城で使用したように倉庫内を闇で覆い、おれは男たちの中心に向かって跳躍。着地と同時に暗黒の世界に目が慣れていない奴らを、銃を使われる前に叩きのめす。
「な、なんだ!? 何かい―――ぐはっ!!」
「くそっ! どこに潜んでいやが―――うぐっ!」
「や、やめろ! やめてくれ!! ぎゃああああ!!」
元々クイーンの下で暗黒少年として育てられていた頃、暗黒銃が使えるようになる前は様々な戦闘術を身に付けて鍛えていた。ハートの紋章を手にしたジャンゴほど徒手空拳を極めてはいないが、暗闇で動揺する程度の相手に暗黒銃を使うまでも無い。
ブラックサンの暗闇が薄れて倉庫内の様子が見えるようになると、リーダー以外の男たちがいつの間にか地に伏していた事におれ以外の者は驚き、リーダーの男は突然現れて部下を倒したおれの姿を見て咄嗟に懐から小型の銃を取り出した。
「な、何者だ貴様は!?」
「フッ……おまえのような輩には、名乗る気すら起きん」
「チッ、生意気なガキだが銃を前にしてそれだけ言えるとは、ずいぶん度胸があるようだな。ま、ここがバレた以上逃がす訳にもいかんから死んでもらうが」
「銃を使えるだけでもう勝ったつもりか? その程度でおれを御せると思うな」
「貴様こそ、部下どもを倒した事で自信過剰になっていないか? ならこの俺を甘く見過ぎだ! 死ね! 小僧!!」
ドンッ!
男が発砲するのと同じタイミングで月光魔法ゼロシフトを使い、“月光のマフラー”をたなびかせながらヤツの銃弾を文字通りすり抜け、次弾を撃たれる前に手刀で銃を落とし、続けざまに胴に掌底を放つ。呼吸が乱れてひるみながらヤツは起死回生のパンチを振るうも、腰の入っていないこの攻撃は容易く見切れる。
「この程度の実力でリーダーを張れるとは、存外お粗末な組織だ」
「クッ……! なんだこいつは……喧嘩屋で鍛えた俺の拳が捕え切れないだと!?」
風を切る音を鳴らしながら空振りする拳を横目に、男の二の腕を弾いてがら空きになった脇腹に膝蹴りを撃ち込む。喧嘩屋は嘘ではないらしく、かなり堅い筋肉の感触が伝わってくる。
「なかなか痛ぇ一撃だったが、こちとら伊達にこの業界長くやってないんだよ!」
「その言葉、そっくり返させてもらう」
「は? 小僧のくせに何を言っている?」
自分の半分も生きていない少年が言った言葉を一瞬疑問に思ったものの、男は戯言と断定した。そこからはおれを強敵と断定した男と凄まじい速度での体術の応酬が繰り広げられる。態勢を整えてから放つ相手の攻撃は見過ごせない重さが籠っているが、ゼロシフトを交えて戦うおれを捕える事はどうしても出来なかった。一方でおれはこの頑丈な男をどう崩すか、光明を見出していた。一発では届かなくとも連続でなら、どれだけ頑強でもいずれ耐え切れなくなる。合気の要領で位置を入れ替えた瞬間、爆発的な速度で連打する。
ゼロシフト込み、機神菩薩黒掌!
