駄目親父としっかり娘の珍道中
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第71話 体調が悪い時って大概機嫌が悪い
前書き
何かこの章を書いてから随分回想シーンが多いなって思っちゃってる昨今だったりします。
雨、しとしとと空から降り注ぐ冷たい滴。それを浴びた際の不快さと言ったらない。
だが、時として雨を体に浴びていたい時も人にはあったりする。例えば、額から零れ落ちる涙を隠す時とか―――
***
辺り一面に広がるのは相も変わらず死体の山であった。地面に転がる死体、死体、死体―――
其処から漂う血と腐敗の匂いが鼻につく。幸いなのは降り注いだ雨がその匂いを幾らか緩和してくれている事であろうが、その代わりとして体に当たるその滴が妙に痛い。
まるで、あの時の雨の様だ―――
そう思いながら、銀時は刀についた血糊を振り払い鞘に納める。彼の羽織っていた白い陣羽織は返り血により赤く染まり上がりその量が敵は勿論味方さえも恐怖の象徴として捉えてしまう。
本人からして見ればそんな事など大して気になどしない。なぜなら、自分以上に返り血を浴びた者がすぐ其処に居るからだ。
銀時の羽織っていた羽織とは対照的に真っ赤な陣羽織を羽織ったそれは、ただ何もせずその場に立ち尽くしていた。
両手に持ってた色鮮やかな刀の刃にはべっとりと血糊がこびりついている。
根本で束ねた長い栗色の髪には戦いで浴びた返り血がこびりつきその髪を汚していた。
だが、何よりも銀時がその者を見る事になった要因は、その顔だった。
「またか……」
そっと、銀時は呟いた。知っていたのだ。その表情の意味を―――
白夜叉と紅夜叉。
その名を聞けば大概の敵は震え上がる。戦場を荒らし回る二匹の鬼。その強さは常識を凌駕し、二人が歩いた後には敵の死骸しか転がっていないとされる程であった。
誰もがその光景を目の当たりにすればこう言うであろう。
【奴らは戦う為に生まれてきた者達だと……】
だが、それは大きな間違いだった。少なくとも紅夜叉は違っていた。
そう、紅夜叉は……彼女は戦いを望んではいなかったのだ。その証拠こそが、銀時が見たその表情であった。
今、紅夜叉こと、高町なのはは泣いていた。雨の降り注ぐ曇天を見上げながら、零れ落ちる涙を雨と共に大地に流し続けていた。
まるで、戦いを好む自分に対する決別の意でもあるかの様に―――
「何時まで泣いてんだよ、お前は?」
「……銀時」
後ろから銀時の声を聞き、紅夜叉は振り返った。その瞳には悲しみの意志が感じ取れた。仲間を失った悲しみ、敵を斬った事への罪悪感、そして、戦い続ける自分との葛藤。それらが彼女の中でとぐろを巻き、暴れ続けている。それを彼女自身どうする事も出来ず、ただこうしてひたすらに涙を流し続ける事しか出来ずに居たのだ。
その姿が、銀時にはとても痛々しく見えて仕方がなかった。果たしてそうだろうか?
