ルドガーinD×D (改)
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三十九話:守るという選択
「………どこだここ?」
目を開いてみると目の前にはどこまでも続く紫色の空が広がっていた。あれ、何だ、このデジャブ? 確かこの空の色は冥界だよな。俺は確か黒歌と離れてから一ケ月程の間ヨーロッパで怪物を狩りながら修行をしていたはずだよな。それなのにどうして目が覚めたらルドガーin冥界になっているんだよ。意味が分からない、というか何で俺、寝ていたんだっけ?
記憶をまさぐってみると美候と模擬戦をしていた時に後頭部に鈍い衝撃を受けた所で記憶を失った事を思い出す。俺が意識を失っている間にあいつらが連れて来たのだろうと思い、取りあえずヴァーリ達を探して周りを見渡してみると普通にアーサーが近くに立っていたので声を掛ける。
「アーサー、何で俺達冥界に来ているんだ?」
「すぐに分かりますよ。あなたが……いえ、私達が会わないといけない人達がここに来るはずです」
そう言ったきり二人共沈黙する。一体誰の事かは分からないけどアーサーがそう言うのならそうなんだろうな。そう言えば、ヴァーリと美候の姿がないな。どこかに行っているのか。もしかして、また冥界にいる魔物とかを狩りに行ったのか?
そう言えば初めてこの世界に来たときはミリキャス君を襲う魔物を倒したな。ミリキャス君、元気にしているかな。後で会いに行けるなら会いたいな、しばらく会ってないから心配しているかも知れないからな。そんな事を考えながら大きく伸びをしていると背を向けたままの状態でアーサーが話しかけて来た。
「私は随分と身勝手な兄だと自分でも思うのです。……ある日、突然に家を飛び出し、テロ組織に入った。それだけでなく、それでもなお付いて来てくれた妹を再び置いて行った。……本当に勝手な兄です」
「……その選択に後悔しているのか?」
「いえ、後悔はしていません。妹を守る選択なのですから」
アーサーはそう言って背を向けたまま首を横に振る。アーサーも真面目だからな……自分の選択に後悔はないけど、兄さんみたいに自分が兄としてなすべきことをなせているかどうかを悩んでいるんだろうな。俺の勝手な意見だけどアーサーは十分いい兄貴だと思うんだよな。
ルフェイちゃんだってそんな兄だからこそ自分も家を飛び出してまで追って来たっていうのに、その事実をアーサーは気づいていないんだよな。俺だっていろんな疑いや不安があったけど、俺にとってのいい兄貴だから兄さんを追いかけたんだよな。
「俺もさ……兄貴がいたんだ。今のお前みたいに自分が勝手な兄貴だと思い悩むような真面目な兄貴がさ」
「………確かあなたの兄君は―――」
「ああ、俺が殺したよ……最後の最後まで俺を想ってくれていたのにさ」
今でもこの手に残っている、容易に思い出せる、兄さんをこの手で殺した時の感触を。俺は手の平を見つめながら流れ落ちていった真っ赤な血を思い出す。俺と同じ血を引く兄さん、槍に貫かれてもなお俺が泣かないように優しい声で歌ってくれた兄さん。
ボロボロの銀の時計を取り出して、その傷痕を優しく撫でる。どれだけの痛みを、苦痛を、悲しみを兄さんが負ってきたかも俺は知らない。ただ、守られていただけなんだ。何も教えてくれようとしなかった。俺を守る為に全てから遠ざけた……。そのことに思うところがないってわけじゃない。でも―――
「どんな兄貴でもさ、弟や妹にとっては大切なたった一人の兄貴なんだよ。
だから……あんまり自分を卑下するなって」
「……そうなのでしょうか?」
「ああ、少なくとも俺はそう思っている。……兄貴を殺した俺が言うのもなんだけどな」