「ぐぅぉぉぉあああああ!!!!」
流れるように放たれた連続攻撃に男は為すすべなく打ち上げられ、トドメで顎に一発強い拳を入れる。脳を揺らされた男は呻き声を上げながら仰向けに倒れて気を失った。戦いが終わった事で息をつくが、それにしても……。
「……おまえ、最後まで人質を盾にはしなかったな」
目的や仕事のために人質を取る事はあっても、戦いに利用しようとは思わなかったらしい。裏社会で生きてきた男のなけなしの矜持なのかもしれないが、おかげで互いに面倒な事にならずに済んだ。
さて、念のため周囲を見渡しておくが、おれが倒した男どもは全員生きて気絶したままだった。とりあえず敵は全て倒したため、さっさと立ち去ろうと「いや待たんかい!!」した所でアリサが怒鳴ってきた。そういやどうしよう、こいつら。
「なんか助けてくれたみたいだけど、あんた誰なのよ!? ってかさっき銃で撃たれたはずなのに何ともないまま殴り合うってどういう事よ!?」
「アリサちゃん、落ち着いて落ち着いて!」
すずかがアリサをなだめて抑えているが、冷静になったおれは面倒な気分だった。だが落ち着いた事で、おれが知りたい情報を直接尋ねられるという事に気付き、とりあえず表情を崩さずに相手をする事にした。
「おれは暗黒少年……サバタ。敵でも味方でもない。今のところはな……」
「はぁ? 敵でも味方でもないって、結局助けているのに?」
「暗黒少年……? じゃあさっき銃弾や拳を避けていたのはその力?」
「おまえ達に訊きたい事がある。闇の一族を知っているか?」
「質問に答えなさいよ! ……って、イモータル?」
「えっと……イモータルって何ですか?」
「……質問を変える。銀河意思ダークの事はわかるか?」
「はぁ……それ以前に、銀河に意思ってあるものなの?」
「すみませんが私には全然わかりません。天文学の専門用語か何かですか?」
見当が着かないのか首を傾げる二人の様子に、嘘はついていないと判断した。しかしこれではっきりした。世紀末世界の夜の一族はヴァンパイア全域を指すが、こっちの夜の一族は吸血鬼なのは同じだがアンデッドではなく、銀河意思ダークの影響下に無いと。となるとこっちの夜の一族はもしかしたら月光仔に近い存在なのかもしれない。魔の一族の手で滅ぼされた月の一族、月光仔。その生き残りが母マーニと偽りの母ヘル以外にもいたとしたら、おれ達兄弟にとってある意味同族という事になるのだろうか。
「知らないならそれでいい。縄は解いてやるから、あとは自由にするんだな」
「自由にってコラ! あんた、私たちに迎えが来るまで待ってなさいよ! 勝手にどっか行ったりするんじゃないわよ!」
「あの……お願いですから一緒にいてくれませんか? 迷惑だと思いますけど、こちらにも事情がありますので」
「……………」
成り行きで助けはしたが、元々そこまで面倒を見るつもりは無い。縄を解かれて自由になった手足を実感している二人には悪いが、おれにはおれの都合がある。放っといて倉庫を出て行こうとしたら、いきなり二人が“月光のマフラー”を掴んできた。おかげで首が絞まって息苦しい。
「……放せ」
「イヤよ、今の私たちが頼れるのはあんただけだもの。一緒にいるって言わない限り離さないわ」
「わ、私にも私の家のしきたりがありましてですね……! それに助けてくれたお礼もしたいですし……!」
今更だがこの二人はかなり強情だと理解した。ゼロシフトや暗黒転移で振り切るのは簡単だが、流石に大人げないか。それにもし見捨てたら“ひまわり”辺りから説教を喰らいそうだ。アイツの小言はうるさいからな、言われるぐらいなら少しぐらいの面倒は受け入れてやるとしよう。それにしても……なぜだか知らないが、こいつらといたら更に面倒なヤツがやってきそうな気がして仕方ない。
「はぁ………おまえ達の知り合いが来るまでだ、それ以上は待たん」
マフラーを緩めながらそう言うと二人は花が咲いたように喜びと安堵の表情を浮かべた。会ったばかりの人間をよくそこまで信用できるものだと思う。恐らく誘拐されて不安だったのと、あの男たちがやろうした事への恐怖からだろう。こういう子守りは本来おれのやる事ではなく、ジャンゴの役割のはずなのだが……。
気絶したままの男たちを先程まで彼女達を縛っていた縄で拘束した後、すずかが自分のGPSと“けーたい”が壊されたからと言って男たちの一人が持っていた“けーたい”を使って連絡を取った。しばらくすればこいつらの家族や知り合いがやって来るそうだ。遠方でも連絡を取れる道具があるとは驚きだが、そもそもおれは何か重大な事を見落としているのではないか?
