流星のロックマン STARDUST BEGINS
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憎悪との対峙
39 危険な違和感
前書き
今回は半月程度の間隔になりました。
少しづつペースを早めていきたいです...
ヴァイブレーションが作動した端末を安食はポケットから取り出した。
非通知着信、掛けてきた者には何となく察しがつく。
「…はい」
『うぃっす、安食ちゃん!早速だけど残念なお知らせが1件!』
「やはりロックマンが現れた…違うかな?」
安食は出るなり、状況を当ててみせる。
ゆっくりと歩きながら取引を終え、ホテルに戻っているときだった。
そして今後の筋書きも何となく分かった。
『正解!ジョーカープログラムは持ち去られ、人質のロリっ娘は取り返され、学校を占拠してた連中も皆捕まっちゃったぜ』
「だからこのタイミングはマズイと…」
安食は苛立ち混じりの声でエレベーターに乗った。
ホテルのフロントでは何かの催しが行われているのか、賑やかだったが、それも不愉快に感じるほどにイライラしていた。
音をあまり立てずに舌打ちと歯ぎしりを繰り返す。
『それに高垣美緒も捕まった。これは痛いんでないの?』
「そうだな…高垣が簡単に口を割ることは無いだろうが、今回の作戦の全貌が詰まった端末を持ってるはずだ」
『もちろんセキュリティは掛けてあるだろうが、WAXAには例のハッカー2人組がいる。それにロックマンの正体は『シャーク』、これまた腕利きのクラッカーだ。もう作戦がバレちゃったと考えるしかないな』
「だろうな…うっ!?」
『オイオイ…安食ちゃん、まだ本調子じゃないな?まぁ、直撃こそしなかったけど、腹が裂けたって聞いたぜ?』
安食は2日前の戦闘でのダメージが癒えていなかった。
スターダストの攻撃が腹を掠め、腹部が裂けるという傷を負った、すなわちスターダスト同様にこちらもそれなりの痛手がある。
もし治療が遅れていれば、傷口からの失血で命にも関わっていただろう。
それに現状を見る限りではこちらが不利だった。
安食自身は恐らく明日まで派手に戦闘は行えないが、スターダストはあれだけのダメージが与えたはずなのに、何事も無かったかのように学校に1人で攻め込んで勝利を収めた。
驚異的な回復力と言わざるをえない。
それに恐らくはディーラーの後方支援、もしくはその関係者によるサポートがある。
しかしまだ、ジョーカープログラムと並ぶほどの切り札があった。
「こちらにもカードは1枚残ってる」
『ほぅ?どっちにしても例の装置、壊されたんだろ?作戦は続行できないんじゃない?』
「そうだ。高垣が持っていた計画書はスターダストが破壊した装置を利用したものだ。恐らくWAXAもディーラーも2日前の戦闘を行った現場から装置の残骸が発見されたことは知っている」
『…さすが安食ちゃん、気づいたんだ』
「その口ぶりだと最初から思いついていたんだろう?代用品はわざわざ街の外から持ち込むまでもない。既にデンサンシティに用意されている」
『まぁね、さすがに安食ちゃんでも気づかないようなら教えてあげようと思ったけどさ』
安食はこの少年の頭の回転の速度にはいつも不気味さを覚えていた。
年齢は小学生か中学生程度にも関わらず、凄まじい知能とそれを実行する行動力、イレギュラーな事態でもすぐに対応する柔軟さが自分を遥かに上回っている。
スターダスト=彩斗からも近いものを感じられていた。
そのせいか不思議と潰してしまいたくなってしまう。
そして気づけば、作戦を続行するために傷ついた肉体に鞭打って準備を進めていた。
「連中は装置の残骸と高垣の持っている計画書を見れば、我々の作戦は既に失敗したと思うだろう。それこそこちらのアドバンテージになる。その隙に作戦を実行する」
『さすが安食ちゃん、頭いいねぇ』
一見、作戦が失敗したと思われる状況なら警戒は緩み、その隙に決行するつもりだった。
普通ならValkyrieは入念な準備をしている。