ただ、戦場で涙を流すこいつに嫌悪感を感じただけなのかも知れない。事の真相など知った事じゃないのだが、確実に言えることは一つ。
銀時は彼女の泣き顔など見たくなかった事だった。
「戦をする度にそうやって泣くのか? そんな調子じゃ次に死ぬのはてめぇだぞ?」
「………」
「人を斬るのが辛ぇのは分かるがよ、いい加減慣れろよ。羽織ってるそれや折角の得物が泣くぜ。えっと……何て言ったっけ? お前の使ってる奴」
「………」
銀時が必至に刀の名前を思い出そうとしている中、なのはは両手に持っていた刀にこびりついていた血糊を振り払い、その刀身を見せてきた。片方は銀色に輝く刀身を持ち、もう片方は淡い紅色を帯びていた。
どちらもかなりの業物と言える仕上がりの一品であったのだ。
「白いのが白夜、赤いのが桜月」
「そうそう、それだそれ! ったくよぉ、そんなすげぇ代物使ってる奴が戦場を駆け回る度に泣きまくるなんて知られたら笑われるぞ。攘夷戦争最強と謳われた紅夜叉様は泣き虫です。だなんて知られて見ろ。そしたら俺まで笑われちまう」
「……御免なさい―――」
銀時にそう言われてしまい、すっかり凹んでしまうなのは。現在進行形でブルー入ってた上に銀時にそう言われた為に相当ショックを受けたのだろう。
そんななのはの頬から流れる涙を、銀時は自分の親指で強引に拭い取って見せる。その行動に驚いたなのはが銀時を見る。
「ま、お前の場合その方が良いのかも知んねぇけどな。ったくよぉ、何だって俺ぁお前に勝てねぇんだろうなぁ。俺がお前よりも強けりゃぁよぉ………」
其処で銀時は黙り込んでしまった。其処から先の言葉が銀時の中にはなかったのであろう。いや、正確には見つからなかったと言うべきだろう。
それとも、単に恥ずかしかったのかも知れない。
その証拠に、銀時は頬を赤く染めながら鼻先を掻いていた。
「銀時が私より強ければ……何?」
「だぁ、もう! 人の揚げ足取るんじゃねぇ! あれだよあれ、普通男が剣で女に負けるってのがおかしいだろうが! 進撃の○人のエ○ンとミ○サかよ俺らは!」
必至に弁解している様子が相当面白かったのか、それとも話のネタがいまいち論点からずれてるのが面白かったのか。どちらかは分からなかったが、銀時のそれを聞いていた時、なのはは口元が僅かに緩み、笑みを浮かべていた。
本来なら喜ばしい事なのであろうが、今の銀時には何故か癪に障った。
「あ、てめぇ今笑いやがったな!」
「わ、笑ってない! 笑ってないよ!」
「嘘つけ! それじゃその緩み切った顔は何だよ! さっきまでガチガチに硬ぇ顔しやがった癖によぉ! そんな緩み切った顔なんざこうしちゃる!」
額に青筋を浮かべた銀時がなのはの両頬を掴みグイッと引っ張る。思った以上に柔らかった為か、なのはの頬を思いの外伸び、その時にはなのはは涙目を浮かべながら両手をバタバタとばたつかせているのが見えた。
必至に止めるように哀願するなのはのその顔が、ふと銀時には可愛く見えてしまい、また同時に少し苛めたくなってしまったのだ。
「いふぁいいふぁい、やめふぇよぉ、ぎんとふぃ~~~」
「う~ん、どうしようかな~?」
「もうやめふぇよ~」
「わぁったわぁった。しゃぁねぇから止めてやるよ。俺ぁ優しいからな」
そう言い、手を離す。銀時が引っ張っていたその両頬は僅かに赤く腫れ上がり、その頬を抑えながたまた涙を流していた。
「う~~、痛い……凄く痛かったよぉ、銀時ぃ」
「痛い? んなのったりめぇだろうが。俺達ぁ今こうして生きてるんだからよぉ。生きてる間は辛ぇ事や痛ぇ事ばっかだろうよ。でもよ、そんな中でもたまには嬉しい事や楽しい事もある。だから生きるってのが良い事なんだろ?」