ヴァナルガンドと共に眠るはずだったおれが生きてここにいる時点で違和感だらけだったが、もしやここは世紀末世界では……ないのか? だとすればカーミラとおてんこがヴァナルガンドに封印を施す過程で何かしたのか? それとも不測の事態でも発生したか? これは眠った時に見ているただの夢なのか? 今は正確な所がわからんが、ひとまずこいつらのお守りはしっかりしておこう。
「そういや私たち、あんたにまだちゃんと名乗ってなかったわね。私の名前はアリサ・バニングスよ」
「私は月村すずか、って言います」
「そうか……」
「………………」
「………………」
「………………」
「…………ってそれだけ!? もっと会話を続けようとしなさいよ!!」
「サバタさんって、意外とマイペースな人なんですね……」
ウガー! っと吠えるアリサと物静かに構えるすずかを横目に、おれは屋外の方からすずかより若干濃い闇の気配を察知したため身構えた。連絡したのはつい数分前で、二人の知り合いがここに来るにはいくら何でも早すぎる。そう考えた次の瞬間、衝撃と同時に倉庫の扉が吹っ飛んだ。見間違いではない、言葉通りに扉が宙を舞ったのだ。
カギは開けておいたのにな。
「「「「ゲボラァ!!!?」」」」
飛んでいった扉がちょうど捕えてまとめていた誘拐犯たちの頭上に落下、追い討ちをかけるように連中は再び意識を飛ばされていた。扉の質量から考えて、あれはクレイゴーレムの転がり攻撃に匹敵する威力だろう。そんな破壊活動をしでかしたのは、見た目は少し年上の男女2名だった。そして男の方は小太刀と呼ばれる刀を二本手に持っていた。
「なぁ忍、実行した俺が言うのも何だが、わざわざ扉を吹っ飛ばす必要は無かったんじゃないか?」
「家族愛に駆られてやっちゃいました♪」
「そうか、まあ仕方ない」
仕方ないのか……。
別に人の性癖などに口出しするつもりはない。大地の巫女がああ見えて徒手空拳の達人だという事とか、ひまわりが低血圧で寝相がかなり悪いとか、人によって色々あるからな。俺はそういうのは気にしていない。
それより刀と言えばいくつか噂を聞いた事がある。確か日本独特の武器である刀、それを使って超人的な剣技を扱う人間のことを“SAMURAI”と言うらしい。という事は彼は伝説に聞く“SAMURAI”なのか?
いや、刀を使うのならばもう一つある。忍術と呼ばれる自然現象を巧みに操るという東洋の神秘“NINJA”だ。小太刀はむしろこちらの方が使い手が多いらしく、そういう意味では彼は“SAMURAI”では無く“NINJA”……いや、もしかしたら両方なのか? 詳細は不明だが……日本、奥が深いな。
「お姉ちゃん!!」
「すずか! 無事で良かった……怪我は無い!?」
「なのはの兄の恭也さん、でしたよね。すみません、ここまで助けに来てもらって」
「妹の友達の危機だから構わない。ところで、そこにいる少年が電話で言ってた……?」
姉との再会を喜んでいたすずかとアリサが頷いた事で、二人の視線がこちらに向いた。予想外に早かったがひとまず約束は果たしたんだ、さっさと話を終わらさせてもらおう。
「……名はサバタだ。あんたがこいつらの家族か?」
「アリサちゃんはともかく恭也も厳密にはまだ違うけど、すずかは私の妹よ。それとまず先に、妹達を助けてくれてありがとう。おかげで大事にならずに済んだわ」
「俺からも言っておこう、ここにはいないが妹の友人を救ってくれて感謝する」
「元より助けたつもりもない。さて、約束通りに知り合いが来るまで待ったんだ。おれはもう行かせてもらうぞ」
「あ、駄目よサバタさん、悪いけど今あなたを行かせるわけにはいかないの」
「すまないが月村家の秘密を知った可能性がある以上、お前にも来てもらわなければならないんだ」
「恭也、流石にそんなキツイ言い方じゃ誤解されるわよ」
「だが、警戒しておくに越したことはないだろう……!」
話がきな臭くなってきた。すずかは“しきたりがある”などと言っていたが、この流れは恐らくそれのせいだろう。だがおれにはそんな事情、どうでも良いのだ。
「おれの邪魔をするな。もし立ち塞がると言うのなら――――っ!」