過激派のゲリラの類ならば、計画が失敗すれば自爆テロや無差別殺人など無計画に暴れまわる可能性も大きいが、Valkyrieのようなこの手の組織は計画外の行動は起こしにくい。
必要不可欠なものが破壊され、立て直す時間も無い狂った歯車を無理に動かすというのは、不可能である上、リスクが大き過ぎる。
そう考える以上は計画は失敗していると判断するだろう。
だが幸いなことに代用できるものが用意出来き、計画は僅かに修正する程度で実行できる状況だ。
しかし懸念はある。
「だがロックマンに関しては侮れない。お前同様に頭が切れる、つまりこの代替案にも気づくかもしれない。しかも、あれだけのダメージを与えた後、たった2日で普通に戦闘が行える状態になっていたとすれば、今日の戦闘で多少のダメージを与えても明日までには回復している可能性が大きい。それでこそゾンビみたいにな」
『まぁね、じゃあオレは高垣のオバサンを連れ戻す事にするよ。今回の計画の貢献者だ。特等席で見せてあげたいだろう?』
「フッ…」
『で、その後はしばらくニホンを観光することにするから。めったにっていうか多分、インターネットがダウンして混乱したニホンなんて一生拝めないからな』
「…いいだろう」
『んじゃ』
少年は電話を切ろうとした。
安食が計画を続行するということだけ分かれば満足だった。
つまりスターダストとナイトメア・テイピアの戦闘が再び見られる可能性がある。
明日の晩までには恐らくスターダストはバージョンアップする。
シドウがスターダスト=彩斗だと知った以上、ヨイリーに伝わる可能性も大きい。
そうなればヨイリーから何らかの手段でスターダストに接触がある。
その時、スターダストは完成する。
仮に思惑通りにいかなくとも、明日までには彩斗の肉体とスターダストは完全に適合する。
肉体の方もシステム自体も互いの理想型へと近づけているのだ。
今までのシステムから肉体へのダメージはその結果だ。
無理に自身に肉体を適合させようとするシステムと体にかかる負担を最小限にしつつシステムを支配しようとする肉体の機能がぶつかったのだ。
それはまた違う一種の完成形であり、今日よりも優れた能力を発揮する状態でもある。
少年は笑みを浮かべながら終話ボタンに指をかける。
だが安食はそれを止めた。
「待て」
『ん?まだ何か?』
「…私はお前を信用してない」
『うん、知ってるよ』
「…本当はロックマンが何なのか知ってるんじゃないのか?」
『…っていうと?』
「ロックマンそっくりの電波人間に変身させる電波体が自然に現れるわけがない。それに偶然、我々に命を狙われた少年の元に現れるともな。だとすれば何らかの意図で作られ、少年の元に現れたと考えるのが自然だ」
『ごもっとも』
少年の態度は全く変わらない。
口調も変わらず、図星であることを全く匂わせない返答だった。
しかし反面、安食の声色は変わった。
「いいか…何を企んでるかは知らんが余計な事はしないことだ」
そう告げて安食は電話を切った。
少年が裏で動いているということは何となく分かっていた。
だからこそ釘を刺そうと思ったが、無意味であるということは分かっている。
少年はValkyrieの味方をしているが、Valkyrieの人間ではない。
裏切ろうと思えば、いつでも裏切れる。
そんな人間に釘を刺すことなど出来ないのだった。
安食はため息をつきながら、ベッドに横になり、アラームをセットした。
「…うぅ」
同時刻、クインティアは目を覚ました。
ゆっくりと体を起こすと、じわじわと頭の中に血が巡り始め、熱くなってくるのを感じた。
ここは自分の部屋ではない、ならばここはどこなのか。
なぜここにいるのか。
「そうか…私は… 」
記憶が戻ってくる。
2日前の夜、屋上で彩斗と戦闘を行い、強大な戦力で圧倒された。
全く予想できなかった。
スターダスト自体の出力は自身の力と同等かそれを僅かに上回る程度だと考えていたが、彩斗自身の戦闘力も恐ろしい程に向上していた。
自分が施したムエタイや八極拳だけではない。
