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緋弾のアリア-諧調の担い手-

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第五話




時夜side
《東京都近郊・森林》
AM:4時32分


腹部に蹴りを入れられて、樹を何本もへし折り、大樹に叩き付けられた俺。
背中から衝撃が抜けて、四肢に、全身に響き渡る。一瞬、時切を手放しそうになった。

一瞬咳き込むがそれだけだ。身体をマナで強化していた為、戦闘に支障はない。
痛みは持続しない。まだ大丈夫だ。問題なく、まだ戦える。


『主様、大丈夫ですか?』

「ああ、大丈夫だよ。時切も大丈夫か?」

『ええ、なんとかね。正直折れるかと思ったけれど』


蹴られる寸前の所で、時切での咄嗟の防御が間に合った。
その為に、万全ではなかったが、勢いを辛うじて殺す事が出来た。

蹴り飛ばされた箇所を抑えるが、痛みはない。手加減をされたのか、元より痛みに鈍い体質故か。

まぁ、両方であろう。そうして、思考を切り替える。
立ち上がり、反撃の策を考え、周辺状況を確認する。

マナを周囲に散布して、相手の位置取りを図る。
だがこれは策とは言えない。もし、相手が流れ出るマナの源流を割り出されてしまえばの事だ。
逆にこちらの居場所を易々と教える事になる。此方の位置取りを図られてしまう事になるのだ。


『主様、範囲内には感知出来ません。』


索敵範囲内には、敵の存在は感知出来ない。
これは調和を介して行っている為に、そう簡単に覆せるものではない。

それだけ彼女に信頼を寄せているのと、そう言える確固たる確証があるのだ。


「さて、やろうか」


例え、悪あがきだとしても。愚作だとしても。
絶対に勝てないと解っていても、ただそれで終わるのは俺の性分ではない。

何としても、せめては一矢報いたい所だ。


『―――主様!』

「―――っ!!」


彼女が声を上げる前に、俺の本能が警笛を鳴らし、その場から後ろに飛び退く。
刹那、その場に上空より幾本のマナで生成された長槍が突き立てられる。

それは悪寒がする程の眩い光を発する。そうして、予感が的中する様に爆ぜた。
周辺の森を吹き飛ばし、跡形も無くクレーターを作る。


『プチ・タイムアクセラレイト』


時属性の神剣魔法を発動して、加速した時間の中を疾走する。
槍の投擲が、とても遅く見える。感じる。

今の俺は五感、身体能力他が人間の極限まで引き出されている。これは俺が持つ異常の一種だ。
前世で自閉症に掛った時の、その後遺症とでも言えばいいのか。

脳の痛覚を司る器官が一部破損して、痛みに鈍くなった。
その代わりに、常人よりも思考能力・判断力・反射神経・運動能力が飛躍的に高まる。
そうして、常人の約15倍まで跳ね上がる様になった。

―――サヴァン・シンドローム

世間一般では俺の様な存在の持つモノをそういうらしい。
まぁ、普段はリミッターが掛っている為に安易に使用する事が出来ないが。

疾走しつつ、俺は横目で背後を確認すると、持続的に槍は降り注ぎ、着弾と同時に炸裂する。


「…えげつないね」


思わず比喩ではなく、背中を冷や汗が伝う。
お父さんはこと戦闘になれば、どこまでも冷徹になれる。相対者が実の息子だとしてもだ。
抵抗するならば、その圧倒的なまでの力で制圧しに掛る。

いくら、俺が最上位の永遠神剣を保持していても、元の経験の差が、修羅場を潜ってきた回数が違い過ぎる。
相手は、歴戦の勇士とも言える存在なのだ。

今回は、広域殲滅で墜されていないだけ、まだマシであろう。
俺も、広範囲殲滅で決着を付ける気はない。

一帯を焦土と化しても、それで確実に勝てるとは言えない。
それに折角の障害物である森林を無くしてしまえば、正面から相対する事になる。


(……悔しいが、正攻法では勝てない)