瞬間、頭上から濃密な闇の気配を感じたおれは反射的に上に向けて暗黒ショットを放つ。同じように血の臭いを感じた恭也と言う男も飛針を同じ場所に投擲した。飛来してくる暗黒ショットと飛針に気付いた謎の影が余裕を持って避けて飛び降り、おれ達の前に着地した。見た目は黒いスーツ姿で顔を覆う覆面越しにただならぬ気配が漂い、血の通っていない青白い皮膚に、身に纏う濃厚な死の臭い。間違いない。
「なんだコイツは!?」
「気を付けろ。この男は……イモータルの眷属、ヴァンパイアだ」
「イモータル? ヴァンパイアだと!?」
「ヴァンパイア……! って事は、夜の一族以外にも吸血鬼がいたってこと……!?」
「先に言っておくが、こいつはただの吸血鬼とは勝手が違う。おまえ達夜の一族のような吸血鬼と違い、暗黒物質に取り込まれ吸血変異を起こした、人としての理性を失くした存在。反生命種にして正真正銘の不死者、アンデッドだ」
「アンデッド……!? サバタさん……あなたはいったい……!」
「これ以上話している暇は無い、来るぞ!」
次の瞬間、謎のヴァンパイアは両手のクローを用い、凄まじい速さで斬り込んできた。咄嗟に年少組の二人をすずかの姉がリードして離脱、恭也は飛針と鋼糸の牽制も交えながら正面から小太刀の二刀流でクローと立ち合い、おれはゼロシフトで回り込んで暗黒ショットを連射した。ダークマターを操る暗黒銃の性質上あまり効果的ではないが、何も全くダメージが通らないわけではない。それになし崩し的にヴァンパイアの相手をしている恭也もかなりの手練れだ。太陽の力を使えないため、彼では倒せないが少なくとも太刀打ちできないほど劣勢ではないはずだ。
「こいつ、俺の早さについてこれるだと!? ならば!!」
次の瞬間、恭也の速度が爆発的に上がり、おれでも目で追う事が難しくなった。爆風を撒き散らす程速ければヴァンパイアも流石に追い付けないだろうと思ったのだが、暗黒ショットを胴にもらってひるんだ所に恭也が追撃を仕掛けた直後、凄まじい殺気と爆発的な衝撃を発生させてヴァンパイアが恭也と同じ速度、いやそれ以上の速度で反撃し始めた。
「馬鹿な……こいつも『神速』を使えるのか!?」
ヴァンパイアの強さを見誤ったどころか、本気を出し始めた事で恭也のスピードが追い付かなくなっていた。それに体をどこか痛めているのか、彼には戦い慣れている者が見れば気付く程のわずかな遅延がある。その隙を見出したヴァンパイアは暗黒銃の間隙と恭也の攻撃時に生じる硬直が同時に起きるタイミングを的確に狙い、クローで切り裂いた。
ブレイクを狙われた恭也はバランスの悪い姿勢ながら反撃、並外れた速度の太刀筋でヴァンパイアのクローを右手のものだけ切り落とした。しかし、続けざまに放たれた左手のクローを防いだものの威力が予想より高かったせいで、あろうことか得物である小太刀二本を吹き飛ばされてしまった。
「チッ、世話の焼ける!」
クローを封じられたヴァンパイアは宙に飛んだ恭也の小太刀をキャッチすると、体勢がまだ整っていない恭也に振りかぶる。しかしそれは俺がゼロシフトで強引に間に入り込んで放った暗黒独楽で弾き返され、際どい所でヤツと恭也の距離を離すことに成功した。
「何をボサッとしている! 恭也!!」
「サバタか!? すまない、助かった!」
「キョウ、ヤ………? うっ!? うう……!!」
ヴァンパイアが恭也の名を呟くと、急に頭を抱えて苦しみだした。状況が親父の時と似ているため耳を澄ませるが、魔笛らしき音は聞こえなかった。そのままヴァンパイアは苦しみながら超人的な跳躍で倉庫の窓を突き破り、凄まじい速度で逃げ去ろうとした。
「逃がさん! 暗黒転移!!」
「な、消えただと……!? しかし、御神の剣士ともあろう者が武器を奪われてしまうとは……くそっ!」
得物を手放してしまった恭也が落ち込んでいるが、彼は元々すずか達の救出に来た以上、今は深追いしない事を選択していた。そして視界の端で倉庫の外に来ていたらしい誘拐犯の取引相手の連中を捕まえていた使用人服の女性二人がこっちを驚いた様子で見ていたのを無視し、おれは逃げ去ったヴァンパイアを暗黒転移とゼロシフトで追いながら状況を考えておく。
