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Holly Night

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第1章・一年前
  ―4―

「違う、右だよ、右。其処のライトはライトだよ。」
「は?合ってんじゃねぇかよ、ライトだろうが。」
「ちが、そっちのライトじゃない。レフトライトのライトだよ。オゥケィ、ライト。」
「ほぅら、やっぱ正しいじゃねぇか。ザッツ ライト。」
バーの店内をクリスマス形式にする為手伝って居る拓也は脚立から降り、段ボールから飾りを取り出す本郷に寄った。
「おい、ヘンリー。此のサンタ、首もげてるぞ。」
「嗚呼良いんだ、元からもげてるんだ。」
接着剤で付ければ?と本郷は云う。然しヘンリー曰く、何度接着しようと必ずもげるから、其の儘にしている。
「此れ、十月に回した方が良いんじゃねぇの。」
「あー、考えとく。」
「大体、何処で買ったんだよ。」
「買ったんじゃないよ。」
「盗んだのかよ。」
「あー…、どうなんだろう。拾ったんだよ。」
「何処で。」
「墓地だよ。」
瞬間本郷は首のもげたサンタを床に投げ付け、手を必死に拓也に擦り付けた。
「止めろよ!」
「変な物を触ってしまった…」
「拾った時はもう少し小さかったんだけどなぁ。」
床に叩き付けられぐったりとするサンタを拾い上げたヘンリーは両腕を持ち、やっぱり大きくなってる、と一層本郷を怯えさせた。
本郷、怪談話と犬が苦手なのだ。
「其処迄イングランドクォリティじゃなくて良い…」
「名前付けたんだ。ジョナサンだよ。」
「付けるからでかくなるんだろうが…」
「でもね此奴賢いんだよ。」
「御前より?」
「そうなんだよ!クリスマス終わったらきちんと自分で箱に戻るんだよ!」
「へえ。」
「おめでとう。」
「…一寸一寸、信じてないね?」
人間で云うなら皮一枚で繋がるサンタは、白に近い青い目でじっと二人を見た。
「大方酔っ払った御前がいの一番に仕舞ってんだろうよ。で翌朝、ワァオ!君って賢いね!とか云ってんだろ。」
「酔っ…払…ってるのは認めるけど、記憶はあるよ!」
ヘンリーは生きてると云うが、此の場合此のサンタの立ち位置は何になるのだろうか。
墓地で拾ったと云うのだから、サンタの人形にチャッキーみたく魂が入ったと考えるのか、日本的に九十九ノ神だと考えるのか、難しい。
何方にしろ、妖怪だ。余り宜しくは無い。
「神社に持って行け…。俺の母親の雛人形は持って行ったぞ…」
本郷の怪談嫌いは、母親の雛人形から来ている。
其の雛人形は母方長女に嫁入りの一つとして代々受け継がれているものらしく、生憎本郷は男子で又一人っ子だった為、寺に奉納されたが、此奴がまあ不気味だった。
其の雛人形の命は大まかに考え一世紀、詰まり、母親か祖母の代で魂が宿ったのだ。
雛の顔の冷淡さ、今でもはっきり覚えている。
本郷が十歳になった頃だ、流石にもう二人目は無いだろうと母親が諦め、寺への奉納を決めた年だ。拓也も其の雛人形は記憶に残っている。
雛の小さな口元が、奉納と聞いた瞬間歪んだのだ。
見間違いだろうと本郷は思ったが其の晩だ、本郷の身体に異変が起きた。一週間以上、原因不明の四十度前後の熱が続き、悪夢に魘された。雛が恨みがましく本郷を睨み、貴様が女なら、女なら…、何故だ、何故女でない…、そう繰り返した。
ならば貴様も道連れだ、私だけ逝きはせぬ…。
最悪だった、内裏の首を持った雛に連日追い回された。本郷の首と入れ替える積もりなのだ。