正面からの斬り合いでは、まず勝てない。技量の差というものが出てしまう。
卑怯とも言われようが、不意打ち等でなければ勝機はない。

何度も言うが、最初から勝てないとは解っている。


『…時夜、笑っているの?』


時切にそう言われて、自身でも無意識の内に笑っている事に気が付いた。
楽しいと、そう感じる。殺し合いは嫌いだ。けれど。

こう言った、模擬戦等は俺は嫌いではないのだ。自身の業が何処まで通用するのか、心が躍る。


「…さて、そろそろ反撃に移ろうか」


思考を戦闘状態へと引き戻す、それと同時。
マナで生成された槍による爆撃も終わった。俺は立ち止り、そう二人に呼び掛ける。


『はい、主様』

『オーケーよ時夜、いつでも行けるわ』

「うむ、じゃあリア標的の位置は解析出来てるか?」

『はい、主様が逃げ回って時間を稼いでいた間に特定は完了しています。』

「よし、標的の周囲を囲む様に環状にマナで生成したスフィアを展開しろ。制御の方はお前に任せるよ」

『御心のままに』


一息吐き、瞳を閉ざして精神を集中させる。
そうしてリアの声も、世界の音も徐々に遮断されてゆく。閉じた世界へと意識が舞い降りる。

右手を虚空に向けて、意識を集中し、心を具象化させるイメージ持つ。
俺の持つ神器を発現させる現在での一連の必要動作だ。

右手に淡い光が集まり出し、そして一本の刀剣を作り出す。

閉じた瞳を開く。刀の想像までのこの間、僅か数瞬。
そこに存在する陽の光を纏う長刀の重みをしかと感じ、目視する。


「さて、リア。スフィアによる波状攻撃を開始しろ。ある程度、時間を稼いだらバインドで捕捉。ただし、最初は牽制の意を込めて、ゆったりと弾幕を張れ」

『了解です、主様。』

「では、行こう!」


俺はそう告げて、再び加速した時の中を走り出した。






1







「…浅かったか」


足を抜き放った体制のままに、そう凍夜は呟いた。

蹴りを放つ刹那、瞬時にあの子は逆手に構えた小太刀と腕を交差する事で威力を殺した。
勿論、加減はしたがそれなりの速度と威力を孕んだ一蹴だった。

見事だとしか言い様がない、あの歳でのそこまでの技量を有している事に。
凄まじい成長速度だと、我が子ながらに関心する。


「…さて、これで終わるとは思えないが。“絶刀”お前はどう思う?」

『そうですね、主の子である時夜様がこの程度で終わるとは思えません。あの子の事です、すで反撃の一手を考え、行動に移っているでしょうね。』


俺の手に握られた一振りの刀、永遠神剣第四位『絶刀』は俺の内心と同じ事を思っていたらしい。
確かに、あの子はこの程度では終わらないだろう。
反撃の策、それを講じる時点で実力差を理解している。戦場ではその見極めも重要な一つだ。

そう思考に陥っていると、今まで会話に加わっていなかった。
俺の腰に差さっている白銀の片刃中剣型の永遠神剣『継承』が会話に加わってきた。


『主、微かにだけれどマナによるエリアサーチが行われている』

『まだあちらは此方の位置を把握出来ていないみたい。先制攻撃のチャンスです』

「―――継承」

『承知』


俺の意図を汲み込んで、継承は行動に移り出す。
鞘に納められたその刀身が、鞘越しにでも解る程に神々しく輝き始める。


『オーラフォトン・ストライク』


そう言霊を唱えると同時。
光は空へと集って、オーラフォトンによる長槍を幾本も形作っていく。


「―――放て」


俺のその合図で、放たれる事を待ち望んでいたかの様に長槍は標的に向かい降下され、降り注ぐ。
あの蹴りでは倒しきれていないのは百も承知。これは所謂保険だ。
程なくして、遠方から長槍が爆ぜる炸裂音が聞こえてくる。

「ふむ、これでどうかな?」


数瞬の後。
思案する間を与えず、お返しと言わんばかりにマナによるシューターが全方位から飛んでくる。

速度は上々だが、弾幕にしては手薄だ。これは様子見の牽制だろう。
左腕で払う様に、迫るシューターを難なく破壊する。破砕音を立てて、それは儚くも散りゆく。


「さて、次はどう出る時夜?」


息子の次なる一手を想起して、俺は薄く笑みを浮かべた。






2







「…………」


俺は樹齢の高い樹の上より、お父さんの様子を窺っていた。
好機を、じっと待っているのだ。“運良く”此方の存在はバレてはいない。

否、バレる事はないと言える筈だ。
今の俺は作り出した喜の感情武装である長刀の能力を使用している為だ。

《心剣創造・喜-ソウルブラックスミス・トランスペアレンシー-》
その能力は刀身・担い手自身を不可視化する事が出来、マナの痕跡までもを断つ事が出来る。

眼下では、シューターによる波状攻撃は勢いを増し、お父さんも自身の神剣を駆使し、迎撃に当たっている。

……そろそろ頃合か。

俺は音もなく、マナで身体強化された脚力で高く宙に上がり、対象を見下ろす形になる。


「…リア、捕縛開始だ」


その言葉にリアが頷き、スフィアの動きに変化が訪れ始める。


「―――むっ!?」


ただ迎撃されていたシューターはマナの鎖に変わる。
対象を縛りつけて、身動きを取れない様にする。

不意を突かれたのか回避しようとしたお父さんの動きが鈍り、見事に束縛する。


「―――はぁッ!!」


不可視化を解くと同時に、右手の心剣を送還して右手に時切を携える。
そうして左手にオーラフォトンで生成した刀剣で、上空より降下して斬りかかる。

奇襲性と高威力の単発技である『リープアタック』だ。


「―――ふっ!」


上空からの奇襲を感知したお父さんは、力技で鎖を引き千切り、右手の神剣絶刀で迎え撃つ。
触れ合った瞬間大気が振動して、お父さんの足元が陥没し中規模のクレーターを作り出す。