琉球古武術と思われる謎の武術、東南アジアで用いられるシラットなど幾つかのものが混合している。
思い出せば思い出す程、胸のあたりに痛みが湧き上がった。
上半身、特に胸のあたりは包帯でいわゆる「さらし」を身につけている状態になっている。
「あぁ…生きてる…急所を外した?」
青く輝く閃光が自分の胸を貫いた。
しかしあの威力なら普通に考えて命はない。
だとすれば急所が外れていたと考えるのが妥当だ。
ただ単に狙いを外しただけかもしれない、しかしあれだけの性能を持つ電波人間が外すというのもおかしな話だった。
「最初から眼中に無かった、殺すにも値しない、っていうこと?」
クインティアは皮肉を言いながら、枕元に置かれた時計を手に取る。
OMEGA・シーマスター プロダイバーズ300M コーアクシャル・クロノメーター。
300メートル防水という一般的な時計を遥かに上回る防水性能を持ち、過酷な環境下でも耐えうる性能に高精度のコーアクシャルムーブメントを搭載した相棒だ。
しかし既に止まっている。
自動巻きのムーブメントであるため、普通のクォーツ時計と違い、腕に装着していない状態ならパワーリザーブと呼ばれる一定時間が過ぎれば止まる。
この時計のパワーリザーブは約48時間、つまり約2日だ。
すなわち自分は2日以上眠り続けていたことになる。
近くの時計を見ると、10月30日の午後9時32分を指している。
確かに3日に迫る程の眠りに落ちていたのを確認し、ため息をついた。
「何年ぶりかしら?」
クインティアはリューズを13回程、回らなくなるまで巻き、動き始めたのを確認した上で日付と時間を合わせた。
ゆっくりと立ち上がり、ベッドを覆っていたカーテンと隣のカーテンを開ける。
「ジャック?」
「あぁ…姉ちゃん、起きたか?」
隣のベッドではジャックも自分と同じように包帯だらけで横になっていた。
自分より腕や足など接近戦によるダメージが大きいようだ。
「随分とやられたわね」
「あぁ…大体、打撲や切り傷だ」
「でも…にしては酷いやられようじゃない?」
「強いて挙げれば、アイツのハンドガンサイズのショボイ銃で撃たれたのが一番のダメージだ」
「…」
ジャックはゆっくりと体を起こし、摘出されてビンに収められた弾丸をクインティアに見せた。
黒曜石のような輝きを放つ弾丸、見ているだけで危険なものなのは何となく感じた。
「気をつけろ。今でこそ大した事ないが、凝縮されたクリムゾンが詰まってた」
「!?…じゃあ」
「食らってすぐに変身を解いたから良かったが、あのまま無理に電波変換を維持しようとしていたら…内側から肉体が破壊されてた」
「電波体にとってノイズの塊であるクリムゾンは猛毒、そして電波人間のベースとなるのは人間の肉体…」
「現にすぐに変身を解いたっていっても、この有り様だ。内蔵や筋肉が内出血してまともに動けるようになったのだってつい数時間前だ」
スターダストがジャックに使った『クリムゾン・ブレッド』、それは通常ならば電波人間の体内に蓄積されるノイズを凝縮し、クリムゾンとなったものを弾丸として排出して武器とすることで、スターダストへのノイズによる悪影響を防ぐというものだ。
ジョーカープログラムのような特殊なプログラムに頼ること無く、単独のシステムで電波人間共通の脅威を無効化、それどころかそれを武器として使用する。
この弾丸で撃たれれば、瞬く間に全身にノイズが駆け巡り、全身が電波体としての肉体に拒否反応を起こして自己消滅する。
電波人間といってもベースとなるのは人間の肉体だ。
変身した状態で受けた弾丸のダメージは生身の肉体に内出血やアポトーシスといった形で現れる。
それも通常ならば徐々に蓄積されるはずのものが一瞬で、それも人為的に対象を選んで放たれるのだ。
まさに電波体にとっては普通のクリムゾンを上回る脅威としか言い様がない。
「だけどよ…気づいたか?これだけコテンパンにしておいて…アイツ、最後の最後で手を抜いたんだ」