医者からも、体力が限界かも知れん、と匙を投げられたが、其の雛人形を奉納し、焚き上げた翌日、嘘みたく本郷の高熱が下がったのだ。医者も首を傾げ、後二三日続いて居れば坊主の出番でしたでしょうな、と坊主をがっかりさせた。
其れから本郷は怪談話を極端に嫌うようになった。
「良い妖怪だって居るかも知んねぇじゃん。」
「良い妖怪ってなんだ!悪いから妖怪なんだろうが!今直ぐぬらりひょんに引き取って貰え!」
「ヨウカイってナンだい?ヌラ…リヒョン…?」
「ゴーストの親戚だよ。」
「ワァオ、じゃ此のサンタは良い奴さ。」
何故そう楽観的なのか、何を以って“良い奴”と言い切れるのか、本郷には判らず、唯々サンタの人形が不気味でならない。
死霊だって市民権はあるんだ、邪険にしたら可哀想だよ、とイギリス事情を持ち出すが、生憎日本に於いて死霊への人権は無い。お隣に住もうが同居しようがイギリス人には問題無い話かも知れないが、日本では即刻退治される対象だ。
「リュタは絶対イングランドに住めないねー。」
「ええ…」
「前住んでたアパート、横が幽霊だった。」
「最低!」
「クリスマスは大人しいよ、其の代わり。」
俺ん家が賑やかだったけどね、とサンタと一緒にヘンリーは笑った、邪悪に。
「いきなり音楽は変わるし、シャワーは勝手に浴びるし、ケーキは減るし、参加するなら会費払って欲しいよ。」
ぶりぶりヘンリーは文句云うが、ふっと拓也は考えた。
「えっと、其れって何時頃の話?」
「十代かな。拓也と遊んでた頃。懐かしいね、十年前だよ!」
サンタを威嚇するヘンリーの肩を拓也は叩き、哀れむような表情で頷いて見せた。
「オゥケィ、ヘンリー、其れ、薬での幻覚だぜ。何キメてた、幻覚だからLSDか?クリスマスだからって羽目外したか?」
「え…?」
やっぱり…、と元薬物中毒者を本郷は哀れんだ。
「え?嘘。あの時俺、コカだけだったんだけど…」
「御前さぁ、元からテンション高ぇのに、何で更にコカインとLSD摂取すんの?落ち着けよ、ヘロインにしとけよ。」
「うう…、ヘロインは二度としない!アレで俺の人生終わったんだ!」
「大体ヘンリーは、何で態々日本のに来たんだ?其処迄薬が好きなら、世界一薬に厳しい国に来なくとも良かったんじゃないか?マリファナさえ逮捕だぞ?」
本郷の疑問に、だからだよ、とサンタを横にテーブル席のソファに座った。
だからそんなに愛情を注ぐから年々大きくなるのだろう。
「イングランドに居たら絶対薬から離れられないもん。バーのトイレは快楽の宝庫だもん、ドラッグとセックスね。絶対に俺は其の何方からも抜けられない。判ってるから日本に来たんだ。幾らリハブ(=薬物更生施設)に行ったって、俺には無意味だった、出たら速攻しちゃうんだから、セックスと一緒にね。だから日本に逃げて来た。此処で本当に人間に戻らないと、人生が本当に終わる。」
若気の至り…其れで笑って済むならどれ程良かったか。笑えない所迄落ちた、後はもう、這い上がるしかなかった。三十になる前に何としてでも平凡な生活に戻らなければ、先は見えている。
サンタをじっと見詰るヘンリーは薄く口元に笑みを浮かべ、太腿を叩き立ち上がった。
「早い所飾り付けしちゃお、俺、クリスマス大嫌いだけど。」
何故?と本郷が首を傾げると、勝手にカウンター内の冷蔵庫からビール瓶を出し飲んでいた拓也が笑った。
「イヴに捕まってんだよ。」
「最悪だよ、碌な思い出しかない。」
拓也からビールを受け取ったヘンリーは一口飲み、緑色の目で純白のマリア像を睨め付けた。 
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