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Holly Night

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第1章・一年前
  ―7―

署に着いた拓也は会議室迄向かい、其の状況に唖然とした。興奮しきった課長がホワイトボードをバンバン叩き乍ら、緩んだ三つ編みを揺らしていた。
其の前の廊下に、子供が溢れていた。全員身なりが良いとは云えず、児童相談所職員や余っている婦警に毛布に包まれ抱かれていた。
「課長、来ました。」
拓也の声に誰よりも先に木島が反応し、殺されてしまう、と助けを求めたが、拓也は其れを一瞥するだけで取り合わなかった。
木島が課長に八つ当たりされるのは何時もの事で、木島にしか耐えられない事でもあった。
「…嗚呼。」
血走る目を拓也に向けた課長は、拓也を見るなり一瞬で殺気を無くし、椅子に座り込んだ。
「良かった…、救世主が来た…」
「何があったんです。」
眼鏡を外し、目元を塞ぐ課長は鑑識班から現像された写真を机に流した。
薄汚い部屋の写真、生活感がまるでないが、妙に生々しかった。
写真は一軒家で、通報したのは其の家の管理会社だった。半年のローン未納で何回か足を運んだが誰も出ず、そして昨日、子供が出た。然し親は居ないと云った。真っ暗な事を不審に思い、電気とガス会社に確認すると支払いが無いので停止していると云った。君一人なの?と聞くと首を振り、何だ居留守か、と懐中電灯で照らした管理会社の職員は腰を抜かした。
どんなホラー映画よりも怖かった。
真っ暗な廊下に子供が何人も座って居るのだ。
職員の悲鳴に向かいの住人が何事かと飛び出し、あれ、あれ、と向けられた懐中電灯の先に又絶叫した。

――何!?なんなの!?なんで子供ばっか居るの!?此の家如何なってんの!?
――知らないよ!変な夫婦ってのは知ってるよ!
――け…警察…そうだ、警察…

職員は怖さに又ドアーを締め、警察が来る迄の間向かいの家で待機して居た。
警察が到着し、6LDKの家から出て来た子供の数は八人で、最年長で十一歳、最年少で軈て三歳だった。
最初警察も管理会社の職員も向かいの住人も、子沢山、としか考えなかったのだが、顔が全く似て居らず、最年長の子供が云った一言で状態が急変した。

誰がお仕事行くの?

何の事か判らず居ると鑑識が見付け出した痕跡に今度は、一課に声が掛かった。
庭に変な掘り返し痕があり、鑑識が掘り起こすとビニール袋に収まった赤ん坊の死体が五体出て来た。一番新しいと思われる物でも白骨化して居た。

何なんだ、此れは…

電気会社に連絡し、通電して貰い見た部屋は悲惨だった。
何時から電気が止まっているかは知らないが(電気会社曰く十一月下旬に止めた、だから一ヶ月前位ですかね)、冷蔵庫の中は空っぽで、リビングはゴミだらけ、真冬だったから良かったもの、此れが真夏なら異臭と虫騒ぎだろう、発見された子供達は一ヶ月其処いらの細さではなく慢性的に食事を摂って居ない細さだった。
警察に送られた子供達に今度は柳生等児童相談所の職員が呼び出され、状況を確認させた。一見で虐待だと云い、小児科医が子供達の身体を診た時、漸く最年長の少女が云った言葉と繋がった。

最年少の子以外全員、性交痕跡があり性病に掛かってます、子供の身体じゃないですね。最年長の十一歳の子は妊娠してます。全員早熟型で、八歳と九歳の子は初潮を迎えてますね。此の十歳の子は、掻爬した可能性が高いですが、僕は小児科医なので婦人科に診せて下さい。後、最年長の子が比較的状況が判ってるので、精神科医に任せます、一人呼びます。多分此の方が婦人科医も連れて来て下さると思います。