そう言って自嘲気味に笑う。背を向けているアーサーにはその顔は分からないが何となく雰囲気で察したのか、肩をすくめて大きく息を吐き出す仕草をする。俺はそんなアーサーに悪いなと思いながらも話を続ける。
「ルフェイちゃんだってお前の気持ちは分かっているさ。ただ、そこからどうするかは俺達の力じゃどうしようもないけどな」
「そうだといいのですが……」
「まあ、相手がどんな選択をしても俺のやる事は変わらない。
大切な者を何に代えてでも守り抜く……それだけだ」
家族を守る為にその誰かを傷つける選択をしてしまう。そのせいですれ違いだって起こるかもしれない。でも……守り抜くことが出来たらそれで充分なんだ。家族が生きていてくれれば嫌われたって構わない。俺はそう思っている。
そんな事を考えていたら話が無くなって、再び沈黙が訪れていた。
俺はそんな沈黙が嫌だったので証の歌を口ずさみ始める。
逢いたくてしょうがない相手―――黒歌のことを想いながら。
一ケ月にわたる厳しい修行を終えたグレモリー眷属と黒歌達は魔王主催のパーティーに参加していた。本来であれば何事もなくパーティーを楽しめるはずなのだが今回は状況が違った。パーティー会場の近くに乱入者と言う程でもないが部外者達が現れたのだ。その部外者達は分かる人間には分かる程度の魔力を発しグレモリー眷属達を外に出る様に誘導したのである。
その部外者達とは―――
「元気だったかしら。黒歌さん、ルフェイ」
「ヴァーリ……ルドガーはどこにゃ?」
「ヴァーリさん、お兄様は?」
ヴァーリである。彼女はこうしてグレモリー眷属と黒歌達を誘き出してルドガーとアーサーに会わせようとしているのである。因みにアーサーは渋々ではあるが会うだけならと了承したが、ルドガーには抵抗してでも会いに行かないだろうと予測して美候との模擬戦中に背後から襲って気絶させて連れて来たのも彼女だ。黒歌は勿論そんな事実は知らないが以前アザゼルに言われた言葉を思い出して、ヴァーリの方を不機嫌そうに見つめる。そんな様子にヴァーリは怪しげな微笑みを浮かべるだけである。
「二人共この冥界に来ているぜぃ。それぐらい仙術使えばすぐわかるだろうが、アホ猫」
「これから使うつもりだったのよ。このバカ猿」
「あん?」
「にゃん?」
美候の挑発するような言い方に売り言葉に買い言葉だとばかりに言い返す黒歌。その事を発端としてまるでメンチを切るかのように睨み合う二人。そんな姉の様子に嘆息しながら小猫は教わった仙術を用いて、ルドガーの気を探る。するとここから少し離れた山の中に二人の人間の気配を感じたのでそれをすぐに他の者に伝える。
「……ここから南の方角に行ったところに二人の人間の気を感じます。……多分それだと思います」
「部長、すぐに行きましょう!」
「そうね、みんな小猫について行くわよ!」
小猫の話を聞いたイッセーはすぐに主であるリアスにルドガーの元に行くように進言する。そしてリアスもここで逃がすわけにはいかないとばかりに眷属に指示を出し、すぐに小猫の示した方向に眷属とルフェイと共に走り出す。それを見て美候と睨み合いを続けていた黒歌も美候から目を切り彼等を追っていく。そんな様子を見ながらヴァーリと美候は若干心配そうな顔をして静かに話し合う。
「大丈夫かしら彼女達……ルドガー君、思い悩むと結構病んじゃうのよね。最近は目つきが怖くなってきていたし」
「まあ、ヤバかったら俺っち達が止めればいいだろ。それより、赤龍帝とは戦わなくていいのかよ?」
「あの子とはベストの状態で戦いたいもの。勘だけど、ルドガー君を連れ戻そうとしているんだからどんな結果であろうとあの子は―――無事じゃすまないわ」
