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Holly Night

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第2章
  ―――2―

翌二十五日、町田サトシはあっさり少年課刑事に見付けられ、狭い取調室で課長と本郷に睨まれて居た。
「俺、なんかした?」
「……へえ…!」
課長の馬鹿にする高い声、本郷は町田の手元に八枚の写真を並べた。
「見覚えあるな?無いとは云わせん。」
写真を見た町田は舌打ちし、顔を逸らしたが本郷に胸倉掴まれ又向いた。
「真由美と亜由美はもう良い。此の六人は何処から持って来た、云え!」
二人の写真を抜き、本郷は机を叩いた。
流石は十代の頃から警察の厄介になった男だ、本郷の怒号にびくともせず、寧ろ鼻で笑った。
「知らねぇよ。あの女が持って…」
無言の本郷は又胸倉を掴み、町田の腰は椅子から浮いた。
其の横の取調室では木島が亜由美の父親の話を聞いて居た。おどおどした気の弱そうな、警察の厄介所か厄介になろうとも思わないタイプの男で、町田とは正反対である。向き合う木島の方が気の毒になって来た。
「ええと、如月アツシさん、で良いですよね?」
「はい…」
「確認ですので全て答えて下さい。お仕事は。」
「公務員です…、区役所の、高齢福祉課です…」
「済みませんね、態々東京迄来て頂いて…」
「大丈夫です…」
陰鬱な如月の声に、木島は言葉が出ず、鼻を掻いた。
「奥様とは別居なさってるんですか?」
「違います、勝手に出て行ったとですよ、亜由美ば連れて…」
其処で男は頭を抱え、机に突っ伏した。
今朝、役所が開いた瞬間木島は如月アツシの居場所を調べた。案外あっさり見付かり、亜由美が前に居た佐賀の住所に居た。住まいは賃貸マンションで、管理会社に連絡して如月の職場と日中連絡先の番号を聞いた。
公務員かよ。
職場を聞いて驚き、携帯電話と職場、何方に掛けるか考えたが、“警察から電話”と役所に掛けた方が出て来るのに都合が良いだろうと掛けた。最初は“東京の警察”と警戒していた如月だが、内容を話すと悲鳴を撒き散らし、結局話にならず上司に変わって貰った。お子さんの事で確認を取りたいので東京に今直ぐ寄越して欲しいと木島が云ったもんだから、如月の態度で、あゆちゃんが死んだんだ、と上司は嘆いた。

――やっぱなぁ、何が何でも手元に置いとくべきだったんだよ…、如月、気弱だから行動に移せなくて…。俺がやれば良かったんだ。
――ええと、如何なってるんです?如月さんの夫婦関係。戸籍を見た所、未だ婚姻状態ですが。
――嗚呼、其れは俺が云ったんだよ、離婚届を受理出来なくしろって。じゃなきゃ本当に娘の消息が判らなくなっちまうだろう!?現にこうやって連絡来たんだから…
――嗚呼、そうですね。有難う御座います。
――なあ、彼の子死んだのか?
――其れは御教え出来ません。
――嗚呼、もう…、不憫でなんねぇよ…、やると思ったんだよ。
――やる…?
――出て行った理由ってのが、児童相談所がしつこいからってやつ。
――……有難う御座います、彼を寄越して下さい。

其れ程迄娘を心配していた、新幹線で来た如月を駅に迎えに云ったのだが、何故か上司迄同行していた。理由を聞くと立てないから。如月の目は虚ろで、上司が手を離すと理由通りすとんと地面に座り込んだ。

パパ…?