子供達は満腹感と暖かさにあっさり眠り、翌日の朝、起きた順に食事を与え、署にある簡易シャワーを使わせた。身体状況を見る為柳生達が時間を掛け洗った。
課長は寝ずに、全員が起きる迄会議室で子供達と一緒に居た。床に敷き詰めた布団に座る課長の足元に全員が集まって寝ていたのだ、最年少の子供はずっと抱っこをしていたが、苦痛はなかった。

如何したの?此処。

背中に大きな切り傷を見付けた柳生は聞いた、すると、良く判んない、おじちゃんが切ったの、と幼い口から出る単語に柳生の怒りと悲しみが湧き出た。気付いたら、頭からシャワーを被り、小さな身体を抱き締め泣いていた。

――お姉ちゃん如何したの?
――御免ね、御免ね…、早く見付けてあげられなくて、御免ね…

少女は首を傾げ、あったかいね、と又無邪気に笑った。
八時に出勤して来た木島が、此処って小学校か何かになったの?と暢気に云ったもんだから課長のやり場のない怒りが爆発した。
訳が判らず八つ当たりをされ(課長の日課だが)、本郷を呼び出せ、と云われたので呼び出したのだが、本郷に迄嫌味を云われた。
其の間柳生はずっと非番だと聞かされた拓也の電話を鳴らして居たが、時期が悪い、と課長に止められた。

――何故です…?井上さんが此の状況に黙ってる訳ないじゃないですか!
――だからだよ!
――だったら…
――井上は一課の刑事だ、生活安全課の刑事じゃない!公私混同するな!児童虐待は生活安全課の仕事で、死亡確認で俺達一課が動くんだ!其れで相手をするのは子供じゃない、親だ。判るか?俺達一課の仕事は、親を傷害、殺人、未遂で送検する事であり、子供の状態を見るのは生活安全課だ。井上は職務外を善意でやってるんだ、意味、判るよな?俺達が今動いてるのは、赤ん坊の死体が出たからだ。

課長の目に柳生は黙ったが、恨まれますよ、と本郷が吐いた。

――其処迄課長判ってますよね、課長の気持ちも判りますが、今呼び出さなかったら、井上に恨まれますよ、貴方。何で黙ってた、とね。
――恨まれても、良いさ…。井上だから、こんな日に見せたくないんだよ!扱い内容なら呼び出すさ!職務外なんだよ!判るだろう、本郷!
――だったら何故、感情的になってるんです。本当は拓也の力が必要なんでしょう?御自分じゃ如何にも出来ないけれど、拓也には出来るの判ってらっしゃるから。
――……好きにしろ、もう知らん…!

木島への八つ当たりが再開され、其れを遠目に見ていると小児科医が、精神科の先生いらっしゃいました、と課長を呼び出した。
其処から一時間後、修羅の殺気を纏った課長が取調室から出、木島を含む刑事全員を凍り付かせた。
何が何でも住宅購入者と客を探せ、そして俺の前に引き摺り出せ、容疑は死体遺棄、児童買春、児童略取及び傷害だ、見付けられない無能は先三ヶ月無給奉仕だ。
課長の本気に、普段仕事してない方だなんて云って申し訳ありません、と木島達は普段の非礼を詫びたが、課長の怒りは治らなかった。

――児童福祉司の方ですか?
――え?はい。柳生です。
――精神科医の菅原(すがはら)と申します。其方の先生とも交えお話があるので宜しいですか?