「………銀時、上手い事言って纏めたつもりみたいだけど、人の事苛めた後だとあんまり意味ないと思うんだけど―――」
「あぁ!? あんま生言うと今度は鼻摘まんだろうかぁ?」
「ひぅっ!!」
銀時のドスの利いた啖呵にすっかりビビりが入ってしまったのか、両手で顔を隠し目を背けてしまった。流石にちょっと苛めすぎたかな。内心少し、本当に少しだけ反省した銀時は、そっとなのはの頭に手を乗せる。
「ま、あれだ。とっとと引き上げようぜ。このまま野晒じゃ風邪引いちまうよ」
「………う、うん」
「ったくよぉ、こんな事なら予報見ときゃ良かったぜ。傘なんざ持ってねぇっつぅの!」
ぐちぐちと文句を垂れながら銀時は屍の山の中を歩く。そんな銀時の後に続き、なのはもまた屍の山の中を歩き、戦場を後にする。彼女が銀時に続いて歩く事はさほど珍しい事じゃない。幼い頃に戦場で出会った頃から、この光景はずっと繰り返されてきたのだ。
そして、大人になった今でも、それをただひたすらに繰り返しているに過ぎないのだ。
「………」
ただ、そんな二人の光景を、遠目から一人眺める高杉晋介の姿がある事を除けば………の話ではあるが―――
***
目を開くと、見慣れた天井が其処にあった。そして同時に聞こえてくる雨音。その音を聞き、銀時は軽く舌打ちをした。
「雨が降ると決まって同じ夢を見ちまう。だから雨は好きになれねぇ」
ふと、一人でそう呟きながら銀時はそっと寝床から起き上がった。辺りを見回せば自分以外には誰も居ない。さっきまで喧しく看病と称した暴力を振るっていたあのお妙の姿すらない。
銀時は、枕元に置かれたジャンプを手に取りそれを見つめた。
「ったく、ジャンプ買って来るんだったらちゃんと確認しやがれってんだ」
そう言って無造作にジャンプを投げ捨てる。その際、ジャンプの拍子には「赤マルジャンプ」と書かれていた。どうやらジャンプはジャンプでも別系統のジャンプを買って来てしまったようだ。それに癇癪を起した銀時の為にとお妙は買いに行ったのだろう。
我ながら下手な言い訳だったと内心あざ笑うべきだろうか。とにもかくにも、今のこの状況であれば安易に外へと出られる筈だ。
紅桜、岡田似蔵、謎の剣士、白銀の剣、行方不明の桂、変貌する剣、今回の依頼は恐らく一筋縄ではいかない代物であろう。となれば、何時までもこうして寝てる訳にはいかない。恐らく、今回の仕事は自分が加わらなければ終わらない代物だ。となればさっさと起きて行くべきだろう。
「その前に小便にでも行くか」
僅かに感じた催し感に気づき、銀時はそっと布団から出る。時期的にはまだ残暑の厳しい時期の筈だが、妙な肌寒さを感じた。雨のせいだろうかどうかは分からないが、とにかく今は用を足すのが先決であった。
「動いては駄目だと言った筈ですよ?」
「!!!」
ふと、自分を呼び止める声に気づいた。まさか、お妙が帰ってきたのでは? いや、それは有り得ない。今週のジャンプが出たのは既に5日も前の話。今ではあちこちのコンビニでそれを置いてる筈がなく、ジャンプを手に入れるには遠くにあるコンビニに行かねばならず、其処まではどんなに急いだところで最低でも1時間は掛かる。
うたた寝していたとは言え恐らくだがお妙が此処を出て行ったのはおよそ10分か20分近く前の筈。幾らなんでも早過ぎる。
となれば、後ろに居るのは誰なのか?疑問に思いながら振り返ると、其処には見覚えのあるのと同時に今は見たくないツラがあった。と言うか、今は見たくないヅラが其処に居た。
「何やってんだ? ヅラ」
「ヅラじゃありません。ヅラ子で御座いま―――」
ヅラこと桂が言い終わるよりも前に彼の顔面に銀時の鉄拳が叩き込まれたのは今に始まった事じゃなかったりする。
