狼の森
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第五章
その洞窟の中から次々に出て来た、彼等はというと。
狼達だった。ハンスは彼等を見てすぐに弓矢を構えた。だが隠者はその彼に対して穏やかな口調で告げた。
「警戒することはない」
「爺さん、どういうことだこれは」
「わしの家族、仲間達じゃ」
「狼がか」
「そうじゃ」
まさにその通りだというのだ。
「わしはあの洞窟で狼達と共に暮らしておる」
「だから寂しくないっていうんだな」
「その通りじゃ」
まさにというのだ。
「わしは狼達と共に寝起きをして飯も食っておる」
「果物の他にもか」
「そうしておる、肉をな」
「あんた、本当に人間なんだな」
「何度も言うがわしは普通の人間じゃ」
隠者はハンスに再び答えた。
「ただ狼達と共に暮らしておるだけじゃ」
「まさかここが」
ハンスはわかった、狼達が洞窟から出て来て彼に警戒しながら隠者のところに来て彼を親しげに囲む中でだ。
「狼の森か」
「その通りじゃ」
隠者もそうだと答える。
「ここがな」
「そうなんだな、やっぱり」
「左様じゃ、ここが狼の森だ」
「狼は狼の森しかいないからな」
ハンスのいる村の周りの森ではだ。
「だからな」
「それはわかるんじゃな」
「わかるさ、俺も森が仕事の場所だからな」
「そういうことじゃな」
「まさか狼の森に人はいるなんて思わなかったけれどな」
隠者が、というのだ。
「けれどここが狼の森か」
「その通りじゃ」
「そしてあんたもいて」
「狼達もおる」
そうだというのだ。
「この通りな」
「そうか、それで何で俺をここに案内してくれた」
「知って欲しいからじゃ」
「知って欲しい?」
「狼は確かに肉を食う」
このことから話すのだった。
「それはな、しかし」
「必要以上に貪るってことはないんだな」
ハンスはこのことは自分から言った。
「そうなんだな」
「その通りじゃ」
「そして人も襲わないか」
「この通りじゃ」
狼達は今も隠者を親しげに囲んでいる、その顔には怯えも怒りもない。親しみを見せて隠者を見ているだけだ。
「わしは一度も襲われたことはない」
「あんたの言う通りか」
「わしは教会の中での詰まらない争いに嫌気が差して教会を去った」
隠者は彼の過去のことから話した。
「そうしてな」
「あちこちをだな」
「うむ、そうしてな」
そのうえでだったっというのだ。
「ここまで来たのじゃ」
「そうだったのか」
「この森に来てじゃ」
「この連中と会ったのかい?」
ハンスは狼達を見つつ隠者に問うた。
「ここで」
「そうじゃ、最初はわしも狼を警戒しておった」
隠者もだ、最初はそうだったというのだ。
「何時襲われるかとな」
「それがどうして変わったんだ?」
「わしが何日も何も食べるものを手に入れられずにな」
「餓えていたのか」
「その時。今にも倒れそうになりつつ森の中を彷徨っていた時に」
隠者は狼達を見ながらハンスに話す。
「そこでじゃ」
「この連中が助けてくれたのか」
「狼達が前に出て来た時終わったと思った」
彼の人生が、というのだ。
「これでな。しかしじゃ」
「そこでだったんだな」
「狼達はわしの前に肉を置いてくれたのじゃ」
「肉をか」
「生肉じゃった」
狼だから当然だ、このことは。
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