物腰柔らかい菅原と云う精神科医に柳生は付いて行き、其の最中に拓也から連絡が着た。

――此の人、此の人凄い大事な人です!
――はあ、イヴですもんね。
――じゃなくて、井上さんが居たら物事すんなり運びますよ!此の人、施設とかのコネクションが凄いんです!子供の気持ちとか、本当何でも判るんです!神様か!って位!此の人に話したら良いですよ!
――貴女、児童福祉司ですよね…?曲がりなりにも…
――はい…、職務怠慢です…、公私混同です…

課長さんにも怒られました、と萎れる柳生に菅原は笑い、素直で可愛い方ですね、と拓也の到着を待つ事にした。
「有難う、課長、任せろ。」
拓也の言葉に全身から完全に緊張を抜いた課長は長机に突っ伏し、息を吐いた。
拓也の云った“有難う”は呼び出しの事ではなく、寝ずに子供達を足元で見守り、三歳児を起きる迄抱っこして居た事、食事等の待遇に対する感謝である。
課長の言葉を借りるなら、職務外。
課長は其れをした、拓也が来てくれると信じて。
「井上さぁああん!待ってましたぁああ!」
拓也を待って居たもう一人…柳生が課長の怒鳴り声が聞こえなくなった事に横の会議室から姿を現し、トレードマークのお団子を拓也の顎に激突させた。
「其の団子、何で出来てんだよ!いてぇよ!軽い凶器、鈍器だわ!」
「愛情です!」
「アンパンマンの顔みたいなもんか。」
後ろに居る菅原は拓也を見ると一瞬大きな目を開いたが、直ぐに温厚な笑顔を向けた。
「貴方が、井上さんですか?」
「そうだけど、御宅は?」
「精神科医の菅原です。お話があるので、宜しいですか?」
「あー、一寸待ってて貰える?節子、離れろよ、愛情がいてぇよ。」
「節子の愛情ですよ!要らないんですか!?」
「いてぇから要らねぇよ。此れ以上顎に愛情貰ったら、整形科医の世話なるわ。」
菅原はクスクス笑い、拓也の観察を知れず続けた。
酷い濁った目。
視線が合うと菅原は又笑った。
何だ此奴、気持ち悪りぃ…。
拓也の菅原に対する印象は其れだった。
会議室に入るものだとばかり思っていた菅原は、拓也の行動に、へえ、と目を大きくした。
「よっし、御前等。今日何の日か知ってるか?ん?」
廊下に居る子供達に拓也は話し掛け、一人一人の顔を大きな手で包んだ。一見すると触れているだけなのだが、此れは目の状態と顔色、触れられた時の反応を見る行為だった。全員を見た拓也は柳生に目配せし、大きく腕を広げるとしゃがみ、目線を子供達より下にした。
「知らない。」
「おいおいマジかよ、今日はイヴだぜ。サンタが来る日だぜ。」
「サンタって何?」
「何?美味しいの?」
「サンタクロースは食べ物じゃありません。マジかぁ、サンタを知らねぇのか。サンタってのはな、御前達みたいな、可愛い良い子に、欲しいもんくれるすっげぇリッチなおじさんだぜ。」
「井上さんですね!」
「俺は、お兄さんだ、二十代だから。でもサンタを知らねぇのか。」
「兎のぬいぐるみ欲しい!すっごいおっきいヤツ!」
「オッケ、サンタに伝えとく。でっかい兎な?」
一人が云うと次々云ったが、一人だけ黙った侭の子供が居た。
「ん?御前は?」
聞くが少女は答えず、口は開くのだが言葉は出さなかった。拓也の細い目が窄まり、口元を見ると高く抱き上げた。
「恥ずかしいか、じゃあ、こっちでこそっと教えて。」
「ずっこい私も抱っこよ!」
「節子!」
「はい!さあいらっしゃい!」
「ボンボン痛い!」
「がーん。愛情で硬いのに…」
整髪料或いは中に仕込んだピンだろう、と本郷は俯いて笑った。