***
起き抜けに心底いらつかせてくれる輩に出会ってしまったが故に銀時の不機嫌さは側から見ても明らかな位であった。それもそうだろう。何せ、勝手に行方を眩ませてこちらに多大な迷惑を被った張本人でもあろう桂小太郎本人が唐突に銀時の目の前に姿を現していたのだから。
しかも下手な変装をして―――
「朝からそうカリカリしてどうしたと言うんだ銀時?」
「このカリカリの原因の100%が全部てめぇのせいなんだよ」
「まぁ落ち着け。此処は茶でも啜りながらのんびり語ろうではないか」
「それ家の茶だけどな。後で茶代出してけよな」
愚痴愚痴と文句を言いながら桂から差し出された茶を啜る。一息ついた所で銀時は向かい側に座る桂に目線を向けた。
「で、何でてめぇが此処に居るんだ?」
「うむ、やるべき事が終わったのでとりあえず俺の手元にある情報をひとまずお前に与えようと思ってな」
「あ、そ。で……その髪はどうした? イメチェンか?」
銀時が指摘した桂の髪は普段以上にバッサリと切られており、首から肩に僅かに掛かる程度の長さしかなかった。
まぁ、仮にもそれがイメチェンとほざいたのならその場合は手に持っていた茶を思い切りぶっかけてやろうと思っていたのだが。
「うむ、貴様の言う通りイメチェンだ!」
一切迷う事なく言い放った。なので銀時は当初の予定通り熱々のお茶を思い切り桂に向かいぶっかけた。その際に桂が「うごわぁぁ! 暑い暑い、じゃなかった熱い熱いぃぃぃぃ!」と悲鳴を挙げていたのは当然の事だったようだが。
「真面目に答えよう。この髪は例の人斬りにやられた物だ」
「人斬り? あぁ、あの野郎か。け、奴も趣味悪い事しやがるぜ」
「だが、詰めが甘かったな。俺の生死の確認をせずに髪だけ毟り取って消え去ってしまったからな。だが、そのお陰で俺は奴の根城に潜り込む事が出来た」
銀時達の知らない裏で桂はひたすらに動き回っていたようだ。大層ご苦労な事だったであろう。心底その苦労を労ってやりたい所だが、生憎銀時にそんな優しさは欠片もなかった。
「時に銀時、お前も相当な目にあったそうだな」
「全くだ。あの紅桜って化け物刀もそうだが、途中で乱入してきたあの仮面野郎に思いっきりドテッ腹に一撃貰ったからな………アレ?」
語りながら腹部の傷に触れようとした時、ふと銀時は気づいた。今までは怪我の具合からして触れないように努めていたのだが、今回触れてみてその違和感に気づいた。
「どうした?」
「変だ、傷がない。腹の傷もそうなんだけどよぉ……体全身の傷も何時の間にか無くなってやがらぁ」
確かめる為に銀時は上着を脱ぎ腹に巻かれていた包帯を取り払ってみた。思った通り、取り払った包帯の後から出てきたのはまるで一切傷を受けていない本来の銀時の体その物であった。
明らかにおかしい。確かあの時は仮面の剣士の一撃で腹部を貫通された筈。普通に考えてこんな短時間で怪我が完治する筈がない。
だが、包帯を取り外せば外す程に其処にかつてあった筈の傷がすっかり塞がり元通りになっていたのだ。
更に言えば体の調子もほぼ前回の時までに戻っている。全く意味が分からない事この上なかった。
「ま、良いや。怪我が治ってるんだったらそれに越した事ぁねぇしな」
「ふむ、俺の知らない所でお前も大変な目にあってたらしいな」
「あぁそうだな。それよりもさっさとお前の情報ってのを寄越せ!」
「慌てるな。それをする為にも今こちらにもう一人向かって来る者が居る。その者が来てから話す」
「???」
すっかり置いてけぼりを食らったような歯痒さを感じる銀時であったが、そんな矢先に来客を知らせる呼び鈴が鳴った。こんな雨天に一体誰が訪れると言うのだろうか?