「ええ…その気になれば殺せた。最初は全力で潰しに来ていた。でも急所は外した」
2人は戦闘時には気づけなかったことについて考えていた。
戦闘中は本当に殺されると思っていたが、実際のところは生きている。
最初は装備のスペックをフルに引き出して攻撃を仕掛けてきたが、トドメの一撃だけは急所を外した。
クインティアには心臓と肺へのダメージを回避しつつ戦闘不能に追い込み、ジャックにはすぐに体の異常に気づき、自ら電波変換を解除するような場所に弾丸を撃ち込んだ。
もし足の目立たないところに撃ち込まれていれば、知らないうちにじわじわとクリムゾンの毒が回り、気づいた頃には命を落としていた。
「随分と舐められたもんだぜ」
「…でもある意味、手加減するくらいの思考回路と良心は残ってたってことよ」
クインティアは表情こそ変えていないが、少し安心したことがジャックには伝わっていた。
しかしそれと同時に不安に思っていることも理解できていた。
「じゃあそれが無くなったら…?」
「…考えたくもないわ」
そう呟くと、クインティアは上着を着こみ、コップの水を飲み干す。
もしジャックの言うとおりになってしまえば、それは既に怪物としか言えない。
圧倒的な力はそれを正しく使うだけの思考回路が無ければならないのだ。
「殺人マシーン」、そんな単語が頭に浮かんでは首を振って打ち消す。
ゆっくりとテーブルまで歩き、置かれているメモに目を通してドアの方へ向かった。
「どうした?」
「送電所と幾つかのディーラー管轄の施設がValkyrieと思われる連中に占領されているらしいわ」
「!?ヤロォ…!」
「あなたはもう少し休みなさい」
「姉ちゃんは!?」
クインティアはジャックの制止を聞かずにドアを開けて出て行った。
ジャックの想像よりもクインティアのダメージは軽い。
しかし戦闘ともなれば支障が出るだろう。
クインティアは合理主義者のように見えて全く違う。
肉体へのダメージを鑑みて休息に徹するのではなく、それでも無茶をしてしまう類の人間だった。
それも表情に疲労や痛みが出ないから尚の事面倒なタイプだ。
ジャックは不安を抑え、自分の姉を心配しつつも信頼する。
今までも何度も無茶をしても最後はちゃんと生きて帰ってきた。
今回もそうだと信じて。
アイリスはキッチンでコーヒーを淹れていた。
正直なところ豆の量を含むコーヒーの淹れ方という知識はほぼ皆無だった。
粉状にしたものにお湯を入れる、その程度だ。
それにコピーロイドで実体化している以上、普通の人間のように味覚は無い。
結果、なんとか見た目はそれに近いものが完成した。
それを持って本棚の裏のエレベーターに乗って地下ガレージへと降りる。
しかしその間も自分の作った湯気を発する黒い液体を睨むように見ていた。
「ハートレス」
「2人の様子は?」
ガレージの中央の大量のPCでジョーカープログラムの修復を含めたあらゆる作業をこなすハートレスはアイリスが入ってきたのに気付いた。
「大丈夫、2人共眠ってるわ。でも…」
「シンクロナイザーの方は相変わらずの回復力?」
「それだけじゃないの。メリーさんも…サイトくん程じゃないけど」
「…そう」
「驚いてないの?」
「今更あの子が何をやってのけようと驚かないわよ」
ハートレスはいつものように表情1つ変えずにため息をついてみせた。
確かに彩斗が回復するというのは予想の範疇だ。
しかしメリーまでもがというのは予想外、驚きを抑えるので必死だった。
アイリスと顔を合わせること無く、コーヒーを手に取って口元に運んだ。
「!?うっ…」
ハートレスの顔が一瞬だが歪んだ。
思わず口に含んだコーヒーを吹き出し、「マズイ」と叫びそうだった。
しかし何とか堪えてテーブルの上に戻す。
「…美味しくなかった?」
「豆が泣いてるわ」
「ごめんなさい…私」
「別にいいわ。豆の量と湯の温度はあからさまに間違えてるけど、使うものは間違えて無いみたいだし」
ハートレスは力の抜けた目でアイリスにウインクすると、イスの背もたれに体重を掛けた。