ヴァーリと美候から離れた黒歌達がルドガーとアーサーが居る場所に近づいていくにつれて、あるメロディが全員の耳にハッキリと聞こえてくる。その旋律は歌詞がないにも関わらず、ひどく美しくいて、尚且つひどく悲しさも漂わせる歌であった。
黒歌はその歌と歌っている人物のことをよく知っていた。歌詞の無い、メロディだけのその歌の名前は『証の歌』彼女の最愛の人がいつも好んで歌っている歌だ。
つまり、今この歌を歌っているのは―――
「会いたかったにゃ……ルドガー」
「驚いたな……歌っていたら、本当に会いたい人が来た……黒歌」
―――ルドガー・ウィル・クルスニクである。アーサーの隣に立っていた彼は教えられていなかった為に黒歌達が姿を現したことに少し驚きの表情を浮かべるが、すぐにこのために自分は冥界に連れてこられたのだと理解しその表情を悲しげな笑みに変える。
一方の黒歌は今すぐにでもその腕の中に飛び込みたいのを我慢してルドガーの方を見つめて涙があふれるのをグッと堪える。そしてその後ろにいるルフェイは自分の兄を黒歌と同じように泣き出しそうな顔で見るがアーサーはまるで機械にでもなったかのように無表情を貫き通している。
そんな四人の様子にグレモリー眷属達は黙ったままの状態で見つめるだけである。全員、ここはあの四人が話し終わるまで声を掛けてはいけないと空気を読んでいるのである。
「お兄様は……私を守る為に私を置いていったんですね?」
「それが分かっていながらどうして来たのですか、ルフェイ」
ルフェイの問いに淡々とやたら丁寧な口調で答えるアーサー。そのいつもの兄とは違う冷たさにルフェイは怯えて一歩後退ってしまう。そんな妹の様子にアーサーは罪悪感を抱くもののこれで妹が守れるなら喜んで悪役になろうとさらに言葉を続けていく。
「ルフェイ、あなたの実力では足手まといです。次にヴィクトルと戦うことがあれば間違いなく殺されます。それが分からないのですか?」
「でも、それはお兄様も同じです!」
「私には戦いの中で果てる覚悟があります。ルフェイ、あなたには戦う事に関しては私程の執着心はないはずです。それに何より……私は兄として妹を守らなければならないのです、分かってください」
アーサーの重い言葉にルフェイは言葉を失い黙り込んでしまう。そしてこれ以上は話すことは何もないと言わんばかりにアーサーはルフェイに背を向ける。そんな様子を見ていたルドガーは、今度は俺の番だなとばかりに黒歌の方に向き直る。
そんなルドガーに対して自分は絶対に譲らないと目に闘志をこめる黒歌。だがルドガーとてここで引き下がってしまえば今までやってきたことが無意味になってしまうので引くわけにはいかないと気合を込めて黒歌を見つめる。そして、覚悟を決めて口を開く。
「黒歌……俺の事はもう忘れてく――「いや!」――じゃあ、俺に全部任せろ!」
「それも嫌にゃ! ルドガーと離れたくなんかないにゃ!」
「君を守る為なんだ……分かってくれ」
「それでも嫌にゃ! 一緒に居たい!」
まるで子供が駄々をこねるようにいやいやと言い続ける黒歌に対してルドガーは優しく声を掛けるが黒歌は一向に耳を貸そうとしない。今までであればこういった時はルドガーの方から近づいていき抱きしめてあげていたが今のルドガーにそれをする気はない。
もし、彼女の傍に行けば、抱きしめてしまえば、その温もりを手放すことは、もう一生出来ないと直感的に感じているからだ。しかし、このままでは埒があかないと思ったルドガーはこんどは黒歌の後ろにいるイッセー達の方に話しかける。
「イッセー、お前達もだ。俺なんて碌でもない奴の事は忘れて生きろ。
その方が誰にとっても幸せだ」
「幸せって何だよ!? お前は俺達の仲間だろうが、友達だろうが!