まぁ、それは十中八九桂が連れて来た輩に違いはないだろう。
「どうやら到着したようだな。入って来てくれ」
「おい、此処は俺ん家だからな? 念の為に言っておくが」
すっかり我が家気分を出してる桂に釘を差す銀時。そんな銀時の事などお構いなしに入り口の扉が開かれ人が一人中へと入ってきた。
「あの……遅れてしまって……申し訳ない」
「む、問題はないぞ。銀時も俺も今こうして集まった所だ。とりあえず立ち話も何だから座ってくれ。鉄子殿」
「客人ってあんたかよ……ってかヅラ、お前何度も言うがなぁ……此処は俺ん家だからな!」
本日何度目かのツッコミを繰り出すせわしない銀時であったが、そんな銀時をとりあえず放っておき、話をする体制は整った。今、銀時の目の前では桂と鉄子が並ぶようにして座っている。
そして、その鉄子の両手には見覚えのある一本の刀が握られていた。
「銀時、彼女が持っているこの刀、見覚えがあろう?」
「あぁ、こいつだけは忘れたくても忘れられる代物じゃねぇ」
「そうだな、特にお前や高杉にとってはな―――」
「………ちっ!」
桂のその一言で銀時の不機嫌さは更に加速しだした。銀時が不機嫌なのは桂が来た事もそうだが、先の一言と目の前に置かれたこの一本の刀のせいでもある。
「あの……一応、打ち直しておいたんだ。見てくれないか?」
「打ち直したのか? ご苦労様と言いたい所だが、どうせならひと思いにへし折って欲しかったんだがなぁ」
「銀時は、この刀が嫌いなのか?」
「好きとか嫌いとかじゃねぇよ。こいつに関わるとロクな目に合わねぇ、それだけの事なんだよ」
文句を言いつつも律儀に銀時は刀の刀身を見つめた。少々荒っぽい面もあるがそれでも良い出来に仕上がっている。打ったばかりと言う訳でもないのだが、刀身に触れてみるとほのかに温かみを感じた。
恐らく、彼女が心身込めて打ち込んだ為であろう。心底、これが刀なのが勿体ない位にさえ思えた。
「とりあえず例を言うぜ、あんがとうよ」
「良いんだ。それよりも教えて欲しい。何故この刀に関わるとロクな目に合わないんだ?」
「これを使ってた奴が死んだからだよ」
「それって……紅夜叉さん……の事か?」
「………」
鉄子の問に銀時は答えなかった。ただ無言のまま刀を鞘に納め、そしてそれをそっと自分の横に立て掛けた。
「馬鹿な奴だよ。俺なんかの為に戦い続けやがって―――」
小声で銀時はつぶやいた。もしかして、それは紅夜叉と言う人に向けて言ったのだろうか?
「銀時、教えてくれ。その刀に関わる事を」
「……鉄子、お前は妖刀ってのを信じるか?」
「いきなり何だ? まぁ、信じては……分からない」
「こいつはなぁ、その妖刀の類なんだよ。ま、妖刀って言うよりは、呪われた刀と言った方が正しいだろうがな」
「呪われた……刀―――」
今より遥か昔、名も無き刀匠が作りし二振りの刀。それは手にする者に常人を超越する力を与え、幾多の戦場を駆けさせる正に常勝の刀と称された。その噂が国中へと響き渡り、遂にはその二振りの刀を巡り戦が起こる事まであったとされる。
白き刀身を持つ白夜。赤き刀身を持つ桜月。二つの刀を手にする者は天下を御する事も可能となる。そんな噂さえ流れる程までとなった。
だが、二つの刀を手にする事が出来た者は未だ居ない。二つの刀は互いに争い続ける呪われた刀であった。白夜を手にした者、桜月を手にした者。それらを手にした者達は誰しも刀に操られるかの如く戦場へと繰り出し、まるで操り人形の様にその身が朽ち果てるまで戦い続けた。
持ち主の身が朽ちればまた新たな持ち主の手に渡り、また戦場を駆け抜ける。そんな歴史があった事から、何時しかこの刀を手にしようとする者はついに途絶えてしまった。