あのヴァンパイアは間違いなく世紀末世界のイモータルの眷属。という事はあのヴァンパイアを生み出したイモータルもどこかにいる事になる。つまりアレを含めて最低でも二体、闇の一族がこの地を闊歩しているわけだ。なのにおてんこがいない以上、何らかの手段を用いて倒した所でヴァンパイアのダークマターを完全に浄化できるパイルドライバーは召喚できないため使えない。ヴァンパイアはダークマターを焼き切らないといずれ復活してしまうから、このままでは手の打ちようがない。誰であれヤツを本格的に倒すのは焼却の準備を整えてからにするべきだろう。
かと言ってヤツを放置していれば近い内に誰かを吸血し、アンデッドにされる危険がある。そうなれば太陽の力を使える人間がいない今、状況は更に悪化してしまう。これ以上現状を悪化させるのも得策ではないから、ヤツは見逃すまいとしている。
それにしても周りの景色が流れる度に思う。地面が舗装された道、朽ちた様子のない家が立ち並ぶ街……ここはまるで文献で見た旧世界のようだ。かつて大規模な吸血変異が起きる前に存在していた人類の最盛期。ここが本当に世紀末世界かはともかく、まさかおれがこんな形で関わる事になるとはな。
「うぅ……! 心が……闇に……し、ずむ……。血……血ハ、ドコダ!!」
「追い付いたぞ……!」
ゼロシフトと同等の速度で動けるヴァンパイアに驚きもあるが、ヤツは倒さなければならない存在だ。今まで狙いを正確にするため撃つ時は一旦動きを止めていたおれだが、この状況ではそんな悠長なまねをしている暇は無い。ゼロシフトで走りながらヤツが移動する方向を未来予測し、その場所に暗黒ショットを発射する。
「ッ!!」
ヴァンパイアは恭也から奪った小太刀で迎撃し、なんと弾丸を掻き消してきた。太陽銃を使うジャンゴにも出来なかった事を平然とやってのけるヴァンパイアに思わず驚いてしまい、その僅かな間に状況が変化していた。
「ジュエルシードの反応はこの先に…………えっ!?」
交戦していたおれ達の進路上に歩いていた、アリサとは違うが同じ年齢の大人しめな性格の金髪の少女が、鬼気迫る表情で目の前に迫って来たヴァンパイアを見るなり恐怖で一瞬硬直してしまう。しかし反射的に後ろに飛んだ彼女は服の中から黄色い三角形の宝石を取り出した。
「バ、バルディッシュ、セットアップ!!」
次の瞬間、少女の周りでフラッシュが発生した。突然の事でおれは迂闊にも止まってしまったが、光が収まると少女は黒色を中心にした奇妙な格好になっており、手に金色に輝く大鎌を携えていた。ヴァンパイアは光の中でも止まらずに少女に接近、恭也から奪った小太刀で斬りかかっていく。大鎌で受け止めた少女は華奢な見た目とは裏腹に俊敏な動きでヴァンパイアの攻撃を弾き続ける。しかしそれは回避と防御が間に合っていると言うだけで、彼女一人だと反撃には一歩及ばない状況だった。そう、一人ならば。
「あんこぉぉぉくッ!!」
ヴァンパイアが少女に狙いを定めている間に、こっちはブラックホールのチャージを完了させた。強力なイモータルさえ一時的に封じ込める吸引力で吸い込み、耐えているヴァンパイアに少女が追撃の手を加える。
「フォトンランサー・フルオートファイア!!」
ヴァンパイアに少女が光弾を無数に放ち、ブラックホールに取り込まれても彼女は攻撃の手を緩めなかった。ブラックホールに吸い込まれた攻撃は耐久力が限界になるまで全て中で炸裂するため、単純に斬るだけでも威力は倍増する。ブラックホールが弾けて消滅した時、まともに喰らったヴァンパイアは膝をついて肩で息をしていた。
「はぁ……はぁ……な、何なのいったい?」
少女も少女で冷や汗を流しながら遠目でヴァンパイアの様子をうかがっていた。まぁ、いきなり巻き込まれた彼女が逃げるどころか戦うとは最初考えもしなかったが、予想以上に善戦したおかげで何とかヴァンパイアに傷を負わせる事が出来た。彼女の力に興味はあるが、今は一時的とはいえコイツの力を封印しなければ……。……ッ!
