竜のもうひとつの瞳
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第二話
それから五年、ストレスしか溜まらない地獄のような乳児期を終えて私と弟は数え年で六歳になりました。
生まれ変わった世界は戦国時代、神主さんのお宅の下から二番目というポジションに生まれました。
一番下は同い年の弟です。双子として生まれてきたみたいです、はい。
家の構造が何となく見たことがあるように思ったのは神社だったからだね。
私の友達に家が神社、ってのがいてさ、小学生の頃はよくお邪魔してたんだよね。
あんまり家には帰りたくなかった、ってのもあってさ。
で、この時代、双子とか三つ子とかそういうのがあんまり好まれないというのはよく分かってた。
不吉の象徴として片方が里子に出されたり、下手をすると殺されたりするってのは知ってたけど、
どうもその辺りはあの自称神様が上手くやってくれたようで、二人揃えていないと祟りが起こるとか言ったらしい。
所謂お告げってやつで。
で、弟と私はセットで据え置かれているわけだけども、この弟がひよこみたいに私の後を付いて来るから、可愛いんだこれがまた。
「あねうえー」
おぼつかない足元で駆け寄ってくる弟は、何も無いところで躓いて見事に転んで今にも泣き出しそうに涙を一杯浮かべている。
でも、そこは男の子で、ぐっとそれを我慢して一人で立ち上がっていた。
「あねうえー」
「おおっ、偉いぞー?転んでも泣かなかったねぇ」
駆け寄ってきた弟の頭を撫でてやれば、何故か誇らしげに胸を張っている。
またそんな様が可愛いんだわ。私に褒められて得意げになってるところなんか特にね。
「泣きません、だって小十郎は武士になるのですから」
「はいはい……そうだね、泣いてばっかりじゃ武士になれないもんね」
よしよしと頭を撫でられて喜んでる弟は、まぁ……まだまだ武士というイメージとは程遠いというか何というか。
外に出れば近所の子にいじめられて、その度に私に助けられてるってのに。
私の弟の名前は小十郎、片倉家の末子として生まれた子だ。
片倉、なんて名前あんまり聞いたことがないし、まさかとは思っていたけれども、
竜の右目と名高くなる人が私の弟だなんて、もう因果としか考えられない。
だって、無双じゃ伊達政宗が一番好きだったんだもん♪
政宗様は勿論、政宗様に関係する事も調べましたよ、もういろいろと。
さっきの双子があんまり良い目で見られない、ってのはその時に得た知識なわけです。
だけど、まさか片倉家に生まれるとは思ってもみなかったよ。
ということは、このままいけば小十郎は伊達家に仕官して政宗様の側近になる。
そうなれば、愛しの政宗様に会える機会が出来るかも……ぐふふ。
「あねうえ?」
「あ、ごめんね」
小首を傾げてこちらを見ている小十郎が可愛くって可愛くって。弟ってのは可愛いもんだよね。
いや、生まれ変わる前にも妹はいたんだけど生意気で可愛くなくってさ、あんまり関係良くなかったのよね。
そのせいなのか小十郎を妙に甘やかしてしまうわけなのよ。懐いてくれて可愛いからさぁ。
まぁ、どんなに私が甘やかしても父親が違う姉の喜多が鬼のように厳しいから、
私が甘やかすことでプラマイゼロになってるような気はするから釣り合いは取れてるのかもしれないけどね。
ちなみに武士になるって言ってるのも姉の刷り込みであるところが大きい。
小十郎は頭も良くて飲み込みが良いから武士になれると踏んだのか、
毎日毎日六歳の子供にするもんじゃねぇだろうと思うくらい厳しく躾けて学問やら剣術を叩き込んでいる。
流石に小さい子供に姉のスパルタ教育に耐えられなくて、姉のいないところで泣いているのは知っていた。
せめて私の前くらいは我慢しないで良いようにと、子供らしくあれるようにと、
本当に悪いことをした時以外は褒めたり甘やかしてあげる方に力を入れたもんだ。
だって、そうでもさせなきゃ歪んじゃうよ。変な方向に。
ただでさえ、三つの時に両親が相次いで死んでるってのにさ、
ろくに愛された事もないからって、結婚して家庭内暴力やら虐待に走っちゃったら洒落になんないし。
「小十郎は、あねうえをまもれるくらいにりっぱな武士になります!」
「ぬおぉおおお!! 可愛いぞ、こん畜生!!!」
しっかりと抱きしめてくしゃくしゃと頭を撫でてやると、小十郎はきゃっきゃとはしゃいで喜んでいる。
ああもう可愛いなぁなんて思いながらどっぷり甘やかしたのが、今思えばいけなかったのかもしれません。
「小十郎は、あねうえみたいな人になりたいです」
そう、そんなことを常々言われていたのだけれども、これをもっと吟味して考えるべきだった。