それを見捨てて幸せになんか、なれるわけないだろ!」
「……イッセー先輩の言う通りです。
……兄様がいなかったら少なくとも姉様は幸せになれません!」
叫ぶようなイッセーと小猫の言葉に顔を苦しげに歪ませるルドガー。ルドガーとしては何よりも黒歌の幸せを祈っているし、それにみんなの幸せも祈っている。だからこそ、幸せになれないと言われると悩みや迷いが生まれてしまうのだ。しかしながら、自分と一緒に居れば必ずと言ってもいい確率でもう一人の自分は彼等を殺すだろう。
本来、生きていれば享受できたはずの幸せを逃してしまうのだ。故にルドガーは引くことが出来ない。しかし、悩みや迷いは晴れない。そんなルドガーの様子を見て、後、少しで連れ戻せるかもしれないと考えたリアス達が一斉にルドガーに呼びかける。
「私達はあなたがどんな人間だったとしてもそれを否定しないわ。だから帰ってきなさい!」
「どんな困難であってもみんなで立ち向かえば必ず乗り越えられるはずですわ」
「その通りだ、私達を置いて一人で立ち向かおうなど主が……いや、私が許さない!」
リアスが、ルドガーがどんな人間であったとしても否定せずに受け入れると言い、朱乃はどんな困難であったとしても、全員で立ち向かえば必ず乗り越えられると説き、ゼノヴィアがそれに同調する。その優しい言葉にルドガーの顔はますます歪んでいく。
どうしてこんな最低の人間にこうも優しい言葉をかけてくれるのかとさらに頭は混乱し、それでもその優しさを受け入れることが出来ない自分に自己嫌悪していく。そしてそんなルドガーにまたしても優しい言葉が掛かる。
「君はどんな時でも僕達を助けてくれた。だから今度は僕達が君を助ける番だ!」
「ルドガーさん、あなたは優しい人です。そんなあなただから私達はあなたを助けたいんです」
「ルドガー先輩、戻ってきて、また、僕にケーキを食べさせてください」
祐斗、アーシア、そしてギャスパーの言葉にルドガーの心は大きく揺らぎ座り込み頭を抱えてしまう。自分の兄を殺すような悪人なのに、自分の願いの為に世界を壊し続けてきたエゴの固まりのような人間なのに、みんなが自分を助けてくれると言ってくれた。
そして、戻りたいと……あの暖かな空間に戻りたいとそう強く思ってしまった。ミラにも周りを頼れと言われた、ならば頼ってもいいじゃないのかとそう思ってしまうが、それでも彼には大切な、何に代えてでも守り通したい者がいる。もう二度と自分の大切な者を失わないと彼は決めた。一緒に居れば彼女を失ってしまうかもしれないと恐怖する。故に彼女を失う選択を決して選ばず別の選択をする。例えそれが―――
「……帰ってきて、また一緒に暮らそうにゃ―――ルドガー」
「うあああーーーーっ!!」
―――仲間を……彼女を傷つける選択だとしても。
ルドガーは天に向かって吠えるような痛々しい叫び声を上げてからゆっくりと立ち上がる。そして目を閉じたままゆっくりとイッセー達に語り掛ける。その声は酷く落ち着いていて抑揚がない声だったがイッセー達はまだそのおかしさに気づいていなかった。
「……分かった。お前達がそれだけ言うなら俺も、もう何も言わない」
「ルドガー! やっと分かってくれたか―――」
その瞬間、イッセーの言葉は銃声でかき消されてしまう。その事に訳が分からずに茫然としているところで自分の頬が熱いことに気づく。そして触れてみるとその手には血がしっかりと付いていた。まだ、訳が分からずにルドガーの方を見てみるとルドガーの震える手には拳銃が握られていた。
銃声、己の傷ついた頬、そしてルドガーの拳銃。ここまでの情報が揃っていてもなお、イッセーは状況が分からなかった。否、認めたくなかったのである。だがそんなイッセーの気持ちも虚しく現実が張本人であるルドガーの口から突き付けられる。
「お前達が俺を連れ戻すというなら俺はそれを―――手足をもぎ取ってでも止める!」
そう言うと同時にルドガーは悲しみで憂いを湛えた瞳のまま呆然とする黒歌達に斬りかかって来る。ルドガーに彼等を殺す気はないし本当に手足をもぎ取る気もない。ただ、自分を追えないように傷をつけるだけだ。
ここで戦意を無くしすぐに諦めてくれるならそれが一番だがそうでないのならば自分が手を加えようと彼は思っている。誰かを守るという選択が必ずしもその人を傷つけないという選択になるとは限らない。世界はどこまでも非情で―――残酷だ。
後書き
ボスが兄さんだと思ったか? 残念だったな、ボスはルドガーorイッセー達だ。
ルドガーとイッセーの主人公バトルをガチな状況で書きたいのでこうしました。
ルドガーが急激に病んだ? 元々病む要素はかなり持っているからいつ病んでもおかしくはないと思います。
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