本当の強さ
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2部分:第二章
第二章
「軍人じゃなくて」
「けれど海軍だぞ」
父は海軍からということを強調する。彼が以前海軍に入りたがっていたことを知っての言葉である。
「だからいいじゃないか」
「けれど俺は戦いたいんだ」
彼の考えはそれだったのだ。彼は軍人として戦場に向かいたかったのである。それこそが彼の願いであり考えていたことだったのである。だからこそいい顔をしていないのである。
「軍人として」
「だがな。軍医も必要だぞ」
父はここでこう彼に言うのだった。
「傷付いた人間を治療する為にな」
「じゃあやっぱり俺は」
「行くべきだ」
これが父が彼に言いたいことだった。それをはっきりと告げたのだった。
「絶対にな」
「そういうものか」
「戦場で戦う人間も必要だし傷を癒す人間も必要だ」
そしてこう話すのであった。
「そして御前は傷を癒すことができる。だからだ」
「軍医として行く人間も必要か」
「だから行け」
また言う父だった。
「いいな」
「そうだな。それが運命なら」
彼は運命論者だった。宗教的なものもあるのだろうかそうであった。そして今この話もまた運命によるものだと考えたのだ。そうなればもう迷わなかった。
「わかった」
一言だった。
「じゃあ行く。軍医としてな」
「行って来い。そして御前の務めを果たして来い」
「行って来る」
こうして彼は軍医として海軍に入った。彼は最初は呉で勤務し傷付いた将兵の手当てや治療にあたっていた。戦争をしているだけあって忙しく休む暇もなかった。とりわけ戦いが激しくなるにつれてそうなっていった。彼はその中であることに気付いたのだった。
「この戦い、まずいか」
負傷者の多さからこのことに気付いたのである。
「まさかとは思うが」
劣勢になっていることは否定したかった。だがあまりもの負傷者の多さにそう思わざるを得なかったのだ。そうしてその中で傷付いた将兵の手当てにあたっている彼に対して一つの辞令が出たのだった。
「鹿屋ですか」
「そうだ、鹿屋だ」
海軍大佐の一人が彼に伝えていた。彼等は今病院の中の床が木の部屋の中でそれぞれの椅子に向かい合って座りそのうえで話をしていた。
「鹿屋に行ってくれるか」
「航空隊にですか」
「敵が迫ってきている」
大佐はここで言った。
「沖縄までな」
「そうですか。沖縄にですか」
彼はその話を聞いて静かに言葉を出した。この頃には劣勢ははっきりと感じ取られるものになっていた。敵が沖縄に来たと言われても信じられるまでに。
「そこにまでですか」
「それに対する為に今鹿屋に航空戦力を集結させている」
大佐の言葉は続く。
「そこにな」
「そこから沖縄に上陸して来るアメリカ軍を迎撃するのですね」
「そしてその部隊はだ」
大佐は一瞬だが言葉を詰まらせた。しかしそれでも何とか無理をしたような感じで言葉を出したのだった。その出された言葉は。
「特攻隊だ」
「特攻隊・・・・・・」
「そうだ。神風特攻隊だ」
それだというのだ。劣勢は明らかになった日本軍が考え出した戦法だ。自ら敵に突っ込みまさに己もろとも敵を倒す。それだというのである。
「その部隊が鹿屋に集結しているのだ」
「特攻隊がですか」
「行ってくれるか」
大佐はあらためて彼に対して告げてきた。
「彼等のところに」
「彼等は死にに行くのですね」
「間違いなく生きて帰ることはない」
返答は当然のことだった。何しろ爆弾を抱いて敵に突っ込むのである。助かることは絶対にない、それがはっきりとしている戦法なのである。
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