大量のモニターに出力される作業の進行状況を横目に3つのメインモニターを見ている。
PCには彩斗のトランサーの繋がれ、何かを分析しているようだった。
「何これ?」
「今回のあの子の戦闘の様子。トランサーに録画用アプリを仕込んでおいたの」
「…そんなことしてたの?」
「ええ。電波人間の戦闘能力、そしてあの子の見ているものが知りたくてね」
「それが…これ?」
中央右のThunderbolt Displayには見たことのない世界が映し出されていた。
視界がぐるぐると回り、凄まじい速度で敵をなぎ倒していく。
『ヤァァァ!!』
眩しい閃光とともに放たれる弾丸、襲い掛かってくる大人数の敵に対して、いつもの彩斗からは想像も出来ないような攻撃性を目の当たりにした。
既に獲物を狙う獣の視点だ。
「スゴイ…として言えないわよね?正直、私も驚いているわ」
「これだけの人数を相手にしていたっていうの?凄まじい性能ね、スターダスト」
「それだけじゃないわ。あの子の運動能力と精神力よ。今までクインティアに稽古をつけられている様子とは…ぜんぜん違う」
アイリスからすれば驚くのは普段の虫も殺せぬような優しさを持った彩斗をここまでの戦士に変えてしまうスターダストの性能の方に脅威を恐ろしく感じていた。
しかしハートレスはそれ以上に彩斗自身の変化に驚いていたのだ。
「どう考えてもスターダスト自体が常人の扱えるシロモノじゃない。ここまで自由自在に扱えているなんて..」
「サイトくん自身に何か特殊な資質があるとか?」
「でしょうね。少なくとも、あの子を含め、『ロキの子』たちはムーの因子を持ってる。大半の電波体を扱うことはできるでしょうけど...ここまで規格外のものとなると、それしか考えられないわ」
「...」
「見て。まるで別人よ」
周囲の光景や物体との距離を分析し、スターダスト自身の動きを再現した映像が表示された。
スターダストは飛び上がって攻撃を交わすと、空中で側方回転して蹴りつけた。
更にはスズカを抱えた状態で下の階が燃えている中、ベランダから飛び降りた。
凄まじい運動能力なのは言うまでもないが、下手すれば命を落としかねない、また生身では到底出来ない行動を実行する精神力も相当なものだ。
ついこの間まで人を傷つけるということ自体に恐れを抱いていた少年と同じ人物であるとは考えられない。
「それに…これだけじゃないのよ」
「え?」
「気づかない?私はこの戦い方を見たとき、明らかな違和感を感じた」
「違和感?」
「見て」
「何も変なところなんて…」
「よく見て…今まさに攻撃を仕掛けている敵を蹴り倒した。普通なら防ごうとするのが先じゃない?」
「あっ…」
「ここだけじゃないわ。システムがダメージを受けたと認識しているのに、全く怯んでも、痛がってもいないし、戦闘にも全く変化が無いわ」
アイリスはあまりにも恐ろしい事実に気づいて背筋が凍った。
自分の命など全く気にしていないかのような戦闘スタイルに普通ならそれに待ったをかけるはずの痛覚という身体の機能すらまともに働いていないとすれば大問題だ。
防御や避ける動作を最小限にして戦いの上は有利に進めることができるとしても、危険極まりない戦い方としか言いようがない。
「…いずれにせよ、本人に聞くのが一番手っ取り早いわ。もしわざとやってるようなら、止めさせないと危険よ」
「そうね…」
ハートレスはキーボードを叩き、映像を終了させる。
もはや全てが分からないことだらけだった。
考えれば考える程に底なし沼に沈んでいくような間隔に襲われた。
Valkyrieの目的も突然、彩斗がスターダストになったことも偶然とは思えない。
そして、あらゆる面において人間では無くなっていく彩斗。
コーヒーを飲んだばかりだというのに思考が止まって眠りに落ちそうになるのを感じた。
自然と目蓋が降りてくる。
だがその様子を見て、アイリスはクスっと笑った。
「何よ?」
「さっきも思ったけど、あなたもそんな顔するんだって。それにあなたもあなたでサイトくんを心配してくれるんだと思って」