「魔力を感じないから人に憑りついた暴走体、では無さそうだけど……」
「下がれ!!」
「っ―――!?」
少女の緊張が解けて迂闊にヴァンパイアに近づいた次の瞬間、赤く光る目を走らせてヴァンパイアがしゃがんだ状態から急接近して彼女を捕えてしまった。
「ひっ!!」
恐怖に歪んだ顔の彼女に、ヴァンパイアは吸血本能のまま噛み付こうとする。彼女に月光仔の血が流れているとは思えない以上、おれは傷を負う覚悟を決めた。
ガシュッ!!
「ぐっ……! 離れろ!!」
ゼロシフトで彼女を突き飛ばし、代わりにおれの左肩を噛み付かれた。血を奪い取られてライフが削られる感覚。痛みを耐えながら暴れて吸血を振りほどき、暗黒銃でヤツの胴に連射する。暗黒ショットでも流石に至近距離で何発も喰らったヴァンパイアは少なくないダメージを受け、元々先程の攻撃でかなり弱体化している事もあり、たたらを踏んで後ろに下がった。
「ッ……俺は……一体何を……!! う……うぁあああああああ!!」
「……?」
頭を押さえて悲鳴に近い雄叫びを上げたヴァンパイアはコウモリに分裂してどこかに飛び去って行った。分裂されると追いかけるのにも手間がかかる。更に俺はこの街に土地勘が無い以上、ヤツがどこに隠れたのか見当が付かない。それに今から追いかけようにもエナジーの残量が心もとない、などと考えていると先程吸血されかけた少女がひどく動揺した様子でおれの左肩から流れる血を見ていた。
「あ……! ああ……!!」
「……おれが言うのも何だが、おまえ大丈夫か?」
「私のせいで……! ご、ごめんなさい!!」
涙混じりに謝られたが、「おれが勝手にしただけだ」とだけ返した。しかしこの短時間に年端もいかない女子3人が誘拐されたり襲われそうになるとは……この街は呪われているのか?
「さっきから人ん家の前でえらい騒いどるようやけど、いったいどうしたんや?」
また一人増えた……。
声のした方を見ると、すぐ近くにあった家から車イスに座った小柄な少女が現れた。彼女は左肩からどくどくと血が流れている俺とそれを見て酷く狼狽している金髪の少女を交互に見ると、慌ててこちらに近寄ってきた。
「うわっ、そっちの兄ちゃん酷い怪我しとるやないか! こっちで治療したるから家に上がって!」
「お、おい……」
「わ、私は……」
「いいからさっさと来るッ!!」
『わ、わかった……!』
ここにもいた強引な少女によって、有無を言わさずにおれと金髪の少女は車イスの少女の家に連れ込まれるのだった。いつの間にやら退路を徐々に失っているような……気のせいか?
なお同時刻、とある場所では。
「我使命を受けし者なり、契約の下、その力を解き放て。風は空に、星は天に、不屈の心はこの胸に。レイジングハート、セーットアーップ!!」
この世界代表の新たな魔法少女が目覚めていた。
後書き
技、魔法説明
ゼロシフト:サバタが最も使う月光魔法。ダッシュ中無敵になるこの魔法は、使用中は御神流神速と同じ速度を出せるほど強化されています。
ブラックサン:太陽の欠片を召喚するライジングサンと対を為す月光魔法。太陽の光を遮断する性質のこの魔法には、暗闇を生み出す性能を加えています。
機神菩薩黒掌:ゼノサーガ3 オメガイドの技。この小説の設定では、サバタはオメガイドの技が使えるようになっています。
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