亜由美の声に如月は人目も憚らず泣き出し、亜由美の身体をしっかり抱き締めた。生きてんじゃん!と上司は云ったが、死んだ等一言も云った覚えは無い。寧ろ何だ、死んでいて貰いたかったのか。
上司は其の儘如月が今夜泊まるホテル等の手配をすると云い、終わったら連絡頂戴、と番号迄渡した。
娘の生存を確認して少し落ち着いたのか、如月は亜由美の手を握り木島の車に乗った。
そして署に着いたのが五時過ぎだ。
朝の八時から調べ始め九時間で目の前に如月が居る、中々に有能、課長に褒めて貰いたい所だ。
が、然し、母親の消息は判っていない。
如月は番号自体を知らず、知る町田は繋がらない、一ヶ月会ってない、としか云わない。
「知らん訳無かろう。」
「本当に知らねぇんだってば!いきなり連絡取れなくなって、マンションにも帰ってこねぇし、あの家にもいねぇんだよ!」
「マンションってなんだ。」
「俺達が住んでる場所だよ…」
「あの家は何で御前名義なんだ。」
「知らねぇよ!あの女の持ちモンじゃねぇのかよ!」
そう町田が云ったので家の権利証を見せた、名義は町田サトシ、そうなっている。
「は…?」
権利証を見た町田は訳が判らないと首を振った。
「因みにローンが半年未納だ。払えよ。」
「何で!?俺マジで知らねぇんだってば!大体常識で考えろよ!定職持ってねぇ俺がローン組める訳ねぇじゃん!車だってローン組めねぇんだぞ!?クレジットカードも持ってねぇよ!」
町田の言葉に、其れもそうか、と本郷達は納得したが、だったら話が繋がらない。
何故名義が町田なのか。
考えていると課長が、あ、そういう事か、と町田の書類を見乍ら云った。
「御前、愛されてるなぁ。」
「え?」
「契約者は確かに如月エリコ……母親だが、権利を此奴にしてる。自分が死んだら此奴にあの家が行くように。離婚出来ないから何かしら残したかったんだろ。然も、戸籍上の旦那は公務員、あの家は総額二千三百万、内一千三百万を契約時に現金で出してる。だから名義を此奴に出来たんだよ。其処迄したら不動産屋も名義位此奴にするさ。因みに残りは五百万一寸だ。聞くが、真由美は御前の娘だよな?」
「嗚呼…」
「な、ほら。此奴と真由美に何かしら残そうとしてたんだよ。でも、ローンが支払えなくなった。…如月エリコの職業ってなんだ?」
「え?知らねぇけど…」
「知らん訳無いだろう。」
「羽振りが良い女ってのは知ってるけど、良く判んねぇよ。」
課長は額を掻き、一旦部屋を出た。そして隣の取調室に入り、憔悴し切る如月に聞いた。
「三年前、嫁が出て行った直後、不動産屋から電話が無かったか?」
「え…?」
「御前の戸籍上配偶者は、出て行った三年前に住宅を購入してるんだ。総額二千三百万、現金で一千三百万出してる。」
課長の言葉に如月は、嗚呼!と声を出し、通帳を一つ持って行った、と云った。然し其の残高は四百万程で、其れで娘が生活出来るなら良い、と如月は何も云わず、全額引き落とされた直後凍結した。同時に娘の保険も解約され、其の返金額が五百万だった。然し此れの契約者は母親で、郵便局から届いた書類で初めて、妻が娘に保険を掛けているのを知った。
そんな暢気な男なのだ。
「九百万…、後四百万足りん。」
「四百万位なら、エリコさん持ってます。」
「何でだ?」
「如月家はあっこ等周辺の地主ですけん。エリコさん、お嬢様なんです…」
「良く結婚出来たな。」
「僕の名前ば見て下さい、僕は婿養子。亜由美が出来とやけん結婚出来たとです。」
「成る程な。実家に電話が行ったか。判った有難う。」
課長が出て行った後木島は如月に向き、御前婿養子か、と聞いた。
「そうです、やけん離婚せんかった。御義母様が、絶対に離婚するな、亜由美迄居なくなったら此の家は如何なる、って。如月家は代々婿養子ですから。御義父様が亜由美の事大好きだったのもあります。其の事情知ってる上司…嗚呼さっきの人です、が離婚届不受理申出しました。実際何回も離婚届出されとぉし…」
僕、何かしたかな、と如月は項垂れた。
「嫁が出て行ったのは、児童相談所が鬱陶しいからって聞いたんだが。」
「嗚呼、其れもあるね。」
「其れもあるね、って、御前知ってたのか?」
「ええ。エリコさん、毎日何かに腹掻きよらす人でしたけん、僕も毎日殴られとりました。其れに僕と結婚したとが亜由美が出来たからですけん、亜由美が嫌いで堪らんかったとです。」
呆れ果て、口が塞がらなかった。気弱にも程がある、いいや違う、問題から逃げ続けるタイプなのだ。
「僕が居ると僕を殴って、僕が居ないと亜由美でした。」
「そんな女が何で娘連れて出てったんだ?」
「遺産や権利が全部亜由美に行くからです。置いて出て行ったら、亜由美は御義母様達の養女になるし。次問題起こしたら養女にするって云われた直後に出て行ったとです…」
「何の問題起こしたんだ?」
「妊娠しとったとです。」
僕の子供ではありませんが、と如月は無表情で云った。
「其れが、真由美?」
「真由美って云うとですね、幾つ?」
「今度の一月で三歳だよ。」
「嗚呼、じゃあ其の子です、計算合いますばい。如何にもこうにも隠せんごとなった十月位に出て行きよらしたから。」
置かれたお茶を一口飲んだ如月は木島に向いた。
「……亜由美は、引き取れるとですか?」
「引き取れるだろうな。」
「良かった。」
其れだけで充分だ、と如月は息を吐いた。 
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