「!?…バカ言わないで」
そう言ってハートレスはアイリスから顔を背けた。
しかしそれと同時に左上のモニターに分析結果が表示され、ハートレスの視線はすぐにそちらに移った。
「これは?」
「電波変換シュミレーター」
「シミュレーター?」
「そもそも私たちはあの子をスターダストにしたトラッシュのことを何も分かってなかったわ。それに人格データを失っているせいで口も聞けない上、調べようにもプロテクトが掛かっていて詳しいことまでは調べられなかった。だからせめて電波変換した場合、どんな影響があるのかっていう点から何か分からないかと…え?」
実験結果を見たハートレスは顔色を変えた。
「どうしたの?」
「残存エネルギーの量が大き過ぎる…だとすると…まさか…!」
ハートレスは今まで見たことが無いくらいに慌て始め、エレベーターの方へと走った。
アイリスはそれにわけも分からずについていく。
電波変換の影響のシュミレーション、つまり彩斗への影響をシミュレーションしたということだ。
アイリスの頭には彩斗の身体に何かあったのでは無いかと嫌な想像が沸き起こる。
「どうしたっていうの!?」
「あの結果からすると普通の人間と電波変換した場合、脳波に作用して闘争本能を刺激、更に肉体をシステムに適したものに変化させる…」
「そんなことしたら肉体には相当な負担になるわ!」
「それだけじゃないのよ…もしこの考えが正しいなら…」
エレベーターが2階のリビングに到着するとすぐさま階段を登り、彩斗とメリーが眠る4階へと向かう。
トラッシュという道の電波体と融合した彩斗への影響は未知数だ。
シミュレーションの結果で導き出された悪影響だけで済むとは限らない。
ハートレスは自分の予想が外れていることを藁にもすがる思いで祈った。
だがその期待は次の瞬間、打ち砕かれた。
「何の音…?」
「…急ぎましょう」
階段の途中で凄まじい音が聞こえてきて2人は足を止め、顔を合わせた。
そして再び走り出し、ようやく4階の部屋の前に辿り着いた。
「!?サイトくん…もう大丈夫なの?」
「あぁ…遅かったか…」
2人の視線の先には驚いた表情を浮かべた彩斗がいた。
先程まで疲れ果てて眠っていたというのに、多少の疲労は感じさせるもののピンピンしている。
だが2人が驚いていたのは彩斗の方ではなく、目の前の状況そのものだった。
「ハートレス…アイリス…僕はいったい…」
状況を飲み込めない彩斗の右手には金属が握られていた。
ドアノブだ。
そして伸ばした左手の先には外れて床に倒れたドア。
正確にはドアだったというべき木の板と蝶番が転がっていた。
ハートレスの予想、それは電波変換した後、エネルギーが体内に残存するということだ。
すなわち電波変換せずとも人間を越えた力が発揮できるということに他ならない。
その仮説の正否は目の前の破壊されたドアが無言で語っていた。
後書き
クインティアとジャックが復活?しました。
少しハートレスはツンデレ?のような要素を入れたつもりです。
ハートレスは原作ゲームでもクールな女性なのですが、本来はかなり普通の人なので最後のドア破壊では少し明らかに慌てさせました(笑)
これから数話はこれまでの考察を踏まえて次のステージにつながっていく感じです。
そもそもスターダストとは何なのか?
そしてそれを使う彩斗の変化や心境などが、Valkyrieとの戦いと同じく、これからの物語の要素の1つとなっていきます。
分からなかった部分や謎の部分なんかも徐々に明らかになっていくのでお楽しみに!
しばらくアクション回は無くなりますが、どんなヒーロー物もずっと戦いっぱなしっていうものは少なく、何十分か置きに戦闘という山場があるというお約束に従って、アクション好きの方は次の山まで気長に待っていてください!
戦闘の山場は数話前に1つ終わったばかりなので...
感想、意見、質問等はお気軽にどうぞ!
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