攘夷戦争にて天人達を震撼させた、赤き鬼神を除いては、だが―――
「俺やヅラが知ってるのはそれ位だ。とにかく、この白夜を手にした者は白夜の手足となって永遠に戦い続けなけりゃならない。てめぇの意志なんて関係なくな」
「皮肉な話だ。古代中国にて最強の矛と最強の盾を作りし者の話はあったが、それは結局笑い話で終わった事だ。だが、名も無き刀匠が作ったのは最強の矛と最強の矛。互いが互いを求めて探しあうかの如く二本の刀は常に戦場にあったのだ」
白夜と桜月。二つの刀は常に戦場と言う戦場にその姿を現していた。
川中島の戦いに置いては、かの上杉謙信と武田信玄が愛刀として使用し、互いに激しい死闘を演じていたと言う噂もあり、白夜を懐に挿していた今川義元は桜月を腰に挿していた織田信長に敗れ、またその信長も今度は白夜を腰に挿した明智光秀によって討たれた。と言う噂すら流れている。
恐らく、もっと昔の戦いに置いてもこの二本の刀は関わっているのであろう。恐らく、それはこれからもずっと続く事であろう。この世に白夜と桜月があり、それを使う者が居る限り―――
「止める手立てはないのか?」
「方法は簡単だ。こいつを破壊すりゃ良い。ま、刀を折った所でまたどうせ再生するんだろうがな」
「それじゃ、完全に破壊する為には……やはり、桜月が必要になると?」
「だろうな。最強の矛を壊すにゃ最強の矛しかねぇだろう。だが、肝心の桜月が何処にあるかさっぱり分かりゃしねぇ」
白夜を破壊する為には桜月が必要になる。だが、肝心のその桜月の所在が掴めていないのだ。そんな中、桂がまるでしたり顔でこちらをチラリチラリと確認するように視線を動かす仕草をしていた。何処となくソワソワしているように見せている感が見え見えな為に余計に腹立たしく見える。
「んだよヅラァ。言いたい事があんなら早く言えよ」
「ようやく来たか。うむ、では言うとしよう。その前に一言言わせろ」
「何だよ?」
「俺はヅラじゃない、桂d―――」
言い終わる前に銀時の目の前にあった空の湯飲みが桂の顔面に直撃した、湯飲みは桂の顔面に叩き付けられ音を立てて割れたが、生憎桂の頭は割れる事はなかった。其処は惜しかったであろう。多分―――
「お前さぁ、空気読めよ。何か確信めいた事を言う大事な場面だろ? んなとこで一々変な挟み入れなくて良いって。だからさっさと話せ。でねぇとてめぇの残ってるその残り毛全部剃るぞ!」
「わ、分かった。だから早まるな! け、結論から言おう。桜月は高杉が持っている」
「やはりか」
薄々そう思ってはいた。あの紅桜は何処となく桜月に良く似ている。それに岡田の言動から察するに恐らく奴は高杉と何らかの繋がりを持っていると推測が出来た。
江戸を火の海にしたいと思っている高杉にとって見れば人を斬る事しか頭にない岡田は絶好の手駒と言えるだろう。
「だが、俺の知ってる桜月にはあんな化け物じみた能力はなかった筈だ。ありゃどう見ても俺の知ってる桜月とは別物だったぞ」
「うむ、俺もあれを初めて見た時に思わず動揺してしまった。だが、斬られて分かった事があるんだが、あの刀は威力的には桜月に遠く及ばない代物であろうな。もし、あの時俺を斬ったのが桜月であったなら、今頃俺の胴体は繋がってなかった筈だ」
銀時も桂も白夜と桜月の切れ味は嫌と言う程思い知っている。例え素人が振るったとしても桜月の切れ味ならば鉄板すら容易く両断する事が出来る。鉄板ですら容易く斬れるのだから人間の肉など問題なく切断が可能だ。
この事から予測出来る事はおよそ二つ。岡田の腕前の問題か或いは用いていた刀の攻撃力の二つだ。