*****


会議室のテーブルに少女を乗せた拓也は小さな手を見乍ら前に座った。すると少女はスカートを捲り、細い太腿を拓也に見せ付けた。
「ワァオ、刺激的。」
云ったが拓也の心はナイフで抉られるより傷を負った。
「判った判った。」
スカートを掴む少女の手を持ち、此れ以上破廉恥な行為に及ばないようしっかり握った。
「良いか?俺と同じ事しろ?あ。」
云って拓也は口を開け、続けて、い、と口角を横に伸ばした。
「おい先生。」
「はい?」
向かい側で診断書を作る菅原は目を上げた。
「何で此奴、歯がねぇんが。」
「え?」
椅子から立ち、少女に向いた菅原は下から覗き、一寸御免ね、とゴム手袋をした指で口内に触れた。
「歯茎が腫れてる…」
「おいおい御前、幾つか知らねぇけど、もう歯槽膿漏で歯が無くなったのかよ。」
「あ、一寸、止めて…!」
菅原の高い声に拓也は驚き、駄目駄目と菅原の腰は逃げた。
歯茎に触れていた菅原の指に少女は舌を絡ませ、其の力は驚く程強く、引き抜いた菅原は手を振った。
「あー、吃驚した。蛸かと思った。」
「へえ、名器じゃん。」
「井上さん…」
「うん、判った。そういう事ね。」
歯が無い理由を理解した拓也は、菅原に向いた。
「人間て、歯が無いと喋れねぇの?」
「いえ、喋れますよ、尤も、聞き取る事は出来ませんけど。此の歯で顎を支え、歯や歯茎に舌をくっ付け反響させる事で音になります。」
「可哀想に御前、インプラントだな。」
「如何やって御飯食べてたんでしょうね。」
「固形物食べた事無いとか。」
「嗚呼、かも知れませんね、顎が発達してませんし。此れは歯を入れたら骨格が歪むかも知れませんね、今から成長するので、徐々に歯を増やせば良いでしょうが、固形物を噛むには絶対に奥歯は要るんでね、顎関節に激痛を伴うでしょうね。」
「だからって歯無しは可哀想だろうが。」
「まあねぇ。其れか、もう、顎をずらすか。整形手術でやるアレですよ。だけど、成長期前ですからねぇ…、困ったな。」
「御前、自分の年判るか?」
少女は左手を開き、右指を三本立てた。
「八歳…?」
少女は頷き、机に指を滑らせた。然し眉を落とし、辺りを見渡すと菅原の白衣に刺さるペンを指した。
「あ、筆談が出来るのね?君。」
少女は筆談の意味が判らず首を傾げたが、紙とペンでお話するんだよね?と言い直すと大きく笑顔で頷いた。
「はい、どうぞ。」
菅原のノートとペンを渡された少女はテーブルの上で丸まり、文字を書いた。そして拓也に見せた。
「おなかすいた…、御腹空いてんのか。早く言え……たら苦労しねぇな。何が食べられるんだ?」
――トロトロした しろいの――
丸っこい其の文字に拓也と菅原は喉を詰まらせ、お粥ですよ!絶対!、だよなだよなそうだよな!と顔を見合わせ、小児科医は珈琲を吹き出した。柳生だけが、何で井上さん達慌ててるんだろう、と理解出来なかった。
柳生節子二十五歳、未だ清廉潔白な身体である。
「待ってろ、作って来るから。」
頭を撫でると少女は嬉しそうに身を捩り、きゃふきゃふ、と笑った。其れを見た菅原は、赤ん坊と一緒か、と診断書に加えた。
作りに行く前、白いトロトロした食べ物、を聞いて回った。
本郷は、山芋。
木島は、練乳。
課長だけがまともな答えで、粥或いはリゾット、オートミールでも良いな。後ヨーグルトだ。
オートミール…。
其れにヒントを得た拓也は食パンを牛乳で液状にし、砂糖と卵を入れた。
フレンチトーストを液状にしたものだと考えれば良い。
ヨーグルトもあったので序でに持って来た。
液状のフレンチトースト擬きを渡すと少女は、此れ!と云わんばかりにヨーグルトを指した。
「誰だ、お粥だなんて云った奴。」
「井上さんですよ。」 
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