……それから更に十数年後。
「おめぇら! ナマやってんじゃねぇぞ!!」
戦場を駆け回る弟は、ヤクザそのものになっておりました。
いや、確かに伊達に仕官も叶って竜の右目なんて呼ばれるほどに立派に成長しましたよ。
成長したけども。
「私の可愛い小十郎は、何処行ったぁああぁぁああぁぁあぁああああ!!!!!!!」
小十郎以上にデカイ声で叫んだ私を敵味方関係なく一斉に見る。
見られたっていい、「あねうえー」なんて言ってひよこみたいに駆け寄ってきた可愛い弟が、
こんなむさくるしい強面のヤクザになるだなんて知ってたら、もうちょっと真面目に軌道修正かけてたよ。
いや、この際強面なのはいいよ。
人の容姿はとやかく言わない主義だけど、せめて堅気の商売にくらいはついてもらいたいと思うじゃないのよ。
「Ha! 俺の小十郎に文句があるってのか?」
敵を切り払いながら現れたのは小十郎と私の主である伊達政宗様。
ルー語のワンランク上の言語を操るこの男、私が好きだった政宗様とは程遠いどころか掠りもしねぇ。
うう……私、無双が好きだってあんだけ熱く語ったってのに、
どうして戦国“BASARA”の世界に落とすんだっての……もう、嫌がらせとしか思えないじゃないの……うう……。
「私が甘やかしたばっかりにこんな不良になっちゃって……出来ればもっと真っ当な職に就いて貰いたかった……うう」
「おいおい、伊達の軍師様だぜ?何処が真っ当じゃねぇってんだよ」
「ポジションは族を束ねるヤクザでしょう!?
……あの、ひよこみたいに私の後くっ付いて歩き回ってた小十郎が立派に人生踏み外して……
お姉ちゃんは悲しい!!」
切りかかってきた敵を軽く返り討ちにしながら、大将を探して歩き回る。
しっかりそのやり取りを聞いていた小十郎は私に背を向けているけれど、
きっと恥ずかしさで顔が赤くなっているのは何となく分かった。
だって、可愛い小十郎が……小十郎が……うう……。
「つか、小十郎の中で私ってあんな認識だったのよね。
常々、姉上のような人になりたいって言ってたけど、まさかあんな風に映ってたなんて……全部私のせいなのね」
束になってかかってきた兵を一網打尽に薙ぎ払い、分隊長と思われる兵を倒せば一気に統率が乱れて兵が逃げようと右往左往する。
「……姉上、毎回戦場で嘆くのは止めていただけませんか。士気が下がります」
周りを見回してもこちらの兵達の士気が下がっている様子はない。
というか、私が叫んだのだって気にしてる様子は皆無だ。
「下がってる様子、ないけど」
「……小十郎の士気が下がります」
ああ、そういうこと。でも、嘆きたくなるんだもん。私の可愛い小十郎がー、って。
「士気が下がったくらいで判断誤るほど温い教育を受けてきたわけじゃないでしょ。
もしそうなったら、姉上に怒られるわねぇ」
私の口から出た姉上、という単語に小十郎がびくりと震える。
姉の喜多は小十郎にとっての究極のトラウマでもあり、幼少期から散々叱られて厳しく育てられたのが
三十近くなった今でも心の傷として残っているというのだから本当に救われない。
竜の右目と恐れられているこの弟を本気で竦ませて怯えさせられるのは、実のところ姉だけだったりする。
そりゃあさ、姉のいる弟ってのは不憫なもんだってのは分かってるよ?
でも、姉に説教されるのと腹を切るのとどっちがいい、と聞けば、即答で切腹すると答えるのだから、
もう本当救いようが無いじゃないの。
「疲れたしお腹も空いたし、そろそろ終わりにしようか」
「……姉上……いえ、終わりにすることに異論はありませぬ」
「ほいきた。じゃ、あと宜しくー」
とん、と軽く地面を踏みしめて高く飛び上がる。
そして襲ってくる兵達とは間逆に逃げようとしている人影を見つけて、そこに向かって着地した。
突然現れた私に戸惑う武将さんには申し訳ないけど、私は軽く刀を振るって首と胴を綺麗に離れさせた。
「大将、討ち取ったり!!」
腹の底から叫べば、こちらの士気が上がり、逆にあちらの士気が下がる。
こうなったら戦が終わるのは時間の問題、私達は後始末をするだけだ。
結局大将を潰したことでこちらの勝ちとなり、呆気なく戦は終わってしまった。
まぁ、政宗様はもうちょっと楽しんでいたかったって顔してたけど、お腹が空いたし疲れたし、
人殺しなんかずっと続けてても意味ないし。さっさと終わらせるに限る限る。
「よっしゃ、それじゃとっとと陣片付けて帰るよー」
「はい!」
テキパキと兵達は陣を片付けて、私達は揃って奥州へと引き上げることにしました。
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