一時的に力が拮抗するが、鍔迫り合いから強引に引き離される。
オーラフォトンで生成した刀剣が刃毀れを起こし欠損するが、それを構っている暇はない。

俺はそれを逃すまいと接近するが、神速の斬撃が襲い掛かる。
それを速度殺さずに強化された身体能力でかわすが、薄皮一枚と言った位に斬られる。

本命の斬撃を左手の刃で逸らすと、限界であったのかマナの粒子となって散ってゆく。
だが、それでいい。充分に接近する事が出来た。それと同時に、右手で突きの体勢を作る。


「うぉおおおおおッ!!」


まるでジェット噴射で加速された様にマナで体・刀剣を速度強化して突っ込む。
速度の初速に世界が歪み、肩が外れるかの様な衝撃が走る。俺は、一筋の閃光と化す。

それは血色のライトエフェクトを発しながら徐々に引き寄せられるかの相手に迫る。
片手剣突進技『ヴォーバルストライク』。某ラノベの技を再現したものだ。


「―――貰ったッ!!」


そう確信と共に刺突は相手へと到達する。
ただ不安要素なのはこの状況に対して、不敵にも笑っている対象。
それが、不安要素以外に他ならない。

切先が到達した瞬間、その異変は訪れた。対象の姿が解れて、姿を霧散する。
そして一筋の閃光が我が身を突き抜ける、それは斬撃へと変わる。

驚く間もなく、幾筋もの斬撃が俺の体を襲った。
痛みを感じる暇もなく何をされたのかも理解出来ず、俺の意識はそこで刈り取られた。






3







時夜side
《住宅街・通学路》
AM:7時57分


「…いたたたっ」

『大丈夫ですか、主様?』

「…ああ、大丈夫」


あの朝の闘いから僅か数時間。あの最後の一撃で昏倒させられてからそれ程しか経過してない。
体の傷等は、残らずに消えているが疲労と筋肉痛などは抜けきっていない。
それに俺はサヴァン・シンドロームも使い、脳のリミッターを外した為に反作用も働いている。

あれは普段は人間の脳に掛っているリミッターを解く事。
それで、常人を逸した人間の持つ本来の力を引き出すものだ。

まぁ、大きすぎる力には代償が必要という事。
これで、身体自体がちゃんと出来あがっていれば問題はないのだけれど。

あれは未成熟な体では無理をさせすぎる。まぁ、肉体の方は何とかしようと思えば何とかなる。
俺はそれを“武装形態”と呼んでいるが。
永遠存在は概念を書き変えて、自身の肉体を自由に操作する事が出来るのだ。

何故か初めて大人化した時は両親や姉達が涙を流していたけど。
わけがわからないよ。

まぁ、今では自在に肉体年齢を書き換える事が出来るが、これにも相当な時間を有した。
永遠存在になってからの一年の所を、一年を十年、十年を百年と。
お母さんの神剣の作り出した異空間で、概念操作の取得と戦闘技術の習得をしていた。

俺が幼稚園に入るのに一年遅れたのはその為。
永遠存在になった存在は、その時より肉体の成長が止まる。
身体年齢が四歳以降で進まずに社会に出ると、明らかにその存在は異常以外の何者でもない。


「大丈夫ですか、時夜?」

「うん、まぁ大丈夫だよ。でも…」


手を繋いだお母さんがそう尋ねてくる。
身体の方は、ある程度の倦怠感等はあるが日常生活に支障が出るほどではない。

あの戦闘を行った森林の方はというと、そちらの方も問題はない。
木々は焼かれ、大地には大きなクレーターを作り出してはいたが、“最初から”何もなかった事になっている。

お母さんが、自身の永遠神剣の能力を行使して、時間を巻き戻した為に最初から何もなかったかの様に元通りとなっている。

やっぱり、時系統の神剣って便利だよな。
まぁ、あまりその能力を使い過ぎると、時空に歪みが出来るが、森の修復程度ならば問題はないだろう。


「もう少しで一撃入れられると思ったのになぁ」

「確かに、惜しい所までは行ってはいましたね。」


あの模擬戦のルールは俺が一撃を当てれば俺の勝ち。
相手は俺に降伏の意を示させるかノックダウンさせれば相手の勝ち、という解りやすいものだ。


「うん、今回はちょっと自信あったんだけどね」

「まぁ、私達も長い時の中を生きていますからね。経験の差が違います。まだまだ若年者にはそう簡単には負けませんよ。」


それだけ永遠に近い年月を生きているという事。
つまりは年m―――


「…時夜。今、何か良からぬ事を考えませんでしたか?」

「…い、いや何も考えてないよ?」


お母さんの出す笑顔から何処か威圧感の様なものが沸き出て、思わず背筋が冷たくなる。
……目が、目が笑ってない。

そして、その背後に何処か黒いものが見える。
アニメや漫画ならゴゴゴゴ…等と言った擬音が付く事だろう。俺は必死に両腕を振り、弁明をする。

先の戦闘よりも、思わず身の危険を感じ取った。


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