その中でまず岡田の腕前と言う関連は除外される。居合い斬りの達人と呼ばれた岡田であれば人を両断する事など容易い事だろう。
となれば残る問題は持っていた得物の攻撃力しかない。恐らくあの紅桜は桜月に比べて攻撃力が大きく劣っていると言う結論が確定づけられた事になる。
「あれは……紅桜は、兄者が作った物だったんだ」
銀時と桂が二人で話している時に、鉄子が静かに言葉を発した。銀時が依頼の際に兄の鉄矢から聞かされたのとは食い違う内容だった。
だが、それを聞いた銀時は余り驚いた素振りを見せてはいなかった。寧ろ粗方予想出来たかの様な顔をしていた。
「だろうな。大方そうだろうと予測が出来たよ」
「うむ、俺も高杉の造船所内を嗅ぎ回っていた際に見つけた事が出来たが、あれがもし完成したらとんでもない事になるぞ。何せ、あれを用いれば戦闘経験のない素人でさえも化け物並の戦闘力を手に入れる事が出来る。もし、あれが過激派の攘夷志士達の手に渡ったりしたらと思うとぞっとする」
同じ攘夷志士である桂が言うのであれば信憑性が高い。今でこそ桂は過激派から穏健派へと鞍替えしており、今では穏便に事を済ませる事に努めている。そんな桂に賛同してか、大多数の攘夷志士達も桂の意志を汲み取り主だった動きは見せないでいるのが現状だ。
だが、中には桂のやり方に不満を持つ攘夷志士達も中にはいる。それが過激派の攘夷志士達だ。その中には桂を打ち倒して攘夷志士の先頭に立とうと言う野心を持った輩が居ないとも言い難い。
もしそんな輩の手に紅桜が渡ったりしたら、それこそ高杉の描いた絵図通りの展開になってしまう。
それだけは阻止しなければならない。それが桂の使命であった。
だが、銀時の中には別の使命感が内から湧き上がっているのを感じていた。
(あの紅桜が桜月をベースとしてかはたまたネタにして作ったかは分からないが、あれの制作に桜月が絡んでるのは間違いない。だからあいつが俺に白夜を託したんだろうな?)
ふと、銀時は自分の脇に置かれた白夜を見た。桜月を模して造られた紅桜を破壊出来るのは恐らく白夜のみだろう。そして、その白夜も桜月も元は紅夜叉が使用していた刀だ。その刀を悪用される事は銀時にとっては溜まらなく屈辱でしかないのだ。
かつて共に戦場を駆けた仲間でもあり、同時に大切な存在でもあった紅夜叉が残したこの世界に二つとない形見。それをこんな形で使われてしまっては死んだ紅夜叉も報われないだろう。
それに、彼女が悲しむ顔を銀時は見たくなかった。戦いを誰よりも嫌う彼女の事だ。自分の愛刀が悪用されてると知れば必ず悲しむ筈。それだけは断固として阻止したかった。
(紅夜叉、お前の愛刀暫く借りるぜ。だけど、事が全部済んだら必ずお前に返す。白夜と桜月、必ずセットにして返してやるからよ。その時までこいつを使わせてくれよな)
白夜を強く握り締め、銀時は固く決意した。生きている者が死んでしまった者に出来る事。それは死んでしまった者の生きた証を守り抜く事だ。
その為にはあの紅桜をこの世に残してはならない。一本残らず破壊しなければならないのだ。
そして、最終的にはこの白夜も、そして桜月もこの世から抹消しなければならない。
それこそが、彼女の望みなのだから―――
つづく
後書き
銀時、高杉、桂、なのは、そして紅夜叉。
紅桜、白夜、桜月。
さまざまなフレーズが出てきてますが正直これを全部まとめあげられるのかちょっぴり不安だったりします。でも負けないもん! 頑張るもん!
ってな訳で次回もお楽しみに。
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